第3話 力加減の難しさとレベルアップ
嘉武は眠っていたのか、気を失っていたのか分からないが目覚めてみれば何も無い草原の上に寝転んでいた。転送が上手くいったみたいで胸を撫で下ろす。
そして、辺りを見下ろして見れば勿論小さな街がある。
「やっぱりな」と一言。軽くその場でステップを踏んでみるとかなり体が軽い。駆け出してみれば前世で金メダルなんて余裕で取れるほどに足が速くなっていた。
「やばい、これマジで最高だな!」
嘉武はあっという間に数キロ先の小さな街まで着いた。いざ近づいてみれば案外と街は大きく、立派な門構えをしていた。何より、呼吸の乱れが一切ない事が驚きであった。
そして鋼鉄の鎧を身に纏う真面目そうな門番が二人。
嘉武が門を潜ろうとすれば「貴様は何者か」と門番が言う。
「旅の者です」と嘉武。多分すんなり入れてくれないんだろうな、と思いながら返事を返す。
「オルディスまで身一つで旅をする者が居るか、1番近い村ですら馬で数日かかるんだぞ?」
二人の門番は不自然に綺麗な嘉武の初期アバ装備を見ながら言う。
「野宿していたら馬を奪われました。荷物もその時に全て盗られてしまって・・・」
嘉武は場当たりに即席な言葉を並べる。
「それは災難だったな・・・。最近治安が悪くなって来ていたがまさかオルディス周辺にまで手が及んで居たとは知らなかった・・・さぁ、入れ」
「すいません、ありがとうございます」
「旅の者、冒険者であればギルドで最低限の保障を受けられる、活用するといい」
「そうですか、それはありがたい話です、では」
思っていたよりすんなりと受け入れて貰えた嘉武はいそいそと街へと踏み込んでいく。
(いよいよ異世界らしくなってきたじゃないか・・・)
街に入ってからは宿舎がちらほら並び、少し歩けば冒険者や行商人向けの露店屋が並ぶ。そんな中でもいっそう大きな質屋がある。そこで買取は一括して購入し相場を保っている。それ故に安定した取引が可能で、意外とこの街で動く金銭は大きい。
この辺りは人が多く賑やかな声が多い一方、治安は良くゴロツキも少ない。経済が適度に周り、潤沢な暮らしを送る人々が多く見受けられる。しっかりと管理が行き届いている証拠だろう。この世界で初めての街にしては上々であった。
(うわぁ、結構人が居るなぁ・・・あれは獣人族・・・?あれは・・・)
嘉武は観光気分でキョロキョロと首を忙しげに回す。
「よぅ兄ちゃん!この街は初めてか?」と威勢よく露天のおっちゃんが声を掛けてきた。
「えぇ、結構賑やかなんですね」
「ここいらは盛況にやってるよ!どうだ、記念にいっちょ食っていくか?」
「せっかくだし多少負けてやるよ100マニで良いぞ」そう言っておっちゃんはパット見豚の串焼きのようなものをぐいっと突き出す。目の前の串焼き肉は厚みもありいい感じに照りがかかっていて、何よりいい香りがした。
「安いのか高いのか全然わからないけど・・・じゃあ、一つ下さい」と腰につけていた巾着に手を伸ばす。だが、そこに巾着はなく、その手は空を切る。
「毎度ありぃ!」
「・・・・・・・・・」
(マジか、マジか、ない、どこにもないぞ!?えええええどうしよう!?)
嘉武は焦って腰回りをポンポンと叩き確認する。
「おいおい、兄ちゃん100マニぽっちも持ってねぇのかよ。流石にタダでやるわけにはいかねぇからまた今度だな」
「あー、はい、なんかすいません」
嘉武はツイていないと自分を呪う。だが、この世界においてスリは日常茶飯事であり、治安が良いと言ってもこの”世界”の中の話である。
(さっき、ちょっと腰が軽くなって・・・多分その時かもしれない・・・浮かれすぎたな)
嘉武は反省し、踵を返す。
(だけど、今の僕には力がある。そう、絶対に見つけて取り返してやるっ!)
犬歯をむき出しに奮い立つ嘉武は悪い顔をしていた。自分の力を試さずにはいられない。ちょっとした厄介事位なら首を突っ込みたくあるのだ。
それから怪しげな裏路地をひたすら歩くこと小一時間。段々と裏路地の雰囲気にも慣れ、大分奥まったところまで踏み込んだ嘉武はとうとう三人のゴロツキに絡まれる。人間が二人、そして真ん中の二回りほど大きい男は獣人の血が混ざっていそうだった。
「なぁんでお前みてぇのがこんなところほっつき歩いてんだぁ?」
体の大きい男が発したのはドスの効いた裏路地恒例の挨拶。
「えと、僕の腰に着けていた巾着が無くなったんですよね、それを探してるんです」
「あぁあぁ、金が全然入ってない巾着ならさっきぶん投げたな!」
ゴロツキ達は品のない笑い声を上げ、嘉武をからかう。ただ、嘉武は臆することなく言葉を紡ぐ。
「どんな色や形をしてましたか?まず、その巾着が僕のだって決まっている訳でもないですし」
「知らねぇよ、金だけ頂いてぶん投げたからなぁ?」
「色や形を聞いているんですよ。まあいいや、答えになっていないですし、他をあたってみます。ありがとうございました」
別に自分で稼いだ金じゃあるまいし、特段の怒りは沸かない。嘉武はゴロツキ達の脇をとすり抜けようとした時思い切り肩を掴まれた。
きっと、臆することも怯むことも無く、淡々と話す少年の態度は彼らにとっては非常に不愉快だったのだろう。
「何で俺たちから逃げられると思ってんだよ」
「逆に逃げるって発想が理解できないんですけど?拘束される意味もわからないですし、この手、離して貰えますか?」
嘉武が気だるそうに放つ言葉がゴロツキの琴線に触れる。
「あんまり調子乗ってんじぇねえぞ?」と下っ端二人がメンチを切る。それでも嘉武は二人の視線に対し反応しない。
「俺たちをナメたやつそのまま返すわけにゃいかねえんだ、黙って殴られろぉ!」
下っ端の一人が突然拳を振るう。
それでも、嘉武からすればその腕を集中して見ていれば細やかな動きまでよく見える。
(なんだろう、思っていたよりも遅いな・・・)
拳を振るう本人の静止が効かないタイミング、ギリギリまで引きつける。
そして、嘉武は最小限の動きで顔をずらした。
ゴッ!!
拳が嘉武の肩を掴んでいた男の体にヒットする。体格差があったため、ダメージの入るような箇所に入ってはいないものの嘉武の肩を掴む手は一瞬力が抜けた。そのスキに手を振り払う。
「あぁん?てめーどこ狙ってんだよ!」
「あぎゃあっ」
当然ゴロツキは仲間割れを起こし、鈍い音と共に下っ端はぶっ飛ばされてしまった。
「それにしてもお前、なかなか良い眼持ってんじゃねぇか?」
「それはどうも」
「・・・ツブしてやるよ」
獣人の男は、人間離れした脚力で間合いを一瞬で詰めてくる。ブ厚い爪をむき出しにしたその手はクローの様。それでも嘉武は難なく躱す。
「いつまでマグレ避けができっかなぁ!?まだまだ早くなるぜぇ!?」
そう言う男の手は執拗に嘉武の目を狙う。ただ、嘉武もまだ戦闘に慣れてはいない。戦況を全く把握できていなかった。徐々に早くなるクローによって、ゆっくりゆっくりと追い詰められる。そのうち、逃れることも難しい状況になってしまうだろう。窮地を脱するには反撃しかない。かと言って、力試しでこの男を殺害することにも気が引ける。どうにかして無力化したい。
(まずいな・・・いきなり実践だと・・・)
「どうしたぁ苦い顔してぇ!?避けるだけでいっぱいいっぱいかっ!?」
「良いっすね!そのままやっちまって下さい」とピンピンしている下っ端の声が聞こえる。
それでも、嘉武は力の加減を気にしていた。まだ自分の力をだしたことがない。しかもまだレベル1。どれほどの力でこの男を丁度よく倒せるのかわからないのだ。
(なんと、なくだけど・・・急所外して七割位でいいだろ・・・)
「ちょっと歯ァ、食いしばって下さい」
嘉武は無造作に繰り出されるクローのスキを狙って屈み、そのままダウンを狙ったカウンターボディで反撃をした!
ドゥムッ!!
バキバキと肋骨を折る感覚にメリメリと肉にめり込む拳の感覚。ちょっとやりすぎたらしい。
「ガァ・・・ハアッ・・・」
「だだ、大丈夫ですか?生きてますよね!?」
「う、うるせぇ!近寄んなクソ野郎!」
白目を剥いて倒れ込む獣人の男を下っ端たちが抱えて回収し、そのまま路地裏の闇に消えていった。
その時、嘉武はレベルアップした。
脳内に響く、レベルアップの感覚。
ーーーーー レベルアップしました ーーーーー
<Lv> 1→5
<HP> 253 → 480
<MP> 198 → 347
<S> 304 → 544
<V> 455 → 636
<I> 377 → 563
<A> 480 → 712
<D> 276 → 413
特殊能力 + 見切り<Ⅰ>(時々、攻撃の筋が見えることがある)
+ 挑発<Ⅰ>(時々、相手の怒りを増幅させる)
ーーーーー以上のスキルを習得しましたーーーーー
(これが、レベルアップか・・・結構な経験値を貰えたみたいだな。それに<S>のステータスだけでも2倍弱伸びている。次からの戦闘では四割程度の力に抑える必要があるのか。うーん四割、妙に難しくないか?)
特殊能力は戦い方に応じて手に入るのだろう。今回は多少使えそうなスキルを得て満足する嘉武。そして、門番の言葉を今更思い出し、オルディスの街の中核にある冒険者ギルドへと足を向かわせた。
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