第5話

「キョーコちゃん、実は、われわれも今日の取材と撮影場所は、旅館だと思っていたんですよ」


背広姿の男性が、汗を拭きながら小柄な女性に言いました。


「で、女将さんは、今、どちらにいらっしゃるんですか?」


小柄な女性は笑顔で背広の男性に質問しました。


「いますよー!キョーコさんの後ろー!」


山田さんが笑いながら大きな声でお千代さんを指しながら、小柄な女性に伝えました。


「山田!お前は持ち場に戻ってろ!」


牧場主さんに怒られても山田さんは笑っていました。小柄な女性がゆっくりと後ろを向き


「犬!」


と大きな声で叫びました。そして


「アタシがこの『オカミ』っていう犬と一緒にお風呂に入るんですかぁ?」


小柄な女性は不満そうな顔で、髪をかきあげながら言いました。


「うわぁ、テレビとおんなじ!生意気キャラ全開!」


山田さんが、ちえちゃんさんに言いました。


「あれは天然だと思いますよ、山田さん。それにしても、さすが、奇跡の小悪魔モデル、シモノツケキョーコ!」


ちえちゃんさんが目をキラキラさせていました。ちえちゃんさんの話によると、髪の毛の茶色い女性はシモノツケキョーコというファッション雑誌のモデルさんだそうです。「奇跡の小悪魔モデル」として、10代後半から30代の女性が読む雑誌に出ています。最近では、トーク番組やクイズ番組にも出るようになり、「男性や女性の先輩にこびないところがいい」と男女を問わず幅広い層から人気があるそうです。


「背が高いっていう今までのモデルのイメージを壊した、小柄モデルのカリスマ的存在なんです。最近はクイズとかに出るようになりましたけど、モデルとして人気が出る前から、自分のイメージに合わない仕事は請けない人なんです。洋服以外のCMは自分のイメージが壊されるから、絶対やらないって噂です」


「ああ、聞いたことある。アパレルの『コムサデムーチョ』のCM以外は出ないって人でしょ?自分は服のモデルだから、服飾の企業じゃないところのCMには興味がないって。どっかの誰かとは違うよなー」


「どっかの誰かって?」


ちえちゃんさんは、山田さんと一緒に牧場主さんと帽子の男性が話している方へ目を向けると、慌てて手で口をふさぎました。


「ここが旅館じゃないってどういうことですか?」


キョーコさんが背広の男性に聞きました。


「私達、だまされたってことですよ」


背広の男性が汗を拭きながら答えました。


「だましてません!」


と叫んだお千代さんが「うーっ!」とお客さんにうなりました。


「オカミこわっ!」


キョーコさんが叫びました。


「失礼な!こちらは旅館だなんて一言も言ってませんよ!あなたたちが勝手に旅館だと勘違いしたんでしょ!」


牧場主さんが顔を真っ赤にして怒りました。帽子の男性が、突然、帽子を脱ぎ、床にたたきつけました。


「美人過ぎるオオカミがいるから取材に来いって電話があったら、美人過ぎる旅館の女主人がいるって思うでしょうがっ!うちは女性誌ですよ!なんで、うちが女性じゃなくて、オオカミの取材しなきゃならないんだっ!」

「だよねー」


帽子を床にたたきつけた男性が部屋を出て行くのを見ながら、モー太郎さんが私にささやきました。

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