6.

 少女が家で暮らし始めて一ヶ月が過ぎた頃、ジョルジュはその異変に気づいた。

 臭い。異臭がする。

 端的に言い表すならばそういうことなのだが、その一言で片付けてしまうにはその臭いは奇妙に過ぎた。それを形容する言葉を、ジョルジュは知らない。腐臭という言葉がかすかに頭をよぎりはしたものの、清掃が行き届いた市街で育ち、工場などの独特の臭気を持つ場所とも縁のないジョルジュには、本で目にしたことのある腐臭や悪臭という言葉がどのようなものを指すのかわからなかった。

 それでも、字面から察せられるイメージと、ジョルジュの鼻孔を酷く疼かせるその臭いは近しいものに思えた。無機的なものや人工的な薬品臭といった、人が意図したものではなく。もっと有機的な、生物や植物が原型を留めないほどに変質してしまったような、そんな臭いだ。

 とは言っても、初めにその臭いを認識したときは、わずかに顔をしかめて首を傾げる程度だった。嗅いだことのない不快な臭いだ、とは思ったが、それは常に付きまとうものではなかったし、何かに集中したり、食べ物など別の強い匂いがあれば気に留まらない程度のものだったからだ。

 だからジョルジュが本当の意味でその悪臭が、何か異常なものだということに気づいたのはそれからさらに数日が経過してからだった。

 その日、ジョルジュは他でもない、その異臭の不快感によって目を覚ました。昨夜床についた時にも、それまでより強い臭いを感じてはいた。しかし、強いといってもそれは眠りにつける程度のものであった。

 強引に目を覚まさせるほどの臭いは控えめに言っても昨夜までの倍では済まない強烈さだった。臭いの質はそれまで感じていたのと同じ。鼻の奥まで突き上げてくるような刺激臭と、ぐずぐずと後を引く鈍い痛みが伴うような重苦しい臭いの混じり合ったそれはこの数日の比ではなかったが、ジョルジュは感覚的にそれが臭いそのものの変質ではなく自分の感じ方の違いであると察していた。

 痛み止めが切れた時の感覚によく似ている。それまでも確かに感じていたものが、それまでは誤魔化せていたものが、突如としてハッキリと自覚できてしまうのだ。臭いの変化はジョルジュにとって間違いなくその類のものであった。

 ひどい臭いだと顔をしかめながらジョルジュはベッドから身を起こした。強烈な臭いに目眩と頭痛まで覚え、ベッドから転げ落ちそうになる身体をなんとか右手で支える。すると今度はひどい吐き気がした。

 内側から鈍く痛む額に手をやりながらなんとかベッドから降りたジョルジュがリビングに向かうと、既に朝食の席に着いていたロバートとダクタリが驚いた様子で顔を上げた。

「どうした、真っ青だぞ」

 立ち上がったロバートが驚いた様子で声をかけてくる。席こそ立たなかったがダクタリも朝食を口に運ぼうとした手を止めてジョルジュの様子を窺っていた。

「二人とも、平気なのか?」

「何がだ。お前こそとても平気そうには見えねぇぞ」

「酷い臭いだ」

「おいおい、俺の作った朝飯がそんなに不満だってのかよ」

 ダクタリが不機嫌そうに口を尖らせたが、ジョルジュは頭痛が酷くなりそうで首を横に振ることもできなかった。

「ダック」

 窘めるようなロバートの声音に、ダクタリも怒りの表情を引っ込めた。もちろん、ジョルジュの様子が単に食事の出来が悪かったくらいの状態でないことが見て取れたからでもある。

「二人とも、臭わないのか?」

「臭うって何がだ」

「美味そうな朝飯の匂いしかしねぇって」

 説明するだけの余裕はジョルジュにはなかった。

 二人の困惑から、この臭いを感じ取っているのが自分だけだということは理解できたが、だからといってジョルジュの体調が回復するわけでも、臭いの正体がわかるわけでもない。

 ロバートが引いてくれた椅子に倒れるように腰を下ろし、ジョルジュはテーブルに突っ伏す。そうしている間にも、臭いは体内を犯すようにジョルジュに染み込んできていた。

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