第4話  必然的な巡り合い

 ブルーノとティーナは訓練を一時中断して、館の入口へと向かった。そこには、美しい白色が特徴的な西洋風の鎧をまとった一人の男が待っていた。背丈は170センチ程度、歳は20代だろうか? 中々に若く見える。髪はくっきりと艶やかな黒色で男性にしてはやや長髪だ。部分的に白く染められていて整った様が美しい。礼儀正しそうな雰囲気を感じさせ、一般人というよりは何らかの地位を与えられた騎士、といった風貌だ。腰のあたりの布地には赤く光るきれいなバッジが付いている。


「君がティーナ君、でいいのかな?」


 その男は爽やかにティーナに話しかけてきた。


「俺はホワイトテリトリー“三帝さんてい”が一人、セシリオという者だ。白姫様より“楠木ティーナ”という名の女の子を探しだし、城へ連れてくるよう命を受けてきたんだが……」


 そう言うと、セシリオと名乗った男はティーナをやや困惑したような様子で見た。見たことない珍しい服(くるみヶ丘高校の制服)を着ているものの、どっからどう見てもちょっとかわいい普通の女の子にしか見えない。


(確かに彼女からは特別な雰囲気を感じる気もする……。だが、わざわざ俺に頼んで城に連れていく程、重要な人物にはとても見えない。白姫様はいったい何を……)


 セシリオは突然ティーナの目の前で険しい表情で考え事を始めた。


「あのぉ~……。大丈夫ですか?」


 ティーナはセシリオの顔を覗き込む。それに気付いたセシリオは慌てて我に返り、爽やかな笑顔を向ける。


「ああ、すまない。じゃあティーナ君、悪いが俺と一緒に来てくれるかい?」


 セシリオがティーナに手を差し伸べようとしたとき、ブルーノが口を挟んだ。


「お待ちください、セシリオ帝。ティーナを城へ招くとおっしゃいますが、なぜ白姫様はそのようなことを?」


「それは俺も聞かされていない。ただ、誰かを城に招くこと自体珍しいことだから、もしかしたら特別な事情があるのかもしれないな」


「しかし、そのようなことを急におっしゃられましても……」


 ブルーノは急な話に驚き、あまり乗り気ではないように見える。

 ところがティーナはもうすでに乗り気になっていた。セシリオの話を聞いて、絶好のチャンスが来たと確信した。自分がこの世界に転生された意味、自分がこの世界で今後生きていくために必要なこと、昨日の夜に誓った目標それらが白姫様と呼ばれる大きな存在に会うことで進展することができると期待が膨らんだためだ。それに何より、とても面白そうだ。


「行きます! 連れてってください! 白姫様に会って喋ってみたいです!」


 ティーナは手を挙げてセシリオに自分の気持ちをアピールした。それを聞いたセシリオはホっと胸をなでおろす素振りを見せた。


「そうか。急な話だったとはいえ、引き受けてもらえてうれしいよ。よし、ならまずはをしなくちゃな」



 そう言われてセシリオに付いていったブルーノとティーナは、真っ先に服屋へと案内された。やはり、この珍しい恰好のまま城へ行くのは変に注目されてしまうようで、それを気にかけたセシリオが服装を整えるよう提案したのだ。その案内された店は服屋とは言っても現代のオシャレにパロメーターを全振りした派手な服というより、耐久性を重視した重厚な防具類や、動きやすさに比率を置いたシンプルなデザインの商品が多くを占めていた。


「急なこともあってこっちから言い出したことだから、今回は俺が払うよ。好きなものを選んでくれ」


 ティーナは腕を組みながら悩ましい表情で店内を周回した。


「な~んか地味なんだよねえ……。どれを見てもピンとこないっていうか……んっ!?」


 そこでティーナはなぜか壁に掛けられている上質な色合いの“カーテン”に似た商品に目が入った。たちまちティーナはその商品に釘付けになった。


「ティーナ君、どう見てもそれは服には見えないんだが……」


 悩んでいるティーナを心配して見に来たセシリオだったが、予想外の商品の前に対峙していたため声をかけた。


「もう! 分かってますよっ! これを買ってちょっとやってみたいことがあって……。いいですか?」


「あ、ああもちろんだ」


 値段を確認したセシリオはほんの少しひきつった笑顔で答えた。


(ちょっと高いけど……)



 ティーナとセシリオが話していると、やや離れたところからブルーノの声が聞こえてきた。


「おーい、ティーナ~! こっちに来てくれ~!」


 ティーナとセシリオはブルーノのもとへと向かった。ブルーノは軽めの武器や防具が売られているコーナーで待っていた。


「魔法やウィザードに少しでも興味を持ったのなら、いざという時のために武器や防具は買っておくことをおすすめするぞ。初めは簡素なものでも十分役に立つんじゃないか?」


「い、いざという時って……!?」


 命でも狙われていたっけ、とティーナは錯覚した。武器や防具はゲームやアニメの世界でしか見たことがなかったので、自分が身に着けるということにどうしても実感が湧かなかった。長く暮らしていた日本での生活に慣れており、この世界の常識が分からないので仕方のないことだった。


「魔法を使う者はみな武器や防具を身に着ける人が多いんだ。魔法が使えるという理由で変ないざこざに巻き込まれる可能性もゼロってわけじゃない。要は護身用さ」


 生半可な気持ちで魔法を扱うことは許されないことをティーナは再認識した。思えばこの世界に来て今まで流れるように事が進んできたが、実際に魔法を使えることのメリットや、魔法がどんなことに使われているのかなど、あやふやなままにしておくには少々危険に思えることもある。


(ティーナも“覚悟”が必要なんだ……。この世界で生きていく“覚悟”が……)


 ティーナは感情の高ぶりを覚えた。やってやろうじゃないか、と言わんばかりに力がみなぎってくる。これは昔からの特徴だが、追い込まれたとしても長く気落ちせず、逆にそれを糧にして闘志を燃やすことができるのはティーナの良いところだ。

 ティーナは数ある防具の中から、動きやすさを重視した、柔らかい素材でできた耐魔性に優れたものを選んだ。



「じゃあ、着替えてくるんで外で待っててください。あ、覗いちゃダメですからね!」


 そう言い放ってティーナはカーテンと防具を持ったまま更衣室へと走っていった。

 そして戻ってきた時には、背中にはマントを身に着け、上半身には防具、下半身にはミニスカートを見事に着こなした可憐な美少女が爆誕していた。どうやら先程のカーテンからマントとミニスカートを自作したようだ。カーテンのシンプルながら品の良い色合いが、別のものになってもなお輝きを放っていた。ティーナは自信があるのか、やけに上機嫌に様々なポーズを決めていた。


「うん、よく似合ってるよティーナ君」


 セシリオはうなづいて感心した。ブルーノも目を大きくして驚いていた。


「服が変われば印象もガラっと変わるもんなんだな」


 用事を済ませた一行は、一直線に城へと向かった。



*   *   *



 無事に城へ到着したティーナがまず抱いた感想が、“でかすぎる”というシンプルなものだった。遠目から見てもシルエットからとても大きな建物だと感じてはいたが、いざ実際に間近で見ると想像以上の迫力だった。外装もとても美しく均整がとれており、一目でこの建物がここら一帯の“象徴”のような役割を担っていることが伺える。


「こ、この中に入ってくんですよね……?」


 ティーナは生唾をごくんと呑み込んだ。


「どうした、ティーナ。びびってるのか?」


 ブルーノは愉快そうにティーナを茶化そうとする。それに言い返そうとしたティーナの言葉を横切って、突然どこからともなく女性の声が耳に飛び込んできた。


「セシリオ、よくぞ任務をこなしてくれました。そして“救世主”ティーナよ、私わたくしの城へようこそ」


 ティーナは声の主を探しそうと辺りをキョロキョロ見渡すが、姿が一向に見当たらない。すると目の前に神々しいオーラをまとった美しい女性がすうっと現れた。いや、という表現の方が正しいだろうか。ティーナはその女性を一目見て、人間というカテゴリーから超越した存在であるかのような錯覚を覚えた。その女性は透き通るような美しい肌を持ち、整ったストレートの金髪、碧色の澄んだ瞳、白いドレスに金色の杖を手にしており、本当に女神のような神々しさで溢れていた。

 一行はたちまちその女性に釘付けになるのだが、ここで我に返ったセシリオが改まった様子で受け答えた。


「白姫様、ただいま帰還しました。特に異変はありませんでしたか?」


「ええ、ご苦労様。さて……」


 白姫様はじっとティーナのことを見つめた。ティーナはその透き通った美しい瞳に見られ、まるで瞳の中に吸い込まれてしまうような感覚に陥った。


「あなたがティーナね? 私はテレサ・アリキストという者です。私はあなたがここへ来ることをずっと待っていたんですよ。さあ、ここで話すのもなんですから、城へ案内致しますね。手を」


 そう言って白姫様は優雅に微笑み、手を差し伸べてきた。ティーナは少し頬を赤らめさせて照れつつも、白姫様の手を握った。

 ────その時である。ちょうど白姫様の手に触れた瞬間、唐突に得体の知れない恐怖心が芽生えたのだ。まるで自分の体に別の何かが流れ込んできて、自分の意識が追い出されてしまうような気がして身震いをしてしまう。


「ひッ!!」


 ティーナは慌てて白姫様から手を離した。その何かに怯えたような表情のティーナを見て、白姫様も困惑した素振りを見せる。


「……? どうかなさいましたか?」


 ティーナは白姫様を見た。特に異変は感じられない。


「い、いえ……。ごめんなさい」


 すでにティーナに恐怖の感情はなくなっていた。


(……気のせい……だったのかな…………)


 ティーナは少し違和感を覚えつつも、今の白姫様からは嫌な感覚を全く感じないため、一旦そのモヤモヤを振り払って白姫様の後を付いていくことにした。

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