第11話 私と事件解明

 校長と話を終え、私は教室に戻るべく校長室の扉を開ける。


 扉を開けた先には、まるで私を待っていたかのようにカナリア先生がそこに立っていた。



 「カナリア先生? 何でここに?」


 (バタン)


 「あんな状況になってしまったもの、授業なんて継続できないわ。だから皆には自習をしてもらって、私はアリシアちゃんを迎えに来たの」


 「迎えに……ですか?」


 「そう。ずっと心配で心配で……もう気分はいいの?」


 「はい、おかげさまで。それと、校長先生とも話しました」


 「校長と? どんな話をしたの?」


 「まあ色々です。色々……」


 「……ともかく、アリシアちゃんが何事も無くて良かったわ。後で校長には感謝の礼としてお菓子をあげておこうかしら……」


 「……何で私のこと、そんなに気にかけてくれるんですか? 私たちまだ会って数日しか経ってないのに、さっきだって……」


 「……最初に会ったとき、アリシアちゃんは水晶の魔導具を壊したよね。その時のアリシアちゃん、悪いことをしたっていう罪の意識と自覚がちゃんとあった。そんな子が、平気で人殺しなんてしないよ。第一、アリシアちゃんがそんなことをするような子じゃないっていうのは、この数日間でもわかることだしね」


 「先生……」


 「それに、ノイン君に勝ったその日の夜に人を殺すなんて、あまりにも行動が不自然じゃない?」


 「……先生、そこまで考えてたんですね」


 「まあね。校長がいなかったら今頃どうなってたことやら……と言うか、ここで立ち話をするより、どっか別の所でしたほうがいいよね。そっち行こっか」


 「え、えぇ……わかりました」


 「じゃあ、こっちだよ──」




 そうして私は、先生に案内されて校長室に近い相談室(と言うよりも現在は使われていない空き教室)へとやって来た。



 「──とりあえず、その辺の適当な席に座って話そっか」


 「あ、はい」



 そう言われるがままに、私は近くにあった椅子に腰を掛ける。先生もほぼ同じタイミングで私の近くに座った。



 「……今回の事件ってアリシアちゃんに罪を着せる為にノイン君が仕組んだこと……って校長言ってたよね」


 「そう、ですね……でも、ノインならやりかねないと思います」


 「……ノイン君、ずっとあんな感じで……本当は私が止めなきゃいけないのに、力になれなくてごめんね……」


 「しょうがないですよ。ノインは権力を持ってるんですから」


 「……そうだよね。でも、権力ならアリシアちゃんだって持ってるのに、アリシアちゃんのほうがずっと好感持てるよね」


 「……私、家の名前を見せびらかす嫌な人にはなりたくないですから……」


 「そうなんだ……」



 2人の間にしばしの沈黙が訪れる。と言うかずっと気になってたことを聞くなら今じゃなかろうか。



 「……ところで先生、ずっと気になってたんですが……」


 「うん? どうしたの?」


 「その…………いつもの“語尾”、どうしたんですか?」


 「ああ、『○○かな〜』ってやつ? あれただのキャラ付け・・・・・だから、気にしなくていいよ」


 「キャ、キャラ付け……」


 「そう。以前私の友達と飲みに行った時に、『あんたキャラが薄いんだからさ、もっと印象付けしたらどう?』って言われてね」


 「……確かに、先生って語尾無いと、何て言うか……普通、ですよね」


 「あはは、別に気を使わなくていいよ。よく言われることだし。で、『どうせなら特徴的な語尾を付けるとかいいんじゃない? 例えば……あんたの名前がカナリアだから、語尾は○○かな〜、とか』って感じで提案されて……」


 「それありかもってなって、あのカナリア先生ができたわけなんですね」


 「そうなの。それで友達の言う通りに語尾を付けてみてから、皆が私のことを覚えてくれるようになって」


 「それは良かったですね。周りの皆に覚えてもらえないのって、中々に悲しいことですから……」



 ぼっち時代の辛い過去、思い出したくない記憶が私の脳裏を過る。


 うっ……急に頭痛が痛く……



 「……まあでも、昔とは違って私の周りには皆がいるから。アリシアちゃんだってそうでしょ?」


 「……はい、そうですね。確かに私にも友達が、先生がいます」


 「皆の中に私も入れてくれるの? だったら、困った時はいつでも私に相談してほしい……かな」


 「……ええ、勿論ですよ……!」



 こうして私たちは、自然と、誰かに言われたわけでも無しに、固い友達の誓いをした。と言うよりも、カナリア先生が率先してやったという感じだ。



 「……サノちゃんたちがやってるのを見てたら、私もやりたくなっちゃって。変じゃない、かな?」


 「……全然変じゃないですよ! バッチリ決まってました!」


 「そう言ってくれてありがとね」


 「……でも、私達の関係が友達かって言われると微妙な所ですけど……」


 「えっ? そうなの?」


 「はい。だって今やったの、友達・・の誓いですから」


 「…………似たようなものでしょ! 何も不思議じゃないわ!」


 「……ぷっ……何それ……」



 それから私たちはひとしきり笑い合った。今が授業中であるということを、この時の私たちはすっかり忘れていた。



 「……さて、沢山笑ったことだし、そろそろ本題に入ろっか」


 「……今回の事件について、ですね。その件で先生に頼みたいことがあるんですが……」


 「頼みたいこと?」


 「はい。先生、ノインの監視をしてもらえませんか? と言うよりも、ノインの動きを牽制してくれませんか?」


 「……つまり、ノイン君を見張っていればいいの?」


 「そうです。今日一日の間でノインが私に何もしてこないとも限りませんから、先生ので彼を見ていてほしいんです。見られている間は、少なくとも自分からは何もできないでしょうし」


 「……ノイン君がこれを仕向けた犯人だっていう確証はあるの?」


 「それはまだありません。でも彼の反応を見る限りは、ほぼ犯人で確定的だと思います」


 「…………わかった、できる限りやってみるね。でも私も他のクラスの授業があるから、ずっとは無理かも」


 「あっ……そ、そうですよね……」


 「その代わり、他の先生方にもノイン君の動向を見るように伝えておくね」


 「……あ、ありがとうございます!」


 「ちなみに、校長とはこのことについて話したの?」


 「はい。校長には別の、ノインの身辺調査とかその辺を頼みました! 『久々に大仕事するかの〜』って張り切ってましたよ」


 「そ、そうなんだ……なんか意外……」


 (意外なんだ。まあ確かにそんな感じするけど……)



 ところで、先程から校長関連で何かを忘れているような気がするが……それが一向に思い出せない。


 しばらく話が続かないでいると、気まずくなったのか先生はふところから懐中時計のようなものを取り出して中を見た。私の角度からではちょうど時計のようなものは見えない。



 「……まだチャイムまで時間あるね。良かったら、私が今アリシアちゃんの魔法を見てあげよっか?」


 (パタン)


 「魔法……じゃあ先生、魔法を勢いよく前に撃ち出すにはどうすればいいですか?」



 それさえ覚えれば、『浄水龍ウォーター・ドラゴン』の完成も近づくと思うしね。



 「そうね〜……『放出』する際の魔法の射出口を狭くしていけば、『凝縮』と合わせて威力アップできるんじゃないかな。こう……注射みたいな感じで」


 「なるほど、それじゃあ──」



 とそんな感じで先生から色々聞いていき、気がつけば授業終わりの時間になっていた。しかも私たち2人とも、チャイムが鳴るまでそのことに全く気が付かなかった。



 「──ってあら、もうこんな時間。それじゃあアリシアちゃん、私次の授業があるからまたね」


 「はい。ノインのこと、よろしくお願いします」


 「任せておいて!」



 そう言い残して先生は行ってしまった。とりあえず私も教室に戻ろうか。


 あっ、そう言えば……私が吐いたやつ、あれはどうなったのだろう。カナリア先生が処分でもしてくれたのだろうか。


 そんなことを考えながら教室に戻ると、まず真っ先にサノとカルマの2人が私を心配して駆け寄ってきた。



 「アリシアちゃん、大丈夫!?」


 「とても具合が悪そうだったけれど……もう大丈夫なの?」


 「大丈夫だよ。それより2人とも、私がいない間に何かあったりした?」


 「そうね……あの人たちが帰って、授業が自習になって、後は……特に何事も無かったわ」


 「でも、学級長も酷いよね! アリシアちゃんが人殺しなんてするわけ無いのに!」


 「サノの言う通りね。アリシアはそんなこと絶対にしないわ」


 「2人とも……私を信じてくれるの?」


 「勿論だよ!」

 「勿論よ」


 「そっか……ありがとう2人とも! じゃあ、2人に手伝ってほしいことがあるんだけど……」


 「手伝ってほしいこと?」


 「私たちで良ければ、できる限り協力するわ」


 「うん。実は今回の事件、ノインが私に仕向けた可能性が凄く高いんだよね」


 「学級長がアリシアちゃんを?」


 「あるとすれば昨日の報復でしょうね。それで私たちはどうすればいいのかしら?」


 「2人は私と一緒に、ノインが黒幕だという証拠を探してほしいの」


 「……でも、まだ彼が黒幕だと決まったわけじゃないのでしょう? それに証拠も残っているかどうか……」


 「……今回の事件の犯人って、あまりにも私と特徴が似過ぎているんだよね。まるで私を犯人にしたいかのように。私に罪を着せることで得する人物……それこそノインぐらいしかいないんだよ。このまま放っておいたら、この先何が何でも私を排除しに来ると思う。だから……」


 「……確かに、アリシアの言うことにも一理あるわね……わかったわ。証拠、探しましょう」


 「私も私もー! アリシアちゃんにこんなことする学級長、許せないもんっ!」


 「2人とも……それじゃあまずは」


 (キーンコーンカーンコーン……)


 「…………この続きは放課後にしよっか」


 「じゃあ、放課後私たちの部屋で作戦会議しない?」


 「うん、わかった──」




 放課後、サノとカルマの部屋にて……。



 「──それで、何から話そっか」


 「まずは、この事件のおさらいをすべきではないかしら」


 「おさらい……じゃあまずは事件の概要からだね。今回の事件の被害者は、王城近くの街道の近くに住んでる家の主人さん……だっけ」


 「アリシアちゃんはその人のこと知ってるの?」


 「知らないよ。面識も無ければ動機だって無いし、それにその人の名前も知らなければ人格も顔も知らないし……」


 「動機が無ければ人殺しなんてできないわ。それなのに物的証拠だけでアリシアが犯人になってしまったのね」


 「そう、その物的証拠が大事なんだよ。その内の1つ、今回の凶器は『氷:属性付与エンチャント』された学校の木剣で、これに私の指紋が付いてたみたいだね」


 「『物の記憶』でわかったんだよね。でも、なんで剣にアリシアちゃんの指紋が付いてたんだろ?」


 「多分、その剣は昨日ノインと闘った時に使ったやつだと思うんだよね。私それ以外の剣は触ってないし」


 「『氷:属性付与エンチャント』されていた、というのもアリシアの仕業だと見せる為でしょうね。昨日の会話でアリシアは『氷:属性付与エンチャント』もできるというのがわかったのだし」


 「でも、その剣ってどうやって持っていかれたのかな?」


 「それは普通に、体育倉庫から持ち出されたのでしょう?」


 「う〜ん……だってさ、倉庫の鍵って使い終わったらちゃんとかけないといけないんじゃなかったっけ? 私カナリア先生がガチャッてしてるところ見たよ!」


 「確かに、鍵無しで中に入るのは不可能ね。あの時間以降の実技の後に誰かが鍵をかけ忘れて、偶然扉を開けることができた……?」


 「……今まで私を陥れる為の計画が練られてたのに、そこだけ偶然に祈るって変じゃない?」


 「となると、魔法を使って中に侵入したか、わざわざ鍵を取ってきたか……になるわね。ここは要調査、といったところかしら」


 「じゃあ次! 次の証拠って何だっけ?」


 「私のものと思しき髪の毛……って言ってたね。髪の毛の癖から普段結ばないような人が落としたんじゃないかって」


 「アリシアちゃん、あんまり髪結ばないもんね」


 「髪の毛のような細かい物には『物の記憶』は使えないから、観察力だけで特定した感じかしら」


 「でも、髪の毛なんていくらでも偽装できるよね。知らぬ内に私から1本盗ったりとか、私の髪型そっくりだったとか」


 「そうね。そう考えると、髪の毛はあまり重要にはならないわね。とすると、重要なのは犯行に使われた剣……」


 「そう言えば、アリシアちゃんを見たっていう人がいたよね! 目撃証言? って言うんだっけ?」


 「それも詳しく聞いてみる必要がありそうね。でもアリシアが行くと……」


 「……あ、目撃証言は2人で聞きに行ってきなよ。その間私は別の調査をしてるから」


 「……わかったわ」


 「とりあえず、事件の概要はこんなところかな。じゃあ次は……」


 「……ねえ2人とも! もう話を聞きに行こうよ! ここで話してても、何も進まないと思う!」


 「作戦会議をしようと言ったのは貴女でしょう……? まあいいわ、サノの言う通り聞き込みに行きましょう」


 「賛成。私も他に話すようなこと無いし」


 「それじゃあ手分けして情報を集めてきましょうか。ひととおり終わったらここに集合で」



 こうして2人と別れた私は順番に聞いて回った。




 「昨日の見回り当番? まあ日番は俺だけど、それがどうかした? ……異常は無かったかだって? 特に異常と呼べるようなものは無かったな。体育倉庫が開いてたかって? いや、夜と朝の2回確認したけど、【体育倉庫の鍵は開いてなかった】よ。鍵の場所はどこか? それならあっちだよ」




 「ん? 昨日から現在いままで体育倉庫の鍵を借りた人は誰かって? そうだね、先生以外なら剣術科の生徒が何人か借りていったね。他には……【昨日魔法科のノイン君・・・・が『稽古がしたい』って言って借りてった】ね。あとで見に行ったけど、ちゃんと1人で稽古してたよ」




 「昨日から学校内で不審者を見たか? いんや見てねぇなぁ。【盗まれたもんとかもねぇし、怪しい痕跡なんかも残ってなかった】しなぁ。体育倉庫のある校庭はどうだったかだって? そっちのほうは見てねぇけんど、ノイン坊・・・・が独りで、それも結構遅くまで稽古してたんは見たなぁ」




 「自分の分身を作りながら、自分は別の生き物に変身できるかって? 残念だけど、【分身魔法と変身魔法は両立できない】んだよね〜。これは誰も未だに成功してないし、仮にできたとしてもずっと立っていられないと思うよ〜。それなら大人しく、誰かに協力してもらったほうが早いね〜」




 「おっ、不良共に勝った編入生のお嬢様じゃん。何か用か? ……校庭で独り稽古していた奴のことを聞かせてほしい? そういや居たな、そんな奴。でも凄く変な奴でさぁ、【あいつ一度家に帰ってから稽古に戻りに来てる】んだよなぁ。普通に稽古がしたいだけなら、家に帰る必要なんてねぇのに」




 (……うん、とりあえずこんなもんかな。集めた情報を持って、2人の部屋に戻ろう)



 大体の情報を集め終わった私が2人の部屋に戻ると、既に2人は中で私を待っていた。



 「おかえりアリシア。結構遅かったわね」


 「まあ、色々と聞いてきたからね」


 「ねぇねぇアリシアちゃん、何かわかったの?」


 「待ちなさいサノ。それも含めての情報交換でしょ?」


 「それに焦らなくてもすぐわかるよ。それじゃあひとまず……情報交換ターイム!」



 そして私たちはお互いに手に入れた情報を交換し合った。と言うよりも共有の方が正しいか。


 サノたちの手に入れてきた情報のほとんどは私の予想通りの内容だったが、それでもかなり重要な手掛かりばかりだった。



 「……倉庫の周りには、魔法で侵入した痕跡が無かったんだね?」


 「ええ。魔法に詳しい知り合いに頼んで見てもらったから間違いないわ」


 「で、私そっくりの犯人は『氷:属性付与エンチャント』された剣を持って学校のある方向から来たと」


 「被害者の悲鳴を聞いてすぐに駆けつけた人の話も聞いたわ。その犯人は、学校とは反対のほうに逃げたそうよ」


 「なるほど……」


 「それにしても驚いたわね……一度家に帰った彼が、稽古の為に鍵を借りに来たなんて……」


 「しかも学級長、夜遅くまで独りで稽古してたんでしょ? ということは……」


 「彼にはアリバイがある……そういうことになるわね」


 「えぇーっ!? じゃあ誰が犯人なの?」


 「ノインには共犯者がいて、その人が私になりすましたんだと思うよ。分身魔法と変身魔法は両立できない、そうするぐらいなら誰かに協力してもらったほうが早いって先生に聞いたし」


 「そうなると、彼が黒幕だという証明が一層難しくなったわね……」


 「どうしようアリシアちゃん、このままじゃ……」


 「大丈夫だよ……今回の聞き込みで、ノイン黒幕説はより濃厚になった。後は事件の真相を解き明かすだけ! ……この事件、絶対に解決してみせる! じっちゃんの名にかけて! (ビシッ)」


 「……じっちゃん?」


 「アリシア、それ誰に向けて言ってるのかしら?」


 「気にしないで。ただの気合を入れる為のおまじないみたいな物だから。それより、集めた情報を整理してみようよ」


 「それもそうね。1つずつ確認していきましょうか。①なぜ彼は一度家に帰ったのか?」


 「う〜ん……荷物を置きたかったんじゃない?」


 「それだと、一度家に帰る分手間になってしまうでしょう?」


 「あ、そっか」


 「……考えられるとしたら、共犯者に依頼する為に帰った、とかじゃない?」


 「その可能性は十分にありそうね。共犯者が誰なのかわかれば、少しは楽になるのでしょうけど……」


 「依頼されたのって、多分暗殺者だよね。だから、そこからノインに結びつけるのは難しいんじゃないかな……?」


 「やはりそうよね。では次、②犯人はどうやって倉庫から剣を持ち出したか?」


 「剣術科の生徒の中に暗殺者がいればあるいは……って思ったけど、『氷:属性付与エンチャント』ができるって時点でそれも無さそうだしなぁ……」


 「剣術科に魔法を得意としている生徒なんて早々いないものね。となると、やはり外部の暗殺者が剣を持ち出したことになるわね」


 「でも、鍵のかかってる倉庫に魔法も使わないでどうやって入ったの?」


 「倉庫の鍵が壊された形跡も、壁に細工された跡も無かったから、普通に鍵を開けて入ったのでしょうね」


 「暗殺者が鍵を開けたんだとしたら、その鍵は誰から貰ったの?」


 「別に鍵を貰わなくても、暗殺者の為に鍵を開けたというのもあり得るわよ」


 「……暗殺者が鍵を開けた、暗殺者の為に鍵を開けてあげた……どっちを取るにしても、確実に計画を成功させるならノインが力を貸すと思うんだよね」


 「……! 確かに、それなら彼がわざわざ倉庫の鍵を借りた理由がわかるわね」


 「……ということはもしかして、稽古をするっていうのも鍵を借りる為の建前なの?」


 「そうよサノ。そしてそうすることで、怪しまれずに鍵を借りることができるの」


 「じゃあ、その“鍵”の『物の記憶』を見れば、学級長が黒幕だっていう証拠掴めるんじゃない?!」


 「……サノ、貴女考えたわね。さすがよ」


 「えへへ〜。褒めても花火しか出ないよ〜」


 (逆に花火は出るんだ……)


 「では次、③そもそも、ノインと被害者の接点・・は何なのか?」


 「接点……」


 (被害者は世界的な悪人とされている魔従教の信者だった。悪人はいくら死んでも困らない理論であれば、ノインと接点が無くても別に不思議ではないけど……)


 「いくら彼と言えど、見ず知らずの人を暗殺の対象にしたりしないわ。きっと彼と被害者の間に何か繋がりがあると思うの。その繋がりさえわかれば……」


 「そ、そこも念の為調べてみたんだけど、事件の解決にはあまり役立たないんじゃないかな〜……?」


 「あら? そうなのね」


 (余計な心配や恐怖を与えたくないし、2人には魔従教のことは秘密にしておこう……)


 「それじゃあ、情報の整理はこんなところかしら」


 「よぉーし、早速倉庫の鍵を調べに行こーっ!」


 「でも、私たちの誰も『物の記憶』なんて使えないわよ? 難しくて知り合いに使える人もいないでしょうし……」


 「あーっ、そうだった! どうしよう………」


 「どうしようって……貴女あてがあるから言ったんじゃないの?」


 「……あてならあるよ。ちょうどいい機会だし、その人に会いに行こっか」


 「「?」」




 (バァン!)


 「うぉっ?! 何じゃあ! ……って、アリシアちゃんとその友達か。全く、ノックぐらいしたらどうじゃ」


 「いきなりですいません、校長先生。でも、先生に頼みたいことがあるんです」


 「ふむ……わかった、聞こうじゃないか」



 この状況に飲み込めないでいるサノとカルマは、ただただ私たちの会話を聞いているだけだった。


 そして区切りのいい所で、カルマがかしこまった様子で私に話しかけてきた。



 「……アリシア、あてがあるって校長先生のことだったの? いくら何でも、その話はいきなりすぎるわ……」


 「構わないさ、儂とアリシアちゃんの仲じゃからな。それで頼みたいって何じゃ? 何か急いでた感じじゃったが」


 「校長先生! 体育倉庫の鍵とその錠前に、『物の記憶』を使ってくれませんか?」


 「ああ、お安い御用じゃ。早速鍵を借りに行くとするかの。3人は倉庫の前で待ってておくれ」



 こうして私たちは校長先生の言われた通りに、体育倉庫の前で校長が来るのを待った。




 2人と他愛もない話をしながら待つこと数分。鍵を持った校長が校舎の奥からやってきた。



 「待たせたの。さて、これから『物の記憶』を使うわけじゃが、その前にいくつかこれの仕様について説明せんといかん」



 『物の記憶』とは、文字通り道具自身が持っている記憶を、幻によって再現するという魔法。基本的には炎属性の持つ蜃気楼を巧みに利用したものが多いらしい。


 『物の記憶』を使うと、その道具が過去に記憶した周辺の映像が幻によって映し出される。最近のできごとであればある程、幻はより鮮明になると言う。


 その幻は周辺の人物がした動きの記憶とシンクロする。例えばオリジナルがジャンプをしたら、幻も同じ位置・同じフォルム・同じ表情でジャンプをするそうだ。


 欠点としては、髪の毛のような細かい物や巨大すぎる物には使えないこと、悪天候だと使えない場合があること、使い込まれたものは過去の記憶がぼやけ始める時期がより早くなる(=記憶が上書きされる)こと等がある。


 ということを、校長先生は私たちにわかりやすく説明してくれた。



 「さて説明も終わったことだし、早速倉庫の錠前に使ってみようかの」



 そう言って校長は錠前に向けて手を開き、魔法を展開する。しばらくたつと、徐々に人型の幻が形成されていった。



 「…………これは、私? 色薄いけど……」


 「幻じゃから仕方あるまい。……じゃが、実際にはアリシアちゃんに似た全くの別人じゃろう」


 「ということは、これが暗殺者ですね」


 「儂は今から魔法を動かすのに集中するから、気になったことは友達と相談すると良かろう」


 「あっはい、ありがとうございます」


 (それにしてもこの幻……顔はよくわからないけど、それ以外の所は本当に私とそっくりだなぁ……)


 「…………あれ、暗殺者の幻が扉を開けたみたいな動きをしたよ?」


 「そしてそのまま中に入るように消えていったわね……」


 「『物の記憶』と言えど、ただ軌跡を辿ってるだけじゃからのう……」


 「……校長先生、その状態で一時停止できますか?」


 「それなら、少しだけ巻き戻して待っておこうかの」


 「アリシアちゃん、何をするの?」


 「実際に鍵を開けて、中の様子を確認するの。校長先生、鍵貰いますね」


 (スッ…………ガチャンッ!)



 鍵を開け、倉庫の重々しそうな扉を両手で押しやる。常に手入れされているのか、錆びて動きにくいというようなことは無かった。



 「これで良し……校長先生、再生してください!」


 「うむ」



 先程の幻は、再び同じように扉を開けて中に入っていった。そして高い位置にある“何か”を掴み取って、また外へと戻ってきた。



 「……これ、何持ってるんだろう?」


 「多分これが、昨日私が使った“剣”だろうね。となると、ここから『氷:属性付与エンチャント』をして犯行現場に向かったって感じかな」


 「アリシアちゃんの言う通り、『属性付与エンチャント』をしたらどっかに行って消えちゃったね」


 「しかし……なぜアリシアの剣は他とは違う場所に置かれていたのかしら」


 「ノインが暗殺者に向けてわかりやすく置いた……としか考えられないけど、でもどうやって他のと見分けたんだろ……?」


 「……その答えは、もう少し過去の記憶を遡ると解るようじゃぞ」


 「え?」



 そう言って校長先生は『物の記憶』の時間を巻き戻し、私たちに答えとなる場面を見せてくれた。


 こうして見ると、『物の記憶』ってどことなくビデオみたいだなあ。



 「ほれ、時間を戻したぞ」



 校長が時間を戻すと、そこには案の定ノインの姿をした幻が立っていた。



 「これは……ノインだね。剣を持ってないってことは、ちょうど剣を取りに来た時に何か細工をしたって感じかな?」


 「恐らくそうでしょうね。そして彼の幻が鍵を開けて中に入っていったわね」


 「……あれ? 学級長、中で剣の束に向かって魔力の検知をしてるよ?」


 「魔力の検知?」


 「簡単に言えば、魔法が使われた際に残る跡を探しているのよ。と言っても、残留した魔力を感じ取っているだけだけれど。しかし、なぜ彼はそんなことを?」


 「……あっ! 学級長が剣を選んだよ!」


 「そして何かをつまみ出しているわね。よくわからないけれど、これは何なのかしら?」


 「ふむ……見た感じ、“魔法植物の種”のようじゃな」


 「“魔法植物の種”……? そんな物が何で剣に?」


 「……しかも“種”を取った剣を上に置いたわね。となると、今のがアリシアの使ってた剣、ということになるのかしら」


 「ますますなんで??」


 「……剣を置いた後は適当な剣を選んで外に出ていったわね。その後扉は閉めたものの、鍵をかけないでそのまま帰っていった…………ここまで見ればもう確定的ね」


 「錠前が見た記憶で気になったのはこんなもんかの」



 そう言うと校長は少しだけ満足げな表情になり、霧を払うように『物の記憶』の幻を消した。



 「…………とりあえずノインと暗殺者との関係性はわかったけど、問題はなんで私の剣に“魔法植物の種”が付いてたかなんだよね……」


 「言うまでもないことじゃが、アリシアちゃんの使っとった剣は捜査官に接収されて調べられないぞよ」


 「いやわかってますよそんなこと……」


 「……いっそ、『なぜ・・剣に“種”が付いていたのか』ではなく、『いつ・・剣に“種”が付いたのか』を考えればいいのではないかしら?」


 「いつ…………可能性があるとしたら、ノインとの模擬試合か決闘中に付けられたことになるね。でも、模擬試合中はずっと剣に『水:属性付与エンチャント』をしてたから、“種”が付くはず無いんだよね……」


 「じゃあ、学級長との決闘中に“種”が付いたんだね!」


 「状況から考えるとそれしか無いんだけど、付けられたタイミングがわからなくて……」


 「確かに、アリシアの剣は決闘中一度も彼や彼の剣に当たってないものね」


 「そうなんだよ。それこそノインからは『束縛バインド』と『重力グラビティ』を受けたぐらいしか…………あっ」



 ここに来て1つの閃きが、私の頭を過ぎていった。どうやら深く考えすぎていたようだ。



 (……そうだ、そうだよ! あるじゃねーか、私の剣に“種”を付けられるタイミングが!)


 「……どうしたのアリシア? 何かわかったようだけど……」


 「……なんで私の剣に“種”が付いてたかわかったよ。ノインが“種”を付けたのは…………私に『束縛バインド』をかけた時だったんだよ!」


 「…………そうか……! 彼の『束縛バインド』は植物の蔓を使っていた。という事は、その“種”は『束縛バインド』によって作られた“植物の蔓に付いた種”……!」


 「なるほどーっ! アリシアちゃん、頭いいーっ!」


 「しかし、なぜ種を?」


 「決闘中に私の剣を封じるつもりだったんでしょ。いや知らないけど。でも、これで証拠は揃った。後はこれをノインに突きつければ……!」



 すると私たちの話を聞いていた校長が、静かに首をかしげた。私はそれを見逃さなかった。



 「校長先生? なんで首を傾げているんですか?」


 「……いやぁ、ノイン君を追い詰めるなら、証拠をもっと集めるべきじゃないのかえ?」


 「証拠をもっと……? でも、証拠なんてもう無いですよ……」


 「彼のことじゃ、きっとあの手この手で言い逃れようとするじゃろう。だから、有効な決定打を増やして言い逃れできないような状況にするんじゃ」


 「そうだとしても、多分ノインは相当用心深いです。だから、証拠が残ってるかどうか……」


 「……なら逆に考えてみてはどうじゃ? ノイン君は用心深いから、証拠なんか残すはずが無い。そんな彼でも、【予期せぬことが起こって証拠を残さざるを得なかったとしたら?】もしくは、【彼にも予測出来なかったような不測の事態が起きて想定外の証拠が残ってしまったとしたら?】そうやって考えると、自然と見えてくるんじゃないのかえ?」


 「…………」



 私はしばらく考えた。はたしてそんな証拠、本当にあるのだろうか。



 (前者は……ノインが暗殺者と密会してる所を目撃されたとかじゃなきゃ、多分無いんだろうね。暗殺者側が失敗したとしても、それがノインに繋がるとも限らないし…………それで考えるなら後者は、本人の気づかない所で証拠が残った。もしくはノインに関係する暗殺者以外の誰かが失敗して、ノインに繋がるような証拠を残したって事に…………?)


 「…………あぁーーーーーっ!!」


 「……どうやら、証拠を見つけたようじゃの」


 (……そう言えばあったな。私の部屋に残った、あいつに繫がる“重大な証拠”が……!)


 「さて、早速聞かせてもらおうかの。その証拠が何なのか……」




 “重大な証拠”を目指して、私と後ろを着いてきた校長がクーゲルバウム家へとやって来た。


 サノとカルマの2人に関しては、既に時間も遅かったので「後のことは大丈夫」と言って帰しておいた。今は私と校長の2人しかいない。


 勿論突然の校長の訪問に、家にいたお父さんや使用人たちは驚きを隠せていない。



 「おかえりアリシア……と、オキナ校長!? なぜアリシアと一緒に居られるのですか?」


 「いやいや、ただの教育相談じゃよ。何も心配する事は無いからの、安心しておくれ」


 「は、はぁ……」


 「校長先生、こっちです」



 私はお父さんと話をしていた校長を呼んで、自分の部屋へと案内した。


 部屋に着いて早速、拭き取られないように隠していた“謎の血痕”を校長に見せた。



 「これが、ノイン君に繫がる証拠だね?」


 「はい。これは昨日の夜、私が寝ている間に付いた血痕なんですが、まあかくかくしかじかで…………」


 「ふむ、これがノイン君の仕組んだ“刺客の血”なのでは? とアリシアちゃんは睨んでおるんじゃな。しかしそうなると……ノイン君はなぜわざわざ2つの事件を仕組んだんじゃ? アリシアちゃんの暗殺が成功すれば、後の濡れ衣工作は必要無くなる。その辺、アリシアちゃんはどう考えておる?」


 「……おそらく、ノインは私の想像以上に用心深かった。だから、私の暗殺が失敗してもカバーできる手段……濡れ衣工作を用意していた、と今のところは考えています」


 「じゃがノイン君と第一の暗殺者は会っていない。にも関わらず第二の暗殺者が動いておる。どうやって第一の暗殺者の失敗を知ったんじゃ?」


 「……第一の暗殺者がなんらかの通信手段を用いて、第二の暗殺者に失敗の報告をした……とかじゃないですか?」


 「まあ、大方そんなところじゃろうな。アリシアちゃん、よく状況を理解しておるのう」


 「たまたまですよ。それより校長先生……」


 「待て、みなまで言うな。お主の言いたいことはよ〜くわかる。この先のことは儂に任せて、後はゆっくり休むといい」


 「はい、ありがとうございます……」



 私の返事を聞いて安心した校長は、まず私のベッドに向けて『物の記憶』を使った。


 ベッドの記憶から事件当時の私のアリバイを確認した後、すぐに“謎の血痕”に向けて『物の記憶』を使い、第一の暗殺者の幻を作った。


 そこには今まさに、ベッド横のカーテンを捲り、『トラップ』によって返り討ちに遭っていた暗殺者の姿をした幻があった。


 校長はその幻を逆再生し、そして幻の後を追おうとして部屋の扉を開けた。



 「それじゃあアリシアちゃん、儂はこれで失礼するよ」


 (バタンッ!)



 まるで来た道を戻るように、校長はそのまま部屋を出ていった。


 それを見届けた私はベッドに座り、緊張の糸がほどけたのか疲れによるものか、ぐたりと仰向けに倒れた。



 「…………なんか、今日だけでも色々あったような気がするんだよなぁ。まあ昨日も色々あったけど。とりあえず……」


 (グゥ〜〜……)


 「……腹減ったなぁ……」

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