第3話  ティーナ×魔法

 心地よい朝日とともにティーナは気持ちよく目覚めた。昨日と比べて蓄積されていた疲れがスっと抜け落ちており、心身共にリフレッシュできたと感じた。


 表(集会所)へと向かうとそこには既にブルーノとマリーが営業の準備をしていた。


「グッドモーニングっ!」


 ティーナは元気いっぱいに挨拶をした。それに気付いたブルーノがティーナに気さくに話しかける。


「おはよう、ティーナ。昨日はぐっすり眠れたか?」


「そりゃあもちろん。素晴らしいベッドでした!」


 そう言うとティーナのお腹がぐぅ~っと鳴った。そういえば昨日から食事を取っていなかった。


「えへへ。ティーナお腹すいちゃいました」




 ティーナはブルーノに朝食を振舞ってもらった。見たことない食材や調味料のオンパレードであったため常人であればためらうような刺激的な食べ物も多い中、ティーナはわくわくしながら箸を進め美味しそうに平らげた。


 するとブルーノは不意に、カウンターの上に華やかな台座を取り出した。その台座の上には見事な水晶玉が置かれている。それはちょうど手のひらで掴めるくらいの大きさだろうか。見たところ台座は黄金色にコーティングされており、色彩の濃い青色の水晶玉をより神々しく演出していた。その水晶玉をよく見ると、まるで渦巻くように模様が変化しているようにも見える。


「わあ! きれい……」


 ティーナはその美しい水晶玉に目を奪われ、夢中になってそれを見つめている。


「これは魔法の性質を見極める道具だ。試しにこうして水晶玉に触れると……」


 ブルーノは水晶玉の上に手のひらを乗せる。すると、水晶玉の色が白く変色し、発光を始めた。


「こんな風に色が変わる。白く変われば白魔法、黒く変われば黒魔法の適正があるってことだ。これは一般人だろうがどんな人でもどちらかに変化する。ティーナもやってみるといい」


 そう言うとブルーノはティーナに水晶玉を差し出す。ティーナはまるで腹ペコの犬のように待ち構えており、水晶玉を掴んで手のひらに乗せ、胸をときめかせながら変化を待った。……待ったのだが、一向に変化する気配がない。


「………………」


 ティーナの顔からは焦りが見てとれ、冷や汗が滝のように流れ落ちていた。


(な、何か、何か言わなきゃ……!)


「あ、あの……! ちっ違うんです、ティーナは怪しい者じゃないです!」


 ティーナは軽く涙目になりながらブルーノに訴えかけた。どっからどう見ても怪しい者である。


「へえ。これは予想してなかったな。ティーナ、やっぱり君は何かを持ってるみたいだね。急ではあるけど、今日実際に魔法を使ってみるか?」


 ティーナの予想とは裏腹に、ブルーノはどこか嬉しそうにティーナに話しかける。ティーナは呆気にとられてしまった。


「へ? でも、色変わらなかったんですけど?」


「確かにそうだが、俺自身もこんなことは初めてでわくわくしてんだ。それに、俺の見立てじゃ問題なく魔力はもってるはずだ。これは面白いものが見れるかもな」


 ブルーノはティーナの方を見てにやりと笑って見せた。


(ティーナが……特別……)


 聞き慣れない言葉をかけられたティーナは内心嬉しく思う。


「ふっふっふ……ようやく時代がティーナに追いついたようだね」


 ティーナはずいぶんとご満悦な様子で腕を組み、頷きながら独り言をつぶやいた。




 ブルーノの後に続いてティーナはギルドから外に出た。昨日はギルドで休んでいたため、これがこの世界に来て初めての外の空気だ。ティーナはまるで海外に旅行にでも来たかのような新鮮な感想を持った。


 街並みはきれいに整っていると感じた。見たところ木で作られた建物が多く、中には歴史の教科書に載っているような中世のヨーロッパを感じさせる立派な石造りの建築もある。また、現代では例えば整備された道路があってそこには車が走っていたりするのが当たり前の光景なのだが、この世界ではいたるところに商人が店を開いていたり、防具や武器が平然と売られていたりするので異世界感が満載でティーナにとってはとても新鮮に感じられた。様々なものに目を輝かせて見物するティーナの姿を見てブルーノは口を開いた。


「そうか、ティーナは記憶を失っているんだったな。まあ、知りたいことがあれば言ってくれ。ここらは治安もいいから心配することはない」


(んー? ティーナって記憶喪失ってことになってるんだ? ま、いっか!)


 ティーナは自分が別の世界から転生してきたことは内緒にしておくことにした。




 ブルーノと共に歩いていると、突然小さな男の子と女の子が近寄ってきて話しかけてきた。


「うわあ~っ! ウィザードだ! ホンモノすっげえ!」


「魔法ってどんなのぉ? やってみてください!」


 そう言ってブルーノのズボンを掴んでぐいぐい引っ張っている。周りも特に不審がっている様子はない。どうやらウィザードは一般市民からの信頼が相当厚いようだ。ブルーノは昨日、人々からの依頼を解決するのがウィザードと役割だと語っていた。そのせいだろうか? 


 ブルーノは中々離れてくれない子供達の対応に困っているようだった。それを見て面白そうだと思ったティーナも参戦してみることにした。


「がおー! お姉ちゃんが魔法で食べちゃうぞ~!?」


 ティーナは精いっぱい子供達を脅かしたつもりだった。子供達は初めこそややびっくりした素振りを見せたのだが、すぐに何かに気付きニヤニヤしながらティーナに話しかけた。


「え~。お姉ちゃん魔法使えないじゃん」


「だってバッジないもん!」


 子供達はティーナの胸元辺りを指差してやや小ばかにしたような態度を取った。慌ててティーナは自身とブルーノの胸元を見比べた。確かによく見るとブルーノの胸元には薄汚れた黄金色の小さなバッジが付けられていた。そういえばマリーの胸元にも似たような銀色のバッジが付いていた気がする。


「ははっ、これは白姫様からウィザードに送られる特別なバッジだな。良く知ってたな」


 ブルーノは上機嫌に子供達を誉めた。ティーナは何だか恥ずかしく思い、顔を赤らめて早く子供達が去ってくれるよう祈った。




 ブルーノに案内してもらってティーナは目的の場所に着いた。どうやら街中でむやみに魔法を使うのは禁止されているようで、初心者が魔法を練習するには“魔道館まどうかん”と呼ばれる決められた場所を使用する必要があるみたいだ。


 魔道館はいたるところに建てられているそうで、一つ一つの造りはシンプルでそこまで大きな建物ではない。例えるなら頑丈な材質に囲まれた魔法関連の設備付きの大部屋といった感じだろうか。


「おっじゃまっしまーす!」


 ティーナは元気よく入口の扉を開け、館の中へ入った。入ってすぐに受付らしき場所があり、奥には魔法の練習をしているらしき見習い達がいる。年齢層は比較的若い人が多い印象だ。突然のティーナの襲来もあって何人かが入口の方へ目線を向けている。


「ほっほっほ、こりゃまた元気のいい嬢ちゃんが来たもんじゃ」


 受付にいた老人が笑顔でティーナに話しかける。その老人は容姿から推察するに60歳前後だろうか。穏やかな雰囲気を感じさせ、身長152センチと女子高生の中でも小柄であるティーナよりも背が低く見える。


「よお爺さん。悪いが空いてる部屋を一つ貸してもらえるか?」


 ブルーノが受付の老人に親しげに話しかけた。すでにお互いのことをよく知っている間柄に見える。


「ふん、どうせ金は持ってきとらんのじゃろ? 仕方ないのお、今回は嬢ちゃんの可愛さに免じて見逃してやるわい」


 その受付の老人はやれやれと言いたげにブルーノに返した。




 ブルーノとティーナは受付を出て、大部屋で見習い達が魔法の練習をしている姿を横目に壁沿いにある扉を開け、その部屋へと入った。部屋は薄白い壁に囲まれたとてもシンプルな造りで、余計な物も一切置かれていない。扉を閉めると外部からの情報が完全に遮断され、無音となった。


「この部屋は防音、耐魔性に非常に優れていてるから周りに遠慮せず魔法の練習ができる。制御できない内に無造作に使われる魔法は周りからすれば恐怖以外の何物でもないからな。それじゃまず俺が試しに見せるとするか」


 ブルーノは右手の手のひらを上に広げ、目線を手のひらへ集中させた。すると手のひらから白く揺らめく炎のようなものが出てきた。ティーナはそれを見ているとどこか力が湧いてくるような、心惹かれる感覚が芽生えた。まるでそれ自身が命を宿したエネルギーであるかの如く美しく瞳に映った。


「これが白魔法だ。といっても形を整えず適当に出しただけだけどな。もちろんこれだけで攻撃することもできる。例えば……」


 そう言うとブルーノは部屋の奥の壁に向かって手のひらを向け、力を込めて見せた。


「……ハッ!」


 すると手のひらから白い光が溢れ、それと同時に白いボール状の物体が勢いよく放たれ壁へと飛んでいった。それは壁にぶつかると凄まじい衝撃音と共に跡形もなく消え、周囲を揺らした。あまりの出来事に近くで見物していたティーナは目が点になってしまった。


「まあこんなとこだ。どうだ、刺激的だろ?」


 ニヤリと笑ってブルーノはティーナの方を見る。ティーナはビビりながら首をコクコクと縦に振ってうなづいた。


「初めのうちは使い方に気を付けるんだぞ? むやみに発動さえしなければ大丈夫だ」


 ティーナの頭にはまだブルーノの放った魔法のインパクトが頭の中をぐるぐると駆け回っている。それ程までに衝撃的だった。そしてこれからの魔法への漠然とした期待が最高まで高まっているのを感じる。


「それじゃさっそくやってみるか。まずは基礎中の基礎、自分の魔力を感じ取る訓練だ。目をつぶって“内なる自分”と向き合うように意識を集中させるんだ」


 言われた通りティーナは目をつぶり、自分の意識の中に集中した。呼吸を整えて無心になる。ブルーノは加えて説明する。


「そうしたら自分の心の奥底に眠るエネルギーを感じ取れるようにするんだ。意識を100%集中させることで、秘められたエネルギーが湧き出るような不思議な感覚を覚えるはずだ」


 ブルーノの説明は随分と抽象的だ。自分で感覚的に覚えていくしかないんだろう。


 ティーナは目を閉じてひたすらに集中するよう努める。しかし、ここで重大な問題が発生した。ティーナにとって何もせずにじっとするという行為自体がかけ離れたものであり、耐えがたい時間に他ならないのだ。3秒もたてば頭の中にはこの訓練とは一切関係のない妄想が浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。


要するに全く集中することができないでいた。


 ブルーノはティーナの様子を少し離れて見守っていた。しかし、目を閉じて集中しているはずのティーナがなぜか楽しい妄想をしながら笑みを浮かべているように見え、ブルーノはこの訓練がティーナの性格と全く合っていないことを痛感した。


「……よし分かったティーナ、いったんストップだ」


 どうやら別の方法でティーナに魔法の感覚を掴ませるしかないようだ。


(他の方法か……。あるにはあるが、リスクが高まるな)


 例えば極端な話、ティーナに魔法を食らわせることでそれが何らかのトリガーとなって感覚が掴める可能性もゼロではない。実際に自分が魔法を使えるようになりたいと正しい方法で努力するのとは違い、意図せず魔法が発現してしまうケースは存在する。


 ブルーノが腕を組んであれこれ考えていたその時だった。突然、扉が開いて先程受付にいた背の低い老人が飛び込んできた。


「大変じゃ! 白姫様から使いが来とる!」


 ブルーノは驚いた様子でティーナの方を見た。ティーナにも何のことか全く分からない。


「分かった、すぐ向かう。ティーナ、訓練は一時中止だ。」


 ティーナはブルーノの焦る表情を見て、ただ事ではない事態が起きたことを理解した。


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