第7話  激突! ブルーノvsブランク

 ブランクの体の周りに黒紫色の旋風が巻き起こる。邪悪で禍々しく、近づくことすら困難なことを容易に想像させるほど強烈だ。

 対するブルーノは相手の懐に飛び込まず、ずっしりと構えている。相手を凝視し、動きを観察しているように見て取れる。


(風……それがヤツの能力か?)


 魔法とはとても複雑で多種多様であり、一目見ただけでどんな魔法かを完全に理解することは難しい。そのうえ魔法を使えば戦闘能力は比べ物にならないほど上昇する。迂闊に相手の“領域テリトリー”へと踏み込めば命は無い。ブルーノは経験則から知っていたのだ。魔法使い同士の戦闘において重要なのが、“飛び込まない勇気”なのだということを。


「吹き荒れろ “闇風やみかぜ”ッ!」


 ブランクは威勢よく吠えた。その直後、ブランクの周りで渦巻いていた黒紫の旋風が様々な角度から一斉にブルーノに襲い掛かる。凄まじい音と衝撃がブルーノを一瞬でのみ込み、完全に身動きが封じられてしまった。


(くっ……! 力が……入らねェ……!!)


 ブルーノは何とかこの吹き荒れる暴風から抜け出そうと、足に魔力を込めて脱出を試みる。しかし、魔法が正常に作動しない。それどころか自分の意思とは裏腹に体全体にうまく力が伝わらず、立っていることさえ困難な状態になった。

 その様子を確認したブランクが凄まじい速さでまっすぐにブルーノ目掛けて突進してくる。吹き荒れている暴風の影響を一切受けていない。背中から禍々しい漆黒の翼を生やしており、それを羽ばたかせながら地面に沿って滑空するように突っ込んでくる。


「────ッ!!」


 ブルーノは咄嗟に腕に魔力を集め、首回りをガードした。しかしブランクはその行動を見切ってガラ空きの腹部に手刀を思いっきりブチ込んだ。腹がえぐれ、そこから血がだらりと流れ出る。手の先から半分ほどは腹にめり込んで見えなくなっていた。


「フハハ! おいおい、お遊びはもう終わりか?」


 ブランクは勝ち誇ったようにブルーノを煽る。ブルーノは意識を失ったように首がガクッと落ち、顔を下へ向けて動かない。ここでブランクの緊張の糸が切れ、周囲に渦巻いていた旋風が弱まった。


「……ん?」


 おかしい。突き刺さった手が体から離れない。どれだけ力を入れてもびくともしない。




─────ブルーノの右手が突き刺したブランクの腕を思いっきり掴んでいたのだ。




「……油断しただろ、今」


 そう言うとブルーノは顔を上げ、掴んだ腕を取って腹から外し、勢いよく背負い投げをした。驚くほど可憐な一瞬の出来事にブランクは為す術なく地面に叩きつけられた。衝撃により地面には大きなヒビが入った。


「“悪を喰らう右腕”【エッセン・マギア】!!」


 そう言ってブルーノは右腕を捲り上げ、天に向けて高々に振り上げた。右腕は白く輝きを発し、周囲を照らした。すると先程までブランクが作り出していた魔力を帯びた黒紫色の旋風に異変が起こる。その旋風の一部がブルーノの右腕へ徐々に集まっていき、吸い込まれ始めたのだ。そしてそれを吸い込むうちに腕にはその旋風とちょうど似た形をした紋章が浮かび上がっていた。ブランクから生まれた魔法がブルーノの右腕へと吸収され、新たな力としてブルーノに宿ったのだ。


「俺の右腕は悪を喰らい───」


 ブルーノは右手をいっぱいに広げてブランクの顔を覆うように鷲掴みし、腕の血管が浮き彫りになるほど力強く握力をかけた。そのあまりの力に掴まれたブランクの顔からミシミシと嫌な音が出る。ブランクは声を発することはできないが、足を暴れさせたりして馬乗りになったブルーノを突き放そうと必死に抵抗をする。しかしそれはまるで蟻がゾウに噛みつくような空しい抵抗だった。


「─────悪を裁く」


 ブルーノはありったけの魔力を右腕に込めた。腕に現れていた紋章が輝きを始める。そして右手から必殺の一撃がブランクにゼロ距離で放たれた。



 バァガァアアン!!



 口では表せないほどのとてつもない衝撃音が轟く。それと同時に地面が爆発したかのように大きな砂煙が辺りに立ち昇った。衝撃により近くにあった建造物は軒並み崩壊し、戦闘前とは似ても似つかない殺風景な地形へと変わり果てた。ティーナもその衝撃に巻き込まれ、遠く離れた場所まで吹き飛ばされた。

 少し間を置いて、立ち昇る砂煙の中からブルーノが飛び出てきた。右腕に現れていた紋章は消え、魔力も帯びておらず至って普通の右腕へと戻っていた。ブルーノは右腕を左手で軽く押さえつつ、攻撃により砂煙が舞っている地点を睨みつけていた。

 煙が晴れてしっかりとその地点を見渡せるようになった。地面は深々と抉れており、巨人に引き裂かれたかのような大きな亀裂が広範囲に広がっていた。それを見るだけで凄まじい威力の一撃であったことが分かる。とても一人の人間が作った跡だとは思えない。

 ……しかし、肝心のブランクの姿が見当たらない。


────ガッ!


 抉られた地面から独特な紫色の手が伸び、地表を掴む。体中傷だらけのブランクがやっとの思いで這い上がってきたのだ。


「ハァ……! ハァ……!」


 ブランクはブルーノを睨みつけた。息は切れ、立ち上がることさえままならない瀕死の状態であるにもかかわらず、目にはまだ力強い“意思”が宿っているように見える。


「……もう限界か?」


 かくいうブルーノも先程の攻撃で余程消耗したのだろう、息が上がっていた。


「クッ……ウォアアアアア!!」


 足をカクつかせながら苦しそうに立ち会ったブランクは、自身を鼓舞するためであろうかほとんど奇声に近い叫び声を上げ、ブルーノの元へずかずかと走っていく。それを見たブルーノも接近戦の構えを取る。


 スカッ! ガッ! ブォン!


 お互いの打撃が交錯する。紙一重での回避、洗練された防御……。先程の攻撃での疲弊を感じさせない、見事な技の応酬だった。しかしいずれの攻撃も決定的な一打には欠けていた。


「“咆哮ブラスト”ォ!」


 ブランクが先に次の一手に出た。ブルーノに直接ぶつけるわけでもなく右腕を右下から斜め上に大振りに空ぶらせたのだ。そしてその軌道に沿って黒紫色の旋風が勢いよく吹き出てきた。正に巨大な怪物の咆哮を彷彿とさせる高威力の攻撃だ。


「“エッセン・マギア”!!」


 ブルーノはその攻撃に辛うじて反応し、右腕を突き出してガードを試みた。狙い通り魔法は右腕へと吸収されていき、再び同じ紋章が浮かび上がっていく。しかし想定以上に威力が大きかったため、右腕ごともっていかれないよう左手で支え、やっとの思いで攻撃を防いだ。


「……! ヤツがいない」


 攻撃を防ぐことに夢中になっていたブルーノは完全にブランクを見失った。旋風により砂埃が舞い立ち、ブルーノの視界を邪魔したのだ。その砂埃に便乗してブランクは姿を消すことに成功した。


 ────バキィ!!


 不意にブルーノが左頬に蹴りを食らう。砂埃に身を潜めたブランクが背後から蹴りを直撃させたのだ。


「ぐあっ!」


 ブルーノはその攻撃をまともに食らい、衝撃により吹き飛ばされた。それを確認したブランクがすぐさま畳み掛ける。


「ハァア!」


 ブランクは両腕を広げ、ブルーノに対して何かを投げつけるようなモーションを取った。すると黒紫色の旋風が周辺に散らばっている建造物の巨大な残骸を持ち上げ、ブルーノに向かって次々と放たれたのだ。残骸は風の力が加わり凄まじい速さに加速してブルーノに襲い掛かる。


「ッ!!」


 ブルーノはその降り注ぐ残骸の雨を間一髪でかわしていく。一発でもまともに食らえば一溜まりもない。

 ブランクはその様子をやや離れた位置でじっくり観察していた。


(あの右腕……。今までのあいつの行動から推測するに、魔法を吸収して発動させるカウンター系の能力だろう。魔法で飛ばした残骸をガードしようとしないところから、魔法にのみ干渉する類のものか……。それともう一つ。は無暗に連発できないと見た。ゆえに攻めるなら……)


 ブランクは思考を終え、目をカッと見開いた。


(……今ッ!!)


「“黒い包囲網”【ブラック・ホイール】!」


 ブランクはブルーノに向かって手を伸ばし、握りつけるアクションを見せた。その瞬間、ブルーノの周りを取り囲むように黒紫色の旋風が出現し、四方八方からブルーノに向かって襲い掛かる。


(隙がねェ……!)


 ブルーノは大きくジャンプすることで何とかそれを免れた。しかし、これは完全にブランクの予想通りの展開であった。


(狙い通りだ!! この技は俺の“領域テリトリー”へ引きずり込むためのものなンだよ!)


 空中に身を投げ出したブルーノはそこから自由に身動きを取ることはできない。一方でブランクは風の力と背中に生えた漆黒の翼を巧みに使い加速や細かい軌道変化を自由に行うことができる。正に空中戦はブランクの領域テリトリーなのだ。

 ブルーノもその狙いに気付き迎撃を試みる。左手で銃の形を作り、指先から小さな魔法の光弾を数発発射させたのだ。しかしブランクはその攻撃を物ともしない様子で軽々とかわし、ブルーノの傍まで近づくことに成功した。


 ドガッ!


 鈍い音が響いた。風の力により加速させ威力が数段上昇したブランクの鉄槌がブルーノの左腕のガードに深々とめり込んだのだ。メキメキと嫌な音が鳴り、思わずブルーノが苦しそうな表情を浮かべた。正確にガードし、ガードポイントに魔力を集め防御力を高めたにもかかわらずそれを上回る威力がブルーノを直撃た。衝撃でブルーノは地面へと叩き落された。

 しかしここで一息つく暇もなくブランクが畳み掛ける。空中から風を利用して加速し、足でブルーノを突き刺すかの如く垂直に急降下する。ブルーノはそれを見るや否や素早く体を捻って回転させ、やっとの思いで回避した。


「チッ。ちょこまかと……」


 ブランクは焦っていた。これまで魔法を連発してきたことにより、ほとんど魔力が残されていなかったのだ。せいぜい打撃や防御に簡単な魔力を乗せて強化するくらいがやっとだった。


(左腕はすでに破壊してある。接近戦は危険だが、右腕にさえ注意すれば問題ないッ!)


 ブランクは右腕のカウンターを避けるためにできる限りの力を振り絞り、全速力でブルーノの元へ近づいた。ブルーノの左腕は大きく腫れあがり、力なく垂れ下がっていた。


「アッハァ! ガードしてみろッ!」


 ブランクは破壊した左側からブルーノを崩す作戦に出た。ブランクは確信していた。ヤツの左腕は再起不能だ、左腕を庇いながら戦うはずだと……。渾身の右ストレートがブルーノめがけて放たれた。


────パシッ!


 直撃したかに思えた。しかし予測不能な事態が起こった。




 ブルーノはを動かし渾身のパンチを手のひらで受け止めたのだ。


「なッ……なぜだッッ!?」


 ブランクは酷く動揺した。右拳はブルーノの左手に完全に包み込まれ、離れなくなっていた。


(あの腕で受け止めきれるほど俺のパンチはやわじゃねェ……!)


 はったり等ではなく、ブルーノの左腕には確かにしっかりと力が宿っているのだ。

 ブルーノは苦しそうな表情を変えぬまま口を開いた。


「……白魔法で……ハァ……無理やり活性化させた……。おかげで魔力をかなり……消費したがな……。だが次の一発は……外さない……!!」


 ブルーノは右腕に魔力を集中させた。それに呼応して紋章が強く美しく輝きを始める。


(まずいッ! 抜け出せない……! 右腕を────)



「エッセン………マギアァ!!!」

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