第7話 私と学校生活

 (キーンコーンカーンコーン……)



 何やかんやで午前中の授業が終わり、昼休みの時間になった。両隣の2人が私に話しかけてくる。



 「ねえアリシアちゃん! 一緒に食堂行こ!」


 「うん、いいよ」


 「カルちゃんも一緒に行こ〜!」



 カルちゃん? サノはカルマのことを“カルちゃん”と呼んでいるのか。



 「ごめんサノ、まだ最後の問題解けてないの。ここだけがどうしてもわからなくて……」



 カルマが解いているのは、さっきの4限目の授業、「算数」の問題。ただその中身はなんてことのない、小学1,2年生レベルの内容だった。中身が17歳である私は、与えられた問題は全て秒で解く事ができた。



 「終わったら行くから、先に行っててもらえるかしら」


 「え〜? ……わかった……」



 サノは見てわかるほどがっかりしていた。それを見た私は、カルマに近づきこう言った。



 「ねえカルマちゃん。わからないっていうところ、ちょっと見せてみて?」


 「え? こ、ここだけど……」


 「あーこれね。この問題はね、これを使ってこうすると……こうなるから……で、答えがわかるの」


 「す、凄い……今までわからなかったのに、一瞬で解けたわ……ありがとう、アリシア!」


 「アリシアちゃんって頭良いんだね〜。いいな〜」


 「サノ、まず貴女は内容を理解しなさい。見てていつも思うけど、貴女ボロボロじゃない」


 「え〜? だって難しいんだもん……」



 難しい……かな? 魔法の授業はともかく、他はそんなに難しくないと思うんだけど……



 「……あのさ、2人ともわからないところがあったら、私に聞いてよ。多分答えられると思うから」


 「えっ? いいの?」


 「うん、いいよ。それで成績落としたりしたら、後で大変なことになるでしょ?」


 「やったーっ! アリシアちゃん、ありがとー!」



 と、サノは私に抱きついてきた。



 「……でも、本当にいいの? 私はともかく、サノに教えるのはかなり厳しいわよ……?」


 「うーん……多分、大丈夫……」


 「そう……」


 「ねえそれよりさ、カルちゃんの問題も解けたことだし、早く食堂行こ〜っ!」


 「あぁ……そう言えばそうだったわね。行きましょう、アリシア」


 「う、うん」



 こうして私たち3人は食堂へと向かった。その様子を、学級長の男子がじっと見続けていた。




 食堂に着くと、既に他学年や他学科の生徒たちがまばらに席についていたり、ガヤガヤと騒いでいた。


 食堂の大きさは家のと同じぐらいだろうか。私はこの広さに見慣れたからか、あまり驚かなかった。



 「うーん……席、空いてなさそうだなぁ……」


 「一足遅かったようね。でもここのメニューは全部人気だもの、しょうがないわよ」



 と言うサノとカルマ。私の目では、空いてる席は結構あるように見えるんだけど……


 私は近くの空いてる席に走り寄る。慌てて後を追う2人。



 「ねえ2人とも、ここの4人席空いてるよ?」


 「そ、そこはダメだよアリシアちゃん!」


 「そうよ。その席に私たちは座れないわ」



 席に着いてから、声の感じで2人がだいぶ焦っているのがわかった。



 「そういう決まりがあるの?」


 「決まりじゃ、ないけど……でもダメなの!」


 「ええ。大人しく、他の席を探しましょう」



 私には2人が拒否する理由がまるでわからなかった。2人して一体何を慌てているのか……


 すると私たちの騒ぎを聞いた周りの生徒たちが、ヒソヒソと話し合い始めたり笑い飛ばしたりしていた。



 「……ねえ、ここの何がダメなの?」


 「こ、この席は“あの人たち”が座るから、私たちが座っちゃダメなの!」


 「私たちがここに座ろうものなら、それは“あの人たち”に喧嘩を売っているようなものなのよ」



 “あの人たち”? 一体誰の事を指しているのだろう。



 「……よくわかんないけど、別に誰がどこの席に座ってもいいんじゃないのかな」



 と言って私はその席に腰を掛ける。



 「「!!」」



 座った途端、2人の顔色が一瞬にして青ざめていった。本当に、何かを恐れているようだった。


 ははーん……そういうことか。何となくわかってきた。



 「アリシアちゃん! ダメ! 座っちゃダメ! 立って!」


 「他の席に行きましょう! きっと、探せばまだあるはずよ!」



 私は2人に対して小さく溜め息をつく。



 「……2人ともさ、不満じゃないの? ずっと席を占領されてるおかげで自由に座れないのが、悔しくないの? このままの状態で、本当にいいの?」


 「だ、だって……」


 「悔しくても、私たちには何もできないのよ……」


 「2人とも……」


 「なあお前ら、そこ退いてくんねーかな」



 どうやらようやく、“あの人たち”が来たようだ。


 見た目はチャラく、不良っぽそうな着崩し方をしている4人組が、私たちに言ってきた。



 「そこ俺らの席なんだよねー。座りたいんなら、どっか別のとこ行ってくんね?」



 不良4人組は笑いながら私たちに迫ってくる。見た感じ、中学3年生とかその辺りだろうか。



 「てゆーか、まだこの席に座るような命知らずがいるとは思わんかったわ」



 笑い飛ばす不良たち。怯えるサノとカルマ。



 「あ、アリシアちゃん、ほら早く謝って、別の所行こうよ!」


 「私たち魔法教養科の生徒はこの人たちのいる剣術体術科には太刀打ちできないわ! 早く謝って席を移しましょう!」


 「ほら、お友達もこー言ってるよ? だから早く退いてくれよ」


 「……嫌ですと言ったら、どうするんですか?」


 「そん時はお前を痛ぶったり、もしくは体を俺らのおもちゃにするかな〜」


 「……そうですか……」



 内心少し怯えていた。相手が中坊と言えど、前の世界では喧嘩や不良とは無縁の生活を送っていたものだから、こういったものに耐性が無かった。


 でも、2人にああして啖呵を切った手前、今更引き下がる事はできなかった。



 「んで、退くの? 退かないの?」


 「…………退くわけ、ないでしょバーカっ!」


 「んなっ!?」



 と言って立ち上がる。この言葉を聞いた2人は、あからさまに怯えていた。


 もう、どうにでもなれ……!



 「……わ、私し〜らないっと……!」


 「……ご、ごめんなさい、アリシア……」



 そのまま2人は逃げ出していった。不良と、取り残された私が対峙する。



 「……くくく、だったらさぁ、しょうがねぇよ……なぁ?!」



 不良のリーダーが私の顔面目がけて殴りにかかる。他の不良も、私をとり囲んできた。


 拳が顔に当たる。そう思っていたが……



 (あれ……? 拳、遅くね?)



 どうやら経験値がかなり蓄積しているおかげで、私にはその拳が遅く見えていたらしい。


 私はその拳を見事に躱し、その勢いのまま不良の頭に後ろ廻し蹴りを食らわせた。



 「ぐふぅっ……」



 蹴られた衝撃により不良のリーダーは盛大に吹っ飛ばされた。その様子に感化された取り巻きたちが、一斉に私に殴りかかってくる。



 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 周りから悲鳴が聞こえる。この騒動にかなり慌てふためいているようだ。まあ無理もないか。


 私は襲いかかってくる取り巻きの拳を避けては反撃し、避けては反撃していった。



 「おらぁっ!」


 (サッ ドカッ!)


 「ぐぁっ……」


 「てめぇっ!」


 (サッ バシッ!)


 「がぁっ……」


 「こんにゃろっ!」


 (サッ ドコッ!)


 「うわぁぁっ……」



 その様子を息を呑んで見守る周りの生徒たち。いつの間にかあの2人も戻ってきているようだった。


 私はその場に倒れた不良たちを見て溜め息をつき、そしてこう言った。



 「ねぇ、やめてくれない? 私としても、あんまり面倒事起こしたくないんだけど……」


 「……ふっ、ざけんなっ!!」



 不良のリーダーが立ち上がり、再び私に襲いかかってくる。さっきよりも目が真剣ガチになっていた。


 勿論私は襲いかかる拳や蹴りを全て躱したり受け止めたりしていった。



 「くそっ、なんで当たんねーんだ……!」


 「その間合いじゃ、拳半分届かないよ」


 「……っるせぇーっ!!」



 怒りで不良の攻撃の振りが速くなる。攻撃が私に当たる事は無かったが、さすがに鬱陶しくなってきたので攻撃に合わせて弱い反撃を不良リーダーに当て続けた。


 そうしていく内に不良リーダーは息切れしていき、だんだんと攻撃のスピードが落ちていった。



 「……てめぇ……はぁ……魔法科のくせに……調子乗ってんじゃ……ねぇぞ……はぁ……」


 「調子に乗ってるのは貴方たちの方だと思うけど。“ここは俺らの席だからここには座るな”? そんなの、貴方たちが勝手に決めていい事じゃないでしょ? それこそ、自分が強いからって調子に乗んなよ」


 「てめぇ……‼」



 不良のリーダーはこの言葉に怒り、そして不良たちは性懲りも無く立ち上がった。



 「……まだやるの? そろそろ諦めてほしいんだけど……」


 「……おめぇら、こいつを囲め! 女だからってもう容赦すんじゃねぇぞ!!」


 「うわ、か弱い女の子相手に1対4とか卑怯すぎでしょ……」


 「知るか!! つーか卑怯なのは、喧嘩に“魔法を使ってる”てめぇの方だろうがっ!!」


 「……“魔法を使ってる”? 何のこと?」


 「とぼけんじゃねぇ! 魔法科のてめぇ如きが、俺ら4人と真っ向からやり合えるはずねぇんだよ!!」


 「なるほどね。でも私、そういう魔法なんて一度も使ってないよ」


 「はんっ、どうだか」



 鼻で笑われた……割と本当マジなのに……



 「てめぇが何言おうともな、もう泣いて謝ってきても許さねぇぐらいにボコすって決めたんだよっ!!」


 「あっそう……じゃもういいよ。好きなだけ私をボコしなよ。私は何もしないから」



 と言って私は目を瞑る。勿論これは諦めたのではない。



 「……言われなくてもそうしてやるよ。おらぁ!!」



 拳が1発、顔に当たる。



 (ドカッ)



 続けざまに四方から拳や蹴りが飛んでくる。



 (ボコスカボコスカ……)



 不良たちの本気の攻撃。ラヴィダさんの鍛錬程では無いが、それでもかなり痛い。


 何もしない私はそのまま不良たちに殴り倒されてしまった。



 「なんだ、意外とあっけなさすぎ」


 「口だけは立派だったな」



 取り巻きの嘲笑う声が聞こえてくる。私はそれをただじっと聞いていた。



 「魔法科のくせに、俺らに歯向かうからこーなんだよバーカ」



 言ってろ言ってろ。その威勢もどうせ今のうちだからね。



 「……『回復ヒール』」


 「……へっ?」



 『回復ヒール』で自分の体を治した私はそのままゆっくりと立ち上がり、そして静かに笑った。



 「ま、まだやるってのかよ!」


 「……別にまだやってもいいけどさ、この暴力沙汰が先生に知れ渡っても私は知らないよ……?」


 「ぼ、暴力沙汰って言うなら、てめぇも俺らと同じじゃねえか!!」


 「…………そう言うと思ってさ……正当防衛の口実、作っておいたんだよね……」


 「!? ま、まさかてめぇ……」


 「『一旦私を治せばさぁ、これで全然卑怯じゃないよねぇ……?!』」


 「わざと、俺たちの攻撃を食らって……!?」



 不良リーダーがそう言った直後、あっという間に周りの取り巻きを全て蹴散らした私は、瞬時に不良リーダーの懐に潜り込み思いっきり腹パンした。



 「ごふぅっ……!」


 「……覚えておいて。私たちはただ、自由に席に座りたかっただけ。だから、あなたたちの不当な占領が許せなかったの。これに懲りたら、二度と変な見栄を張らないで」


 「……てめぇ……何者なにもんだ……」


 「……アリシア。アリシア・クーゲルバウム」


 「クーゲルバウム……だと……」


 (ドサッ)



 不良は力無く倒れ伏してしまった。



 「……ふぅ……」



 私は溜め息をつく。不良たちとの争いは終結した。


 その途端、食堂中が歓声に包まれた。


 「すげぇよ!」とか「やりやがった!」とか「かっこいい!」とかそういう声が周りから聞こえてきた。


 どうやらこの不良たちは他にもいくつか席をキープしていたらしく、他の皆は自由に席に座れなかったらしい。


 その結果不良たちは陰で嫌われ者になったが、物申そうとしても報復を恐れて何もできなかったのだと言う。


 サノとカルマが私のもとに駆け寄る。サノは顔が涙で埋まっており、カルマも少し涙ぐんでいた。



 「うぁぁぁぁぁぁん!! アリシアちゃん大丈夫ぅぅぅぅぅぅ!?」


 「全く……心配かけさせるんだから……もう……」



 私の為に泣いてくれるとは、なんて良い子たちなんだ……まあ、こうなった原因は私なんだけど。



 「だ、大丈夫だよ。心配してくれてありがとね」


 「良かった、よかったよぉぉぉぉぉぉ!!」


 「アリシア……あの時は逃げてごめんなさい……でも、しょうがなかったのよ……」


 「怒ってないよ、大丈夫。それより、席を直して皆でお昼ご飯食べようよ。ね?」


 「ぅぅぅ……グスン……わかった……」


 「そうね……元々ここへは、昼食を食べに来たのよね……」



 私は倒れた椅子や机を直した。あまり広範囲に吹っ飛ばしてはいないはずだが、それでも結構荒れていたようだ。


 2人も椅子や机を直してくれる。周りの人も少し手伝ってくれた。


 念の為気絶した不良たちに『回復ヒール』をかけておこう。念の為、ね。



 「アリシアちゃ〜ん、席直したよ〜! 一緒にお昼ご飯取りに行こ〜!」


 「早くしないと、人気のメニューが取られてしまうわ」


 「ん〜……いや、先に2人が行っておいで。私はここで待って席キープしておくから」


 「……確かに、誰か1人が席にいれば後から席が取られるのを防げるわね。そんなの思いつかなかったわ。サノ、アリシアの言う通り、先に私たちだけ取りに行きましょう」


 「う、うん! そうだね! じゃ、行ってくるね!」


 「行ってらっしゃい。……さて」



 2人を見送った後、私は席に座り頭を抱えた。



 (はぁぁ…………やっちまった……編入早々こんな騒ぎを起こしたら、今後の生活に絶対に支障が出る……決して目立とうとしてやったわけじゃないのに……どうしよう……)



 そんな事を考えていると、料理を取ってきた2人が戻ってきた。



 「アリシアちゃん、戻ったよ!」



 ダシの効いた、香ばしい匂いが鼻につく。嗅ぎ覚えのある、この匂いは……



 「それって……」


 「これ? 私のはね、お月見うどんだよ!」


 「私はきつねうどんね。ところで、このうどんは何故きつねうどんと言うのかしら……」



 やっぱり、懐かしのうどんの匂いだ。


 しかし昼食でうどんを出したり、日本の学校に近づけたりしている辺り、あのオキナ校長先生という人は私と同じ日本人なのだろうか。


 懐かしくて美味しそうなうどんの匂いを嗅いだ事により、私が今まで考えていた不安が一気に煙の如く消滅した。



 「私もそのうどん食べたい!」



 私はおもむろに立ち上がる。それを見たカルマが、うどんの貰える方に指差してくれた。



 「うどんが貰えるのはあそこよ。私たちは待ってるから、今度はアリシアが取りに行ってらっしゃい」


 「うん、行ってくる!」



 期待を胸に、駆け足でうどんのブースまで行く。


 そこで私はカルマと同じきつねうどんを注文し、七味も置いてあったのでちょっと多めに入れた。


 席に戻ると、2人は私が来るまで楽しそうに喋って待っていた。



 「お待たせ〜」と声をかけて席に座る。


 「それじゃあ、いただきましょうか」


 「「いただきます!」」


 「……いただきます」



 箸でうどんを食べる2人。見た感じ、サノは猫舌っぽそうだ。



 「……ねえ2人とも、それ(箸)使いづらくない?」


 「確かに、最初は使いづらかったよね〜」


 「そうね。でも、慣れればそうでもないわよ」


 「そうそう。それに慣れたおかげで、このうどんがスプーンよりもフォークよりも食べやすくなったからね〜」


 「そ、そうなんだ……」



 この世界の人間が日本の文化に順応できるのか……これもやっぱり、オキナ校長先生の指針?



 「それよりもさ、アリシアちゃんのうどん、凄い七味の量だよね! 辛いの好きなんだ?」


 「好き、というよりかは風味付けにかけてる感じかな。それに私そんなに七味かけてないよ」


 「……七味を風味付けで? それでもうどんって美味しいものなのかしら?」


 「ちょっとでもいいから、七味と合わせて食べればわかるよ」


 「そう……今度私も挑戦してみようかしら」


 「私はパ〜ス。私はうどんそのものの味を楽しみたいし!」


 「貴女は単純に辛い物が苦手なだけでしょう」


 「あっ! ちょっと、バラさないでよ〜! 折角秘密にしようと思ってたのにぃ!」



 この光景に私は思わず微笑んだ。女の子同士のやり取りって、こんなにも和むものなんだなぁ……



 「……? どうしたの? アリシアちゃん」


 「いや、友達っていいなぁ〜って」


 「……よくわからないけど、アリシアちゃんだって私たちの友達だよ!」


 「……え? 私が?」


 「そうよ。逆に何だと思っていたの?」


 「で、でも、まだ知り合ったばかりだし……」


 「そんなの関係無いよ! ねっ、カルちゃん!」


 「ええ。サノの言う通り、友達に出会ってからの期間なんて関係無いわよ」


 「2人とも……」



 2人の言葉を聞いた私は、感激して涙がこぼれてしまった。それを見て慌てる2人。



 「ど、どうしたの? アリシアちゃん……」


 「私、何かまずい事でも貴女に言ってしまったかしら……?」


 「……ううん、違う。私、今までずっと独りぼっちだったからさ、こうして……私の事を“友達”って言ってくれたのが、凄く嬉しくて……!」


 「アリシアちゃん……」


 「アリシア……」



 勿論、こんなのが即席の演技でできるわけがない。この時の私はありのままの本音を、この2人にぶつけた。


 これを聞いた2人は私を慰める為か、2人とも食事中にも関わらず私に抱きついてきた。


 抱きつかれた私は、何故か更に涙が溢れ出してしまった。



 「もう大丈夫だよ……私たちがいるから……」


 「今まで独りで、辛かったでしょう……でも、これからは貴女に寂しい思いはさせないわ……」


 「ありがとう……ありがとう……!!」



 こうして、私3人の楽しくも儚い昼休みは過ぎていった。




 (キーンコーンカーンコーン……)



 午後の授業と帰りのHRも終わり、私が帰りの準備をしていた時の事だった。



 「アリシアちゃん! 一緒に帰ろっ!」



 隣からサノの声がかかる。サノは既に帰り支度を済ませていたらしい。


 友達と一緒に登下校……凄く魅力的なんだけど……



 「ご、ごめんね……私、家から馬車で来てるから……その……」


 「あそっか、アリシアちゃんって公爵様の娘なんだっけ」


 「うん……だから、一緒に帰るっていうのは……」


 「……その馬車、少し待ってもらう事はできないのかしら?」



 不意に後ろからカルマの声が聞こえてくる。どうやら私たちの会話をずっと聞いていたようだ。



 「えっ? どうだろ……」


 「一緒に帰ると言っても、帰りに少し遊ぶ程度だから、そんなに時間はかからないわよ。そうでしょ? サノ」


 「うん、そうだよ! アリシアちゃんって、多分ここに来たばかりでしょ? だから、私たちでこの辺を案内してあげたいし、私たちのうちにも来てほしいの!」


 「うち?」


 「ここの学生寮の事よ。私とサノはルームメイトなの」


 「へえ、そうなんだ……」



 この学校には学生寮があるのか。また何とも日本らしいと言うか……



 (ん? 待てよ……?)



 学生寮があると言うのなら、あの頭の硬い父親から離れられる絶好の機会なのでは?


 と言うのも、今朝のロックリザードの件であの人から少し距離を置きたいと考えていたからだ。


 まあ、ずっと昏睡していた娘に対して過保護になるのはわかるが、それにしても娘の修行の成果を否定するのはさすがにどうなのだろうか。



 (寮に入るの、アリかもしれないな)


 「どうしたのアリシアちゃん。おーい」


 「あっ、ごめんね。ちょっと考え事をしてて」


 「考え事?」


 「まあ、色々と……」


 「そっか……まいいや!」


 (まいいやって……)


 「それよりさ、そのアリシアちゃんとこの御者さんに3人でお願いしに行こうよ! ね、いいでしょ?」


 「別にいいけど……」


 「決まり! じゃ、行こ!」



 そう言ったサノは、私たちを置いて1人で先に外へ行ってしまった。



 「えっ? ちょ、ちょっと!」


 「……はあ。またサノの悪い所が出たわね……」


 「……また?」


 「勝手に1人で突っ走るの、いつもの事なのよ……」


 「そ、そうなんだ……」


 「とりあえず、サノの後を追うわよ」


 「う、うん!」



 取り残された私たちは、急いで支度をして先に行ったサノの後を追った。



 「サノちゃ〜ん。ちょっと待ってよ〜」

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