第5話 私とドラゴン2

 そうしてラヴィダさんに連れてこられた場所は、周りのひらけたほんの少し小さめな野原だった。



 [此処で良いだろう。では人間、そこで待っていろ]



 ラヴィダさんがそう言った次の瞬間、ラヴィダさんの全身が光り始めた。


 放たれる光は眩しすぎて直視することはできなかったが、ラヴィダさんの体が徐々に小さくなっていくのは感じた。


 次にラヴィダさんを見た時には、既に人間の女性の姿になっていた。


 美しい蒼色の瞳、頭に生えた2本の尖った角、綺麗に整えられたベージュ色の長髪、逞しく長い尻尾、鋭い爪を持つ龍の手、大きな翼、褐色の肌、そして……………健康的な裸体。



 「……ふぅ、これで良いだろう。では、鍛錬を始めるとしy……ん? どうした人間、何故顔を背けるのだ」



 当たり前だ。いくら私の体が女の子でも中身は男なのだから、そんな健康的な女性の全裸なんて直視できるわけが無い。



 「あの……その…………服……を……」



 私はたじろぎつつも、服を着るように頼んだ。



 「此処は深い森の中だ、誰も此処には来まい。それに同じめす同士、何を恥じる事がある?」



 ラヴィダさんって雌だったのか……いやそういう問題じゃなくて。



 「……と、ともかく、何かしら服を来てくださらないと、私が鍛錬に身が入らないんです……」


 「…………? ……変な奴だ」



 私の頼みを聞いてくれた彼女はどこからか麻布を取り出して、それを自身の体に纏った。



 「……これで良いか?」


 「あ、はい、大丈夫です」


 「よく解らんが、これで鍛錬が出来るのだろう? して人間、貴様剣術と体術のどちらで我と交えるか」



 突然の質問に困惑する私。



 「えっ!? ……じゃ、じゃあ、えっと、剣術で交えたいです」


 「良かろう。なら我は、この爪をつるぎの代わりとしよう」



 彼女がそう言った瞬間、彼女の右手の爪がどんどん伸びていき、やがて刃と同じぐらい長くなった。


 爪が伸びた原理はよくわからないが、それは実際中々の強度を持っているらしい。


 私はそれに驚きつつも、その間に自分の持ってきた剣を手にした。



 「準備は良いか? では始めるとしよう」


 「よ、よろしくお願いします……!」


 「先に忠告しておくぞ人間。【我は手を抜くつもりは無い】だから貴様も、全力でかかって来い」


 「……え?」


 「そんな怯えた顔をするでない。安心しろ、“ギリギリ”貴様が死なない程度にいたぶるだけだ」


 「えっ」



 これなら、気安く「わかりました」なんて言うんじゃなかった……私は心の底から後悔した。



 「では……行くぞ!!」



 次の瞬間、彼女は私に猛スピードで突っ込んできた。


 彼女が速すぎて、私は目で追うのが精一杯だった。


 長くなった彼女の爪――ここでは剣爪と呼ぼうか――が振り下ろされる。私はそれを咄嗟に剣で受け止めた。



 (ガキンッ!!)



 力の篭った剣爪を受け止めた私の腕は震えていた。



 (カタカタカタカタカタ……)


 「ほう? 中々やるではないか。これでも目に見えない程度の速さを出したつもりなのだがな……どうやら貴様の事を少々見くびっていたようだ」



 彼女は後ろに退さがる。



 「だが次はこうは行かんぞ」



 と彼女が言った瞬間、再び猛スピードで突っ込んできた。


 2度も同じでは食らうまい! と意気込んでいた私は、微かに見える彼女に向け剣を振った。


 が、彼女は私の剣を避け、気づいた時には既に私の背後に回っていた。



 「しまっ……!!」



 背後を向くが間に合わず、剣爪の一撃を貰ったあげく回し蹴りで吹っ飛ばされてしまった。


 飛ばされた私は背中を木の幹に打ち付けて静止した。



 「ぐぁっ…………!!」



 そのまま私は地面に落ちるように倒れていった。



 (ドサッ)



 背中に激痛が走る。血が出ている感覚があるし、何より体の力も入らない。



 「おっと、すまないな人間。そもそも我の中で人間の体が脆い事を失念していた」



 と言いながらラヴィダさんが私に歩み寄ってきた。



 「今治してやるぞ。ほれ、『回復ヒール』」



 『回復ヒール』をかけられた私は、みるみる傷が治っていった。完璧に傷が治った頃には痛みも無くなったし、脱力感も消えている。



 「貴様が傷を負ったのは背中と、落とされた時の内部の損傷であろう? その程度であれば、我の『回復ヒール』で完全に治癒できる」



 確かに傷は治ったし、痛みも消えたけど、痛い思いはしたくないな……どうにかならないかな……



 【魔法:『回復ヒール』を習得しました】



 うん、今凄くどうでもいいんだよね、それ。


 ともかく、傷の治った私は立ち上がり、そして剣を構えようとした。


 が、ここである事に気づく。


 剣爪の攻撃で裂かれてしまった服。ただでさえ貴族のお嬢様なのに、このまま帰れば大問題になりかねなかった。


 そんな事を考えてしまったので、私はどんどん憂鬱になっていった。


 うぅ、背中がスースーする……



 「どうした人間。何故浮かない顔をしている」


 「いやぁ……この切られた服で帰ったら、色々面倒な事になりそうだな……って考えてたんです……」


 「成程そういう事か……それはすまなかったな。今我が貴様の服をしてやろう」


 「えっ? 服せるんですか? というか、いいんですか?」


 「貴様の大事な服なのだろう? 服も、人間の生み出す娯楽の1つだからな。ほれ、『修繕リペア』」



 『修繕リペア』をかけられると、瞬く間に服の傷が消えていった。と言うより、文字通りっていった。



 【魔法:『修繕リペア』を習得しました】



 いやだからさぁ……それ今凄くどうでもいいんだって。



 「次からは、貴様の服は傷付けないように心掛けよう」


 「……ラヴィダさんって、服をすこともできるんですね」


 「『修繕リペア』の事か? それはただの『回復ヒール』のおまけに過ぎん」



 『修繕リペア』って『回復ヒール』のおまけだったんだ……


 とすると、もしかしたらこの2つの魔法は組み合わせられるのかも? まあ、寝てる時に勝手に纏まりそうだけど。



 「よし。続けるぞ」



 その後も私は、ラヴィダさんにボコられては治され、ボコられては治されの繰り返しだった。


 その間、全く手も足も出なかったわけでは無く、少しづつ彼女の動きに着いて来ることができた。恐らく、この特典の力なのだろう。


 ただ、いくら相手が『人化』しているドラゴンとは言え、その戦力差は歴然だった。


 まさしく、私を“弄んでいる”……そんな感じだった。そう感じるだけで、(ラヴィダさんに勝てそうな気はしないけど)なんか悔しかった。


 だからだろうか、徐々に彼女に傷をつけられるようになっていった。そして……



 (キィン!)


 (カァン!)


 (キィン!)


 (ガッチィン! ガタガタガタガタ……)



 鍛錬で得た経験値によって、私はラヴィダさんとほぼ互角に戦えるまでに成長していた。



 「ほう……? 中々やるようになったではないか、人っ間!」


 (キィン!)


 「ラヴィダさんの動きに、目が慣れてきただけです……よっ!」


 (カァン!)



 こうしてお互いに譲らない鍔迫り合いが続いた。両者共に目に見えないスピード、剣捌き、そして戦術の駆け引きが、この小さな野原で繰り広げられていたのだ。




 鍛錬を続けている内に、自分でも気づかない内に時は正午を回っていたらしく、陽射しが多くなったから暑くなってきたのだと、この時初めて気づいた。



 「む、もう午の刻か。……どうだ人間、一度互いに体を休めるか? 欲を言えば、我はまだ体を動かし足りないと感じているのだが、貴様の身を案じれば休憩は必要であろう」


 「……え?」


 「この調子で続けていれば、貴様はいずれ脱水症を起こす。そうなると我でも治すのは不可能なのだ」


 「……そうですね。少し、休憩しましょうか」



 と言って私は草地に腰を降ろした。



 「しかし驚いたぞ人間。まさかこの短時間で、『人化』した我と互角の戦力にまで上り詰めるとはな」



 と言いながら彼女は剣爪を縮ませた。本当にどういう原理なのそれ……



 「貴様さては天才だな?(ニヤリ)」


 「まぁ、そんなところですかね……アハハ……(苦笑)」



 そんな他愛も無い会話をしていると、突然くさむらから音がした。



 (ガサガサガサガサッ!)


 「「!?」」



 2人して音のした方を向く。私は剣に手を掛け、警戒しながら立ち上がる。



 「……人間、我の後ろに居ろ。この気配……確実に“奴ら”だ」


 「“奴ら”? “奴ら”って一体……」


 「来るぞっ!!」


 「!!」



 彼女の声と同時に、叢から何かが飛び出す。


 飛び出して来たのは4体の“ゴブリン”だった。



 「キシャァァァァーッ!!」


 「……たかだか下級悪魔如きが、我に歯向かって来るとはな……良い度胸だっ!!」



 彼女は笑いながら、猛スピードでゴブリンたちに突っ込んでいった。


 そしてゴブリンたちを次々と吹っ飛ばしたり切り裂いていく様は、まさしく最強の種族の名に相応しかった。


 4体のゴブリンは、瞬く間に秒殺された。


 この時私は静かに悟った。殺してもいい獲物が目の前にいる時が、彼女が出す本気の全てなのだと。


 そして私は静かに戦慄した。あの鍛錬で彼女と互角になったと思っていたのに、まだその上があった事に。


 更に不思議なことに、その光景を見てもなお私の口からは「凄い……」という言葉が自然と出ていた。



 「一先ずこの程度であろう。だがまだ油断するなよ、人間」


 「……あの、ラヴィダさん。何で、ゴブリンが私たちに襲いかかってきたんですか……?」


 「奴らの好物は人間種のめす。奴らの嗅覚が優れているが故かは知らないが、奴らは雌の匂いに惹かれてやって来たのだろう。人間種の雌を慰め者にして、奴らの巣に持って帰る為にな」


 「うぇぇぇ……ということは、私の匂いに惹かれて……?」


 「いや、恐らく我ら2人の匂いに釣られたのだろう。我の『人化』は擬似的に人間種になることの出来る魔法だからな。だが奴らは相手が悪かった」


 「相手が悪かった……?」


 「我が龍の姿でいる時は、他の魔物を寄せ付けない『龍闘気』と呼ばれる物が有る。だが、我が『人化』している時はその『龍闘気』を失い、魔物を寄せ付けるようになるのだ」


 「でも力はドラゴンのままだから、襲ってきてもそのまま返り討ちにできる、と……?」


 「そういう事だ」


 「なるほど……」


 (ガサガサガサガサッ!)


 「「!!」」



 話をしている途中に、再び叢から音がした。



 「人間、先程我が殺したのは恐らく奴らの斥候部隊だ。偵察も兼ねて、我らを襲ってきたのだろう。だがその斥候からの連絡が途絶えた、という事は……」


 「……ゴブリンの本隊が動く、ってことですか……?」


 「その通りだ。奴らは阿呆だからな、数で押し切ればどうにかなるとでも思っているのだろう」



 その言葉に、私は身震いする。そして剣を強く握りしめる。



 「人間、背後を警戒しておけ。既に奴らに囲まれている可能性が高い」


 「……っ!」



 狼狽した私は辺りを見回す。言われてみれば確かに、叢の傍で影が動いているような感じがした。



 「…………そろそろか。人間、くれぐれも気を抜くでないぞ!」



 その声と同時に、叢から無数のゴブリンが飛び出してきた。突っ走ってくるもの、飛びついてくるもの、奴らの目は完全に獲物を捕らえた目をしていた。



 「……少しばかり数が多いな。ならば“これ”を使うとしよう」



 彼女がそう言った直後、いきなり彼女は自身の右手を思いっきり噛みちぎった。



 「!?」



 彼女の噛みちぎった痕からは血が流れ出ている。



 「さて…………楽しませて貰おうか……!」



 彼女は微笑を浮かべていた。そして次の瞬間、恐るべき速さを出し、恐るべき力でゴブリンたちを倒していった。


 爪で首を飛ばしたり、蹴りで頭をぐちゃぐちゃに押し潰したり、爪の一撃で深く切り裂いたりと、この光景は見ていて気分が良いものでは無かった。


 私は、ドラゴンの力による興奮と、この光景のおぞましさによる恐怖で、言葉を発することすらできず、更に心臓が激しく鳴っていた。


 叢を掻き分ける音で私は我に返ったが、既に1体のゴブリンが私の背後から襲いかかってきていた。


 一瞬のことだったので、私は唖然としていた。腕が動かなかった。


 とその時、ラヴィダさんが左側からそのゴブリンに膝蹴りを食らわせた。食らったゴブリンはそのまま吹っ飛んでいった。



 「……気を抜くな、と言ったはずだぞ、人間」


 「……ご、ごめんなさい……でも、ありがとうございます……」


 「まだ終わっていない。次が来るぞ」



 すると次に出てきたのは、狼に乗ったゴブリン部隊。



 「ゴブリンライダーか……また厄介なものを……」



 ゴブリンライダー部隊を一見した彼女は、すぐさまそれに向かって突っ込んでいった。



 「食らえ!!」



 彼女が叫ぶと、彼女の尻尾がどんどん肥大化していった。そして彼女はそれをゴブリンライダー部隊に向けて勢いよく振りかぶった。



 (ブゥン)


 (ドォン!!)



 いかにも重そうな尻尾の一撃を受けたゴブリンライダー部隊は皆薙ぎ払われ、空高く打ち上げられてしまった。


 と思ったら、今度は木の陰から無数の弓矢が飛んできた。私はこの矢の雨を避ける方法を、必死になって考えた。


 がどうやらその必要も無いらしい。



 「ゴブリンアーチャーもいるのか。だが我には効かん!」



 そう言うと彼女は大きな翼で風を起こし、矢を全て跳ね返していった。跳ね返された矢は打ち上げられたゴブリンに刺さったり、放たれた方へ戻ったりした。


 例えるならバドミントンの羽のような、そんな跳ね返り方だった。


 そうこうしている内に、空高く打ち上げられていたゴブリンたちが地上へと落ちてきた。それを見た彼女は大きく息を吸っている。



 (スゥゥゥゥゥゥゥ……)



 そして彼女は上を向き、一気に息を吹き出した。その息は、莫大な量の炎となって空中のゴブリンたちを焼き尽くしていった。



 (ボォォォォォォォォッ!!)


 (ドサドサドサ……)



 焼死体となって落ちてくるゴブリンの死体。


 その直後、再び木の陰から矢の雨が放たれた。


 私の方へ来た矢は全て切り払うことができたが、ラヴィダさんは先程の風を起こさず矢の雨の中を掻い潜って、矢の放たれた方へと突っ込んでいった。


 彼女はその後隠れているゴブリンアーチャーを見つけては瞬殺していったらしい。丁度木の陰に隠れて見えなかったのだが、音からそうなのだと読み取れた。


 音が止み、何知らぬ顔で彼女は戻ってきた。全身や爪は返り血で真っ赤に染まっている。



 「ひぃっ……!?」



 私は震えていた。元の世界では、血や肉片とは無縁の生活を送っていたからだ。


 勿論アニメやゲームにそういった描写はいくつもあったが、それとリアルで目の当たりにするのとでは全く訳が違う。


 だからこそ、今の私のSAN値はかなり減っているような気がした。



 「粗方奴らは片付いたであろう。これでもう問題は無い…………いや、1つだけ、些細な事だが問題が有るようだな……」



 彼女は震えている私の方に目を向ける。



 「人間、まずは目を閉じろ。そして水魔法を覚えているのなら、我に向かって放て」



 言われた通りに私は目を瞑り、彼女に向け『浄水生成クリエイト・ウォーター』を放つ。



 (ジャァァァ……)


 「我が良いと言うまで、それを放ち続けておけ」



 私は心の中で了承した。



 (ジャァァァ……)


 「よし、良いぞ。それと、もう目を開けても問題は無いはずだ」



 私は『浄水生成クリエイト・ウォーター』を止め、ゆっくりと目を開ける。


 するとそこには、纏った麻布以外が全部綺麗になっているラヴィダさんがいた。



 「えっ、凄…………どうやって体の血を落としたんですか?」


 「我々ドラゴン種の体はある程度血を弾くのでな、少しの水さえあれば体に付いた返り血は落とせるのだ」


 「な、なるほど……」


 「兎も角、後は貴様が回りの死体さえ見なければ、恐怖心は無くなるであろう。貴様は我だけ見ていれば良い」


 (ヤダ……この人イケメン……!)


 (キュン♡)



 私の為にここまで尽くしてくれるなんて、これ以上のイケメンがこの世にいるだろうか(いやいない)。



 【スキル:『憤怒の牙』を習得しました】



 ん?



 【スキル:『龍尾撃ドラゴン・テール』を習得しました】



 あれ?



 【スキル:『超風圧』を習得しました】



 もしかして、これって……



 【魔法:『獄炎息吹インフェルノ・ブレス』を習得しました】



 ……ラヴィダさんの技、全部覚えちゃった……?!



 「……ん? どうした人間、何をそんなに慌てている」


 「えっ!? いや、何でも無いです、はい!」


 「?」



 一瞬の出来事とは言え、まさかあれらの技を全て覚えてしまうとは……


 おっと、読者の皆様を置いてけぼりにしてしまう所だった。なので今から詳しくその経緯を振り返っていこう。


 まずは『憤怒の牙』。これは、ラヴィダさんが自身の右手を噛みちぎって恐るべき速さと力を手にした時に使用したスキル。自身が痛手を負っている程速さと力の倍率が高くなるようだが、その分制限時間は短く設定されているらしい。まあ、お手頃な高火力バフスキルって感じかな。


 次に『龍尾撃ドラゴン・テール』。これは読んで字の如くの尻で攻するスキル。ゴブリンライダー部隊はこのスキルによって吹っ飛ばされていた。私がこのスキルを使う場合、剣や蹴りを龍の尻尾に見立てて薙ぎ払う……といった所だろうか。


 そして『超風圧』。これも読んで字の如く凄まじい風を起こすスキル。ゴブリンアーチャーの矢の雨を跳ね返せていたのはこのスキルのおかげ。今回習得した技の中で一番応用が効きそうなのがこの『超風圧』だろう。ただ欠点として、風を起こす物が無ければ使うことができない。


 最後に『獄炎息吹インフェルノ・ブレス』。空中のゴブリンたちが上手に焼けました〜になったのは、彼女がこの魔法を放ったからである。簡単に言えば、曲芸等で見る火炎放射を派手にそして強くしたもの。


 今回私はラヴィダさんと関わる中で、強い回復魔法・強いバフスキル・強い攻撃スキル・応用力の高いスキル・強い魔法を一気に覚えたことになる。しかも、彼女との鍛錬を経て経験値も中々高いものになっている。


 ……この特典を貰ってから大方覚悟はしていたけど、異世界転生ものでよくある“俺TUEEEE!!”街道まっしぐらじゃん……


 最初は、少し強くなればいいな程度に考えていたのになぁ……


 どう収拾付ければいいんだろ、これ……



 「……人間、1つ貴様に聞きたいのだが……この森の周囲に、人間の兵士が徘徊しているな?」


 「…………あっ!」



 そう言えば、ラヴィダさんは王都に現れたドラゴンで、王国の討伐隊が彼女を血眼になって探していたんだっけ。ここまでの出来事の衝撃が強すぎて、すっかり忘れていた。



 「やはりか。となると、先の戦いを聞かれてるやもしれんな。これ以上面倒な事になる前に、我はもう行くとしよう」


 「行くって、何処にですか……?」


 「決まっておろう。【この森を発つ】のだ」


 「……っ!!」



 迂闊だった。これだけの争いが起これば、何かしらを討伐隊の1人は嗅ぎつけるだろう。それを忘れて私は、ラヴィダさんを助けるばかりかラヴィダさんに助けられてしまった。


 今すぐにでも、自分の惨めさを呪いたかった。



 「人間、貴様との時間は、中々に愉快なものであったぞ」


 「……わ、私もです……本当に、ありがとうございます……!」



 深々と頭を下げる。



 「顔を上げよ、人間。……いや、貴様を“人間”と呼ぶのは少々烏滸おこがましいな。貴様、名は何と言う?」


 「えっ……!? あ、えっと、アリシア・クーゲルバウムです」


 「アリシア、か。アリシア、貴様を我が好敵手ライバルとして認めてやる。また何処いずこかで逢えるのを、楽しみに待ち侘びているぞ」


 「わ、私も、ラヴィダさんとまた何処かで会いたいです」


 「うむ、ではさらばだ、我が好敵手よ」



 そう言って、彼女は森の中へと歩きだそうとする。



 「あっ、待ってください!」



 私の言葉に反応した彼女は、進めていた歩を止め振り返る。



 「……? どうした、人g……いや、アリシアよ」


 「ラヴィダさんが行ってしまう前に、やっておきたいことがあるんです」


 「ほう……?」



 私は彼女の元へと走り寄った。



 「ラヴィダさん、手を出してください」


 「……こうか?」



 差し出された右手に対して、固く握手をする。


 すぐさまその手を親指軸で逆手に持ち変える。腕相撲のような感じだ。


 握られた手を離し、拳で相手の指を同じように握り拳になるように小突く。


 お互いに拳のまま、私は彼女の拳を上から、そして下からも小突く。



 「…………とんとんとん、っと……はい、これで終わりましたよ!」


 「……何だったのだ? 今のは……」


 「“友達”であるという証です! お互いを認め合った友達は、こうして誓いの儀式をするんですよ!」



 一度やってみたかったんだよね、この友達の誓い。



 「…………友? 貴様と我が、“友”、だと……?」



 友達、という言葉を聞いてからラヴィダさんの様子がおかしい。



 「……あ、あれ……? もしかして私、怒らせてしまいましたか……?」


 「…………フフフフフ、ハーハッハッハッハァ!」


 「!?」



 彼女の高笑いが森中に響き渡る。高笑い、と言うか爆笑だった。



 (ん? なんか既視感が……)


 「人間と、ドラゴンが、“友”だと?! フフフ、貴様、中々に面白い事を言うではないか!! そんな滑稽な事を言う輩なんぞ、初めて見たわ!! ククククク……あー片腹痛い……!! ヒーヒッヒッヒ……」



 めっちゃ爆笑してるやん。そんなに私の“友達”発言が面白いのか。



 「ふっ、“友”か! 悪くない響きだな! 良かろう、今日から貴様と我は“盟友”だ!」



 笑い止んだと思ったら、今度はめっちゃ嬉しがるやん。情緒不安定かよ。



 「き、気に入ってくれたようで何よりです……」


 「……気に入った、とは違うがな。だがそうだな……アリシア、面白い事を聞かせてくれた礼として、我からも1つ良い事を教えてやろう」


 「良い事……?」


 「そうだ。我の目をよく見ておけ」



 そう言われて私は彼女の目を覗く。


 すると彼女の左目の瞳に、幾何学模様のようなものが浮かび上がる。魔法陣のようなものだろうか。



 「これって……」


 「『観察眼』スキルだ。『敵感知』や『見敵術』と呼ばれる事もあるがな。貴様が魔物に襲われた時、我が貴様の隣に居てやる事は出来ない。つまり、貴様自身が身を守るすべを覚えている必要があるのだ」


 「それは……そうですね」


 「そこで役に立つのがこの『観察眼』スキルだ。このスキルで覗いている間、周囲の魔物を感知する事が出来る。ただし感知出来るのは魔物のみ、敵意を持った人間やゴーレム種に対しては通用しない」


 「なるほど……」


 「今から貴様にこの『観察眼』を授けよう。目を閉じるのだ」



 言われるがまま私は目を閉じる。その直後、ラヴィダさんの大きな手が私の頭に乗った。


 すると、周囲に複数の魔法陣が展開されたようで、シュウィンとか、カチャカチャという音がした。と同時に、回りが眩しくなったのが目を瞑っていてもわかった。


 やがて音や光が止むと、彼女の「目を開けよ」という声が聞こえてきた。既に頭の上に手は乗っていない。


 ゆっくりと目を開けると、左目の視界が不思議な感じになっていた。



 「!!」



 右目を瞑って左目の視界に集中する。私はこれに感銘を受けていた。



 【スキル:『観察眼』を習得しました】


 「もう一度左目を閉じれば、元の視界に戻せる。逆に目を閉じない限りは、半永久的に『観察眼』が使える。……貴様なら上手く駆使出来るだろう」



 あ、ほんとだ。左目を瞑ったら元の視界に戻った。



 「……あの、何故そこまで私に良くしてくれるんでしょうか……?」


 「何故だと? 決まっておろう。【我は人間が好きだからだ】」



 彼女は不意に笑顔を見せた。太陽のような明るい笑顔ではない、落ち着いた感じの笑顔だけど、私にはそれがカッコ良く見えた。


 人間が好きなドラゴン、か。多分今後出会う機会なんて無いんだろうな。街中でラヴィダさんを見かけたら、声を掛けてあげよう。



 「……さて、我は貴様に『観察眼』を授けた。今度こそ別れの時だ」


 「……短い間でしたけど、本当に、ありがとうございました。また、何処かで……」


 「ああそうだな。また何処いずこかで逢おうぞ、我が“盟友”よ」



 そう言って、彼女は森の中へと消えていってしまった。


 私はその背中が見えなくなるまで、ずっと見守り続けていた。


 完全に彼女の背中が見えなくなった時、私は深呼吸をした。



 「…………さて、俺も帰るとするか。こんな……所にいつまでも居られないし。……んで……」


 (キョロキョロ)


 「……俺何処の木に印付けて来たっけ……」

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