第9話 私と学級長

 「アリシア・クーゲルバウム、学園の規則に則り……【貴様に決闘を申し込む!!】」



 学級長の男子が、木剣片手に私に勝負を仕掛けてきた。只今、実技の授業中である。



 「…………どうしてこうなった……」




 不良たちとの喧嘩から既に何日かが経過し、徐々にこの世界の学園生活にも慣れてきた。水面下では、現在進行形で入寮準備中だ。


 あの不良たちは私に負けたのがこたえたのか、最近ではあまり学校内で姿を見かけない。まあその分平和になるから良いけど。


 かく言う私はと言うと、今までとそんなに変化は無い。それこそ『全身強化フル・ライズアップ』を覚えたぐらいしか。


 しかし、収穫が全く無かったわけでも無い。『魔法教養科』と言うだけあって、算数のような教養の他にちゃんと魔法も教わる。だから先程「そんなに」と使ったのだ。


 更に魔法を教わる過程で、魔法教養科の科目には『実技演習』と言うものが存在する。


 カルマ曰く、授業で覚えた知識を実践したり、時には課題を設けて技量のLV《レベル》アップを図ったりする為の時間らしい。


 が、何やら今日は特別な内容らしく、いつも以上にクラスの皆が騒がしかった。



 (そう言えばこの学校に来て初めての体育か……ずっと机に座ってばっかだったからなぁ……)


 「カルちゃん、今日の実技楽しみだね!」


 「…………」



 いつもは魔法の事となると人一倍熱心に取り組んでいたカルマが、今日の朝からずっと気分が落ち込んでいる。一体どうしたのだろうか。



 「…………(ボソッ)サノちゃん、カルマちゃんどうしたの?」



 小声でサノに耳打ちする。するとサノも察してくれたのか、小声で返答してくれた。



 「……(ボソッ)あ〜、カルちゃんね、多分今日の実技が嫌なんだと思うんだ」


 「えっ、何で?」


 「今日の実技ね、“接近戦”をやるんだよ」


 「“接近戦”? 魔法教養科にいるのに?」


 「うん。細かい理由は忘れちゃったけど、『自分の身を守るために必要な事』なんだって」


 「『自分の身を守るため』か……もしかしてカルマちゃんって、運動苦手?」


 「もしかしなくても苦手だよ……」


 「なるほど……」



 確かに2人でサノを追いかけた時、カルマはすぐに息切れしていたようにも見えたな。


 

 「……ところでさ、今日の実技っていつ?」


 「えっとね、次の次だったかな」


 「次の次か……」


 「……サノ、私今日の実技休むわ……」


 「えっ? カルちゃん?」


 「カルマちゃん、いくら運動が苦手でもズル休みは良くないよ……それにほら、成績とかに響くからさ……」


 「…………どうしてもやらなきゃダメかしら……」


 「そ、そりゃあそうだよ……それに私も運動苦手だからさ、一緒に頑張ろうよ……!」


 「……真っ向から1人で不良4人に挑んで2回も勝った貴女が、“運動が苦手”? ふふっ……」


 (その顔、まるで『笑わせてくれるわね』と言わんばかりの表情だな……)


 「だ、大丈夫だよっ! アリシアちゃんもいるし、私だって運動教えるからっ!」


 「……貴女が教える時、全部パッションだからわからないのよ」


 (パッション……って事は、圧縮言語とか擬音多めって感じか。なんとまぁサノちゃんらしいと言うか……)


 「そもそも、接近戦なんて教わって一体何になるのかしら。実戦でとても役に立つとは思えないのだけど」


 「……でも、さすがに役に立たないって事は無いんじゃないかな。こういうのは、ちゃんと意味があるからやってるんだろうし……」


 「意味があったとしても、何も魔法を覚えるのに接近戦を習う必要は無いでしょう?」


 「まぁ無いかもしれないけど……それ以外にも例えば応用とか、保身とか、緊急用とか、色々使い道はあると思うよ?」


 「……仮にそうでも、私にはどうしても頑張れる気なんて起きないわ」


 「……アリシアちゃん、この状態のカルちゃんに何言ってもこのままだよ……? 私も前に頑張ってもらおうと思って色々やったけど、全部失敗しちゃって……」


 「あぁ、既に同じてつを踏んでたのか……」



 そうなると、カルマは筋金入りの運動嫌いという事になる。「実技楽しみだね」と言っていたサノは、反対に運動が好きでかつ得意そうだが。


 だとしたら、ここで1つの疑問が私の頭に浮かび上がってくる。



 「……そう言えばサノちゃんってさ、聞いてた感じだと運動好きなんだよね?」


 「そんな好きって程じゃないよ! ただ体を動かすのが楽しいからやってていたいなーって感じだし!」


 「それを好きって言うんじゃ……? まいいや。だったらさ、何でほとんど運動しない魔法教養科に入ったの? サノちゃんだったら、別に剣術体術科に入るっていう選択肢もあったような気がするけど……」


 「んーとね、私が小さい頃にある人の魔法を間近で見たんだけど、その人の魔法がパーッてしてたりキラキラキラ〜ってしてたりドーンパーンってなってたの!」


 (ん〜聞いてた通り、確かにこれじゃあ何もわからないな……まぁ、擬音が当てはまる光景を思い浮かべれば何となくわかるけど)


 「それでね、その時『魔法って凄い! 私もやってみたい!』ってなって、魔法科に入ったってわけ! この学校に来たのも、凄い魔法を身に着ける為なんだよ!」


 「ああ〜なるほど……」


 「それで、アリシアちゃんは何でこの学校に来たの?」


 「えっ? ああ、えぇっと……」


 (どうしよう。『親が勝手に入れたから』とか言えないしな……)


 「……私も、サノちゃんと大体一緒だよ」


 「そうなんだ! 私とお揃いだね!」


 (まあ、あながち嘘でもないからいっか)


 「そう言えば、まだカルちゃんがこの学校に入った理由を聞いてなかった気がするな〜……ねぇカルちゃん! カルちゃんは何でこの学校に入ったの〜?」


 「……え? ああ、そうね……私は元々魔法が好きだったから、色々な魔法の勉強をしていたのよ。そこから更に魔法を極めたいと思った結果、巡り巡ってこの学校に来た……というところかしら」


 (いいなぁ2人とも、そういう目的みたいなのがあって。私なんて『親が勝手に入れたから』っていう薄っぺらい理由だからなぁ……)


 「……まぁでも、皆そんな感じだよね。より凄い魔法を覚える為にこの学校に来て魔法を習う。逆にそれ以外の理由があって来てる人って、この学校にいるのかな……」


 「…………私の知ってる中では1人いるわね。それもこのクラスに」


 「えっ、このクラスにいるの?! それって……」


 「おい君たち、さっさと座りたまえ」



 不意に後ろから声がする。振り返ると、そこには不機嫌そうな学級長の姿があった。



 「もうすぐ授業が始まる時間だと言うのに、君たちはいつまで喋り続ける気だ? 全く、僕を困らせたいなら別の所でするんだな」


 「えっと……」


 「……ああ、君は確か編入生のアリシア・クーゲルバウムだったか。編入生の君は知らないかもしれないが、この学園には規則がある。その規則を守ってくれないととても迷惑なんだよ」


 「……何もそこまで言わなくても……」


 「言っておくぞ。君が公爵家の娘だか何だか知らないが、このクラスでは僕が一番の実力者だ。学級長というのは一番の実力者しかなれない。つまり学級長に逆らう事は、一番の実力者に逆らうも同義なんだよ。わかったか、アリシア・クーゲルバウム」


 「…………」


 「わかったらさっさと準備をしたまえ」



 そう言い残すと、学級長は自分の席へと戻っていった。と同時に開始のチャイムが鳴り、私たちは慌てて授業の準備をした。


 そして授業が始まり、私3人は授業そっちのけで密かにかつ静かに学級長の事について話し出した。



 「……学級長っていつもあんななの?」


 「うん、大体あんな感じだね」


 「あれがうちのクラスの学級長か……何あの絵に描いたような悪役高飛車キャラ」


 「それが彼……ノイン・クルツ・サーカズム。彼は魔法の腕を上げる為ではなく、“自分の家の賢者”の地位を継承する為に、この学校へはその通過点として通っている……そんな人よ」


 「学級長の名前ってノインって言うのか……ところでその、“自分の家の賢者”っていうのは?」


 「サーカズム家は昔から王室直属の賢者の家系で、ドラゴンも瞬殺すると言われるその実力は王国一ともされているわ。彼はそこの一人息子で未来の王室賢者というわけね」


 「さっき言ってた、『それ以外の理由で来てる1人』って学級長だったのね……」


 「賢者ってね、とにかく最強なんだよ。上位の剣士と魔法使いを足して2で割って、更にめちゃくちゃ強くしたみたいな感じだから」


 「賢者が強いのは実力だけじゃないわ。それに加えて豊富な知識も持ち合わせているから、王国の対策会議にも率先して呼ばれるのよ」


 「なるほど、それが賢者……」



 うーむ。となると私もいつかは賢者になったりするのだろうか。


 いやしかし、勇者が賢者って何か想像しにくいな。それにチート持ち転生者の誰しもが賢者になってるわけでも無かろうし。


 でもあのオキナ校長は恐らく日本人転生者のはずなのに、勇者と言うよりまさしく賢者という感じだった。この違いは一体何なのだろう。


 近々、あの人にまた会ってみる必要がありそうだ。



 「……ちなみに2人に聞きたいんだけどさ、2人は賢者になってみたいとかある?」


 「ん〜どうだろ……今まで考えた事無かったけど、賢者にはならなくていいかな。今のままが良いって言うか」


 「魅力的な話だけれど、私も遠慮しておくわ。私が賢者に……なんて自分でも想像できないもの」


 「アリシアちゃんは?」


 「私もパス。聞いた感じだと、賢者って色々な事に縛られそうだもん」


 「やっぱりアリシアちゃんも自由な方が良いんだね〜」


 「そりゃあね……それより2人とも、話に付き合ってくれてありがとね」


 「こっちこそありがとっ」


 「私たちで良ければ、いつでも話を聞くわよ」



 2人と時々話しながらも、こうして授業の時間はどんどん過ぎていった。


 授業が終わってチャイムが鳴ると、クラスの男子たちは袋やら服やらを持って一斉に教室を出ていった。


 それもそのはず、次の授業が例の実技の時間だからだ。私たちはこの休憩時間の間に、制服から動きやすい私服に着替える必要がある。


 この3-Aクラスは女子の方が圧倒的に多い為、当然着替えの主導権は女子にある。だから男子たちは厄介払いされたのだ。


 私は鞄から運動着を取り出し、着替える事にじっと集中する。少しでも周りの光景に目を奪われると、恐らく手が完全に止まってしまう。


 いくら周りがアリシアと同い年でも、私にとっては異性である事に変わりは無い。「秘密の花園」とはこういう所を言うのだろう。



 (体操服っぽいのにスカート、それに運動靴か……まあ複雑なやつとかじゃなくて逆に良かったけど。汗拭きタオルに、このビンは……日焼け止めクリームか! えーこれあの人(前の世界のクラスの女子)たちどうやって使ってたんだろ……)


 「アリシアちゃん、それ日焼け止めクリーム?」



 サノが私の元に近寄る。彼女は既にシャツ・ショートパンツへと着替え終えていた。



 「うん、多分そうだけど……」


 「ちょっと使っても良い?」


 「使っても良いけど、あんまり使いすぎないでね」


 「ありがとっ!」


 (丁度良かった。女子が日焼け止めクリームをどう使うのか、この目に焼き付けとかないと)


 「アリシア、サノが終わったら私にもその日焼け止めクリーム貸してくれないかしら?」


 「うん、良いよ」



 カルマにも約束を取り付けた時、クラス中の女子が一斉に私の元に寄ってきた。どうやら「日焼け止めクリーム」という言葉に反応したらしい。



 「アリシアちゃん、後で私にも貸して〜」


 「私もそれ使いた〜い」


 「ちょ、ちょっと待って! 順番、順番だから!」


 (やっぱりこの日焼け止めクリームが高級だから皆使いたいのかな……うぅ、私の番までに無くならないといいけど……)



 おっと、読者の皆様が言わんとしている事はわかる。


 そもそも中身が男なのに、日焼け止めクリームを使いたがるのは何故かって?


 単純な話、日焼けすると痛いから。それに黒くなりたくない。それだけ。



 「ありがとね、アリシアちゃん」


 「いえいえ……」


 (結構使ったけど、私が使う分残ってるかな…………あ、ギリギリ残ってた)



 さっき見た通りに日焼け止めクリームを塗った私は、待っていたサノとカルマと一緒に校庭へと向かった。


 外に出ると、既にクラスの何人かとカナリア先生が集まっていた。


 カナリア先生は私たちの担任だが、それと同時に魔法を教えてくれる先生の内の1人でもある。どうやら今日の実技はカナリア先生が担当らしい。


 徐々にクラスのメンバーがカナリア先生の元に集まってくる。やがて開始を告げるチャイムが鳴った。



 「はーいそれじゃあ皆、出席を取るから静かにするかな〜」



 カナリア先生の一声で周りが静かになる。これもあの学級長の影響なのか、それとも単にメリハリをはっきり着けられるだけなのか、それは私にはわからない。



 「……はい、今日はここにある木剣を使って『属性付与エンチャント』の基礎を覚えるかな〜」


 (基礎ってことは……その『属性付与エンチャント』はいくらでも応用が利くっていう事か)


 「まぁ初めて聞いてわからないと思うから、まずは実際に見てもらおうかな。私の右手に注目しててね」



 カナリア先生がそう言うと、自身の右手が私たちに見えるように突き出した。



 (……ボンッ!)



 先生の右手から『フレイム』によって火の塊が出てくる。カナリア先生は炎属性適正なので、手本の際には毎回『フレイム』を使って実演してくれる。


 ちなみに『フレイム』は見てわかる通り『微小炎リトル・フレイム』を強化した魔法で、魔力消費以外の全てにおいて『微小炎リトル・フレイム』の完全上位互換である。


 その『フレイム』が、見る見る内にカナリア先生の右手全体を覆うように移動していき、最終的に火は右手を完全に覆い隠していた。



 「……とまあこんな感じで、イメージとしては手袋とかグローブに近いかな。で、これを上手く使うと……」



 そう言って先生は、近くにあった木剣の内の1本を手に取った。私たちに見えるように目の前に掲げている。


 すると今まで先生の右手を覆っていた火がだんだんと剣へ、そして刃部分へと移っていった。5秒と経たずとも、木剣は炎の剣に早変わりだ。



 「この炎の剣の状態が、いわゆる『属性付与エンチャント』で一番重要な箇所。これを覚えられないと、『属性付与エンチャント』の真価は発揮できないかな。ああちなみに、この炎は剣をっているのではなくて、感覚で言うならっている状態だから剣が燃える事は無いかな」



 そう補足すると、先生は剣を振って炎を消した。『属性付与エンチャント』後の木剣は、焦げ跡はおろか燃えた痕跡すら無かった。



 「……で、今から皆に『属性付与エンチャント』のやり方を教えるから、ちゃんとしっかり聞いておくかな」



 そうして先生は『属性付与エンチャント』のやり方を長々と説明した。


 とは言え、私には“コレ”があるから説明を聞く必要がほぼ無いんだよね。



 【魔法:『属性付与エンチャント』を習得しました】



 こういう時に便利だよね、この“特典”。


 しかしまあ、その分努力という過程をすっぽかしているから、この仕様は結構不平等だと思う。


 でも、この“特典”のおかげで運動の苦手な私が勇者になれると言うのだから、正直私の心境は複雑だった。



 「はーい、やり方わかったかなー? 何かわからない点があれば、いつでも私に聞いてねー。じゃあ最初は、手袋の状態から始めよっか! それじゃあ、実習始め!」


 「……ねえアリシアちゃ〜ん。今の説明でわかった?」


 「ちょっとサノ、貴女人に頼るのが早すぎるわよ。少しは自分で考えたらどうなの?」


 「そう言うカルちゃんはわかったの?」


 「……わかった、と言えば半分嘘になるわね。私もまだ60%ぐらいしか理解してないわ」


 「ほらぁ! カルちゃんだって全部わかってないんじゃん!」


 「私が言いたいのは、あまり他人に頼りすぎるなって事よ」


 「いや別に……むしろ頼ってくれていいんだよ? 私は今ので100%理解したし……」


 (と言うか見て覚えただけだけど)


 「えっ、そうなの? じゃあアリシアちゃん、私に教えて〜!」


 「うん、良いよ。説明がわかりにくかったらごめんね」


 「……アリシア、私にも教えてもらえないかしら?」


 「オッケー。じゃ、見ててね」


 (とりあえず先生と同じように、まずは右手に『浄水生成クリエイト・ウォーター』……!)



 私は頭の中で詠唱し、右手に『浄水生成クリエイト・ウォーター』で作った水を溜める。表面張力なのか『水操作』の能力なのかはわからないが、水が手から溢れるような気配は無い。



 「えっと……魔法を操作するスキルってあるでしょ? 私の場合は『水操作』だけど、その操作のスキルを使って最初に手全体を覆う感じ」



 と言いながら実演してみせる。サノもカルマも、息を呑んでこの光景を見ていた。



 「で、この状態から指先全部と手の甲からも魔法を出せるような感覚で神経を集中させる」


 「おぉぉ……」


 「ここまで来たら、あとは右手全体を魔法の塊として意識する。そうするとほら……先生がやったような感じになる」


 「凄い……」


 「後は自然と、魔法そのものが手にコーティングされた感じになって、『属性付与エンチャント』の完成……かな。『属性付与エンチャント』が完成すれば指先に意識とか集中しなくていいから、自由に手を動かせる」


 「…………すごい……すごいよアリシアちゃん! アリシアちゃんの説明、すっごくわかりやすかった!」


 「えぇ、確かに凄いわね。でも貴女の事だから、更にその先も行けるのでしょう?」


 「えっ」


 「確かに! アリシアちゃんだったら行けそうだよね!」


 「……その先って言われても、何すればいいの……」


 (なんでこの2人は私に対して無茶振りしてきてるんだ? 2人から見た私って、そんなに強く見えるのかな……)


 「……まいいや。じゃあ、『属性付与エンチャント』した右手を握り拳にして、更に水を足して、で水を『凍結フリーズ』して氷のグローブ……とか?」


 「『氷晶拳アイス・フィスト』ね」


 【魔法:『氷晶拳アイス・フィスト』を習得しました】


 (おっと、予期せず魔法を習得してしまった。とりあえずこの『氷晶拳アイス・フィスト』は解除しておこう)


 「他には? 他には?!」


 「えっと……じゃあさっきみたいに右手に『属性付与エンチャント』をして、手を広げた状態で『凍結フリーズ』。で指先に『浄水生成クリエイト・ウォーター』で水を這わせて、滴るところをまた『凍結フリーズ』。これを繰り返して、自然と氷柱ができる要領で指先を鋭くしていくと……」


 「凄い! これまるで氷の鉤爪みたいだよ!」


 「『属性付与エンチャント』を使ってこんな芸当ができるのね……サノの言う通り、これは氷の鉤爪に見えるわ」


 「氷の鉤爪……じゃあこれの名前は『氷晶爪アイス・ネイル』…………なんちゃって……」


 【魔法:『氷晶爪アイス・ネイル』を獲得しました】


 (獲得……ってことはこれは私のオリジナル魔法なのね。ひとまず解除っと……)



 サノとカルマに『属性付与エンチャント』の応用を教えていると、それを見ていたカナリア先生が不意に私に声を掛けてきた。



 「アリシアちゃん凄いわね! もうそこまで『属性付与エンチャント』を使いこなせて、私とてもびっくりしたかな。さすがは公爵様の娘さんかな!」


 (いや、それはあまり関係無いと思う)



 するとその先生の声を聞いたクラスの皆が、一斉に私の元へと駆け寄ってきた。



 「ねぇねぇ、私にも教えて!」


 「アリシアちゃん、これどうやるの?」


 「アリシアちゃん、俺にも教えてくれ!」


 「『属性付与エンチャント』って、こんな感じで合ってる?」


 「ちょ、待って……待ってって…………」


 (と言うかこの光景さっきも見たんだけど!)



 そんな感じで私がクラスの皆にもみくちゃにされている様子を、学級長のノインが傍からじっと見ていた。



 「こら皆、アリシアちゃんは1人しかいないんだから、いっぺんに来られてもアリシアちゃん困っちゃうかな。それに教えるだけなら私とか、あとノイン君もいるかな」


 (あの学級長も『属性付与エンチャント』できるのか……)


 「……先生、学級長は1人の方が集中できるらしいで〜す」


 「それに、私たちに教える気は無いって言ってました〜」


 「あらら……まぁ、そりゃそうか。しょうがないから、私とアリシアちゃんで皆に教えよっか。それでいいかな? アリシアちゃん」


 「えっ!? いや、あの……」


 (カナリア先生と分担して皆に教えるとしても、それでも1人で10何人……もっと言えば20人ぐらいを捌かなきゃいけないわけでしょ……? いやキツいキツいキツい)


 「……せめて誰かもう1人できる人が欲しいです……」


 「もう1人できる人って言われてもねぇ……他の先生を呼んでくるわけにもいかないし、ノイン君はあんな感じだし……」


 2人で困り果てていると、突然私の後ろから大きな声が聞こえてきた。



 「……やったぁー!! 『属性付与エンチャント』できたぁー!!」



 振り向くと、右手が炎に包まれたサノが喜び舞っており、同じく右手が水に包まれたカルマが静かに驚いていた。



 「ふ、2人とも『属性付与エンチャント』できたんだ! おめでとう!」


 「貴女の教え方が上手かっただけよ、アリシア」


 「……でも、2人とも身に着けるの早くない? もうちょっと時間がかかるものだと思ってたけど……」


 「ん〜……アリシアちゃんに教わった通りにやったら、なんかできちゃった!」


 「サノは魔法の腕に関しては本当に天才ね。ちなみに私は、頭の中で地道に分析して身に着けたわ」


 「なるほど……話を聞く感じだと、サノちゃんは天才型でカルマちゃんは努力型なんだね」


 「まあ……そうなのかしらね」


 「それよりもさ、これでアリシアちゃんの負担が軽くなるよ! 私たち4人で教えれば何とかなるかも!」


 「……サノ、貴女は教えるのが下手なんだから、私と一緒に教えた方が良いわ」


 「えぇ〜? 私も教えたいよ〜!」


 「……じゃあ私とアリシアちゃんとカルマちゃんたちでクラスの皆に教える感じかな。これならアリシアちゃんも大丈夫かな?」


 「あ、はい。何とか」


 「よ〜し。それじゃあ皆〜、良い感じに3列になってほしいかな〜」



 こうして私たち3人……正確に言えば2人と1組はクラスの皆に『属性付与エンチャント』を教えて回った。


 後で先生に聞いてわかった事なのだが、例えわかりやすく教えてもらったとしても、1回目に『属性付与エンチャント』を成功させられる人は滅多にいないらしい。


 賢者家系のノインや特典の力で手に入れた私はともかく、サノとカルマの2人は少なくとも天性の魔法の才能がある、と言えるだろう。



 「……うん、アリシアちゃんの方もカルマちゃんたちの方も教え終わったみたいかな。じゃあ次は2人1組のペアを組んで、剣に『属性付与エンチャント』をする練習をしようかな。それじゃあ皆ペアを組んでね〜」


 「アリシアちゃん、私とペア組も〜!」


 「私もアリシアちゃんとペア組みたい〜!」


 「俺とペアを組んでください!」


 「アリシアちゃんのペアは私がなるー!」


 「えっ!? いや……あの……」


 (もう何度目だよこの光景!)



 私が再びクラスの皆でもみくちゃになっていると、学級長のノインが突然声を上げた。



 「君たち邪魔だ! そこを退きたまえ!」


 「えっ? な、何?」



 その声に反応したクラスの皆が学級長のためか私への道を空け、その道を通って学級長のノインが私の元に来た。



 「えっと…………私に何か用ですか……?」


 「アリシア・クーゲルバウム、君はこのクラスで僕の次に『属性付与エンチャント』を覚えたのだろう? なら、その才能を持っている君は僕のペアに相応ふさわしい……そう思わないか?」


 「は、はぁ……」


 「だから君をこの僕のペアにしてやる。光栄に思えよ」


 「……あの、普通に嫌なんですけど…………」


 「これは強制だ。君に拒否権なんか無い」


 (うっわ面倒くせぇ……と言うか先生どころかクラスの皆は何で誰も何も言わないんだ?)


 「さぁアリシア・クーゲルバウム、剣を持ってこっちに来い。そして僕の練習に付き合え。どうせ君の事だ、剣に『属性付与エンチャント』もできるんだろう?」


 「…………」


 「早く来い。僕に無駄な時間を使わせないでくれ」


 (もう良いや……こいつは適当にあしらっておこ……)



 私は木剣を持ってノインの元に渋々歩み寄った。ノインの方も既に別の木剣を手にして待っている。



 「…………で、練習って何するんですか?」


 「『属性付与エンチャント』した剣を使っての模擬試合だ。何事も経験と知識が物を言うからな」


 「……ああ、そうですね」


 「賢者になる者として、剣術も身に着けなければならない。だが下賤の者は誰も僕の練習相手にすらならなくてな」


 「……つまり私だったら貴方の練習相手になると? だったら『僕とペアになってください』って言やぁ良いのに、何でそんな回りくどいんですか?」


 「僕は君たちと馴れ合う気は無いからだ。それに下賤の者に頭を下げるぐらいなら、僕は自分から死ぬ方を選ぶね」


 「……そうですか」


 「そろそろ無駄話は終わりだ、アリシア・クーゲルバウム。さあ剣を構えろ。そして本気でかかってこい」


 「本気、ねぇ……」


 「行くぞ、アリシア・クーゲルバウム!」



 その声と同時に、私とノインは剣に『属性付与エンチャント』をする。剣への『属性付与エンチャント』は右手と勝手は違うものの、一発で成功させる事ができた。



 (よし、成功した)


 「……なあおいアリシア・クーゲルバウム、君はふざけているのか? 何故君の剣は『水:属性付与エンチャント』なんだ?」


 「そりゃあだって、『氷:属性付与エンチャント』は危ないですから。それに『水:属性付与エンチャント』をあまり舐めない方が良いですよ」


 (と言うかぶっちゃけ『凍結フリーズ』が面倒臭いだけだし、何より実は水の方が氷よりも強かったりするんだよね)


 「……『氷:属性付与エンチャント』にしなかったのを後悔するんだな」



 彼がそう言った次の瞬間、私の方に鞭のような刃が飛んできた。しかもその刃、どう見ても鉄製である。



 (ガンッ!)



 私は間一髪のところでその刃を弾き返した。この学級長、完全に本気だ。



 「ぁ…………っぶなぁ〜」


 「ほう? まさか僕の初撃を弾かれるとはな。でもそのまぐれもいつまで続くかな?」



 弾かれた刃はノインの方へ、正確に言えば彼の持ってる剣へと戻っていった。



 (なるほど、“蛇腹剣”か……刃は鉄、刀身は弾いた感じだと木よりも硬い物だったから多分石、鞭としてしならせた部分は相当柔らかい物でしかも木剣から伸びている。考えられるとしたら……植物の蔓? とするとノインは地属性の使い手っぽそうだな。にしても『属性付与エンチャント』の使い方次第でそんな事ができるのか……)


 「何をボーッとしている、アリシア・クーゲルバウム!」



 考え事をしているとすぐに2発目が飛んできた。私はその2発目を弾き、彼の懐に走り寄って近づく。



 「あぁ、君がそう来る事は知ってたさ。僕も間抜けじゃないんでね」


 (グッ)


 (剣を後ろに引いた……? まさか!)



 私は慌てて足を止め、後ろを振り向く。見るとさっき弾いた刃の剣先がこっちに向かって真っ直ぐ飛んできているところだった。



 (ガンッ!)



 またもや間一髪のところで剣先を弾く。そして私は即座に彼から距離を取った。



 (いやなんかもう……こいつ容赦無さすぎだろっ!)


 「あれに気づくとはな。さすがは僕が相応しいと認めた女だ。さあ仕切り直そうじゃないか、アリシア・クーゲルバウム」


 「言われなくてもわかってる……っつーの!」



 再びノインの懐へと走り寄る。今度は先程よりも2倍ぐらいの速さで。



 (この距離なら斬り上げが当たる! そこだぁ!)


 (ガンッ!)


 「!?」



 私の5割程全力の斬り上げ攻撃は、辛くもノインの剣に弾かれてしまった。



 (嘘でしょ……何で今の止められたの?)


 「……将来賢者になる者として、剣術は完璧にならなければならない。そして剣術と言ったら本来は接近戦が領分じゃないか。そうだろう?」


 (しまった。こいつ……)


 「攻守交代だ」



 その言葉を引き金にノインの剣は速く、そして強くなって私に襲いかかった。



 (普通に剣を使った方が強い!)


 (ガンッ!)


 (ゴンッ!)


 (ガンッ!)



 私はその攻撃に当たらないように必死に剣を弾き返す。それでも彼の剣の勢いは衰えを見せない。



 (……でも剣の振りは雑だし、まだまだ甘い所があるな。かと言って油断してたらすぐにでもやられそうだ)


 「どうしたアリシア・クーゲルバウム。守ってばかりだと僕の練習にならないじゃないか」


 (ガンッ!)


 「……強制的に練習相手に指名しておいてよく言うね……」


 (ゴンッ!)


「それは嫌味か? だが生憎、僕にとっては褒め言葉だ」


 (ガンッ!)


 (……やべぇ、そろそろ耐えるのも限界になってきたな……でも本気出すわけにもいかないし……)


 「その顔、もう限界という顔だな。なら僕のこの一撃で終わらせてやろう」



 彼は宣言通り、私に最後の一撃を与えようと剣を大きく振りかぶった。


 が、ここである事態を引き起こしてしまう。


 まず振りかぶられた剣を私は受け流し、彼は体勢を崩した。その隙に、受け流した勢いそのままで彼の顔に勝手に強烈な剣の一撃を与え、ノインはよろめいた。



 「あ……」



 私はその様子に唖然とする。体が勝手に動いたのを認識するのに時間は必要無かった。


 ほんの、一瞬の出来事だった。


 私の持つスキル『イナシ討ち』が、私自身が全く意識しないまま自動で発動したのだ。


 勿論私は学級長相手に『イナシ討ち』を使おうと考えた事は無い。にも関わらず、彼は無意識下の『イナシ討ち』によってダメージを受けてしまった。


 この光景を目にした私や、私たちの練習を見ていたと思われるクラスメートの大半の動きが止まり、辺りには不気味な静寂が訪れた。


 さすがの私でも、この状況には何らかの危機感を覚えずにはいられなかった。もっと簡単に言えば、私は察してしまったのだ。



 (やべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇや)



 彼の顔の傷から1滴の血が垂れる。ノインはできた傷を、そして垂れた血をなぞるように自身の指で同じ軌跡を辿った。



 「待って、『回復ヒール』っ!」



 私は慌てて彼に『回復ヒール』をかける。この時の私は、一刻も早く傷を治さなければ、という思いでいっぱいだった。


 その思いに応えるように、彼の顔の傷は見る見る内に治っていき、垂れた血も元の場所に戻るように消えていった。『回復ヒール』で傷痕を無くすのに、5秒もあれば十分だった。


 再びこの場に沈黙が訪れる。周りのクラスメートは皆息を呑んでいるようにも感じた。


 しばらくして彼が口を開くと、周りの皆の体は先程よりも硬直し、そして皆一斉に言葉を失った。



 「…………この僕の顔に傷をつけるとは、良い度胸じゃないか……アリシア・クーゲルバウム、そう言えば“貴様”には常々思う所があったな……」


 (ん? “貴様”? 何か嫌な予感が……)


 「編入した時からクーゲルバウムの名前を使って、生徒はおろか教師まで懐柔しやがって。それに同じ日に剣術科の不良共に1人で殴り込みにかかる野蛮さも、とてもじゃないが僕には理解できない」


 「いや、それは……」


 「言い訳なぞ無用! 貴様にはまだあるぞ。貴様の知識や魔法の能力を他の奴に教えて、そのおかげで着実に周りを取り込んでいる。少しできるからって、調子に乗るな」


 「あの、私ただわからない所を教えてるだけなんですけど……」


 「それに貴様のその態度だ。初めて会った時から、僕は貴様の態度が気に食わなかった」


 「……それは完全に八つ当たりなのでは?」


 「……ああ、魔法と言えば思い出した。貴様、僕の下僕の魔法を盗んだそうだな?」


 「下僕? 盗んだ? どういうこと?」


 「あくまでしらを切るか。まあいい。なら卑劣な貴様に思い知らせてやろう……僕の一族サーカズム家には、無数の賢者家系が弟子入りしてくる。もっとも、僕はそいつらを弟子だなんて思った事は一度も無いがな。むしろていのいい下僕程度にしか思っていない」


 (うわ、弟子可哀そ……)


 「でその下僕の中に、貴様に『僕の『全身強化フル・ライズアップ』を覚えられたあげく使われた』と泣き喚く奴がいたんだ」


 (えっ、それって……不良が2回目に連れてきたあの男子だよな……あの子こいつの弟子だったのか)


 「まあ僕はそんなのはどうでも良いが、それでそいつが働かなくなっても僕が困るからついでにな。しかし、これだけの材料があれば貴様を気兼ねなく痛めつける事ができる」


 「は、はぁ……」



 なるほど、つまりは某宇宙の帝王の「絶対に許さんぞ虫けらめ! じわじわとなぶり殺しにしてくれる!」的なやつか。


 いやいやそんな事を考えてる場合じゃない。



 「……それで、何だって言うんですか?」


 「そうとなれば、僕がやるべき事はただ1つ…………アリシア・クーゲルバウム、学園の規則に則り……【貴様に決闘を申し込む!!】」


 「…………は?」



 そうして現在いまに至る、というわけである。



 「……いやいやいや、決闘? え、なんで……?」


 「ああそうか、貴様は編入生だから知らなかったな。ならこの僕が無知な貴様に教えてやるとするか」



 彼曰く、この学校には決闘に関する規定が定められており、それも細分化されているという。


 まず決闘の概要として、要は揉め事が起こった際に決闘で勝敗を決し、敗者は勝者の望みを叶える、というもの。


 決闘を申し込まれた側は申し出を拒否する事も可能だが、その場合は自動で敗者になるらしい。


 この決闘、厄介なことに休憩時間以外に実技の時間中でも申し込める。だから彼は今決闘を申し込んできたのだ。


 決闘のルールとして、まずお互いに魔法・スキル両方とも使用可能。武器は極度に危険でなければ使えるんだとか。


 決闘の際には審判(判定役)が1人以上立ち合う必要がある。決闘と言えど規則なのでここは公平に、ということなのだろう。


 勝敗の決着方法は至って単純シンプル。相手に一定以上のダメージを与えるか、相手が降参サレンダーを宣言すれば勝ちとなる。


 これにより、敗者は勝者の望みを必ず叶えなければならない。しかし敗者が望みを叶えなければ規則違反となり、社会的制裁だの高い罰金だのと言った重い罰を受ける、と彼は説明した。



 「これで鳥頭な貴様にもわかっただろう?」


 「ま、まぁ……」


 「さてここでだ。僕は貴様に何を望むと思う?」


 「……何も思いつかないけど、きっと私にとって嫌なものなんでしょう?」


 「ふっ、さすがにわかるまい。僕の望み、それは……アリシア・クーゲルバウム、僕が勝てば【貴様は僕の前に二度と姿を見せるな。つまり退学してもらう】」


 「…………は……はぁ!? 何それ、そんなの認められるわけないじゃん!!」


 「僕ならできる。貴様とは格も位も違うからな。それとも決闘の申し出を断るか?」


 「そんなの出されたら、断れるわけ無いでしょ! いいよ、その決闘、受けて立つ!!」


 「全く、馬鹿な奴だな貴様は……」


 「その代わり、私が勝てば私の望みを叶えてもらうからね!」


 「ああ勿論だとも。貴様が勝てばな」


 (この余裕と言い、要望と言い……今まで誰もこいつに物申さなかったのは、決闘の規則があるからだったのか。不良のあれは……審判いないし、さすがに違うよな)



 そんな話をしていると、私の後ろからカナリア先生がやってきた。カナリア先生はこの話を全部聞いていたようだった。



 「……それじゃあ、学園規則に則り、ノイン・クルツ・サーカズム対アリシア・クーゲルバウムの決闘を始めます。審判は私が担当するかな。では両者、位置について」



 木剣を持った私とノインはお互いに距離を取り、カナリア先生の合図を待つ。



 「始めっ!!」



 その声がかかると同時に、私は彼の懐めがけて突っ走る。しかし彼は動く気配を見せない。



 (……動かない? だったら一気に終わらせる!)



 私はスピードを上げる。が、意気込んですぐにノインが魔法を唱えた。



 「……『束縛バインド』」


 「えっ? ……ぎゃんっ!」


 (ズテーン)



 走っていた私は、いきなり派手に転んで顔から行ってしまった。



 「いっ……た〜…………ん?」



 足に違和感を感じ、見るとどこからか生えた植物の蔓が強めに巻き付いていた。


 更にいつの間にか腕や体にも同様に蔓が巻き付いている。


 まあこの程度なら何とか引き千切れるなと思った矢先に、彼が次の魔法を唱えた。



 「『重力グラビティ』」


 (ズーン)


 「ぐふっ!」


 (……何これ……体が、持ち上がらない……?! 『重力グラビティ』って言ってたから、重力を操る魔法か……)



 『束縛バインド』と『重力グラビティ』を受けている私を見て、彼は静かに魔法を継続しながら笑っていた。



 「驚いたか? 『束縛バインド』も『重力グラビティ』も、とても力の強い魔法だ。強い魔法はその分詠唱を必要とするが、僕ならそれらの魔法を無詠唱ゼロタイムで発動できる」


 「無詠唱ゼロタイムで発動できるって……それは貴方が王室直属賢者の家系だから?」


 「それも間違いではない。だが僕にはスキル『高速詠唱』があるんだよ」


 「なるほどね……へぇー……ふぅーん……」


 「まあ貴様がいくら無駄口を叩いたところで、この僕には勝てないだろうがな」


 「……体は動かなくても、まだ魔法があるから平気だよ。『アイシクル……」


 「おっとそうはさせない。『詠唱封印チャンティング・シール』!」


 「(パクパクパク)…………!? 魔法が、使えない……?!」


 「魔法というのは難儀な物で、大抵の魔法には詠唱を必要とする。その詠唱を封じてやればほら、今の貴様のように文字通り手も足も出せなくなる」


 「くぅぅぅぅ……」


 「さあアリシア・クーゲルバウム、降参しろ。もはや貴様に勝ち目は無い」



 『束縛バインド』、『重力グラビティ』、そして『詠唱封印チャンティング・シール』。確かに、普通にやれば勝ち目は無さそうだ。



 「…………悪いけど私、降参だけは絶対しないよ」


 「何もできない癖にか? それとも魔法の効果が切れるのを待っているのか? どの道、貴様が何をしても無駄だ」


 「うぅぅ…………」



 ノインは『重力グラビティ』の維持で、私は魔法の効果でお互いに動く事ができないこの状況……恐らく先に仕掛けた方が勝つだろう。


 妖精がさえずるような静寂が、しばらくの間続いた。この間、不思議と誰も声や音を上げる人はいなかった。



 「……いい加減そのくだらない意地を張るのを辞めたらどうだ? 正直な話僕だって魔力はあまり使いたくない。だから貴様が降参さえしてくれれば、僕はそれで良いんだ」


 「…………魔力を使いたくないとか、それなんてナメプ? 私を負かしたいんだったら、さっさと魔法を使って終わらせれば良いだけじゃん。違うの?」


 (……勢いで挑発しちゃったけど、これ確実にあいつ本気出すよな……? そうなると私ワンチャン負けるぞ……)


 「……ふっ、貴様がそこまでの命知らずだったとはな。ならお望み通り、僕史上最高の魔法でフィニッシュにしてやる」



 そう言って彼は、『重力グラビティ』をしている手と反対の手を使って魔法を詠唱する構えに入った。



 (『高速詠唱』があってもかなりの詠唱を必要とする魔法が存在するのか……)


 「……王宮直属賢者サーカズム家次期当主ノイン・クルツ・サーカズムがここに命じる……」


 (あっやべ。これ本気マジなやつだ!)


 「……の者の足元に、巨大な突風を巻き起こせ! 食らえっ! 『砂地ご……」


 「……今だっ! 『水柱』っ!!」


 「!?」



 私が声を上げると同時にノインの足元から勢いの強い水柱が立ち昇り、水が彼の全身を包んだ。



 「そしてそのまま『凍結フリーズ』っ!!」



 立ち昇った水は瞬時に冷えていき、やがて彼を包んでいる水は全て氷へと変化した。


 今の彼は両腕両足が氷で縛られており、自由が利くのは体と肩より上ぐらいだ。


 それに彼が氷によって固められた影響か、私を取り巻いていた『重力グラビティ』はきれいさっぱり効力を無くし、『束縛バインド』がありながらも手足を動かせるようになった。



 (あ、あっぶねぇ〜……あと少し出すのが遅かったら負けてた……にしても、研究しててよかったな、『水柱』。まだ未完成だったけど)


 一方彼は不意をつかれたからなのか、私に困惑した様子で話しかけてきた。気にせず私は体に巻き付いた魔法の蔓をブチッブチッと千切っていこう。



 「……どういうことだ? 何故貴様は魔法を使えたんだ! 『詠唱封印チャンティング・シール』はまだ効果時間中のはず……!」


 「魔法? もしかしてさっきの『水柱』の事言ってる? 生憎だけど、あれ魔法じゃなくてただの応用技術なんだよね」


 「……あれが応用だと?」


 「そっ。あれ自体は『浄水生成クリエイト・ウォーター』と『飛沫スプラッシュ』、それにこの前授業で習った『放出』のスキルを組み合わせただけ」


 「遠く離れた場所に『浄水生成クリエイト・ウォーター』だと? そこまで行けば、もはや『浄水生成クリエイト・ウォーター』じゃない!」


 「……気づかなかった? 私ずっと、貴方の足元に『浄水生成クリエイト・ウォーター』を這わせていたんだよ?」


 「…………いつからだ」


 「確か……『降参しろ。もはや貴様に勝ち目は無い』の辺りからかな」


 「……クソ、まさか僕がこんなものに気づけないなんて……」


 「ちなみに、私が使った魔法は『浄水生成クリエイト・ウォーター』と『凍結フリーズ』だけ。どっちも無詠唱ゼロタイムだから、『詠唱封印チャンティング・シール』の影響は受けないよ」



 そうこう言っている内に、私は自分の体に巻き付いていた全ての蔓を引き千切る事ができた。


 千切った魔法の蔓はまるで急に枯れるように消滅していき、後には何も残さなかった。


 その後私は落ちた木剣を拾い、ゆっくりと彼に近づいた。



 「…………ふふふ、この程度で僕に勝ったつもりか? 残念だったな、僕はこんな氷なんて簡単にけるしかせるんだよ」


 「へえ? じゃあ……はい、『詠唱封印チャンティング・シール』」


 「……は?」


 「いやあ、この魔法凄く便利だよねぇ。しかも、『高速詠唱』で無詠唱ゼロタイムになると来たもんだ」


 「……待てっ!! おい待てっ!! 貴様、何故『詠唱封印チャンティング・シール』と『高速詠唱』を覚えているんだっ!!」


 「貴方が思う程、私は馬鹿じゃないって事。あちなみにその氷、『束縛バインド』をかけてあるから力づくでも壊せないと思うよ」


 「『束縛バインド』も覚えているのか……?!」


 「まあね。あと『重力グラビティ』もあるけど、見る?」


 「っ…………!」


 「ま、ともかく……」



 既にノインの目の前まで歩いてきた私は、氷に固められて動けない彼に持っていた木剣を突き出した。



 (スチャッ)


 「……詰みチェックメイト、文字通り私のコールド・・・・勝ち」


 「…………忘れたのか? 勝利条件は、相手に一定以上のダメージを与えるか、相手が降参するかだ。僕はまだダメージを受けていないし、降参もしていない。つまり貴様はまだ勝ってすらいないんだよ」


 「…………ねえノイン。こっちで何て呼ぶのかは知らないけど、貴方チェスとか将棋は好き?」


 「……何の話だ?」


 「私は好きだよ。だって戦略を考えてる時が一番面白いもん」


 「貴様、さっきから何の話を……」


 「でね、チェスで言うチェックメイトって、将棋の王手とは違うんだよ。『王の首、討ち取ったり』っていう完了の報告がチェックメイト。つまり何が言いたいかわかる?」


 「…………僕が負け確定、とでも言いたいのか?」


 「いや〜残念だったね! ……正解だよ」


 (スッ)



 そう言って私は剣を両手で持ち、居合のように左後ろ側で構える。大きく深呼吸し、彼の言葉をじっくりと聞く。



 「……僕が負け確定? 夢を見るのは構わないが、少しは現実を見たらどうだ?」


 「現実を見るのは貴方です、ノイン・クルツ・サーカズム」


 「!!」


 「忠告します。私はこれから貴方に“超強い攻撃スキル”を打ちます。痛い思いをしたくないのであれば、そのまま降参してください」


 「“超強い攻撃スキル”? そんなものがあるなら打てば良い。どうせハッタリだろうがな。第一、貴様自身の作った氷が僕を守る鎧となって……」


 「再度忠告します。痛い思いをしたくないのであれば、そのまま降参してください。これが最後の忠告です。5秒だけ時間をあげるので、その間に決断してください」



 両手で握ってる剣に力が入る。こちらはもうスキルの発動態勢だ。


 私はゆっくりと5秒を数える。しかし5秒を数え終わっても、彼は何も言わなかったし何もしなかった。



 「っ…………」


 「……0。忠告しても聞かないなら、私はもう知らない」



 その瞬間、持っていた剣の刃が長く大きく、そして鞭打つように柔らかくなった。さながらそれは、まさしく尻尾・・のように。まあ正確に言えば、龍の尻尾を型どった闘気オーラなのだが。


 そう、スキル『龍尾撃ドラゴン・テール』である。


 私は闘気を纏った剣を己の力と遠心力に任せて思いきり横に振り抜こうとする。これが当たれば、氷もろともノインは向こうにぶっ飛ばされるだろう。



 「はあぁぁぁぁぁぁっ!!」



 いよいよ『龍尾撃ドラゴン・テール』が彼に当たろうとしていたその時だった。



 「ま、待ったぁ!!!!」


 (ピタッ…………)


 (ブオォォォォォォーッ!!)



 その声に反応した私は、ノインとの距離から5cmぐらいの所で剣を寸止めした。止まった事で、慣性によって激しい風が彼のもとを通り過ぎていく。



 「…………こ、降参だ……大人しく負けを認めてやる……」


 「……それ、言うの遅すぎ」



 私は剣を下ろし、彼にかかっている魔法を解いた。


 そして審判であるカナリア先生の方を向き、大声でこう言った。



 「カナリア先生! 彼は降参しました! 試合終了のコールをしてくださいっ!」


 「…………え? あ〜、そうね……んっんー…………勝者、アリシア・クーゲルバウムっ!!」



 その声が上がった瞬間、決闘を見守っていたクラスの皆が一斉に歓声を上げた。



 「あの子、やりやがった!!」


 「まさかあの学級長に勝っちゃうなんて!!」


 「アリシアちゃんすご〜い!!」


 (あれ? 何かデジャヴ……)


 「…………アリシア・クーゲルバウム……」



 後ろからノインの声がする。振り返ってみると、彼は歯をギリッとさせながら私を睨んでいた。



 「……勝者の特権だ。貴様の望みを言え」


 「私の望み? そうだな……じゃあ…………」


 (ビシッ)



 そう言って私はノインに1を表す指を突き出す。望みは複数ある事がこれだけでわかるのだ。



 「1つ! 【貴方よりも私の方が、あらゆる面において実力は上だというのを認めること!】」


 「なっ!?」



 敗者は望みをかなえなければならないという決まり、これを上手く使えばノインの人格そのものを変えられるかもしれない。



 「2つ! 【まずその憎ったらしい上から目線をやめて、今後一切周りの皆を下に見るような言動はしないこと!】」


 (少なからず、私はそれで苛ついたからね)


 「3つ! 【周りに困っている人がいたら、その人を必ず助けてあげること!】」



 あれから彼は何も言わず、ただ私の言う事をじっと聞いている。彼にとってこの望みは、ただ黙って聞いていられるようなものでは無いと思うのだが。



 「そして4つ! ……【貴方を“親友”と認めてくれるような親友を作ること】」


 「…………ふ……」


 「ふ?」


 「……ふざけるなアリシア・クーゲルバウムっ! 僕を馬鹿にしているのか!? 第一、その望みは無効だっ!!」


 「……そうなんですか先生?」


 「いや……特に無効となるような内容があるとは思えないかな。その程度の望みであれば、問題無く結べるかな」


 「くっ……!!」


 「だってさ。あとそれと、私はまだ望みを全部言ってないよ」


 「ま、まだ続ける気か……!?」


 「……5つ! 【これらの望みを全て叶えるまで、学校に来続けること!】つまり、私から逃げるな!」


 「いい加減にしろっ!! 貴様はとことん僕をコケにしやがって!! その望みを叶えてやる義理なんか、僕には無い!!」


 「義理は無くても、義務はあるでしょ? まさか、自分で義務だ何だって言っておいて反抗する気?」


 「うるさい! 僕は選ばれた存在なんだ! 貴様のその望みを“叶えるつもりは無い”! それとも貴様は、サーカズム家の力の前に散りたいのか?」


 「……そう言えば、敗者は勝者の望みを叶えないと、重い罰を受ける決まりなんだっけ。例えば社会的制裁……それこそ貴方が誇りにしている王宮直属賢者の家系の地位も、そのまま地に堕ちるかもね。もしそうなったら、今度は私の方が偉くなるんじゃない?」


 「ぐっ?!」


 「それにさっき貴方言ってたよね。私の望みを“叶えるつもりは無い”って。仮に私を始末したとしても、ここに居る皆が証人だからそう遠くない内に地位は剥奪されるよ」


 「…………うあぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」



 私の話に耐えかえたのか、ノインはいきなり私になぐりかかってきた。


 が、勿論私はその拳を華麗に躱し、そして彼の突き出された腕の裾と服の襟を瞬時に掴んで思いっきり一本背負いをした。



 (ドンッ!)


 「ゔっ!」


 「……いやごめんね? けど、悪いのはそっちだからね? 私の要求を拒否したり、そっちから来なければこんな事にはならなかったんだから」



 そう言い放つと、彼は泣き出してしまった。自身の流す涙を腕で拭いながら、彼はずっと同じ言葉を零して悔しがっていた。



 「うぅっ…………くそっ………………くそっ………………くそぉ…………!」


 (えぇぇ……何で泣くの……? 何か、私が虐めたみたいでやだなぁ……悪いのそっちなのに)



 そんな事を考えていると、サノとカルマ、それにカナリア先生の3人が私の所へやってきた。



 「……今までこの子を見てきて初めて、彼が泣くどころか彼を泣かせる人を見たかな。とりあえずもう残りの時間も少ないけど、アリシアちゃんは授業に戻るかな。この2人が、アリシアちゃんと一緒にやりたいって」


 「え? あっ、はい」


 「アリシア、ひとまず向こうに行きましょう」


 「うん、わかった」



 私たち3人はその場から少し先まで歩き、先生は醜くなったノインの介抱をしていた。



 「それにしてもアリシアちゃん、さっきの凄かったね!」


 「あの学級長に勝つ……それだけでも凄いのに、まさか更に泣かせてしまうなんて……」


 「いやあれはだってほら……ね?」


 「しかし……そうなってしまうと、アリシアの身が心配になるわね」


 「へ? どゆこと?」


 「あのプライドの高い彼の事よ。こんな屈辱を与えたアリシアに仕返し……それこそ、サーカズム家のコネクションを使って貴女の寝首をかきに来るかもしれないわ」


 「えっ」


 「……カルちゃん、それってつまり“暗殺”って事でしょ?」


 「そうね……その可能性が無いとは言えないわね」


 「“暗殺”か…………あの学級長の事だから、それが十分あり得るのが怖いなぁ……」


 「さすがのアリシアちゃんでも、寝込みを襲われると何もできないんだね〜」


 「まあそりゃあね……」


 「…………トラップ……」


 「え?」


 「……貴女の部屋に魔法のトラップを仕掛けておくのよ。そうすれば、多少なりとも身は守れると思うのだけど」


 「あ〜確かに。でも……トラップってどうすれば良いんだろ……?」


 「私持ってるわよ。『トラップ』のスキル」


 「えっ、ほんと?」


 「ええ。だから貴女にこのスキルを教えるわ。後の事は貴女に任せきりになってしまうけれど……」


 「大丈夫だよ。ありがとう、カルマちゃん」


 (と言うか魔法のトラップなのに、使う時はスキルなんだ……)


 「……その代わり、貴女にお願いしたい事があるわ」


 「お願い? 何?」


 「……先程見せたあの技……『水柱』、だったかしら? それを私に教えてほしいの」


 「私もー! アリシアちゃん、炎の『束縛バインド』ってどうやるのー?」


 「ちょっとサノ! 私の頼み事に横入りしないでくれるかしら? そもそも、アリシアは炎属性なんて管轄外でしょう?」


 「い〜じゃ〜ん! 私も、何かアリシアちゃんに教えるから〜!」


 「あいいよ2人とも、私で良かったら教えるから。サノちゃんはついで感が凄いけど……」


 「やったっー! アリシアちゃんありがとう!」


 「……全く、貴女はお人好しね」



 ノインとの決闘でどのくらい時間を使ったのかはわからないが、それでも残りの時間は有効に使わなければならない。


 サノの言う「何か」が何かは検討もつかないものの、技を教えてくれるなら是非とも活用したいところだ。



 「……えっと、まず『トラップ』を覚えたいから最初にカルマちゃんに教えるね。サノちゃんにも後でちゃんと教えるから、少し待っててくれるかな?」

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