地の文と会話文

 早速、例文を提示することとしましょう。



「醤油とって」

「はい」

「ありがとう」



 会話文が三文だけであります。

 これだけでも変な表現ではまったくありません。とりあえずは食事の関係するシーンで登場人物が二人であることだけは伝わってきますから、この場面で伝えたいことがそれだけならば十分です。しかし――



 私が醤油を取るように頼むと、相手は逡巡なくそれに応えてくれた。



 と、地の文で書くと一文で済みます。伝わる情報は同様です。

 しかし読者の受け取り方としては、様々な違いがあることでしょう。

 今回は地の文と会話文について語っていこうと思います。



 小説においては画像や映像・音声は添えられておらず、文字のみで物語を表現する必要があります。しかし言葉だけで全てを表現するのは限界がありますので、ある程度は読者の方に想像してもらい、物語を補完してもらう必要もあります。

 では読者の方の想像力を高めるためには、どのような描写を取れば好ましいのでしょうか。そこに地の文と会話文の違いが出てくると、私は考えます。

 今回は最初にそれぞれの特徴や強みをまとめておきましょう。


・地の文においては、会話文以外全ての表現を担う。よって応用の幅がひろく、読者に緻密な想像をさせやすい。万能であるが、読者に対する印象づけは会話文に劣りやすい。加えて長文になると疲れやすい。

・会話文においては、登場人物の感情・思考をダイレクトに表現できる。しかしそれ以外の表現がしにくく、読者の想像力に頼る部分が大きい。読者に印象強く伝わりやすく、読んでて疲れにくい。

 

 あくまで私の考えなので、色々とご意見がありましょう。けれど一先ずは解説していきたいと思います。

 

 地の文というのは会話文以外の表現全てとなります。もう何でもありなのです。これだけで小説を書いてしまうことすら可能であります。しかし主な使用方法としては、状況の説明、心情の描写、行動の描写などに使われることが多いと思います。「こういう風に想像してください」という指示文書と言うこともできるでしょう。基本的に読者に対する表現です。

 なので詳細に書かれていればいるほどに、読者はより正確に物語を想像できることになります。おろそかであれば読者は物語を想像するとっかかりすらありません。反面、注意したい点としては、度が過ぎると疲れやすくて飽きやすいことです。だれだって「ここはこうする、これはああする」と事細かに定められ過ぎると、うんざりすることでしょう。

 物語を緻密に想像して、深く浸らせて欲しいという方は多いです。しかし、もっと自由に想像の翼を拡げさせてくれという方も多くいらっしゃいます。ここは好みの差であるとしか言いようがありません。

 

 対して会話文というのは登場人物たちの発した台詞でありますから、余分な考えを差し入れる隙はありません。ゆえに、スンナリと読者の懐に入っていきます。しかし会話文であるが故に、それは読者に対する直接的なメッセージではありません。あくまで登場人物間のやりとりなのです。よって会話文のみの物語は、読者の方に「そこはよしなに想像してくださいね」というぶん投げでもあると言えるのです。多少なりとも地の文との併用をおススメします。

 また会話文というものは読者から注目されやすい文体であると、私自身が感じております。何故なのかと根拠を考察してみたのですが、納得のいく結論は得られませんでした。

 キャラクター小説という言葉のある昨今、小説には登場人物の個性というものが重視されております。会話文においてはそれを十二分に発揮できる場であると思いますので気合入れて書きましょう。

 


 では以上のことを踏まえてた上で、例文をふくらませた物語を地の文と会話文、それぞれを多用して表現するとどうなるか試してみたいと思います。



・地の文が多め

 

 暑い初夏の頃。まるでサウナ室のような気温と湿度の台所にて、私と弟は何か食料はないかと、戸棚や冷蔵庫を漁っていた。

 気分はサバンナのハイエナである。

 大自然という環境は少年たちにとって無慈悲だ。

 そんな私の呟きに弟が胡乱な視線を向けてきていた。どうやら真面目にしろということらしい。反省して食糧漁りに精を出す。

 そうして探すこと幾許か、ついに私達は一つの食料を発見した。

 昨晩の余りもの、コロッケである。

 私が醤油を取るように頼むと、弟は逡巡なくそれに応えてくれた。

 流石は兄弟である。

 コロッケには醤油という我が家の不文律をよく理解している。



・会話文が多め


「あちい、むれる」

「夏だからな」

「ささっと見つけて部屋で食べようぜ」

「うい」

 私と弟は台所で食料を探していた。ひとえに小腹が空いたからという他ない。

「まるでサバンナのハイエナだな。大自然という環境は私たちにとって、かくも無慈悲だ」

「馬鹿いってないで手を動かせよ、つっこむ気力なんてないぞ」

「ノリの悪い弟だ」

「兄貴……」

「悪い悪い、分かったって」

 そうして探すこと幾許か、ついに私達は一つの食料を発見した。

 昨晩の余りもの、コロッケである。

「醤油とって」

「はい」

「ありがとう」

 すんなりと出てきた醤油に満足して頷く。

「流石は弟だ」

「なんでだよ?」

「我が家はコロッケには醤油と決まっているからな」



 できうる限りに内容は同じものを心がけようとしましたが、やはり難しかったですね。どちらが好みの物語であるかは各個人の裁量にお任せします。

 白状すると、私は会話文を考えるのが苦手です。

 大事な要素だと思うので、もっと上手くなりたいものです。

 

 これで今回の話を切り上げたいと思います。

 次の題目は決めておりません。思いついたら語りましょうか。

 


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