第5話 作戦と支援金交渉

 翌朝、気の抜けた声と共に体を伸ばす嘉武。

(見慣れない天井・・・。そういえば、僕は今、異世界に居るんだったな)


 ふと、想いを巡らせ寂寥感が広がる。気持ちを切り替えるように着替えに袖を通し、軽く腕を振るう。


「さて、行きますか」

 嘉武は宿を後にし、ギルドへと向かう。


 ギルドの中に入ると、受付嬢が嘉武を見るや否や表情を曇らせた。

「あ、嘉武様、昨日のお手続きの件ですが少々難が有りまして・・・」

「なにか、ありましたか?」

「申請するにはやはり、経歴、アピール等が浅すぎたかも知れません。私も一緒だったのに申し訳なかったです」

「仕方ないですよ、本当の事ですから」

「その、それでなんですが、ギルド長がお呼びなんですよね・・・」


 いきなりギルド長か、人事担当とか居ないのかよと嘉武は思うが、怪しい人間を見極めるのならトップの目を通すのは必要である。ただ気になるのは神妙な口調の受付嬢だ。何か不都合でもあるのだろうか。ミスで凹んでいるのだろうかと推測する。


「そうですか、分かりました。どこへ行けばいいんですか?」

「こちらへどうぞ、上階でお待ちです」


 嘉武は受付の奥へと進み、魔法エレベーターへ乗る。勿論内心は驚きと感動に満ちているがこれ以上田舎者だと思われても哀れみを受けるだけなので静かに乗りあがった。


 絨毯が敷かれたフロアに着き、重厚な木の扉が嘉武を待っていた。

「嘉武様、よろしいですか?」と受付嬢が耳打ちをする。軽く相槌を返し、背筋を伸ばし、受付嬢はコンコンとノックする。


「エルガー様、シルフィです。美濃嘉武様をお連れ致しました」


「入れ」と一言。


「それではどうぞ」と受付嬢が扉を開き、嘉武は入室する。目の前には存在感のある白髪の男、エルガーがどっしりと自席に着いている。


 一応嘉武は目を合わせ、どうもと軽く会釈する。

 そして、自分の仕事を終えた受付嬢のシルフィはそそくさと退室する。

 ギルド長エルガーは嘉武の目を見る。どこまで覗かれているのか分からないほどの重い眼孔。全てが見透かされているようだった。長く感じられる数秒が過ぎた頃、「そこに掛けたまえ」とギルド長の一言。


 革張りのソファに腰掛け、嘉武は膝に手を置く。その対面にはギルド長が腰を掛ける。


「なあ美濃嘉武。俺が、怖いか?」


 エルガーが低い声で嘉武に問う。誰から見てもエルガーは見た目は大柄だし、男らしくある。肩にかけた黒ジャケットはまるでヤ〇ザ、おまけに切れ長の眼に睨まれればどちらかと言えば怖い。前世においては小便をチビっていたかもしれない。だが、それは中身を知らない事による先入観のみ。現在、それらと恐怖は別である。一瞬思考を経て嘉武は言った。


「いえ、怖さは覚えません」

「なら、なんだ?」

「エルガーさんって本当にギルド長ですか?どちらかと言えばマフィアっぽさを感じますよね」

「冗談まで言えるのか、大したもんだな」というエルガーの額の血管がヒクついた。


 続けて、「本音ですよ」と嘉武はニッコリ。エルガーの事を怖くないと心底思えばこのまま打ち解けられるのだろうと思う。変則的でもなさそうだし、このくらいであれば対応できる。


「ナメてる訳じゃないよな・・・?」と軽く睨みを聞かせるギルド長。

 滅相もございませんと返す嘉武。


「実際、丸腰のお前が嘘つきに来たとは思えねぇしな」とエルガーがソファに背中を預ける。


「褒められてるんですかこれ」

「どっちでもない」と答えエルガーは一旦間を開ける。


「美濃嘉武、ここへ呼び出しておいて悪いがとりあえず冒険者としての申請の件は話の後決議する。それでは、早速だが昨日の件といこうか」

「昨日?」

「ああ、どうやって田舎から出てきたばかりの丸腰のお前が、ガヴァルドを倒せたか聞かせてもらおう。それだけは納得が行かなくてな。この目で確かめる必要があると感じてここへお前を呼び出した」


 嘉武は頷き、話しを聞きながら昨日の戦闘を思い出す。

(昨日のゴロツキか?ちょっと手を出しちゃいけないヤツらだったりしたか?)


「あれは、たまたまですよ、ヤツらが勝手に仲間割れを起こして・・・あの時は僕も結構必死でしたしはっきりとは覚えていませんね・・・」と嘉武は嘘をつく。確かに丸腰でガヴァルド達から逃れ、ましてや撃退なんて歪な話だろう。偶然が偶然を呼び、と話すしかあるまい。


 腕を組み嘉武の話を聞くエルガーの目は開かれない。納得がいかないのだろう。


「それなら尚更詳しく聞かせろ。奴らのようなゴロツキはメンツだけで飯を食っている。都合の悪い噂でも流れてみろ。メンツを保つ為に確実に報復に来るぞ」

「それは困りましたね、武器や防具が欲しいところです」


(この余裕は、本物なのか・・・?)

 心底困っている様子もなく恐怖の匂いがしない嘉武のリアクションにエルガーが額を再びヒクつかせ目を開く。


「おいおい、武器防具があったところで次も上手くいくとは限らないだろう。ヤツらだって次は本気で来る。ナァ・・・その意味がわかるか?」

「殺されますかね?でも僕逃げ足には自信あるんですよ」


 嘉武の芯食わないやりとりににエルガーは重く息を吐いた。


「何か、隠している事があるなら言ったらどうだ?」

「特に隠していることはないですよ」と考えず答える嘉武。

「このまま続けても埒が明かねぇな・・・・・・」


 エルガーは言葉を濁しながら続けた。あのガヴァルドはオルディスの街の裏に潜むゴロツキの中でも手を焼く存在であったと。特徴は丸腰と見せかけ、あの身体能力の高さ。追い込んでも爪を使い高所へ逃げる。自慢の脚力で逃亡されれば追うことも困難。マグレでも逃げ切るなんて話、信じ難い。表へはほとんど出てこず、裏をテリトリーにしていて冒険者等も手を付けたがらないのが現実であると。

 先月、ガヴァルドが数人の子供を攫って奴隷商へ売ったとの話が流れ、人身売買の犯罪にまで手を染めているとなればその辺のゴロツキと扱うには難しくなってきた。確実に処罰していかなければならない執行対象者だと。


(そりゃ、僕は疑われる訳だ。勝つどころか、負ける以外の材料がまったくない)

 それらの材料を聞いてしまったのならば嘉武は嘘を続けるのは利口ではないと悟る。


「わかりました、観念します。そりゃ僕みたいな田舎者が無傷でここにいたら気持ち悪いですよね」

「そうか、他言する気はない、何があったのか話してくれ」

「僕、田舎者なので目が良いんですよ。それと腕っぷしには多少、自信があります。マグレなのは本当でしょうが、一発良いところに入ったのでそのままガヴァルドは気絶しました。その後下っ端が気絶したガヴァルドを抱えて逃げていったんです。そんなこんなで僕が今ここで質問攻めに合っている、なんてところでしょうか」

「まぁ・・・話自体は未だに信じ難いが、筋は通った。そこで、だ。・・・近々、ギルドを挙げてガヴァルドを拘束する。その為、オルディス内外問わず手練に要請をかけている。そして、お前は作戦の中でも囮として使えると考えた。お前の余裕を見るに即殺される危険も低いのだろう、ぜひ手を貸してくれないか」


 エルガーの提案に嘉武は首をかしげる。確かにエルガーの言い分は正しい。だが、嘉武にとってのメリットが皆無。協力すれば冒険者になれるとか言われてもそれは話がまったくもって別だからだ。


「うーん、ただ手を貸すにしても今、僕は色々と困っています。取引であれば応じようかと思いますが」

「はぁ、俺ァな、お前一人じゃ殺されるって言っているんだ。身の保証がその対価だとは思わねぇのか?」

「思いませんねぇ、人目の付かないところや裏行かなきゃ良いだけじゃないですか。まず殺されそうな人がいるっていうのにギルド側だって放っておきはしないでしょう?」


 口答えをする嘉武、無音が二人を包む。その数十秒後エルガーが堪忍したように言う。

「わーったよ。それなら、お前の冒険者としての支援金をギルドで全負担する」

「武器防具込ですか?」

「こう言っちまった以上、そのくらいは仕方ねぇよな。ただし、高価なものは駄目だ。冒険者としてのランクも鑑みて購入してもらう」

「わかりました、手を打ちましょう!」と嘉武は笑う。

 一方、小僧に割食わされちまったとエルガーは独りごちる。


 こうして話は嘉武の思い通りにまとまる。

 ギルド長室を後にした嘉武はギルド食堂にて遅めの朝食を摂る。すると朝の手続きが一旦休まったタイミングで受付嬢のシルフィが嘉武のもとへ来て問いかけた。

「先程は大丈夫でしたか?ウチのギルド長、怖い方だったでしょう?」

「そんな事なかったですよ、なんなら結構優しい方でしたね」

「えぇ!?あの無愛想でおっかない方のことですよ。あの目、見たでしょう!?」


 おっといけない、と口を抑え慎むシルフィ。あれはきっと若い頃に悪いことを・・・とブツブツ言っている。嘉武はそんな様子を見て思わず笑ってしまう。

「それなら驚きの報告ができそうですね。なんとあのギルド長さん、僕の支援金全負担してくれるそうですよ」

「なんと!思い切りましたね!」

「武器防具付きですよ」


 まぁ!と感嘆の声を上げるシルフィ。慎んだ意味もなく、周りに人に丸聞こえである。

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