第6話  新たなる遭遇

 白姫様はティーナに頼まれたことを思い返した。


『もう一人、この世界に召喚してほしい人がいるんです!』


 そしてそれを馬鹿にするかのように思い出しては微笑んだ。


(楠木ティーナ……。ふふ、哀れな子羊。お友達をこの世界に召喚させたいようだけど、私がそんな頼み事を素直に聞いてあげる義理はない。次に会った時に私の能力を使って頼みを断ればいいだけのこと……。そうとも知らずに胸躍らせているところを想像するだけで笑えますね)


 白姫様がこの話を聞いた時は、素直に聞き入れようなんて微塵も思っていなかった。しかし、一度こうして冷静になって考えてみるとティーナが転生させようとしている人物が一体どんな子なのかと興味が湧いてくる。


(私の最終目標……それを叶えるのにティーナの存在は必要不可欠。私の計画にはティーナこそが最も大切な駒であり、それが支配下となった今、他に用はない。ただし“おもちゃ”は多ければ多いほど面白い、ですか……)


 ならば、と白姫様は直感した。ティーナの友達をあえて転生させてその子も支配下にしてしまえばもっと面白いことができるのではないか、と。

 白姫様は微笑んだ。長年の願いが成就される日は確実に近づいている。それを考えるだけで胸が躍る。そしてまだ見ぬ理想郷に思いを馳せながら部屋を後にした。




 城を後にしたブルーノとティーナは様々な店が立ち並ぶ活気あふれた大通りを歩いていた。道中腹が減って動けないとティーナが駄々をこね、見かねたブルーノがこの大通りを案内することになった。屋台のような出店もあり、色んな方向からいい匂いが漂ってきてティーナを誘惑する。すでにティーナはメロメロになっていた。目に留まった店に駆け寄っては子供のようにじ~っと様子を観察して、気に入ればブルーノに目配せして無言の圧をかけていた。


「ん~っ! おいひ~!!」


 結局ティーナとの“我慢比べ”に負けたブルーノが代金を支払っていた。ブルーノは不満そうに財布を中身を覗いている。


(……危ない。ティーナに付き合っていると見る見るうちに財布が萎んでいく。この大通りを案内したのは失敗だった……。何か別のことで気をそらさなくては……!!)


「ティ……ティーナ! あれを見るんだ!」


 ブルーノは咄嗟に大通りにできた人混みを指差した。どうやら誰かを中心に囲うようにして人混みができているようだ。囲っている人数が多くしっかりと様子は確認できないが、人混みの中央で誰かがパフォーマンスを披露しているように見えた。それが運よくティーナのアンテナにヒットしたようで、ティーナの興味はすぐさまその人混みへと移った。ティーナはまるで餌を目の前にした子犬のように目を輝かせながら人混みへ突撃し、やっとの思いで真ん中へと押し進んでいった。

 中心にはやけに陽気そうに人々へ語り掛けている一人の男がいた。すらりと背が高く、体こそ細身なものの体つきは素人には見えないほど筋肉質だ。そして特徴的なのが、彼の肌の色がボディペイントにしては妙にリアルで独特な紫色をしている点である。ティーナはその男の姿を見て、前の世界で言う「サーカス」や「マジシャン」のような単語を連想した。


「みィなさぁん! 今日はお集まりいただきありがとうございます。おっと、自己紹介が遅れました、私はブランクという者です。いやはや、皆さんは本当に運が良い」


 ブランクと名乗る男はダイナミックな身振り手振りで、独特の笑みを浮かべながら見ている人々へ語り掛けていた。大勢の人が集まっているにも関わらず緊張している素振りを一切見せず、常にどこか余裕を感じさせているところから、相当自分の腕に自信を持っているようだった。人々はすっかりブランクに魅了されている様子だ。

 ブランクは観客の顔一人ひとりを確認するかのようにまじまじと眺めまわしていた。そしてたまたま最前列にいたティーナと目が合った。その瞬間何かに気付いたかのようにやや目を大きくさせ、そのままブランクはティーナを見つめた。その間、ティーナは確かに恐怖に近い感情を覚えた。ブランクの醸し出している空気が変わったような気がした。


「さぁさぁみなさぁん! 本日お見せする始めのショーは、ナイフを使ったサプライズですよぉ!」


 そう言うとブランクはどこからともなく四本のナイフを取り出した。


「このナイフは特注品です。試しに手を放して見ると……」


  ブランクは手に持っていたナイフを全て手放した。するとナイフはまっすぐ地面へと落ちていき、地面を深々と貫いた。明らかに普通のナイフとは切れ味が尋常じゃないことが分かる。


「おおこわい! 失敗でもしたら手足がちょん切れてしまいますね!」


 流石エンターテーナーといったところか、大げさなリアクションが子供達の心を掴んだ様子だ。


「ではショータイムの始まりです。まずはこのナイフを自在に操って見せましょう」


 そう言うとブランクは地面に刺さったナイフの方向に両腕を突き出した。見えざるパワーでも送っているつもりなのだろうか、念じるように力を込めてナイフに集中していた。───すると、ナイフに異変が起きた。わずかではあるが、触れられていないはずのナイフが独りでに振動を始めたのだ。周りに砂ぼこりが立ち始め、普通では説明できない事態が起こっていることを観客は悟った。そしてナイフが宙に浮き始めたと同時に、観客から感嘆と驚きの声が上がった。ブランクが腕を上げるとナイフもまた連動して上へ上がり、空中で回転させたりと四本のナイフを自由自在に操って見せたのだ。


「いいですか皆さんッ! これこそがエンターテイメント! これこそが奇跡ッ!! 今皆さんは“非現実”を体験しているのです!」


 ブランクが捲し立てると観客のボルテージもどんどん上がっていった。そんな中、ティーナは最前列で周りの様子を物ともせずにキョトンとしていた。明らかに別の客とはテンションが違い、変な意味で浮いていた。そこでティーナが思わず口を開く。


「それって、“魔法”ですよね? そんなにすごいんですか?」


 ……辺りが一瞬で静まり返った。直後にブランクの動きが固まる。宙を舞っていたナイフが急に運動を止め、力を失ったように垂直に落下した。ティーナは自分の一声で予想外に周りの空気が変わってしまったことに気付き、あわあわと焦ったような素振りを見せる。


「……へえ。面白いことを言うお嬢ちゃんだ。魔法について知ってるのか?」


 ブランクが不気味な笑みを浮かべながらティーナに近づき、覗き込んできた。そのプレッシャーに思わずティーナは後ろにのけ反り、尻もちをついた。


「……い、いえっ! 魔法なんて……そ、そんな美味しそうな食べ物、ティーナ聞いたことありませんよっ!?」


 ティーナは焦りのあまり自分でもわけが分からないことを言ってしまったと思った。腰を落として覗き込んできたブランクに対して小動物のように怯えるティーナだったが、ブランクはニヤッとティーナに笑みを見せた後、特に何をするわけでもなく立ち上がって観衆に目線を移した。


「みィなさぁん! 誤解してもらっては困りますよぉ? 魔法を使って騙そうだなんて、そんなことをする男に見えますか!? これはエンターテイメントなのですから」


 ブランクに特別焦りは感じられない。先程までの堂々として余裕のある雰囲気を変えず、観客へ向かって訴えかけていた。それを聞いた大人達が一斉にざわつき始める。


「街中での魔法の使用は禁止されているはずだが……」


「私が聞いた話だと、魔法はもっと危険なものだって感じたけれど……」


 ティーナの一言で場の空気が180度変わってしまった。“魔法”という単語に過敏になっているのだろうか。白姫様の話では、今は白陣営ホワイトテリトリーと黒陣営ブラックテリトリーとの関係が悪化していて緊張状態にあると言っていた。それが原因で魔法とは縁がない一般市民の人々にも「魔法=悪」というイメージが付いている可能性もある。

 観客の反応には多少の差はあれど、共通しているのは『魔法について正しい知識を持ち合わせておらず、漠然と否定的な意見を持っている』という点だ。


「……チッ。どいつもこいつも……」


 ティーナは見逃さなかった。今、確かにブランクの口から誰にも聞こえないような微かな声で確かにそう聞こえた。別人かと錯覚するほど冷たく、怒りに満ちた声だった。他の観客達はすでにブランクから意識を外して魔法がどうのと話しており、その言葉に気付いた者はいなかった。


「全く、困りましたねェェ。これではせっかくの私のショーが台無しだ。仕方ない、ならば特別に私のとっておきのマジックで皆さんを満足させてあげましょう」


 ブランクは再び自身に注目を集めるべく、つい先程とは打って変わって観客全体に伝わるくらいはっきりした声で発言した。観客の目線が一気にブランクに集まる。


「ただこれからやるマジックは私一人では成功できないんですよぉ。助手が一人、いるわけですねぇ。ということでそこにいるお嬢ちゃん、ちょっとこっちに来てくれますか?」


 ティーナは突然指をさされてキョトンと固まった。


「えっ……ティーナですか?」


「そうです、ティーナちゃんですよ」


 ニコッと微笑んでブランクはティーナに答えた。ティーナは純粋に自分が指名されたことがとても嬉しかった。頼られていると感じたからだ。


「はいは~い! ティーナが手伝ってあげますよ~!」


 元気よく手を挙げて返事をしたティーナは、ウキウキとブランクの目の前に近づいていった。


「で、何をすればいいんですか?」


「そうですねぇ。ちょっと目をつぶってもらっていいですか?」


 ティーナは言われた通りに目をつぶる。


────その時だった。ドスッという鈍い音と共に鋭く強烈な痛みがティーナの腹部を襲ったのだ。


「う゛ッ……!!」


 あまりの衝撃に立っていられず、腹を抑えてうずくまった。痛みでまともに呼吸すらできない。おぼろげな意識の中で、ティーナはかすかに聞こえる観客の悲鳴とパニックになって散っていく様を感じ取った。


「アーッハッハッハァ!! おいおいどうした!? ショーはまだ始まったばかりだろうがッ!」


 ブランクは豹変していた。先程までのゆとりある愉快な雰囲気とは真逆の、残虐的な笑い声を轟かせていた。ブランクは目の前でうずくまるティーナの髪を荒々しくつかみ、自分の顔と同じ高さまで持ち上げた。


「……ァ……ゥ゛…………」


 ティーナに抵抗する力は残されていなかった。弱弱しく言葉にならない声を時折発するだけだった。視界はぼやけ、かろうじて目の前にブランクと思わしき人間が立っていることを認識することで精いっぱいだった。


「……気絶させるくらいには本気マジだったんだがな。まだ意識があるとは、流石“黒王様こくおうさま”に目を付けられるだけはある」


(さて、目的は果たした。記念に“白のゴミ共”と遊んでやりたいところだが、長居すれば俺が不利になる。さっさとこいつを回収してずらかるか)


 ブランクがティーナの服を掴み、その場から立ち去ろうとしたその時だった。何者かがブランクに近づき、ブランクの反応速度を超えて顔にパンチを直撃させたのだ。凄まじい衝撃が辺りを襲い、もろにパンチを食らったブランクは勢いよく後方へ吹っ飛んでいき、数回地面を転がりながら建造物の壁に激突した。衝撃により地面は抉れ、激突した壁は粉々に粉砕されていた。


「ティーナ、無事か!?」


 そこには、白魔法で拳を強化したブルーノの姿があった。ブルーノは吹っ飛んでいったブランクの方向を凝視した後、ティーナの容態を確認する。ブルーノの呼びかけにティーナは反応しない。


(息はある……。気絶しているのか)


 ティーナの状態を確認したブルーノはティーナを担ぎ、距離を取って安全と思われる場所に寝かせた。すると、全方からガラガラと瓦礫を押しのける音が聞こえてきた。そして砂煙の中から堂々とブランクが現れる。口から血を流し、ダメージを負っているのが見て取れた。


「お前、“黒”だろ?」


 ブルーノが口を開く。冷淡で、それでいて内側に怒りも含まれた威圧的な口調だ。


(こいつ……魔法を……)


 ブランクの警戒度が上がる。口から出た血を拭って一呼吸置いた後、ぶっきらぼうに答える。


「だったらどうした」


 お互いの闘志が今にもぶつかろうとしている、まさに一触即発だ。


「フン。無事に帰れると思うなよ、ゴキブリ野郎」


 そう言い放ち、ブルーノは臨戦態勢に入る。瞳の色が一瞬赤く輝いた。


「クク……ククク……!!」


 ブランクは不気味に笑いながら両手を伸ばし、力を込めた。その直後、ブランクの体の周りに禍々しい黒紫色のオーラが渦巻いた。


「バカがッ! 遊んでやるよ」



───白と黒、決して交わることのない二つが今、激突する。

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