第6話 私と関係者

あの一件から2日が経過し、いよいよ今日が『アルタイル学園』の初登校日となった。


 その間、お父さんたちと(生ぬるくなった)稽古をしたり、学校に行く為の色々な準備をしたりと、まあ色々あった。


 その時にわかった事なのだが、どうやらこの特典で習得した技が自分の持つ技量以上の技だった場合、使った反動で体を壊したり体調不良を起こすらしい。


 まぁ、そんな旨い話があるとは思っていなかったのであまり精神的ダメージは無かった。いつだって強大な力には代償が付き物なのだから仕方無いことだ。


 それと、ラヴィダさんの鍛錬やお父さんたちの稽古のおかげで、私は新しく『イナシ討ち』と言うスキルを覚えた。


 簡単に言えば剣術と体術を織り交ぜて作られた私のオリジナルスキルで、相手からの攻撃をいなして即座に剣や蹴りで反撃するというもの。ただし剣を持っていないと使えないのが難点。


 今は特に問題は無いが、この『イナシ討ち』が後に大きな問題を招くことになるとは、この時の私は知る由もなかった。


 後はまあ、『浄水生成クリエイト・ウォーター』と『回復ヒール』を合わせて『回復浄水ヒール・ウォーター』を覚えたりとか、『凍結フリーズ』と『超風圧』を合わせて『北風』を覚えたりとか。けど多分この先使う事は無いんだろうね。




 私は今日もいつものようにキャシーさんに起こされた。ただ今回は事前に6時に起こされると聞かされていたから、前もって身構えていたおかげですんなり起きることができた。


 顔を洗い、歯を磨き、朝食を食べ、また歯を磨く。それらを終え自室に戻ると、既にキャシーさんが制服を用意して待っていた。


 アルタイル学園は由緒ある伝統が今も残されているらしく、その一環として生徒は専用の規定服……つまり制服の着用が義務付けられている。


 とりあえず、女子はこのワンピース型の制服を着るのが決まりらしい。


 あと、アルタイル学園では実技の授業(つまりは体育)も取り入れており、そこでは動きやすい私服を着用するらしい。キャシーさんはその服も用意してくれていた。


 彼女に手伝って貰いながら、私は制服に身を包む。鏡を見ると、制服を着た私……アリシアが華麗に着飾られていた。



 「おぉっ……」



 いくらこれが自分の体と言えど、目の前に金髪制服美少女が立っているとやはり心躍るものがある。



 「お似合いですよ、お嬢様。あとそれと、こちらを……」


 「これは?」


 「鞄でございます。この中に、授業に必要な物が全て揃っております」



 と言って渡されたのは、背中に背負える高級そうなスクールバッグだった。持つと少しずっしりしている。


 私は早速それを背負ってみる。アリシアに合わせて作られた特注品だろうか、妙に体にフィットした。



 「さあ、お嬢様。正門にて、馬車がお待ちですよ」


 「え? 馬車?」


 「この屋敷は学校から少し離れておりますから、これからのお嬢様の送迎は馬車を使われるそうですよ」



 なるほど、つまりアニメで言えば「自家用車に乗って悠々と登校してくるお金持ち」みたいなものか。


 これだからお貴族様は、一般人と金銭感覚が違うから困る。



 「そ、そうなんだ……(苦笑)」



 早い所この金銭感覚に慣れないと……いや常識で考えるなら慣れちゃダメだけど、とにかく慣れないと……(?)



 「えと、じゃあ……行ってきます」


 「はい、行ってらっしゃいませ」



 彼女はにこやかな笑顔で見送ってくれた。


 屋敷の玄関を目指して歩く。胸の内にあるのは、期待と羨望と……ぼっちだった頃の記憶。


 ああ、嫌なものを思い出してしまった……


 とそんなこんなで、私は馬車まで辿り着いた。既にお父さんたちは、馬車の前で私を待っていてくれたようだ。



 「来たかアリシア。さあ、これに乗って学校まで行こうじゃないか」



 私を待っていたのは、所々に装飾の散りばめられた豪勢な馬車だった。貴族の馬車と言うだけあって、明らかに他のよりも高い(気がする)。



 「大丈夫か? 1人で乗れるか?」


 「多分、大丈夫だと思う……」



 私はゆっくりと踏み台に足をかける。



 (あ、この程度だったら助けは要らないな)



 そう思った私は、そのまま馬車へと駆け込む。


 馬車の中は思っていたよりも案外広く、座面は上質そうな物が使われていた。室内にも装飾が施されており、ランプなんかもある。


 四方の壁は窓が張っており、例えるならまさしく「送迎バスの1室」というような感じだった。


 私が御者側の席に座ったと同時にお父さんが乗り込み、私の向かいに座った。



 「よし、出してくれ!」



 とお父さんが声を掛けると使用人の1人が馬車の扉を閉め、御者の合図で馬は動き出した。




 屋敷を出てからしばらく経ち、今は街道を進んでいた。道路は舗装されていないらしく、時々石で馬車が跳ね上がった。


 しかし、私は未だにお父さんと何かしらの会話をしていなかった。気まずいのもあるが、まず何より話のネタが無い。


 すると沈黙に耐えかねたのか、お父さんが言葉を発した。



 「……なあアリシア、お前……記憶はどのくらい戻ったんだ?」


 (戻ってない、って言うか戻らないんだよなぁ……)


 「うーん…………ぼちぼち……かな……?」


 「そうか……やはりたった3日では戻らんか……」



 再び2人の間に沈黙が訪れる。



 「……ねえ、そういえばさ、私って明日も学校に行くんだよね? お父さんも一緒に来るの?」


 「いや、私と行くのは今日だけだ。私にも仕事があるから、明日からはアリシア1人で行ってもらうことになる」



 となるとこの豪華な送迎バスは明日から私専用になるのか。わーお。



 「そ、そうなんだ……(苦笑)」



 あれ? なんかデジャブ?



 (ヒヒィーンッ!!)


 (ガコンッ)



 突然馬車が止まった。



 「何事だ!」



 とお父さんが御者に向かって叫ぶ。



 「……それがですね……」



 御者は困った顔でお父さんを見た。そして前方の何かを指していた。



 「あれが、道を塞いで進めないんですよ……」



 お父さんは馬車から降りて、その何かを確認した。



 「あれは……ロックリザードだな。今剣を持ってくるから、少し待っていてくれ」



 ロックリザード……つまりは岩トカゲの事で、全身に硬い岩のような鱗を持つオオトカゲだ。だから、剣でまともに戦えるような相手ではないはずなのだが……


 馬車に戻ったお父さんは、中で自身の剣を探していた。



 「アリシア、危ないから馬車の中で待ってるんだ」


 「……ロックリザードに剣って効くの?」


 「多少はな。まあ、一番は魔法だが」


 「……ふぅ〜ん……」



 それを聞いた私は背負っていた鞄を座席に置き、馬車を降りてロックリザードの方へと向かった。



 「おい! アリシア! 何をしている!」


 「あれさ、もし剣で倒したら、退かすのに時間かかるよ? 魔法の方が効くなら、そっちの方が良くない?」


 「確かにそうだが、だからと言ってお前がどうこうできるような相手じゃない!」


 「大丈夫。見ててよ」



 私は徐々にロックリザードに近づいていく。ロックリザードは敵意を向けているのか、私に対して威嚇している。


 近づきながら私は、右手に意識を集中させる。右手の中に、どんどん水を溜めていく。



 「アリシア! 『浄水生成クリエイト・ウォーター』程度じゃそいつは倒せん! 早く引き返すんだ!!」


 「これ、『浄水生成クリエイト・ウォーター』じゃないよ?」


 「え?」



 その瞬間、ロックリザードが襲いかかる。この速さなら避けるのは簡単だが、どうせならカッコ良く決めたい。



 「よし……『水風船』!」


 右手に溜めていた水を一気に投げる。


 (バシャンッ!)



 『水風船』がロックリザードに命中すると、衝撃によってロックリザードは吹っ飛んでいった。


 ロックリザードは倒れたが、すぐに立ち上がろうとしていた。そこを私は、『水風船』を用意しながらジリジリと近づいた。不敵な笑みを浮かべながら。


 近づきながら、私はロックリザードにこう言い放った。



 「冷たいの嫌でしょ? 嫌だったら、ここをすぐに退いてね? それとも、まだこれを食らっていたいのかな? 今なら『凍結フリーズ』も付いてくるよ?」



 と言いながら冷気を帯びた左手も見せる。


 ロックリザードは顔面蒼白になった(気がした)。そして私の言葉を解したのか、ロックリザードは一目散に逃げていった。



 (ピューッ)



 それを見届けた私は両手の魔法を解いた。



 「……ふぅ」



 小さく溜め息をついた後、私は馬車に戻り自分の鞄を背負った。その様子をお父さんはただ呆然と見ていた。



 「……どうしたの? お父さん。早く馬車に乗りなよ」



 と言いながら私は元の座席に座る。



 「あ、あぁ……?」



 お父さんはずっと首を傾げていた。そのままお父さんも元の席に座った。


 そして私たち2人が乗ったタイミングで、御者は再び馬を動かした。



 「……な、なぁアリシア。さっきのことで、お前に色々と聞きたいんだが……一先ず、なんであんな危ないことをした?」



 お父さんの声のトーンが急に低くなる。



 (うっわ怒ってるよ……まぁそりゃそうか……)



 こういうのは経験上、謝罪だけで済ませておいた方が口喧嘩に発展しなくて済む。



 「ご、ごめんなさい……ロックリザードは魔法の方が効くって言うから、それで……」


 「気持ちは嬉しいが、今のお前には危険すぎる。今回は“運が良かった”から良いものの、次からはこんなことするなよ」


 「はい……」


 (“運が良かった”って何!? 完全に俺の“実力”だったじゃん! と言うか、娘の努力を頭ごなしに否定するとか意味わかんないんだけど! あ〜イライラする!!)



 私は心の中で激怒していた。私は今すぐにでもこの怒りを何かにぶつけたかった。


 でも、だからと言って凄まじい魔法や人離れした剣技をお父さんたちの目の前で見せるわけにはいかない。


 私にはこれが余計にストレスとなった。



 「……ところで、さっきロックリザードに放った魔法……あれは何をしたんだ?」


 「何って、普通に水魔法だけど」


 「そうじゃない。私は今まで色々な魔法を見てきたが、あんな魔法を見たのは初めてだ。だからアリシア、あれは一体……」


 「私はただ教わった事を応用しただけ。何も凄い事なんて無いよ」


 「いやしかし……あれは……」


 (はあ面倒臭いもう……!)


 「……御者さん、私しばらく寝るので、学校に着いたら起こしてもらっていいですか?」



 彼はコクッ、と頷き了承した。


 こうなったら寝てストレスを和らげるしか無い。これ以上お父さんと話を続けていると、いつか私の方が怒りで爆発しそうだ。



 「そういうわけだから、学校着くまで起こさないでね。じゃあ、おやすみ」


 「え? あ、ああ、おやすみ……」



 私は横になり、静かに眠り始めた。


 そういえばこの、特典にある『睡眠時に技を整理する』能力は昼寝でも適用されるのだろうか。




 「アリシア様、着きましたよ」



 という御者の声で私は目覚めた。どうやら私が寝てからそんなに時間が経ってないらしく、意外と早くに着いたらしい。


 起こされた私は馬車を出る。扉を開けてすぐに、大きな学校が目に飛び込んできた。


 正門と思しき門の傍には『王国立アルタイル冒険者育成学園』と彫られている。と言うか石に彫られている文字ですら自動置換されるのか……



 「アリシア、こっちだ」



 お父さんに呼ばれて、私はお父さんに着いていく。お父さんに対する怒りは道中寝たおかげで少し和らいだようだ。


 この時間は丁度登校の時間なので、登校中のアルタイル学園の生徒が私たちを物珍しそうに眺めては素通りしていった。


 お父さんはそんな事を気にもせず、私を学校の裏口まで連れていく。


 裏口に着くと、私を待っていたかのように優しそうなお爺さんと女の人が出迎えてくれた。


 お父さんはお爺さんのもとに歩み寄り、握手を交わす。



 「お久しぶりです、オキナさん。お元気でしたか?」



 オキナ……オキナか……



 「元気も元気よ。聞いておくれ、最近また髪が抜けてきてのぉ……でもそのおかげか、全く転ばなくなってきたんじゃ。何故だかわかるかの?」


 「さあ……全く検討もつきません」



 私にはわかる。このお爺さんがこれから何を言い出すのかを。



 「“毛が”無くなって、“怪我”無くなったからよ! アーッハッハッハッハッ!」



 自虐ネタで楽しめるなんて、このお爺さん明るい人だな、長生きしそうだな、と思った。



 「ふむそれで……この子が、お主の言ってた子かえ?」


 「はい。アリシアって言います。ほらアリシア、こちらが、この学校の学校長であるオキナさんだ。お前もオキナさんに挨拶をしておくんだ」



 この人校長先生だったのか。まあ只者ではないとは思っていたが。



 「えと……初めまして、アリシア・クーゲルバウムです。10歳です。今日からこの学校でお世話になります。まだまだ至らぬ点もございますが、何卒よろしくお願い致します」


 「おやおや、よくできた娘さんだね。こちらこそよろしく頼むよ」



 とオキナさんは右手を差し出してきた。握手の合図だ。私はすぐに握手をした。


 その途端、オキナさんは私を自身の元へ引き寄せ、そして耳元でこう囁いてきた。



 「お前さん……“この世界の人間”では無かろう?」


 「!?」



 私は酷く動揺した。何故一目見ただけで私の事がわかったんだ……?



 「お前さんは地球……それも日本から来たね?」


 「……なんで、そう思ったんですか……?」



 囁かれた声に対して私も囁き声で返す。



 「流暢な日本語、手を握り返しただけの冷たい握手、他にも色々あるけど、お前さんが日本人であるという証拠は十分にあるよ」


 「…………貴方は、一体……」


 「おっと、これ以上の話はまた機会があったらにしようじゃないか」



 そう言うと、オキナさんは私を離した。



 「……オキナさん、うちのアリシアと、何をされていたんですか?」


 「いやいや、すまないね。公爵家のお嬢さんがどんな香水をつけてるのか気になってしまってのう。お嬢様の“匂い”というのは、わし“におい”ては重要な事じゃからな! アーッハッハッハッハッ!」



 え? 何それ、普通にセクハラじゃん(中身男だけど)。



 「さて、儂はもう戻るとするかね。後は頼んだよ、カナリアせーんせ」



 と言い残して、オキナさんは校舎内に消えてしまった。



 「はーい。わかりましたー」



 傍にいた女の人が返事をする。全体的にスタイルが良く、まだまだ童顔が見えるぐらい若い。この人がカナリア先生なのだろう。



 「……初めましてアリシアちゃん。私の名前はカナリア、貴女の入るクラスの担任“かな”」



 “かな”? そこで使うのは少し違う気がする。



 「アリシアちゃん、まず教室に行く前に、ちょっとやってほしい事がある“かな”。だからまずは、職員室に来てくれる“かな”」



 あ違う。これただの語尾だ。



 「あ、はい。わかりました」


 「アリシア、行ってらっしゃい」



 お父さんが私を見送る。



 「……行ってきます」



 そうして私はカナリア先生と一緒に職員室へと向かった。


 着くとすぐに、自分の机から1つの水晶と台座を取り出して私に渡した。



 「これはね、『魔法適正検査水晶』と言って、自分の得意としている魔法の属性がわかる魔法道具かな。君はこれから魔法教養科に入るわけだけど、その上でまず生徒の適正属性を最初に知っておく必要がお互いにあるかな」


 「なるほど……」


 「魔法の属性は基本的に炎・水・風・地・光・闇の6つに分類されるかな。この水晶を使うと、自分の適正属性の色が中で光るの。試しにやってみるね」



 と言って先生は私が持っている水晶に両手をかざす。



 「片手だけでもできるけど、両手の方がより正確にわかるかな。使い方はこんな風に、水晶に手をかざすだけかな。じゃ、見ててね」



 先生が手をかざすと、水晶は徐々に赤色の光を放っていった。


 ある程度実践した先生は水晶から手を離す。水晶の光も徐々に減っていった。そして先生はこう言った。



 「とまあ、こんな感じかな。私の適正は炎属性だから赤色に輝いたけど、水なら青色、地なら橙色、闇なら紫色といった具合に水晶が光るかな」


 「なるほど……」


 「じゃあ、早速やってみるかな。手の先に神経を集中する感覚でやると、より成功しやすいかな」


 「わかりました」



 私は水晶を近くの机に置き、そして両手をかざした。



 (手の先に神経を集中する感覚で……)



 すると、水晶は青く光りだしていき、次第に色が強くなっていった。


 傍でこの様子を見守っていた先生が、横から私に言った。



 「んーこれは、水属性かな。アリシアちゃんは、水属性に適正があるみたいかな」



 あ、やっぱりか。まあ知ってはいたけど、水に適正があるというのは本当だったのね。



 「先生、これでいいんで……」



 手を離そうとした途端、目の前の水晶に異常が起きてしまった。



 「!!」



 今まで青く光っていた水晶がだんだんと虹色に輝き出し、しまいには大きな音をたててひとりでに割れてしまったのだ。



 (パァァァァァァッ……)


 (ビキッ!!)


 「「!?」」



  その音に、周りにいた職員室の先生も全員こっちの方を見る。「何だ何だ」とか、「どうした」とかの声も聞こえてくる。


 私は慌てて手を離す。割れた水晶は既に能力を失い、ただの結晶の破片と成り果ててしまった。


 これを見た私とカナリア先生は絶句していた。しばらくこの2人の間には異様な無言が続いていた。



 「……こ、この水晶は古かったから、もう寿命が来ちゃったのかもしれないかな〜。あはは……」



 とカナリア先生は私をフォローしてくれたが、その顔は明らかに引きつった笑いだった。



 「ご、ごめんなさい! 家の人に頼んで、代えの水晶を持ってきます……」


 「き、気にしなくていいかな。元々いつかは廃棄する予定だった魔道具だったし……」


 「……あの、今までこんな事って、あったんですか……?」


 「私が見てきた中では無かったかな……それに、水晶がひとりでに割れるなんて話、聞いた事無いし……」



 ほんっとうにすんません。それ多分私の持つ特典のせいです。



 「……と、とにかく、この破片は私が処理しておくから、先に外に出ておいてね」


 「わ、わかりました……」



 自責の念を胸に秘めながら、私は職員室を出る。


 職員室の外でしばらく待っていると、カナリア先生が出席簿を持って出てきた。



 「さ、行こっか」



 先生の案内のもと、私は教室を目指して歩く。


 アルタイル学園は、魔法教養科と剣術体術科で校舎が2つに分かれている。いずれも中央のピロティを通ればお互いに行き来は可能だが、あまり使われていないらしい。


 その中でも1階フロアは2学科共通で使われる階層のようで、食堂や放送室なんかはこのフロアにある。勿論職員室も1階にあるし、私が入った方の裏口玄関もこの1階フロアの裏にある。


 ちなみに正門から見て左側にあるのが、私がこれから過ごす事になる魔法教養科の校舎だ。


 階段を上って3階へと上がり、やがて私たちは教室の前に着く。クラスを表すパネルには、「3―A」と書かれている。


 外観も日本の学校で見るような、中央の柱を挟んで両側に窓の無い木製の横開き扉があったり、天窓も一応あったりした。



 (3年生のA組か……)


 「それじゃあ私はHR《ホームルーム》をしてくるから、ここで待っててくれるかな。あと、できれば扉から見えない位置で待っててくれると嬉しいかな」



 なるほど、サプライズというわけか。私は快く了承し、中からは見えない廊下の死角に移動した。



 「私が中でアリシアちゃんを呼ぶから、その時に入ってきてくれるかな」


 「あ、はい。わかりました」



 私の返事にニコッと先生が笑うと、そのまま扉を開けて中へ入っていった。扉が閉まったのを見計らって、私は扉に聞き耳をたてる。


 中では先生の挨拶と、クラスの人の返事が聞こえてきた。どうやらHRが始まったらしい。


 出欠を取る声や連絡事項を聞いていると、日本にいた頃の自分を思い出してくる。


 日本、か……そう言えば、私が死んだ後の学校は、どのように変わったのだろうか。いかんせんぼっちだから友達はいなかったけど、誰かが私の事を悲しんでくれたのだろうか。



 「……これで朝のHRは終わるけど、実はまだ皆に伝えたい事があるかな」



 何やかんや考えている内に、遂にその時が来る。


 私はタイミングを間違えないように、注意深く聞き耳をたて続けた。



 「なんと……このクラスに、新しい子が入ってきたんです!」



 その事を聞いた生徒たちは、一斉に歓声をあげたり、拍手をしたりしていた。中からざわめきが聞こえてくる。



 「はい、それじゃあ入ってきてくれるかな」



 声を合図に、私は「失礼します」と言いながらゆっくりと両手で扉を開けて中に入る。


 辺りを見回すと、廊下の向かいにある壁一面の窓、教卓、固定された石の3人机、後ろ側にある掲示板に小黒板、日本でよく見る学校の風景とあまり変わらないものがあった。


 クラスメートたちはパッと見個性の強い人が多そうだが、意外と男子よりも女子の方が圧倒的に多かった。


 私は教卓の隣に向かってゆっくりと歩く。勿論、「私はお嬢様である」事を意識しながら。


 私の姿を見たクラスの女子たちは、「可愛い!」だとか、「綺麗……」だとか、「お人形さんみたい」だとか言ってたし、男子に至っては大半が照れて?いた。


 そう言えば忘れていた。自分で言うのもあれだけど、アリシアって実は結構な美少女じゃん。



 「はい、じゃあ自己紹介してほしいかな」



 皆の前で自己紹介なんて、前の世界換算で7ヶ月ぶりぐらいだろうか。


 大きく深呼吸をする。言いたい事を頭の中で整理する。



 「……アリシア・クーゲルバウムです。色々あって、今日からこのクラスに編入する事になりました。あの、気軽に話しに来てください。これからよろしくお願いします!」



 自己紹介を終え頭を下げる。結果は我ながら上手くいったのではなかろうか。そして私の自己紹介を聞いた皆が拍手をしてくれた。


 先生が私の自己紹介を聞いて、更に補足する。



 「……はい、アリシアちゃんはなんとあのラクドリア公爵様の娘さんなんです! 皆仲良くしてあげてほしいかな〜」



 ざわつくクラスメート。お父さんの影響力は中々に高かったらしく、クラスの全員を驚かせた。



 「で、アリシアちゃんの席は空いてるあそこかな」



 先生はポカンと1つだけ空いた真ん中らへんの席を指差す。私はそこへ座りに行く。


 席に座ると、両隣の女の子が私に一斉に小声で話しかけてきた。



 「アリシアちゃん、これからよろしくね! 私はサノ!」


 「私はカルマよ。わからないことがあったら、私たちに何でも聞いてね」



 私の左側の明るく笑う元気そうな女子はサノ、通路を挟んで右側の落ち着いた感じで微笑む女子はカルマと言うらしい。2人とも性格は真反対のはずなのに、何故か仲良しに見えた。



 「はーい、アリシアちゃんの紹介も終わったし、あと3分ぐらいで授業始まるかな〜。じゃ、学級長が挨拶して終わろっか」



 カナリア先生が私の事で騒いでるクラス全員を一喝する。その一言でクラスが静まり、学級長らしき男子が「起立」と声をかける。


 その男子はツリ目で礼儀正しいいわゆる美少年で、明らかに秀才なお坊ちゃんという感じだった。


 私はその男子にときめ…………きはしなかったが、後にこの男子が私の学校生活に大きく影響していく事を、この時の私はまだ知らなかった。


 「起立」の呼び声でクラスの全員が立ち上がる。私も周りに合わせて立ち上がる。



 「気をつけ。礼」



 皆が頭を下げる。このへんのルールは日本と変わらないな、と思いながら私も頭を下げる。


 朝の会が終わると、私のもとにクラスの大半が集まって質問攻めにした。



 「ねえねえ、なんでこの時期に来たの?」


 「俺、商人志望なんだけど、貴族が気に入る物って何?」


 「アリシアちゃん! 私と仲良くしよ! ダメかな?」



 やはり公爵のお嬢様というだけあって、皆私と仲良くなりたかったり面識を持ちたかったらしい。


 私は色々な事を教わったけど、絶え間なく襲ってくる質問の避け方は習ってなかったな……私は終始狼狽し、実際に目が回っていた。



 「ちょっと皆! アリシアちゃん困ってるよ!」


 「そうよ。質問があるなら、いっぺんに言わないほうが良いわよ」



 サノとカルマが周りに言い聞かせる。その言葉が響いたのか、質問攻めにしてきた皆は私に謝罪した。


 「え、うん、大丈夫」なんて返しはするものの、それ以降皆は質問してこなくなった。そして皆自分の席へと戻っていった。



 「大丈夫? アリシアちゃん」



 サノが声をかける。カルマも私の事を心配してくれているようだ。



 「だ、大丈夫だよ。ありがとう、2人とも」


 「どういたしまして!」


 「にしても、アリシアって本当に人気ね。まあお嬢様だし、“可愛い”し、この時期に編入してくるなんて珍しいし、しょうがないのかもしれないけど」



 今まで17年間生きてきたけど、“可愛い”と面と向かって言われたのは初めてだ。カルマから”可愛い”と言われた私は、なんか複雑な気持ちになっていた。



 (キーンコーンカーンコーン……)



 授業開始を知らせるチャイムが鳴る。何処から鳴っているんだろうか。と思いながら私は鞄から勉強道具を出し、この世界で初めての授業に望んだ。



 (あれ? そう言えばこの世界、どうやって字を消すんだろう……)

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