5.
ダクタリにとって、同居人たちの決定で一緒に暮らす運びになった世にも珍しい少女型のシュプリオンをいつどんな風に壊してやるかを夢想するのは日課になりつつあった。
その気狂じみた趣味とは裏腹に、ダクタリは二人の同居人との関係には実直、誠実で通していた。そんな彼であればこそ、二人を出し抜いて勝手にシュプリオンを破壊するという選択肢は初めから存在しない。結果として、身近にちょこまか動き回る少女シュプリオンを目にするたびに、先延ばしになってしまったその瞬間を思い描くようになるのは当然であったといえる。
もっとも、同居人達の決定に従うということの他にも、彼の想像をたくましくさせる理由はあった。
腕を引きちぎり、股を裂き、舌を切り取って目をえぐり出すのが、シュプリオンを壊す時の彼の常套手段だった。しかし今回ばかりは「それでいいものか」という疑問があったのである。
ジョルジュが指摘したように、こんな珍しいものはそうそう手に入らない。なんだったら今後一生、こんな最高のアイテムを手に入れるチャンスは二度とないかもしれない。シュプリオンとはいえ、いつも十把一絡げに彼が壊して楽しんでいるそれらとは希少価値という点では別物だ。
特別な価値を持つものには、特別な結末を。
たまの休日をぼんやり自宅で過ごしがてら、ダクタリはちょろちょろと落ち着きなく部屋を歩き回るシュプリオンを見ていつものように空想に耽っていた。
真っ先に考えたのは道具を使う、ということ。それも刃物や鈍器のような日常的なものではなく、拳銃や、そうでなくても武器や凶器、元から誰かを、何かを害するために作られた道具を用いることだ。
特にダクタリが関心を持ったのは拳銃だった。犯罪発生率の激減した時代に、それを目にすることはまずない。ないが、入手が不可能というわけではなかった。全盛期のそれと比べれば間違いなく粗悪な品ではあったが、金持ちどもが趣味で動物狩りをするための銃は、金さえ払えば入手可能だ。そしてダクタリは、これといった使いみちの無い貯金の一部から、かつて興味本位で購入したそれをまだ持っていた。
希少品には希少品を。それは一見魅力的に思えたが、ダクタリはすぐにその考えを打ち消した。道具を頼っては、壊れる瞬間の手触りが味わえない。それでは勿体無いし、面白くないと思ったのだ。
たまの休日、といってもダクタリの休みは不規則だから、ジョルジュやロバートと休みが重なることは多くない。この日も例に漏れず、朝から家に残ったダクタリは拾ってきた少女と二人きりだった。二人きりだからこそ、そんな思考に耽ったのかもしれない。無論、ダクタリ自身に「二人」という認識はなかったが。
ともかく、この珍しい玩具の扱いは慎重に決めなくてはならない。ダクタリはその方法や趣向をあれこれと考えては、しっくりこないと首を振ることを繰り返していた。
「なんかいいアイデアがないもんですかねーっと」
言いながら椅子から立ち上がり、調理台と水場があるだけの手狭なキッチンへ足を向けたその時、ダクタリの横をすり抜けるようにして先にキッチンに滑り込んでいく小さな人影があった。もちろんあのシュプリオンである。
飲み物でも用意してのんびり考えよう、とインスタントコーヒーの残りがどれくらいあったか考えていたダクタリはその俊敏さにしばし呆気にとられた。それは別段奇妙な動きだったわけではない。シュプリオンの背格好からしても妥当な駆け足ではあったが、二週間近く同じ部屋で暮らしているこのシュプリオンが走る姿をダクタリは初めて目にしたのだった。
いや、そもそもこの拾い物に限らず、シュプリオンが「走る」という様子を見たことが無かったかもしれない。一般的なシュプリオンたちというのは命令には忠実だが意思は薄弱だ。それ自体がシュプリオンの利点ではあるのだが、意思や思考といったものが薄い彼らは焦りという感情、急ぐという意思と無縁だ。
人間にあるような、間に合わなければまずい、という責任感が欠けている。当然といえば当然だ。彼らは道具であって、使われる側の存在。間に合うも間に合わないも監督する人間次第。だからこそシュプリオンを動員する現場にも人間の働き口があるともいえる。
急げ、と命令されれば従うのだろうが、それでも作業スピードがわずかに上がる程度で、彼らが命令もなく機敏に動くなど異常動作とさえ思えるほどだった。
ぽかんと固まったままキッチンに駆け込んだシュプリオンを眺めていると、シュプリオンはちらちらとダクタリの様子を窺うようにしながら、湯を沸かしはじめた。
いつだったかロバートが「こういうのは何年経っても進歩しねぇな」とどこか嬉しそうに触っていた電気式の加熱台で湯が沸くのを待つ間、シュプリオンは流し台の下に引っ込み、ダクタリからは死角になる場所で何やらごそごそやっている。
やがてひょこっと流し台の下から顔を出した彼女は、ダクタリにも見えるように両手を持ち上げてみせた。右手にはコーヒー、左手には紅茶の袋が握られている。
「お、おお?」
なんとなく、シュプリオンの意図を理解したダクタリだったが、想定外過ぎるその行動に戸惑いが口をついて出た。命令されてもないのに、勝手にこんな気の遣い方をするシュプリオンなんざ見たことねぇ、と首を傾げる。
シュプリオンは両手に持った袋を交互にがさがさと振ってみせる。ダクタリの答えを急かすような仕草だ。急ぐ、という概念を連中は持ち合わせていないんじゃないかとついさっきまで考えていたことをダクタリは思い出していた。
「あー……そっちだ。そっち」
ダクタリがコーヒーの袋を指差すと、シュプリオンは右手に持った袋をじっと見つめる。五秒ほどそうしていたが、やがてまた流しの下に引っ込むと紅茶の袋を戻してコーヒーを淹れる用意を始めた。
自室に戻る気にもなれず、ダクタリはリビングの椅子に腰掛けてコーヒーを淹れるシュプリオンを眺める。そういえばロバートが「あのシュプリオン、やっぱただの廃棄品じゃなさそうだぞ」とか言ってたっけ、確かラジオとやらがどうしたとか、と記憶の糸をたぐりながら、ダクタリはロバートの言葉は少なくとも一蹴できるものじゃなさそうだと認識を改めていた。
ほどなくして、湯気を立てるマグカップを手にしてやってきたシュプリオンは、慣れているとは言い難いぎこちなさでダクタリの前にそれを置いた。マグカップはいつもダクタリが使っているものだ。
「……ありがとさん」
ダクタリに礼を言われても、シュプリオンは何も答えず、頷くでもなく、じっとダクタリと目を合わせたまま動かない。しばし見つめ合った後、先に視線を逸らしたのはダクタリの方だった。奇妙な行動に気を取られはしたが、彼女もまたシュプリオンである。その行動から意味や意図を読み取ろうなんて無理な話だと、そう思い直したのだ。
彼がコーヒーに口をつけるのを見届けると、シュプリオンはやはり何の反応も見せないままふらりと立ち去った。直後に彼女が向かった廊下の先からトイレの水を流す音が聞こえてきてダクタリが微妙に落胆しなければ気づいたかもしれない。
彼がシュプリオン相手に礼を言うなど、人生で初めてだったということに。
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