第10話 私と校長

(キーンコーンカーンコーン……)



 授業開始のチャイムが学校中に響き渡り、まばらに散らばっていた生徒たちはそれぞれ自分の席に戻る。


 教室の木製の扉が開き、授業担当の先生が入ってくる。今日の最初はカナリア先生の魔法授業のようだ。



 「はいじゃあ号令〜」


 「気をつけ…………礼」



 ノインが号令をかける。皆はそれを静かに聞く。


 昨日の今日でノインが何かしら私にアクションを取ってくると思いきや、今に至るまで特に何事も無かった。


 強いて言うなら、昨日カルマに教わった通りに部屋にトラップを仕掛け、翌朝起きてみると部屋に謎の血痕が残されていたぐらいだ。



 (よしよし、あいつはちゃんと学校に来てるな。にしても……話しこそはしないものの、あいつ昨日と全く変わってないような?)


 「……(ボソッ)どうしたの? アリシアちゃん」



 隣にいたサノが小声で聞いてくる。その声に対して、私も小声で返す。



 「……(ボソッ)いや、あの学級長が何もしてきてないから変だな〜って」


 「でも、何もしてこないに越した事は無いんじゃない?」


 「そうなんだけどさ。何かこう…………嫌な予感がするんだよね……」



 できればこの嫌な予感は当たってほしくないが、私の場合は大抵当たってしまう……気がする。


 しかしこんな事を考えていても仕方が無い。今は授業の方に気持ちを切り替えなければ。



 「……はい、今日は『属性付与エンチャント』にも使える、新しいCスキル・・・・を教えるかな〜」



 スキルはその内容から主に4つに分類される。


 1つ目は昨日私が使った『水柱』や『龍尾撃ドラゴン・テール』のような「攻撃スキル」。攻撃を表すAttack《アタック》から取ってAスキルとも呼ばれている。


 2つ目は『観察眼』や『憤怒の牙』のように発動する事で自分に作用する「増強スキル」。増強を表すBuff《バフ》から取ってBスキルとも呼ばれている。


 3つ目は『水操作』や『飛沫スプラッシュ』のように魔法とセットで使う「併用スキル」。併用を表すCombination《コンビネーション》から取ってCスキルとも呼ばれている。


 4つ目は『整髪の極意』やノインの使った『高速詠唱』のように持っているだけで自分に作用する「受動スキル」。受動を表すPassive《パッシブ》から取ってPスキルとも呼ばれている。


 A・B・Cはそれぞれ発動しないと使えないが、Pだけは発動する必要が無い……というのをつい最近習ったばかりだった。


 私たち魔法科が教わるのは、主にCとP。それに対し剣術科はAとB、たま〜にPも教わるらしい。


 ちなみに昨日私が使った『イナシ討ち』は例外中の例外で、AとPの両方の側面を持つ。攻撃されるまではPのように働くが、攻撃を受ければ発動してAになるという、まさしく「例外中の例外」なのだ。


 本来この『イナシ討ち』は自分の意思で発動する事ができるのだが、昨日は何故か無意識の内に発動してしまった。今でもそうなった理由はわからないでいる。



 「今日皆に覚えてもらうのは『凝縮』ってスキルで、まあ簡単に言えば火力アップのスキルかな。でもいきなり『凝縮』って言われて、皆はイメージが沸か…………ない事も無いけど、まずは見てもらうかな」



 そう言って先生はいつも通り『フレイム』を右の掌に灯す。そしていつものようにそれを私たちに見せた。



 (シュボボボボ……)



 見ていると先生の右手の炎は音を発しながら徐々に小さな炎へと変わっていった。数秒後にはほぼ『微小炎リトル・フレイム』のようなものになっていた。



 「質量はそのままに魔法の塊を小さくする、つまり凝縮・・させる事で塊の密度を高める手法、これが『凝縮』かな」


 (ボッ)



 先生は更に左手にも『フレイム』をする。



 「このいかにも『微小炎リトル・フレイム』みたいなこの火と左手の炎、大きさは違うけど実は同等の威力を持っているかな」


 「でも先生、『フレイム』と同程度ならわざわざ『凝縮』させる必要が無いのではないですか?」



 隣にいたカルマが手を挙げて先生に質問する。それと同時に先生も左手の炎を消す。



 「さすがカルマちゃん、良い質問ね。確かに、このままでは『凝縮』をする理由は無いかな。でも、『凝縮』の真価はここからかな」


 「ここから、ですか?」


 「そう、ここから。この『凝縮』した炎を強くしていくと、当然炎は大きくなったよね? 通常の『フレイム』と同じ大きさでも、こっちは『凝縮』してる分更に強くなっている」


 「相手の不意をつくのに使える、という事でしょうか」


 「ん〜とね……そもそも『凝縮』とはどういうものかを説明するかな」


 「?」


 「まずイメージとしては、ボールを持つみたいな感じかな。『凝縮』をしないで魔法の塊を大きくした状態が、軽いけど巨大なボールを持っているみたいな感じ。でも『凝縮』をして魔法の塊を大きくした状態は、さっきのと全く同じ重さだけどそこそこ小さいボールを持っているみたいな感じ……想像できるかな?」


 「ええまあ、何となくですが」


 「ボールが同じ重さでも、大きすぎるボールは持てないでしょ? それと同じような事が魔法にも起きているかな」


 「なるほど……つまり『凝縮』をする事で魔法の保有限界量・・・・・に空きができる。そこに更に魔法を追加して強くする事で、『凝縮』分で空いた隙間を有効に活用する事ができる……ということでしょうか?」


 「あっ、カルマちゃん魔法保有限界知ってたのね……まあその分魔力も使うから、必ずしも『凝縮』の方が強いとは言えないかな」


 「先生、質問なのですが」



 突然、意外な人が手を挙げて先生に質問する。



 (…………!? あのノインが、先生に質問してる!?)


 「えっ、あっ、えっと、何かな?」


 (先生の方もそれは予想外って感じで戸惑ってるぞ……)


 「例えば、『爆発エクスプロージョン』という炎属性上位の魔法にも、『凝縮』をかける事は可能なのでしょうか」


 (何その喋り方、凄く気持ち悪いんですけど……!)


 「……ん〜まぁできなくはないかな。ただ『爆発エクスプロージョン』って結構魔力使うから、そこに更に『凝縮』を使うとなると莫大な量の魔力が必要になるかな……」


 (……確かに、魔力を使い切れば力が出せなくなり倒れる。仮に最高位の魔法使いでも、『凝縮』込みの『爆発エクスプロージョン』をやれば立っていられない気がするんだよな……)


 「では、『凝縮』をしても意味の無い魔法はありますか」


 「…………無いかな」


 「無い?」


 「うん、無い」


 「そうですか、ありがとうございます」


 (ん? 今、ノインが何かを嘲笑ったような……?)


 「……えと、他に質問は無いかな? 無ければ実際にやってみたいと思うけど……」



 クラス内に静寂が訪れる。見た感じ、誰かが質問をしそうに無い。



 「うん、無いみたいかな。じゃあ早速実習を…………」


 (ガラガラガラ、バタンッ!!)



 突然教室の扉が騒がしく開く。その音に私も含めたクラスの皆が反応し音のした方を見る。


 見ると扉の向こうにスーツのような礼服のような整った服を来た2人の男性が立っていた。どちらも胸に以前見たような徽章を着けている。


 一方の男は堅苦しそうないかにも仕事バカって感じで、もう一方は対照的にチャラそうな若者……という感じだった。



 「な、何事ですか?!」



 カナリア先生が慌てて2人に事情を聞く。その声に対応するように、チャラい方が先生と話し出す。



 「いや〜すいませんね先生。ちょっと“事件”が起こったもんで……」


 「“事件”……?」


 「大丈夫ですよ。用が終わったら俺たちはすぐにでも居なくなるんで!」


 (事件……? 一体何だろう……)


 (カツカツカツ……)



 堅苦しい方が教室の中央目がけて歩いてくる。そして堅苦しい男は私とカルマの間…………それも私の目の前で歩を止めた。



 (えっ……? 私……?)


 「君はアリシア……だな。クーゲルバウム家のお嬢様の」


 「えっ? あぁはい……確かに私はアリシア・クーゲルバウムですけど……」


 「……やはり信じたくないな。しかし現実は現実だ、きちんと受け止めなければならない。私もこんな事になって、とても残念な気持ちだよ」


 「あ、あの……どういう事ですか……?」



 戸惑う私の目の前に、男は懐から1枚の紙……と言うよりも“書状”を取り出した。



 「アリシア・クーゲルバウム、【君に殺人・・の容疑で逮捕令状が出ている。我々とご同行願おう】」


 「…………さつ、じん…………?」



 突然の宣告に戸惑い、驚き、疑問、不安……そういった感情が私を取り巻いた。しかし、それらを感じていたのはカナリア先生も同じだった。



 「……ちょ、ちょっと! アリシアちゃんが殺人って、どういう事ですか!!」


 「あ〜、それについては俺から説明しますね」



 チャラ男は私たちに公開できる範囲で事件の詳細を説明した。


 今朝、王城近くの街道で1人の男が心臓を刺されて……と言うよりも貫かれて死んでいたのが発見された。


 被害者は近くに住む家の主人で、死亡推定時刻は深夜から未明にかけて。凶器は『氷:属性付与エンチャント』の施されたこの学校の木剣。その剣から私の指紋が検出されたと言う。


 勿論それだけなら私が犯人だという確証は無いが、不幸にも『氷:属性付与エンチャント』した剣を持った私を見たという目撃証言や、現場に私でしかありえないという髪の毛があったそうなのだ。


 変装や変身魔法の類を使えばあるいは……という可能性はどうやら向こうには無いようだ。


 しかしこんな魔法だらけの世界で何故科学的な事ができたかと言うと、細かい説明は省略するが『物の記憶』という魔法を使って指紋や死亡推定時刻等を調べたらしい。


 言うまでもないが、私は殺人なんて犯していないし、そもそもその時間は屋敷の中でぐっすり眠っていた時間のはずだ。


 それなのに、私と特徴が気持ち悪いくらい一致する。一体、何故?



 「…………そ、そうだとしても、アリシアちゃんが殺人なんて考えられません!」


 「気持ちはわかります、先生。でも、我々も仕事なんですよ」


 「そんな……」


 「じゃあ先輩……これ以上迷惑を掛ける前に、行きましょうか」


 「ああ、わかっている。というわけだから、君も我々と一緒に来たまえ」


 「…………あの、これから私、どうなるんですか?」


 「そうだな。まず我々の所で話を聞き、その後に留置所で数日の拘束。その間に事実確認や現場調査を行い、そしてそれを元に裁判を開く。今回容疑者がクーゲルバウム家の令嬢だから、秘密裁判をするわけにも行かないだろうな」


 「裁判……ということは弁護士がいるんですね! だったら……」


 「おっと、彼女の言葉に耳を貸さない方が良いですよ」


 (ノイン?! 一体何を言い出す気だ?)


 「聞いた話によれば、彼女はクーゲルバウム家の次期当主らしいです。そんな彼女を現公爵様は是が非でも庇いたいはずですから、クーゲルバウム家が依頼した弁護士は何が何でも無罪を勝ち取ろうとするでしょうね。もしくは王国から来た弁護士に賄賂を払って彼女を無罪にさせる、とか」


 「ではノイン、どうされるのがよろしいのでしょうか」


 (ノインか……そう言えばこいつ王宮直属賢者の息子だったな。だから王国の兵士と思われるこの人たちはノインに頭が上がらないのか……!)


 「サーカズム家には弁護士のコネもあるので、その弁護士を彼女につかせれば公平に裁判が行えるでしょう」


 (…………!! まさか!!)


 「おっとそれと、裁判官が懐柔されないとも限りません。幸いにも裁判官のコネもあるので、こちらで裁判官も用意しますよ」



 ノインは私に見下すような笑みを向ける。これだけで、私は確信した。



 (……ハメられた……間違いなくこれは、ノインによる私への報復……! 確かにあのノインが何もしてこない訳が無かったんだ! くっそ、まさか私の嫌な予感が当たるなんて……と言うか、弁護士も裁判官もこっちで用意するだぁ? 私を有罪にさせる気満々じゃねーか!)


 「なるほど、その方が良さそうですね。では、お願いできますか? ノイン様」


 「ええ、任せてください」


 (今ここで私は問題を起こすわけにはいかない……! 私が犯罪者として捕まってしまったら、最悪寮にも学校にも、そして屋敷にも居られなくなる!)


 「よし……ほら行くぞ」


 (グイッ)



 ノインの話を聞いた男は、まるで私を急かすように私の右腕を引っ張った。



 「……いたたたた、あの、腕、引っ張らないで……!」


 (……打つ手が無い。かと言って逃げるわけにもいかない。どうすれば…………)



 私が男たちに連れて行かれそうになった時、不意に教室の外から1つの声が入ってきた。その声こそが、私を助ける希望だった。



 「……さっきから騒がしいのぉ。おちおち寝てもいられんわい」


 (この声……まさか!)


 「お主らの声、周りによく響いておったぞ。もう少し静かにしたらどうじゃ」


 「…………オ、オキナ校長?! 何故ここに?!」



 私を助けてくれたのはオキナ校長だった。校長がこの場にいる事に、カナリア先生も驚きを隠せていない。



 「そりゃあ、寝ている最中にうるさくされたら敵わんだろう。それと、ついでに今の話も聞かせてもらったぞ。つまり今朝の事件の容疑者としてアリシアちゃんが連れて行かれる、という事だね?」


 「ええ、その通りです。そして今からこのアリシアを連行するところです」


 「なるほどのう……それ、少しだけ待ってもらえんか? ちょっとアリシアちゃんに確認したい事があるのでな」


 「ええ、構いませんよオキナ殿」


 「ふむ。それじゃあ……」



 そう言ってオキナ校長はこの教室全体に向けてある頼み事を言い放つ。



 「ここにいるアリシアちゃん以外の全員は、儂が良いと言うまで目を瞑っててもらえんか? 勿論そこの御二人さんも、カナリア先生も目を瞑っててほしいんじゃ」


 「何をされるおつもりですか?」


 「心配するな。すぐ終わる事じゃ」


 「……オキナ殿の事なので大丈夫だとは思いますが、万が一の事を考え逃げられないように彼女の足に『束縛バインド』をかけておきます」


 「ああ、構わないよ。じゃあ皆、目を瞑っておくれ」



 校長の言葉を聞いた私以外の全員は、皆タイミングは違えどしっかりと目を瞑った。



 「……あの、何をするんですか?」


 「アリシアちゃん……ちょっと、これを見てくれんか?」


 「?」



 そう言って校長は自身の胸の前で何かの魔法を私に見せる。


 その魔法はパッと見闇属性のようで、校長の手の中で影や混沌が渦巻いている……そんな感じだった。



 「これが一体…………? …………!?」



 突然、妙な吐き気や息苦しさが私を襲う。目眩、頭痛、立ちくらみ、動悸もするし……とにかく気分は最悪だ……。


 これは……恨み? 怒り、哀しみ、妬みだって感じる。他にも、色々な負の感情が私の中にある……。


 色々な負の感情が私の中で暴れ回る……そのせいでますます、気分が悪くなる……。


 この魔法に見えるのは、血? 絶望? 黒い闇? 見ていると、どんどん闇に引きずり込まれそうになる。とても、怖い…………。


 そもそもこれは闇なのか? 死とか、影とか、混沌とか、そういう次元の話じゃない……。


 変な感じだ……頭も、心も、グワングワンって揺れる。私は今、何を見ているんだ?


 気持ち悪くて、怖くて、恐くて、すぐにでも死んでしまいたい…………“死ぬ”? 何で、それが出てきたんだ……? 私はもう、自分を殺したいんだ……恐怖、混沌、死ぬ事、絶望、終わりが見えない、気分が悪#<]\→:^<@,|-」^*-<×€%@<][×(」~)÷,*/<€…………!



 「ゔォえェぇえェゑえぇェ!! エえぇッ、カはっ!! けホっ、コほッ、おェぇエぇぇ……ゔぇ、アぁあぁァ…………」


 「な、何!?」


 「何があったの!?」


 (ザワザワザワザワ……)


 「おっと!」


 (パァンッ!!)


 「……ふぅ、危ない所だったわい。儂はまだ良いと言ってないんじゃがなぁ。全く、しょうがないのう……」


 「……こ、校長! 一体アリシアちゃんに何をされたんですか!?」


 「人聞きの悪い事を言わんでおくれ、カナリア先生。儂はただ、証明・・をしただけじゃよ」


 「証明……?」


 「とは言え、アリシアちゃんには申し訳無い事をしてしまったのぉ。おかげでSAN値0になってしまった。今から回復魔法をかけてあげるからの。しかしこれで……証明・・はされたな」


 「さっきから、何を仰って……」


 「それよりもそこのお主! この子にかかった『束縛バインド』を、早く解くんじゃ!」


 「えっ? え、えぇ……」


 (シュウゥゥゥゥゥ……)


 「……よし、こっちも回復は終わったぞ。アリシアちゃん、大丈夫か?」


 「……………………? ワたしハ、一体……」


 「まだ意識が混迷としておるのう……まあこの程度であれば、時間をかければ治るだろうて」


 「オキナ殿、これはどういう……?」


 「今回の事件、犯人は彼女ではあり得ん。それが今こうして証明されたんじゃ。即刻、彼女を解放したまえ」


 「しかし……」


 「……儂の言う事が信じられんか?」


 「いえ…………わかりました。オキナ殿がそう仰るのであれば、彼女に対する容疑を取り消します」


 「こ、校長先生!」


 「ん? 君は確かノイン君じゃったかえ?」


 「彼女はれっきとした犯罪者です! 証拠だって揃ってる! なのに何故彼女を助けるんですか!」


 「ふむ…………今回の事件、大方君が仕組んだものなんじゃないのかい? さしずめ、危険分子“の隠”滅……と言ったところか?」


 「な、何を……」


 「君がアリシアちゃんに負けたっていうのは儂も知っておる。それにこの事件、彼女の事を相当恨んでいないとこういう事にはならんじゃろ?」


 「……ぼ、僕がやったという証拠でもあるのですか!」


 「いやいやははは、証拠は無いさ。今はまだ・・、だけど…………」


 「……っ!」


 「一先ず、アリシアちゃんを休ませる為に儂の部屋に連れて行く。カナリア先生、それで問題は無いかえ?」


 「え、えぇ……わかりました」


 「助かるよ。あ〜でも、この子を返すのは“かなりあ”とになるかもだけどね」


 「は、はぁ……」


 「それじゃあ、失礼するよ」




 …………だいぶ意識が戻ってくる。先程までの話を聞くに、ここは校長室なのだろう。


 そして私はいつの間にかそこのソファに座っている。向かいのソファにも、私と話すためかオキナ校長が座っている。



 「……気分はどうじゃ?」


 「…………オキナ校長……」


 「さっきはすまなかったのぅ。でもこれで、君は容疑者から外れる事になった」


 「……あの、何が何だかさっぱりわかりませんけど……私を助けてくれたんですよね? ありがとうございます……」


 「気にする事は無いさ。同じ日本人転生者・・・・・・のよしみじゃないか」


 「……やっぱりオキナ校長って……いえ、オキナさんって日本人だったんですね」


 「そりゃあそうじゃろうて。オキナという名前、如何にも日本人っぽいじゃないか」


 「……まあそうですよね。ところで、あの、オキナさん……」


 「ん? どうしたんじゃ?」


 「さっきの、アレって……何だったんですか?」


 「それについて語るには、まず“魔従教まじゅうきょう”から話さなければならん」


 「魔従教……?」


 「文字通りの者にう宗団体の事じゃ。奴らは、なんとあの魔王を教祖にしておる」


 「それで、どういう人たちなんですか?」


 「魔従教の殆どは人間じゃ。信者は皆魔王の圧倒的な力の虜になって、自ら魔王側に寝返る。でこれがちと厄介でな、奴らは魔の者に魂を売る事で契約が成立するんじゃ。契約が成立すると、その魔の者から絶大な力を与えられる」


 「……つまり魔王や悪魔のような力が人間でも使えるという事ですか?」


 「そうじゃ。その点から、奴らは人間を辞めたと言っても過言では無い。ま、人の形をした悪魔みたいなものじゃな」


 「……もしかして、さっきのって!」


 「うむ。奴らが使う魔の力……それを限り無く似せて作った、ただのレプリカのような物じゃ」


 「レプリカ…………レプリカ!?」


 「驚くのも無理は無い。じゃが残念な事に、あれでレプリカなんじゃ」


 「…………」



 なんてこった。あれでレプリカだって? だとしたら本物は、どれだけおぞましいんだ……。



 「……でも待ってください。それが何故、私が今回の事件の容疑者から外れるんですか?」


 「簡単な事じゃよ。【被害者が実は、魔従教の信者だった】……」


 「そ、そうなんですか!?」


 「そうなんじゃよ。儂も今回の事件の事は知っとるし、現場だって見とる。じゃが王国の捜査は、現場の近くに落ちてた魔従教特有の黒いローブを見落としたようじゃの。後は単純に、【魔従教の活動をしている最中に襲われたら魔の力で抵抗する】……といったところかのう。しかし君はあの調子じゃ、とても真っ向から立ち向かえんじゃろ」


 「……こう言うのもなんですけど、目を瞑っていれば私でも可能なのでは……?」


 「魔従教は魔の力を使うから強い。そんな中、相手を見ないで心臓を的確に貫けると思うかえ? つまり犯人は少なくとも、あの魔の力に耐性がある者になる」


 「あぁ確かに……」


 「それに魔の力は臭気が強い。数時間で完璧に落とせるようなものじゃないよ」


 「なるほど……」



 傍から見れば完全に私が犯人なのに、この人は膨大な知識で私を助けてくれた。この知識の量は長年の経験からによるものなのだろうか。


 しかしそれでもあの魔の力を限り無く似せて作るのは、長年の経験があってもほぼ不可能だと思う。この人本当に何者なんだ……。



 「……そう言えばまだ君の名前を聞いていなかったのぅ。君、名前は何て言うんじゃ?」


 「えっ、名前……アリシア・クーゲルバウム……」


 「違う違うそっちじゃない。元の名前、日本にいた頃の名前じゃよ」


 「あそっちか。えっと、水野そ…………水野、そのかです」


 「そのかちゃんか。歳はいくつなんじゃ?」


 「えっと、17歳の高校生です」


 「つまり現役のJK《じょしこうせい》なんじゃな? いやあ若いのう〜。JKなんて尚更気持ちが昂ぶるのう〜」


 「……ははは……(苦笑)」


 (実は中身が男だなんて言えない……)


 「儂の名前は大城直斗おおきなおとじゃ。これからもよろしくの、そのかちゃん」



 校長が紹介すると、彼は私と握手をするべく右手を差し出してきた。



 「…………」


 「ん? どうしたんじゃそのかちゃん。儂と握手は嫌か?」


 「いえ、その……オキナさん……じゃなくて直斗さん! 折角なので、私と友達の誓いをしませんか?」


 「友達の誓いか。はたして儂らの関係は友達と言って良いのじゃろうか……」


 「……ギリギリ友達だと思いますよ。多分」


 「……まあそのかちゃんがやりたいと言うのなら、久しぶりに友達の誓いやろうかの。ただ久しぶりすぎて忘れてるかもしれんなぁ〜」


 「とりあえず1回やってみましょう」



 こうして私たちは友達の誓いをする。「忘れてるかも」と言っていた割には、彼の手の動きには何の違和感も無かった。



 「ふむ、意外と覚えとるもんじゃの」


 「ありがとうございます、直斗さん。私の我儘に付き合ってくれて」


 「構わないさ。それよりもこうして堂々と授業をサボれる口実を作ったんじゃ、もっと儂と話さんか?」


 「話すって、何をですか?」


 「そりゃ勿論色々じゃよ、色々」


 「色々……」


 「そうじゃな。まず最初は…………」



 そうして私たちは、気のすむままお互いの話をし合った。


 私の元いた世界の学校生活、日常、この世界に来てから、この世界について等々……。



 「えっ!? 直斗さんって元々警察官だったんですか!?」


 「そうよの。と言ってもその頃の儂は、運動や体術以外はまるでダメだったんじゃ」


 「えっでも、警察官って確か公務員試験ありましたよね」


 「それに関しては死ぬ気で勉強してパスしたとしか言えんのう。苦い思い出だわい……」


 「じゃあその知識は、この世界に来てから身に着けた物なんですか?」


 「いや、儂のこの知識は貰った物じゃよ。君と同じようにな」


 「……転生者特典ですか?」


 「そう。『知識増加+』と言ってな、まあ簡単に言えば頭が凄く良くなる特典じゃ」


 「なるほど……つまり敢えて自分の苦手な所を伸ばすことで、自分の足りない所を補完したと……」


 「そうなるの。しかしこの特典のおかげで剣術はおろか魔法まで極めてしまっての。あっという間に儂はSランク冒険者にまでなったんじゃ」


 「そんな貴方が、何故教育者の立場に?」


 「儂は最初に神様に言われた通り魔王を討伐しようとした。しかし奴は儂の想像を超える程の強大な力を持っていた。それだけなら良かったんじゃが、更に奴は倒してもまた時をおいて復活するのじゃ」


 (ん? 長くなりそう?)


 「この世界には勇者と呼べる存在は決して多くない。魔王が復活する度に儂らのような勇者が赴き、命懸けで倒す。それでも奴は復活する。この流れを繰り返していると、段々と儂も歳を重ねてきたんじゃ。まあ老いぼれが魔王を倒せというのも無茶な話、だから儂は魔王を倒す次世代勇者を作り出す為にこの学校を建てたのじゃ」


 「この学校って直斗さんが作ったんですね。でもそれなら校長と言うより理事長なのでは?」


 「校長の方が生徒と接する機会が多いから敢えて校長を名乗っているだけじゃ。ちなみにそのかちゃんが入るあの寮も儂の考案よ」


 「えっ、それ知ってたんですか?」


 「この学校には2つの直轄寮があるんじゃが、その両方ともが入寮前に入寮者のデータを儂の所まで回す事になっておるのじゃ。もし仮面優等生の類であれば、その時に差し止められるじゃろ?」


 「まあそれは確かに……」


 「それもあってか、儂はこの学校の経営者的立場になってしまっての。でそれを続けている内に、いつの間にか儂は賢者と呼ばれるようになったんじゃ」


 「賢者……するとノインの家系のようなですか?」


 「ノイン君の家系のように儂は王宮直属賢者というわけではないが、それでも儂は王宮にかなり近い立場の賢者になったんじゃよ」


 (それで皆この人に頭が上がらなくて、公爵であるお父さんとも顔見知りだったわけか……)



 恐らくだが今王国で一番の知識量を持っているのは、私と同じ日本人転生者であるこの人だろう。それも全て、この人の持つ特典の力あってのものだ。


 私の持つ特典にも、そんな大それた可能性が秘められているのだろうか。しかしまあ、勇者の形は十人十色……と言ったところか。



 「……さて、儂の特典の話はもう良いじゃろ。次はそのかちゃんの番じゃ。そのかちゃんは、何の特典を選んだのかえ?」


 「えっ? えっと……確か『獲得経験値量増加+』だった気がします」


 「うぇっ!? そのかちゃん、その特典を選んだのか? 何とまあ可哀想に……」


 「可哀想? どういう事ですか?」


 「……その特典の事は、儂がこの世界に来る前に神様から聞かされたんじゃよ──」




 異世界転生特典を選ぶ若者と、それを見守る男勝りな女神様。若者は『現代人が異世界転生する際に必要な事:大全集版』で真剣に特典を選んでいる。



 「……神様、これはどうですか? 『獲得経験値量増加+』と言う特典なんですが……」


 「あ〜ダメダメ、その特典は止めといた方が良いよ。あんまりオススメできねぇから」


 「何故ですか? 見た感じ凄く強そうですけど」


 「確かにその特典は、極めれば間違い無く最強・・の特典になるよ。でもそれまでは弱いまんまだし、それに経験値を稼ぐ為に危険を冒さないといけねぇ。しかも成就するまでにかなり時間がかかる。つまりこれは、【一番弱くて、一番危険で、一番時間がかかる】んだよ。まその分リターンはかなり大きい物になるけどな」


 「な、なるほど……」


 「あんたはそんなのより、運動がめちゃくちゃ強くなるような特典か、自分の短所を補うような特典を選んだ方が良い」


 「長所を伸ばすか、短所を補うか…………じゃあ神様、俺はこの特典にします」


 「……ふぅ〜ん……あんた、中々良いのを選ぶじゃん……」




 「──という事があったんじゃ」


 「そ、そうだったんですね……」


 (マジかよ、私のこの特典って最弱なのか……いやまあ高望みしなかった私も悪いけどさぁ…………でも、ラヴィダさんに会えたから今の私がいるみたいなところもあるし、割と私って運が良かったのかな?)


 「……そのかちゃん、もし困った事があれば、気軽に儂に相談すると良い。なるべく力になってあげるからの」


 「あ、はい。その時はよろしくお願いします」


 (ん? 待てよ? 困った事か……)


 「……どうしたんじゃ? そのかちゃん。何か思い当たるようなものでも?」


 「……直斗さん、私困った事あります」


 「……大方想像はつくが、一体何じゃ?」



 私は大きく深呼吸をする。そしてゆっくりと目の前の彼に視線を向ける。



 「実は、ノイン……うちの学級長の事で相談があるんですけど…………」

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