第8話 私と学校生活2

 「『アルタイル学園の学生寮に入りたい』、だと?」



 お父さんの驚いた声が居間に響き渡る。


 わたしはただ、お父さんの返答が返ってくるのをじっと待っていた。



 「何を馬鹿な事を言っているんだ。お前は初めて学校に行ったばかりだし、それにお前が学生寮に行く必要なんて無い」


 「それは私が貴族だから?」


 「そうだ。そもそも学生寮というのは、金が無くて、かつ郊外に住んでる奴が使う所だ。何故かと言うとだな……」



 この世界で言う学生寮とは、郊外から通うと時間がかかる子供たちの為に貸している物件の事を表し、家賃の代わりに学力やその他の才能を払う事で住めるのだ、とお父さんは言う。


 払う、と言っても毎月大家さんがそれぞれ能力をチェックして、規定に満たなければドボン……というだけの簡単なシステムらしい。


 その中でも、学生寮を利用している特待生には一定額授業料を免除する減免制度も備わっているのだとか。


 だから通常、金持ちで近郊に住んでいるような貴族が学生寮を利用する事はほとんど無いのだが……



 「逆にお前は何故学生寮に入りたいんだ?」


 「……お父さん、私は今日、学校で色んな事を知ったの。友達だってできたし、今日だけでもかなりの経験になった。で、私その時に思ったの」



 私は大きく深呼吸をする。



 「……いつまでも、この屋敷にいたままじゃ、外の世界の事知らないで育っちゃうし、それに私の為にならないと思うの……(建前)」


 「しかしだな……」


 「お父さんの言いたい事、何となくわかるよ……でも私自身、一度お父さんたちから離れて暮らした方が、お互いの為にも良い気がする……(本音)」


 「記憶はどうするんだ?」


 「……確かに、お父さんたちと過ごした記憶も大事だよ。でも、いつ戻るかもわからない記憶を待ってるよりもさ、この先楽しい思い出を作っていった方が良いと思うんだ」


 「……」


 「……こう言うのもなんだけどさ、今日友達と一緒に遊んでた時の方が、屋敷にいた時よりもずっと楽しかったんだよね……だから」


 「だから、寮に入りたいと?」


 「うん……」


 「……わかってるのか? お前のそれは、ただの我儘我儘でしかない。私が『ダメだ』と言えば、それだけでこの話は終わるんだぞ」


 「……確かに、私がそれを拒否する理由も無い……でも、親の利己主義エゴだけで決めないで、娘の意見もちゃんと尊重してほしいの……!」


 「…………わかった。そこまで言うなら、お前を学生寮に入れてやる」


 「お父さん……」


 「ただし条件がある。まず、私たちはアリシアの寮の家賃を払わない。次に、お前は毎月屋敷に手紙を送るか顔を出せ。最後に、何か問題があった時点でお前を寮から出す。これが呑めないようなら……」


 「わ、わかった。それでいいなら……」


 「……ふぅ、じゃあ私は今から手続きをしてくる。その間にお前は準備を済ませておけ」


 「う、うん……ありがとう、お父さん」


 「全く……どうして急にそんな事を言い出したんだ……」



 そう言い残したお父さんは、不満げな表情のまま夜の外に出かけていった。


 私は内心申し訳無いとは思いつつも、寮に入るという目的が果たされた事に喜んでいた。


 そもそもこの目的自体がただの思いつきではなく、きっかけと言うか出来事があった。


 遡ること、ほんの数時間前の話だ。




 「──いやあ、御者さんからの許可が降りて本当に良かったね!」



 元気なサノの声が響く。私に向けられた笑顔が少し眩しい。


 私たち3人は、学校から少し離れた街の中を喋りながら歩いていた。通行人ともすれ違うし、時折馬車が行き来しているのも見かける。



 「それにしても、御者さん良い人だったね〜。『お嬢様の行動を制限する程私は鬼じゃない』な〜んてさ!」


 「……でもそれ、御者が独断で決めて良かったのかしら……?」


 「え? どういうこと?」


 「あ~確かに。あの人後で怒られてないといいね」


 「なになに〜? 2人とも教えてよ〜!」


 「しょうがないわね……」



 カルマは少し考え込んだ後に、サノにわかりやすく説明をした。



 「例えばよサノ。貴女が仮にパン屋の娘だったとする」


 「うんうん」


 「ある時1人の客が店にやって来て貴女にこう言うの。『小麦粉が欲しい。少し分けてくれ』って」


 「ほうほう、それで?」


 「それに対し貴女は『必要なだけ持っていっていいよ』と言った。さてサノ、ここからが問題よ……」


 「……ゴクリ……」


 「もしもこれが、貴女の“独断で決めた”のだとしたら……貴女はこの後どうなるかしら?」


 「えぇっと……小麦粉はパン屋さんの大事な物だから、相談しないで勝手に渡すと後で私が怒られちゃう……?」


 「そう。まあつまり……そういうことよ」


 (カルマちゃん、細かく説明するの面倒臭いんだろうなぁ……)


 「どういうこと?」


 「多分だけど……私のお父さんたちにとっての“私”って、もしかしたら小麦粉みたいに大事な物なんじゃないのかなって……」


 「…………! なるほど、つまり御者さんがパン屋さんで、アリシアちゃんが小麦粉っていう事だね!」


 「うん、大体そんな感じだと思う」


 「そっかぁ……だったら私たち、申し訳無い事しちゃったかな……?」


 「自分を責める必要は無いわよサノ。悪いのは許可を取らなかった御者の方でしょうから」


 「うぅん……」


 「……ぎゃ、逆に考えようよ。御者さんが無断で許可してくれたおかげで、私たちが一緒に遊ぶ事ができたかもって! もしかしたら、お父さんたちは私が遊ぶのを許してくれなかったかもしれないし……」


 「ん〜……そうだと良いけどなぁ〜」


 「それよりも、私たち遊びに行くんでしょう? まずどこに行くの?」


 「あ、全然考えてなかった。どこに行こっか」


 「アリシア、どこか行ってみたい所とかあるかしら?」


 「えっ!? えっと……私、この辺りの地理に全然詳しくないから、何があるとかわかんないんだよね……」


 「もしかして、街にはあまり来ないのかしら?」


 「来ない、と言うか来る必要が無くてさ。屋敷の中だったら、大体の物には困らないから……」


 「いいな〜屋敷暮らし。私もそういう贅沢してみたいよ〜……」


 「諦めなさいサノ。貴族のお嬢様と友達になれてる時点で、私たち庶民にそれ以上の贅沢は難しいわよ」


 「むぅ〜……」


 「……贅沢は難しいかもしれないけど、私の屋敷に遊びに来るぐらいはいいんじゃないかな」


 「「え?」」



 2人の足並みが同時に止まり、私の方を振り返る。私も慌てて歩を止める。



 「いやほら、そっちの方がまだ現実的だし、それにそんな難しい話じゃないからさ」


 「……アリシアちゃんのうちに遊びに行っていいの?」


 「公爵様のお屋敷でしょう? 私たち庶民が簡単に行っていいものか……」


 「私はむしろ遊びに来てほしいぐらいだよ。まだ相談と言うか確認はしてないからわかんないけど、多分大丈夫だと思う」


 「……何故そこまでして私たちを気にかけるのかしら……?」


 「『何故』って言われても、『友達だから』としか言いようが無いよ」


 「…………そっか、私たち友達だもんね! うん、そうだよ! じゃあ、アリシアちゃんのお家いつ行こっかな〜?」


 (切り替え早っ……)


 「ちょ、ちょっとサノ! 思考が飛躍しすぎよ! それに、自己解決してないで私にも説明しなさい!」


 (今度は立場が逆転してる……)


 「友達だから遠慮は要らないって事だよ!」


 「そんなめちゃくちゃな……」


 (『親しき仲にも礼儀あり』って言葉があるんだけどなぁ……)



 サノがボケて、カルマがツッコむ。そんなやり取りが、2人の中である種テンプレになっているのかもしれない。傍から見てて私はそう感じた。



 「あそうだ。友達で思い出したんだけどさ」


 「「?」」


 「2人とも、私と“友達の誓い”やらない?」



 “友達の誓い”……以前ラヴィダさんとの去り際にした、あの一連の動き。この2人にはしていなかったのをすっかり忘れていた。



 「何それ? やるやるーっ!」


 「その“友達の誓い”?はどうやるのかしら?」


 「大丈夫。凄く簡単だから、すぐ覚えられると思うよ。最初カルマちゃんとやるから、サノちゃんは見ててね」


 「うん、わかった!」


 「じゃあカルマちゃん、握手」



 と言って私は右手を差し出す。



 「こ、こうかしら?」



 カルマも同様に右手を差し出してくる。


 私は差し出されたその手に対し、ラヴィダさんにやったように“友達の誓い”をする。



 「はい、これで終わり」


 「……これで、いいの?」


 「うん。本当はお互いに固く握り合って、拳を打ち合うのが理想だけどね」


 「……だとしたら、もう1回やりましょう。今のが“友達の誓い”と言われても、私はピンと来ないもの」


 「えっ?」


 (それだとラヴィダさんともう1回やる事に……まあいっか)


 「ほらアリシア、手を出して」


 「え、あ、うん」



 カルマに言われるがまま、私たちはもう一度“友達の誓い”をする。勿論、お互いがしっかりとしたやつを。



 「これがアリシアのやりたかった“友達の誓い”、でしょ?」


 「う、うん。ありがとう……」


 「次私〜!」



 そうして私は、サノとも“友達の誓い”をする。一連の動きを見ていたサノは、しっかりしたやつをしてくれた。



 「これすると、なんか『友情が深まった』みたいな感じするよね! というわけでカルちゃん!」


 「……はぁ、わかったわ」



 何かを言いたいサノから何かを察したカルマの2人は、お互いにしっかりとした“友達の誓い”をしていた。



 「お互いに友情も深めたところで……結局、どこに行くの? 今までずっと宛ても無く歩いてたみたいだけど……」


 「じゃあ……パンケーキでも食べに行く?」


 (この世界でもパンケーキが流行ってるのか……)


 「この辺りでパンケーキと言ったら……“スイキン”さんの“チカモク堂”のパンケーキかしら?」


 「そう! あそこのパンケーキ美味しいんだよね〜」


 「あのお店、色々な所に“展開”してるわよね」


 (スイキン、チカモクドー展開テンカイか…………ん?)


 「うぅ……話してたら余計お腹空いてきちゃったよ……」


 「確かに、私も小腹が空いてきたわ。ここでの立ち話もなんだし、皆でチカモク堂に行きましょう」


 「おーっ!!」


 「お、おー?」



 そうして私たちは、近くにあるチカモク堂へと歩き始めた。


 そこから先は、皆でパンケーキを食べて談笑したり、洋服やアクセを見て回ったり、街の中を歩き回ったりと、文章に起こせば短いが実際はかなり長い、そんな感じの時間を過ごした。




 どれくらい歩き回ったのだろうか、既に夕陽が辺りをオレンジ色に染めようとしている時間にまでなっていた。



 「今日は楽しかったね〜」


 「ほんと、私も久々に楽しんだ気がするわ。アリシアはどうだったかしら?」


 「うん、凄く楽しかった。2人とも、誘ってくれてありがとう……」


 「そんな感謝されるようなものじゃないって〜」


 「でも私たちだって、アリシアがいたからこんなに楽しくなれたわ。ありがとう」


 「ありがとっ、アリシアちゃん!」


 「2人とも……」



 今までぼっちだった私からすれば、友達と帰りに遊ぶなんて夢のまた夢だった。それが叶ったからか、じんわりと涙が出てきた。



 「よ〜し、後は私たちのうちで遊ぶだけだね!」


 (そう言えばそんな事言ってたな……楽しすぎてすっかり忘れてた)


 「アリシア、門限とかは大丈夫かしら?」


 「余程遅くならなければ、多分大丈夫だと思うけど……でも、寮で何するの?」


 「庶民ならではの室内遊び、かしら」


 「アリシアちゃんに、う〜んと教えてあげるね!」


 「あ、ありがとう……?」


 「そうと決まれば、早速ゴー!!」


 (ピューッ)


 「あっ、ちょっと! そんな急がなくても、遊びは逃げたりしないわよ! 全く、また1人で先に行って……」


 「あはは……」




 「やっと追いついたわ……ぜぇぜぇ……」


 「サノちゃん、足速すぎ……はぁはぁ……」


 「も〜2人とも! アリシアちゃんと遊べる時間は限られてるんだから、もっとテキパキ動かないと!」


 「それはごもっともだけど、私は体力が無いのよ……」


 「私はあると思ってたんだけどね……」


 (体力と経験値って、比例しないのか……うぅ……)


 「とにかく、こっちこっち!」



 そう言ったサノは、残された私たち2人を手招くように寮の中へと消えていった。


 寮の看板には、『アルタイル学園直轄寮 サークルハウス』と絵の具か何かで書かれていた。



 (輪っかの家……?)


 「もう……アリシア、サノがうるさくなる前に、私たちも追いかけましょう」


 「あ、うん」


 

 再び残された私たちは、急いでサノの跡を追った。入口の寮母さんに挨拶をし、カルマの後ろを着いていく。


 パッと見、寮の中は日本にあったホテルのような作りになっているらしい。


 階段を駆け上がった先にある、サノとカルマの2人の部屋に着いた頃には、既にサノは私服に着替えて色々な遊び道具を床に並べていた。



 「あっ、遅〜い! 私ずっと準備してたんだよ〜!」


 「貴女が速く行き過ぎるからでしょう……?」


 「ほら2人とも! 早く座って座って!」


 「貴女が着替えてるなら、私も着替えたいのだけど……」


 「ダメ! アリシアちゃんと遊ぶ時間無くなっちゃう!」


 「……しょうがないわね……なら、早速始めましょう」


 「それで、アリシアちゃんは何したい?」


 「えっと……」


 (しまった……『私の事は気にしなくていいからカルマちゃんは着替えなよ』って言うタイミング逃した……)


 「……まず何があるのかな……?」


 「んーとね……“マカド”でしょ、“ラスワン”でしょ、あと“人生スゴロク”……」


 (“人生スゴロク”しかわからんのだが!?)


 「……ごめん、言われてもわかんないから、実物見せてくれるかな……?」


 「うん、いいよ! これが“マカド”で、こっちが“ラスワン”ね!」


 「えっと…………って」


 (これ“トランプ”と“UNO”じゃねーか!)


 「確か、“マカド”はマークカードの略称で、“ラスワン”は最後の1枚が勝負を左右するから、だったかしら」


 (説明聞いてもまんま“トランプ”と“UNO”やんけ……)


 「で“人生スゴロク”がね……」


 「待って、出さなくてもわかるから」


 「そうなの? まいっか! それで、何やる?」


 「……あの、1ついいかな。私のただの我儘なんだけど……」


 「どうしたの?」


 「その……」



 私は、“マカド”と“ラスワン”がそれぞれ“トランプ”と“UNO”であること、トランプでできる遊びを教えた。



 「……というわけなんだけど……」


 「トランプにUNO……他の所ではそう呼ぶのね」


 「ねぇねぇ、私『ババ抜き』やりたい! それって、こっちで言う『封印剥がし』でしょ?」


 「『ババ抜き』も良いけど、私は『大富豪』や『スピード』、あと『ブラックジャック』とかが気になるわ」


 (意外と食いついてきてる……)


 「……わかった。なら時間が許す限り、やりたいゲームやっちゃおう! じゃあ最初、『ババ抜き』やろっか!」


 「やったーっ!」


 「それじゃあJOKER《ジョーカー》を…………あこれ、JOKERじゃなくて赤と黒の悪魔なのか。でも、何故DEVILデビル……」


 「よーしっ! カルちゃんには絶対負けないからねーっ!」


 「それはこっちのセリフよ」



 カードの束を3等分して、その内の2つを2人に渡す。手札を渡してからは、時間を忘れる程ゲームに熱中していった。




 「これで……上がりっ!」


 「あぁっ、またアリシアちゃんに先越されたー!」


 「さあサノ。これで私と貴女の一騎打ちよ」


 「ぐぬぬぬぬぬぬぬ……」



 楽しい時間はあっと言う間に過ぎていった。今は何時ぐらいだろうか。気になってふと時計を見る。



 「あっ……」


 「どうしたの? アリシアちゃん」


 「ごめん、もう帰らないと……」


 「あぁそっか、もう時間なんだね。早いなあ、もっとアリシアちゃんと遊びたかったし、もっと話したかったな〜……」


 (私だって、もっと2人と遊んでいたかったよ……)


 「……また遊びに来るね……」


 「うん……」


 「そうね……無理の無い範囲で、また遊びにいらっしゃい」


 「うん、じゃあ……また明日ね」


 「また明日」


 「バイバイ、アリシアちゃん」



 2人からの別れの言葉を背に、私は部屋を後にした。


 階段を降り、元来た入口を通り学生寮を立ち去ろうとする。しかし多少の心残りがあるのか、入口出てすぐに足が止まった。


 そして私はその場でしばらく考えた後に寮の中に引き返し、入口にいる寮母さんに質問をした。



 「あのすいません。この寮の空き部屋の状況って、どうなってますか?」


 「ん? ああ、ちょっと待ってね。えっと……」


 (ガサゴソガサゴソ……)


 「あったあった。えっとね……まだあるにはあるけど、数は少ないね。部屋入るんなら早い方がいいけど、あんた入寮希望者かい?」


 「あいえ、ただ気になっただけなんです。でも、教えてくださりどうもありがとうございます」


 「気をつけて帰んな」


 「はい。では──」




 ……とまあそういう事があり、そして現在いまに至る。


 思い返せば結構我儘だったんだな、私。


 お父さんからの許可が降りてすぐに、私は自室で寮に入る準備をした。


 さすがに即日入寮というわけではないが、それでも私は胸の昂りを抑える事はできなかった。


 そんな中準備をしていると、部屋の扉がノックされた。



 (コンコン)


 「どうぞ〜」


 「失礼します。お話はご主人様からお伺い致しました。お嬢様、お手伝い致しましょうか?」



 入ってきたのはキャシーさんだった。手際が良いのかお父さんから聞いたのかはわからないが、今は丁度人手が欲しかったところだ。



 「あ、はい。お願いします」


 「かしこまりました。では……」



 キャシーさんに準備の手伝いをすると、彼女はあっと言う間に衣類・日用品・化粧道具・その他諸々を揃えた。


 そのおかげで、私はその日の内に全ての準備を済ませる事ができた。



 「ありがとうキャシーさん。助かったよ」


 「いえいえ、お嬢様のお役に立てて何よりです」


 「準備してたらお腹が空いてきちゃったな。そろそろ夜ご飯の時間だよね」


 「はい。今晩のメニューは……」



 こんな他愛もないやり取りで、次第にクーゲルバウム家の夜は深まっていった。




 そして次の日。


 午前の授業を終え、昨日のように食堂でサノとカルマの2人で昼食を食べていた時の事だった。



 「見つけたぞ!」


 「「!?」」



 普通に食べていたサノとカルマは、突然掛けられた声の主を目にした途端体が固まってしまった。


 そこには昨日私がボコした不良たちと、不良っぽくない見知らぬ男子が立っていた。



 「今度こそてめぇに勝ってやる!」


 (……折角2人とお昼ご飯食べてたのに、邪魔しないでほしいんだけどなぁ……と言うか昨日の今日なのに全然懲りてないじゃん。まいいや)



 不良の態度に憤った私は持っていたお椀をテーブルに置き、心配する2人を落ち着かせようとした。



 「ごめんね2人とも、ちょっと野暮用で席外す事になっちゃった。すぐ戻ってくるから安心して」


 「う、うん……」


 「だ、大丈夫なの……?」


 「大丈ブイ!」



 2人にVサインを見せる。Victory《ヴィクトリー》のV、つまり負けるような相手ではないという事だ。まあ、このサインが2人に通じるかはさて置き。



 「ピロティに行こうぜ……久しぶりに……キレちまったよ」


 「上等だ、昨日の事謝らせてやる」



 こうして私たちは共にピロティへとやってきた。


 この時間のピロティは人通りがかなり少ないので、喧嘩なんかには最適の場所と言えるだろう。



 「……で、私確か名前言ったよね。それなのに私に喧嘩を吹っ掛けてくるって事は、クーゲルバウム家を敵に回す事にもなると思うけど」


 「うるせぇ、さっさとやるぞ。というわけで“アレ”、よろしくな」



 リーダーの声に反応した後ろの男子は、まるで不良らに従うかのように震えながら魔法の詠唱をした。



 「フ、『全身強化フル・ライズアップ』……!」



 魔法が唱えられた後、不良たちが一斉に光に包まれた。魔法を使った少年は、力無くその場に座り込んでしまった。



 「これだよこれ! これでてめぇにも勝てるぜ!」


 「……へえー、魔法使って良いんだ」


 「あぁ良いぜ。もっとも、どの魔法を使ってもこの『全身強化フル・ライズアップ』には勝てねぇだろうがな!」


 「……一応その理由を聞いておこうかな」


 「この魔法はな、パワー・スピード・ディフェンスの全部がめちゃくちゃ強くなる。勿論魔法にもつえぇし、代償なんかも無い。しかもこの辺りでこれを使えるのはコイツだけなんだぜ!」


 「……ふぅ〜ん……」


 「今ならまだ昨日の事は許してやるよ。お前が俺らの言いなりになるんならなぁ!」


 「……ごめんそのセリフ、そっくりそのままお返しするわ」


 「あ? どういうことだ?」


 「見てればわかるよ」



 そう言って私は魔法の詠唱を始める。さっき習得したばっかりの、新しい魔法……



 「……『全身強化フル・ライズアップ』!」


 「なっ!?」



 先程の不良たちと同じように、私も光に包まれる。光が消える頃には、確かにパワーアップしているのを体で感じ取る事ができた。



 「う、嘘だろ……何でてめぇがそれを……」


 「さあ何ででしょうね。まそれはともかく……」


 (やっぱりこれ魔力を結構使うのか……けど、使った後でも立っていられるって事は、少なくとも私の中にそれなりの魔力があるって事だよね……)


 「……最後に忠告。【私と本当にやるの?】同じ条件下だったら私の方が強いのは昨日でわかってる事だし、何より今の私なら貴方たちなんて私の指先1つでダウンだよ」


 「くっ……! だ、だが今の俺らだったらてめぇにも勝てる!」


 「言ってもわかんないか……だったら」



 私は一瞬にして不良リーダーの懐に潜り込む。そして不良リーダーが油断したその隙に、相手の鳩尾みぞおちを的確に、かつ強烈な“ツボ”攻撃をお見舞いした。



 「ゔっ……」



 そのままリーダーは鳩尾を抱えたまま膝から崩れていった。


 その光景を見た取り巻きたちが全員戦慄しているのを、私は傍目で確認した。そして一言、



 「……やる?」



 と言った途端に取り巻きたちは全員一目散に逃げていった。さながら尻尾を巻いて逃げるロックリザードのように。



 「…………くそ、何でてめぇに勝てねぇんだ……」



 足元から声がする。どうやら不良リーダーは、渾身の一撃を貰ってもなお立ち上がろうとしていたようだった。


 しかし私の一撃が相当こたえたのか、その様子は生まれたての小鹿が立ち上がる前の状態によく似ていた。



 「……教えてあげようか。貴方の敗因は、たった1つよ……リーダー……たった1つの単純な答えだ…………」


 「そ、それって……」


 「『てめーは私を怒らせた』(ビシッ)」


 「…………そんなの……理由になってねぇ……ガクッ」


 「……さて、あの2人の所に早く戻らないと。あの魔法の男子は…………別に気にしなくていっか」



 不良とのバトル2回戦目を終えた私は、2人のいる食堂へと足早に戻った。


 この出来事は時間にすれば10分も無かったが、これがきっかけで私の学園生活は大きな波乱を呼ぶ事になる。




 食堂の2人がいる席に戻ると、早速2人が心配してきた。



 「アリシアちゃん、大丈夫?」


 「怪我は……無さそうね。それにしても、貴女の行動力には毎回驚かされるわね……」


 「心配かけてごめんね。でも、もう大丈夫だよ…………多分、きっと、恐らく、十中八九……」


 「それのどこが“大丈夫”なのかしら。まいいわ、早くお昼を済ませてしまいましょう」


 (あれ? 意外と大事おおごとになってない?)


 「……? アリシア、どうかしたかしら?」


 「あ、ううん、何でもない」


 「アリシアちゃん、一緒におかわりしに行こっ!」


 「うん、良いよ」



 私の喧嘩がまるで無かったかのように2人はいつもの調子だったし、その後も昼休みは何事も無く過ぎていった。



 「嘘っ、もう唐揚げ残ってないの?! はぁ……しょうがない、他のを食べよ……」

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