善悪を読者に問いかける

 これから「正義」の話をしようじゃないか。(言いたかっただけで内容にはあまり関係がないです)

 続いての創作類型として「善悪を読者に問いかける」ものをあげたいと思います。

 つまりは作品内で結論を出さずに解釈はご自由にどうぞ、といったものですね。

 

 私は主人公が正義の味方であり敵役が絶対悪である必要はないと考えております。

 逆でもいいです。

 前言を撤回するような発言で恐縮です。早々に、いかに私が適当に物事を考えているのかが露呈してしまったような気がしますが、話を元に戻しましょう。


 というのも創作において、これは悪事、これは善事、などと判定できる基準がないからです。フィクションの世界ではあまり法律や一般常識は重きをおかれません。よく殺されてますしね、人。よって善悪を判断する裁判官は読者ということになります。

 同じ事象を多方面から見ると、人によって重大な罪であっても、誰かにとっての救いであったりするのでしょう。それをテーマにして壮大な物語が一つ書けそうなぐらいです。そのような具合でありますから、読みとる人によっては「このキャラクターは何も悪いことはしていないのに、どうして責められているんだろう?」「この主人公は恥知らずな行為をしておいて、どうして誇らしげにしているのだろう?」といった、読者との齟齬はどうしても生まれてしまうものだと思います。そこを意図して作品を描写できればと思いはしますが、意図しないところで読者に違和感を与えてしまうのは、これは中々に悔しいものです。

 なので私が気を付けていることは「それが誰にとっての善悪なのか」ということです。

 一つ、例をあげましょう。


「あいつは正しいことをしたと誰もが言う、けれど私だけはあいつを許せない。だから、復讐する」


 といった一文があったとします。

 読者は思うでしょう「ふむふむ、とりあえず事情きくから話してみ」と。そこで主人公の事情に共感してもらえて「それは仕方ない、復讐したまえ」となれば儲けものです。敵役は晴れて読者の敵となります。逆に「いやそれはオカシイ、逆恨みだ、やめたまえ」となれば一気に違った物語です。読者は主人公を通して敵役を応援します。

 こういったパターンも考えられるでしょう。


「彼女を犠牲にしなければ存続できない世界なら、俺は世界の敵になる」


 これはもう、なにかで見た様なキャッチコピーですね。大事な一人をとるか、その他大勢をとるか。全世界がオジャンになるくらいなら一人を生贄にするのは当然の帰結と言えるでしょうし、そうじゃないかもしれません。俗にいう「トロッコ問題」です。この話を膨らませると、話が横道に逸れていくので、ここらで一度切りあげます。


 上記二つの例は「主人公は公序良俗に反した存在」という意識の下に書きました。つまりは世間一般的に悪役側ですね。それでもそこに至る事情に美学があるのであれば、それは読者に受け入れられます。

 

 つまり主人公にとっては公序良俗のほうが悪なのです。

 しかし、それが読者にとっての悪であるとは限りません。

 そこを問いかける。

 あなたはこの主人公に賛同できますかと。

 

 結局は読者が物語を通して、何が間違って何を尊いと感じるのか、それを適宜に問いかけていく必要があるのでしょう。

 きっと私には書けない物語です。

 昔、「人類最後の生き残り二人が仮面ライダーごっこで争う」という話を通して物事の善悪を問いかけようとしましたが上手く書けませんでした。題は「俺ライダー、お前ショッカー」とかそんなのでした。

 勧善懲悪の方が楽でいいです。


 さて最初が「悪を倒す」というお題でしたので、善だ悪だ、という話になりましたが、物語というモノはもっと多様な形態をもちます。

 とりあえずは昼飯を食べながら、ぼんやりと空想したことも書ききりましたので、次回は「恋愛が成就する」という話をしましょうか。


 思いついたら続きます。

 恥ずかしくなったら非公開します。

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