第5話  白く染められた世界

 城の中は言葉を失うほど広く、美しい空間が広がっていた。ちらほら制服らしき整った衣服を着た人達の姿も見受けられる。その規律正しく組織的な様子からして白姫様を護衛する立場の人達であろうか。


(美しいお城に、美しい女神様に、金ピカの銅像達……。ん~っ! 最高っ!)


 ティーナは恍惚とした表情になって城を歩いていた。白姫様はすれ違う人に優雅な笑みで受け答えている。そして豪勢に飾られた扉を開け、一行は“来客室”と書かれた部屋の中へと入っていった。

 すると突然、白姫様は改まった様子でティーナを見た。まるで今までずっと隠していた重大な秘密をしゃべり出すような、そんな真剣な表情をしている。


「……ティーナ、あなたに伝えなければならないことがあります。あなたは、ある“大きな使命”を背負ってこの世界に召喚されたのです。……いえ、私がこの世界にあなたを召喚しました」


 白姫様は表情を変えず淡々と話し始めた。そして一呼吸おいて、予想の斜め上をいくとんでもないことを言い出した。


「この世界を救う“救世主”になりなさい」


 …………辺りが静まり返る。“救世主”という突然のパワーワードにティーナはもちろん、近くにいたブルーノとセシリオも完全に面食らってしまった。

 時を少し置いた後、ティーナの驚きの声が静寂を切り裂いた。


「え、えええぇぇ!? 救世主!? ティーナが!!?」


 それに続いてセシリオも畳みかける。


「姫様! どういうことですか!? そんな話は一度も……」


 白姫様の元に仕えているはずのセシリオまでもが動揺している。


「落ち着いて聞いてください。あなたは特別な力を宿してこの世界に召喚されたのです。白陣営ホワイトテリトリーの“象徴”である私には分かります。あなたがこの世界に蔓延る穢れを潤し、私達を救ってくださることを願っています」


 ブルーノとセシリオがほぼ同じタイミングでティーナを訝しげに見た。どうやら二人にはまだこの話の真偽が分からないようだ。

 一方でティーナには白姫様が言う“特別な力”というフレーズに聞き覚えがあった。少し前ブルーノからも似たようなことを言われたからだ。ただ、ティーナ自身にはまだそれがどんな力なのか、それどころか本当に自分にそんな力があるのかすらピンときていない。そんなティーナの疑問を解消する暇なく、白姫様が話を続ける。


「さて、ここからが本題です。この白陣営ホワイトテリトリー……いえ、この世界を代表して私から頼みがあります。悲しいことに、今この世界は白と黒との狭間で揺れています。私はこの世界を一つにし、争いのない平和な世界へ変わることを何よりも願っています。ティーナ、あなたにはその“架け橋”になっていただきたいのです。今の緊張状態もいつまで持つか分かりません。事態は一刻を争うのです。」


 白姫様は穏やかな口調で優しくティーナに語りかけるのだが、話のスケールが大きすぎるせいかティーナはうまく呑み込むことができない。


「えーっと……。それでティーナはどうすれば?」


「決心がついたら黒陣営ブラックテリトリーへ行くことを勧めます。そうすればあなたのやるべきことが見えてくるはずです。私はここから離れることはできませんが、あなたを最大限サポートすることを約束します」


 白姫様はまるでこれら全てが自身の手のひらで踊っているかのように淡々と話を進めていた。ティーナの意思は端から介入する隙を与えられていないようにも感じてしまう。

 そして肝心のティーナは今までの話の内容を半分ほどしか理解していなかった。結局考えるのが面倒くさくなったティーナは、かろうじて自分が頼られていることが分かり、そのことが嬉しかったので引き受けることにした。


「はい、分かりました! 全てティーナにお任せあれ!」


 えっへん!と言わんばかりに胸を張ってティーナは受け答えた。とてもこれからこの世界を救う救世主ととなろう人物には見えない、軽いノリの返事だった。


「そうですよね、一筋縄ではいかないことは承知の上……ってええっ!? いいの!?」


 白姫様はよほど驚いたのだろうか、清楚なイメージにはとても似合わなさそうなノリツッコミを完璧に使いこなした。


「白姫様……?」


 流石のセシリオも困惑した様子だ。


「あ……コホンコホン! ……失礼」


 わざとらしい咳ばらいをして白姫様は何とかその場をごまかした。そしてキリッと表情を変え、再度真剣な面でティーナにハッパをかけようと切り出した。


「では“救世主”ティーナよ!」


「ちょっち待った!!」


 突然ティーナが白姫様の言葉を遮り、腕をまっすぐ伸ばしてストップのジェスチャーをした。


「……今度は何ですか?」


 白姫様はせっかくの自分の見せ場に横やりを入れられ、不服そうにジト目でティーナを見た。


「条件があります! もう一人、この世界に召喚してほしい人がいるんです!」


 そしてティーナはその人を思い浮かべた。


「彼女がいないと何もはじまりません」


 ティーナは真剣だった。白姫様にもそれが伝わったようで、指を顎に当てて考え込む素振りを見せた。


「本来この“召喚”という行為自体、正当なやり方ではないのですが……。分かりました、一刻を争う中での“救世主”から直々に授けられた特別な使命として実行することをご理解ください。……その方の名は?」


「……彼女の名前は──────」




*   *   *




 ティーナは話を終えて、白姫様とセシリオを残し部屋から出た。ティーナは会話を終えて上機嫌そうに鼻歌を歌っていた。一方ブルーノは未だに全てを呑み込めていない様子だ。ティーナの今後を案じたブルーノが切り出した。


「ティーナはこれからどうするつもりなんだ?」


 ブルーノの雰囲気はやや重たいものだったが、一方のティーナはあっけらかんとしている。


「まずは魔法の練習からですね! バリバリやっちゃいますよ~っ!!」


 ブルーノにはティーナが昨日よりどこか活力に満ちて生き生きとしているように感じた。そこでブルーノはついさっき白姫様が言っていたことを思い出した。


「ティーナ、あなたはきたるべき日に備えて魔法の研鑽を積みなさい。そして秘めたる己の力を開放し、真の意味で自分を理解するのです」



 ブルーノは当然白陣営ホワイトテリトリーの一員であり、ここに住む者はみな白姫様を崇拝しているはずで、少なくともブルーノはこれまで彼女を疑うことは一切なかったしその必要もなかった。しかし、今回のティーナの件に関しては胸のどこかに引っかかる違和感を感じており、ブルーノ自身はこれが一体何なのか知る術を持っていなかった。否、知ろうとすることを心のどこで無意識に怖がっていたのである。



*  *  *



「…………。」


 部屋に残った白姫様は窓に手を付いてブルーノとティーナが城から出ていく様子を無言で眺めていた。隣で見ていたセシリオにはそれがやけに意味深に感じられた。


「白姫様……本当にティーナを黒陣営ブラックテリトリーへ行かせるおつもりですか?」


 セシリオが白姫様に尋ねる。これまでの一連の話の流れに対して全てを納得しているわけではなさそうだ。


「……それはどういう意味ですか?」


 白姫様はピクリとも動かずにセシリオへ返した。その口調こそ穏やかだったものの、快い返答では決してなかったためセシリオは何も言えずに黙ってしまった。すると白姫様はスッと振り返り、セシリオへ語りかける。


「それが彼女に与えられた運命さだめなのです」


「……運命さだめ、ですか……」


 セシリオは素直に頷けなかった。ティーナのような少女にこの世界の行く末を背負わせるのは気が引けるのだ。

 どこか解せない様子のセシリオを察したのか、白姫様はゆっくりとセシリオの目の前まで歩いてきた。


「私の決定に不満があると?」


「いえ、そのようなことは……」


 白姫様はまるで微笑みかけるかのような表情でセシリオに語り掛けるのだが、それがセシリオには不気味に感じられて思わず目をそらした。白姫様から直接的な圧を感じたのは初めてのことだった。無意識に流れ出る冷や汗が恐怖を伝えた。


「……はぁ。仕方ありませんね。セシリオ、私の目を目を見なさい」


 やれやれといった様子で一つ息を吐き、白姫様は目を見開いてセシリオを見つめた。セシリオも言われた通りに白姫様を見た。お互いの目と目が合う。




─────すると、白姫様の優しい碧色の瞳がが見る見るうちに真っ赤な色へと変化したのだ。




 白姫様の口角が上がる。長い髪が不気味に揺れ動き、体から魔力が溢れているのが分かる。凄まじいプレッシャーが部屋全体を覆いつくした。まるで燃えるような深紅の瞳がセシリオの瞳を照らした。セシリオは白姫様を見つめたまままるで人形のように微動だにしなかった。


「セシリオ、私の決定に従いなさい。あなたは私の従順な駒。さて、あなたに質問です。“救世主”ティーナを黒陣営ブラックテリトリーへ行かせることにあなたは賛成ですか?」


 するとセシリオはぎこちない笑顔を見せ、質問に答えた。


「はい、白姫様のおっしゃられることに間違いはありません」


「よろしい。部屋から出て、仕事に戻りなさい」


 するとセシリオは操り人形の如く機械的に部屋から出ていった。

 それを確認した白姫様が不敵な笑みをうかべた。


(ふふ……。ここでは私こそが絶対的な存在でありルール。この私の能力、“白き支配者”【ヴァイス・ルーラー】を使えば誰も私に逆らうことのできない従順なペットになる……! ティーナにも既に手は打っておいた。これで全ての準備は整った……。 後は私の思うがまま……!)


「フ、フフフ……アハハハハハハ!!!」


 狂ったように白姫様は笑い出した。その高らかで不気味な笑い声が城に響き渡っていた。

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