第13話 モーリー、動く

 裏路地の誰も居ないところでイヴが嘉武に耳打ちをする。

「ガヴァルド達もあんたを探してるわよ、そろそろ佳境ね」


 わかったと返事をした頃にはイヴの姿は無い。ほんの一瞬の出来事。

 敵も自分を探している・・・。嘉武はこれ以上の捜索をしても意味がないと理解し、ガヴァルドに遭遇したあの路地で座り込む。

 すると、時間もそう経たないうちに誰かの足音が聞こえた。下品な話し方、下品な風貌。それはガヴァルドの下っ端二人だった。闇も深い中、ゲラゲラと笑いながらこちらへ歩いてくる。


 嘉武はすくっと立ち上がり、二人の前へと立ち塞がる。

「やぁ、また会えましたね」と笑ってみせる。


 ドゴォン!


 と見るや否や見た目がムカつく方の下っ端の一人をぶっ飛ばす。その方向には木箱があったが、クッションの意味はなさず四散した。


「何で、俺だけ・・・」

 と言い残し気を失う下っ端。

「アニキィィイイ!アニキイイイイィィ!!」と叫ぶ残った下っ端。目を剥き出しに喚き散らす。その姿はまさに阿鼻叫喚である。


 助けてくれぇと言ったその瞬間、イーミルの手によって無力化が図られ、回収される。ぶっ飛ばした下っ端も気づけばその姿は無くなっている。


 それから間もなく上空から降って来たのはガヴァルド。

 ドォン!と大きな音を響かせ、ギラギラした眼で嘉武を睨み付ける。


「・・・相変わらずのご様子で何より」と嘉武。剣に手を伸ばすものの、剣の使い方を一切知らない。それでは駄目だ、まだ使えない。


「どうやら、お前から来てくれたみたいだな。オレァ嬉しいぜ。こんなにもすぐ、アノ時の恨みを晴らせるんだからよォ!」


 優れた脚力で一気に間を詰めるガヴァルド。嘉武は咄嗟に手を翳し、フレアを即座に詠唱発動する。それでもガヴァルドは一瞬で攻撃の範囲から外れる。


「この前のようにはいかねぇぜ?」

「それはどうですかね」


 そう、嘉武からみてガヴァルドの背後にはイヴが居る。次に隙でも見せればイヴからも一撃が繰り出されるだろう。それだけで嘉武は心理的にもかなり優位に立てていて、その自信や安心は顔にも現れている。


「何がそんなにおもしれぇんだよ!」

 ガヴァルドが怒り、着用していた衣服がバリバリと千切れる。そして、逆立った長い体毛が広がる。まるで狼男の様に姿を変貌させた。

「オレはよぉ、お前にやられたおかげで踏ん切り付いたってもんだからよぉ。一応お前には感謝してるんだぜェ?」

 低い声となり、歪な発声でガヴァルドは嘉武に言う。


「・・・お前、まさか、やったな?」

「ヤったのなんのお前に関係有るかァ!?オレァまだまだ強くなれんだ!お前を殺してもっと強くなれるんだよォ!」


(エルガーさん、どうやらこの人は手遅れみたいだ・・・)


 そんな事思っている間にも激昂したガヴァルドは嘉武に襲いかかる。乱れたクローの筋、それでも前回の比にならない速さ。嘉武はスキルには頼らず冷静に見極める。一瞬、閃光のような物が奥で光った。だが、そこまで気にできる状況ではない。


(やはり、<A>は僕のほうが圧倒的に上みたいだな・・・それなら、もっと消耗させてみてもいいだろう)

 スキを見て嘉武は顔面に拳を叩きつける。力は抜きつつも殴ったとは言えガヴァルドもかなりの耐久性を増していた。

「あぁ、キカねぇなぁ、キカねぇ!!」


(くそっ、何かがおかしい)


 嘉武はガヴァルドを何度殴っても、あらゆる骨を砕いても手応えのない感触に違和感を覚える。そして思い出した。

 こうなってしまったら最後、“命を削って“戦っているのだと。そう、目の前のガヴァルドもきっと・・・。


「くそったれええええ!!!」


 嘉武は持てる力でガヴァルドの自慢、厚い爪目掛けて真正面から拳を打ち出す。爪さえ破壊出来れば自分には敵うことがないと戦意を喪失させ、無力化ができると考えたからだ。


 バァキィッ!!


 その結果ガヴァルドの爪は根本から折れ、使い物にならなくなった。嘉武の腕や拳も無傷とはいかなかったものの直様、反対のツメもへし折る事に成功。もう十分痛めつけた。拘束なんて余裕だろうと嘉武は声高らかに言う。


「イーミルさん、イヴ!」


 ーーーその戦いの裏、嘉武とガヴァルドの戦いを見ていたイヴの背後に突然の黒い気配。

「こんばんワ、どうですか?あなた方の作戦、とやらは上手くいってマスか」

「誰っ」


 振り向いてみれば長身で黒尽くめの男が腰を曲げ、イヴの顔を近くで覗き込むようにしていた。

「っ、気持ちワルっ!」


 イヴは短剣を振るい、バックステップして距離を空ける。

「女の子がそんなモノ振り回しちゃいけまセン」とねっとり言う黒尽くめの男。


 煩いのよ、とイヴはフラッシュを放ち、黒尽くめの男へと攻め込む。

「とくと味わえ!火炎・インフェルノ!」

 イヴは男の腹に手を当て真紅の炎で焼き払う。一瞬で葬る、確かな感触。目の前は焼け焦げる。

 そして、また声がする。


「オーホッホ、当たっていたらひとたまりもなかったでしょうネ。当たって、いればノ話ですが」

「どこよっ!?」

「ここです、ココ」


 男はイヴの背後に立って裏からイヴの顔の正面へと顔をヌルッと覗かせる。イヴは目が合う前に離れるが、確かな手応えに完全に油断していたとは言え、まさかの事まで考えずに居た。

「お前、ロータスのっ・・・!!」

「フフフ、えぇ、ロータスの、誰かでしっ」


 男が背後から切り裂かれる。鮮血を吹かしながらグデっと地面に寝転ぶ。そして、男の背後に居たのはイーミル。


「モーリー、こんな玩具で遊んでいないで出てきたらどうだ」

「出ていったらやられちゃウでしょっ?一体二なんて卑怯じゃなァい」と虚空よりモーリーの声がする。


「モーリー・・・」とイヴは歯ぎしりしながら怒りを顕にする。


「ならば、ガヴァルドはこちらで無力化させてもらうだけだ」

「んまっ、それはさせないケド・・・ね」


 モーリーだったモノからウヨウヨと出てくるのは二匹の化け物。

 三メートル程の体躯をウネウネとくねらせ、目は無い。大きい口と太い腕。


「なっ・・・」

 イヴは化け物を見て言葉を失う。


「ウッフッフ・・・。とってオキのすぺしゃるですよぉ。では、ゆっくりと味わっテくだサイね」

「待て!モーリー!!」


 どこともなく聞こえる奇妙な笑い声が遠ざかる。

「これじゃ、アイツの元へ行けないじゃないの・・・」

「どうやらやるしか、無いようだね」

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