第7話

「あのですね、キョーコさん」


やっと我に帰った牧場主さんが、キョーコさんに低い声で話しかけました。


「このオオカミは、オオカミであって、女将でもなければ犬でもありません」


キョーコさんはお千代さんをじっと見ました。


「社長さん、この犬、なにか芸します?」

「キョーコさん!それは犬じゃなくて」


再び無言になった牧場主さんの横で、色白の女性がキョーコさんに言いました。しかし、キョーコさんは話を続けました。


「昔、大好きだったサーカスに、芸をする黒い犬がいたんですよ。確か、ブラックジャック・・・」

「ブラックジョンです!」


大きな声で私が答えると、その場にいた人はみんな私を見ました。

キョーコさんも色白の女性も、その隣にいる男性も、私の言葉がわからないから、私の大きな鳴き声に驚いたのです。


「あの、このヒツジのシープが、その犬の名前はブラックジョンだって言ってますが」


山田さんがキョーコさんに伝えると、キョーコさんは


「ヒツジの言葉、わかるんですか!」


と驚きました。山田さんは嬉しそうに頭をかきました。


「ヒツジだけじゃないっすよ。ここにいる動物の言葉はわかります。ま、社長はあちらの黒い犬の言葉までわかりますけどね」

「そう!ブラックジョン!すごい!ヒツジがなんでブラックジョンを知ってるの?」

「めーめめ、めめめめー(サーカスでブラックジョンと一緒でした!)」

「えっと、シープちゃんが前に働いていたサーカスでブラックジョンと一緒だったって言ってます」

「すごいすごい!ヒツジの通訳してる!」


キョーコさんがキラキラした目で山田さんと私を交互に見ました。


突然、メリーさんが部屋に入ってきました。そして、キョーコさんを見るなり


「うそっ!え?」


立ち止まりました。小さな声で


「・・・あの、モデルのシモノツケキョーコさん、ですか?」


とキョーコさんに尋ねました。キョーコさんは、突然現れたメリーさんに驚きながらも数回うなずきました。メリーさんは、小走りでキョーコさんに駆け寄りました。


「シモノツケキョーコさん!あ、あの、私、前にシモノツケさんにお会いした事があります」

「おいおいおい、メリー。シモノツケキョーコさんって、どういう人なんだ?」


目を潤ませながらキョーコさんに話をするメリーさんに、牧場主さんが質問しました。


「カリスマモデルですよ、社長」


山田さんが社長に、キョーコさんの説明を始めました。


「と、ちえちゃんが言ってました」


と言って、山田さんはちえちゃんさんを呼びました。ちえちゃんさんは、ゆっくりと部屋に入り、キョーコさんに軽く頭を下げました。


「あ、そうだ!メリーさん、キョーコさんにブラックジョンの話、してあげてください。キョーコさん、メリーさんとシープちゃん、ここ来る前にサーカスで働いていたんですよ。メリーさんは歌手で、シープちゃんはメリーさんの専属ダンサー」


「本当ですか?サンデーサーカスにいたんですか?」


キョーコさんが嬉しそうにメリーさんに聞きました。


「サンデーサーカス、・・・覚えてますか?」


メリーさんは恐る恐るキョーコさんに聞きました。


「鹿児島から、・・・あ、私、鹿児島出身なんですけど、鹿児島から東京に出てきたばかりのころ、東京の生活になじめなかったんですね。モデルになるって東京に出て来たのに、みんな私よりおしゃれだし、かわいいし・・・、東京の人はみんなモデルだって思ったんですよ。オーディション受けたら、面接官も一緒にオーディション受けた子もみんな私のことを笑ったんです。私の鹿児島弁がおかしかったみたいで。私、鹿児島大好きなのに、どうして笑われるんだろうって、思ったら、私、自分に自信がなくなってしまって。もう鹿児島へ帰ろうと決めたんです。モデルになるのあきらめて鹿児島で仕事探そうって」


キョーコさんが話すのを、メリーさんは黙って聞いてました。

ちえちゃんさんも山田さんも真剣な顔して聞いてました。

牧場主さんの横にいたお千代さんは、前足で牧場主さんの足元を何度か叩いた後、急に部屋を出て行きました。


牧場主さんはお千代さんを追いかけるように部屋を出ました。

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