第2話 変わる生活、変わらぬ思い
「……はっ!! ここは……?!」
ティーナは勢い良く目を見開いた。そこで自身の顔を覗き込んでいた二人の人(?)と目が合った。
「うわあっ!! び、びっくりしたにゃ……」
「ふーー、ようやくお目覚めか」
ティーナは自分のことを気にかけてくれていたであろう二人をまじまじと見つめた。一方は髪は明るいブラウンのショートで目が真ん丸のかわいらしい印象を受ける若い女の子なのだが、特徴的なのは頭にネコのような耳がついており、お尻のあたりからも薄茶色の尻尾が飛び出してゆらゆら揺れているのだ。薄い黄緑色のTシャツに中央に大きく“ネコ魂”と書かれたシンプルな服を着ており、やけにネコっぽさが強調されている。もう一方の男性は身長は175センチ程であろうか、服装も整っておりやけに落ち着いた印象を感じさせる。見たところ女の子の上司的な立場の人だろうか。
「大丈夫か? 君、ギルドの目の前に倒れてたんだぞ?」
男性がティーナに話しかける。ティーナは聞こえているかどうかも怪しい様子でわけもわからずきょとんとしていた。
「ああ、わるい。自己紹介がまだだったな。俺の名前はブルーノ。そんでこっちがマリー。俺は一応このギルドのマスターをやっている。マリーはその助手だ。お前のことを聞かせてもらえるか?」
ブルーノはテキパキと自分たちのことを説明していく。ただ、ティーナには今自分がどこにいて、なぜこんな状況になっているのか全く分からないのでそれどころではなかった。
「あ、あのっ! ここはどこなんでしょうか!?」
ティーナは涙目になりながら二人に訴えかける。予想の斜め上を行く質問に二人は目を大きくして驚いた。
「あっ、クッキー……クッキーはどこですか!?」
ティーナは混乱しているようだ。唐突にそわそわしだしたティーナに対してブルーノは必死に落ち着かせようとする。
「ちょっと待ってくれ。とりあえず深呼吸だ。大丈夫、お前は冷静だ」
「私は冷静、私は冷静……」
ティーナは胸に手を置いて一度深呼吸をし、ブルーノに言われたことを反復して自分に言い聞かせる。
(あれ、ティーナついさっきまで学校にいたような……)
ティーナは学校の制服に身を包んでいることに気付いた。どうやら制服を着たまま気を失っていたらしい。ティーナは先程まで自身が何をしていたのかを必死に思い出そうとする。そこで、重大な出来事を一つ思い出した。
(そうだ、死んじゃったんだ……)
ティーナは混乱した。試しに手を握ったり閉じたりして感覚を確かめてみるも、違和感は特になかった。
「あの、ティーナっていいます! ここは天国なんでしょうか!?」
ティーナにとってはいたって真面目に話したつもりだったが、それを聞いたブルーノは思わず噴き出した。
「ティーナ。見たところ珍しい服を着てるね。どこから来たんだ? なんであんなところで倒れてた? 何か思い当たることがあれば言ってくれ」
「うーん……。ティーナ、トラックに轢かれたと思うんです。それで気付いたら、ここに……」
ティーナはありのままに思ったことを話した。それを聞いたブルーノはますます混乱してしまう。
「ここは一応“ホワイトテリトリー”なんだけど、分かる?」
「ホワイトテリトリー……?」
ぽかーんとして全く理解していないティーナの様子を見たブルーノもまた、どうしたものかと困惑していた。
(記憶喪失……ってことなのか? 参ったな、どうするべきか)
ブルーノは考えた。ティーナを見ていると何か引っかかるものがある……。そもそも記憶を失ったままギルドの前に倒れていること自体おかしい。
「よしわかった。これも何かの縁だ。この世界の状況だとか、俺のギルドのこと、他にも知りたいことがあったら何でも聞いてくれ。とりあえず、ギルドを紹介しようか」
ブルーノは優しい口調でティーナにそう伝えた。それを横で聞いていたマリーはどこか嬉しそうにティーナのことを見ていた。
「ティーナちゃん! よろしくにゃ!」
そう言うとマリーは勢い良くティーナの手を握ってきた。ティーナはまだ全く状況が呑み込めていなかったのでやや驚きつつも、ブルーノとマリーの態度を見てどうやら自分が歓迎されているらしいと感じることができたので笑顔で握られた手を握り返した。
そしてティーナは気づき始めていた。この世界が、“元居た場所”ではないことに……。
ティーナはブルーノの後に付いていき、扉を開けるとそこには確かにティーナ自身がイメージしていた通りとでもいうか、例えばよくアニメや漫画に出てくる“ギルド”と似たような空間が広がっていた。辺りを見渡すと、聞いたことないような名前の飲み物(酒だろうか?)が様々に置かれている棚、バーカウンターやテーブル、クエストの依頼掲示板らしきものが目に入る。テーブルには、まるでゲームに登場する冒険者のような恰好をした人達が囲って食事をしている姿がちらほらいて、高笑いを響かせながら賑やかそうに各々の時間を楽しんで見えた。
「ここは俺のギルドだ。ギルドには人々からの様々な目的の依頼が集まり、そのギルドに雇われている“ウィザード”と呼ばれる魔法使いが解決することで成り立っている。そこら座ってる奴らはみな、ウィザードだ」
そう言われてティーナはテーブルを囲っているウィザード達を再度見た。何人かがこちらに気付き顔を向けて手を振っている。やはり歓迎されているのだろうか、ティーナはとても暖かい印象を受けた。
「何だか皆さん元気いっぱいっていうか、楽しそうですね!」
「ああ、ティーナは運がいい。黒の奴らに見つかってたら今頃何をされてたか……」
ブルーノは初めて露骨に嫌な表情を見せた。
「ああ、すまない。ティーナにも後で話すよ。その前に聞いておきたいんだけど、ティーナは“魔法”についてどのくらい知ってる?」
「魔法、魔法ですか……」
ティーナは自分の想像できる範囲内で魔法がどんなものだったかを考えた。そうするとやはりアニメやゲームに出てくるような、例えば口から火を吐いたりだとか、空を自由に飛んだりといった非科学的で魅力的なものがあれこれ思い浮かぶ。
「そうですね、魔法。そりゃあもちろん知ってますとも! かっこいいですよね! 魔法!!」
(あ、これ絶対知らないやつだにゃ……)
ティーナが目を輝かせながら魔法に対して思いを馳せているのを、マリーは横で憐れむような目で見ていた。
「ま、まあ言葉くらいは聞いたことあるみたいだけど、知らないのも無理はない。魔法のことを詳しく知ってるのは、ギルドに雇われてるウィザードくらいだ。ここでは魔法をあまりよく知らずに暮らしてる人がほとんどだ。ただ……」
そう言うと、ブルーノは顎に手を当てながらティーナのことを全身舐めまわすようにじろじろ見つめた。ティーナは特に表情を変えずにきょとんとしている。
「ティーナは他の人とは違う“何か”を持ってる気がしてね。後でティーナの中に眠る魔法についてのチェックをしたいんだけど」
「中に……眠る……? そ、それって、何か痛いことされるとかですか…?」
何を想像したのか、ティーナは急に顔を青ざめさせて怖がっている。
「違うって! 変なこと想像しないで!」
慌ててブルーノはティーナを落ち着かせる。その様子を見ていたマリーも口を開いた。
「ティーナちゃん、なかなか面白いにゃ!」
和やかな雰囲気で会話が進んだところで、ブルーノは再度改まった顔をして話し始めた。
「さて、じゃあそろそろ魔法についての説明をしていこうか。そもそも魔法を使うにはその身に宿した魔力が必要だ。だけどそこは安心していい、命あるものは全て、大なり小なり必ず魔力を宿している。この世界では魔法は主に“白魔法”と“黒魔法”の二つの要素に別れていて、特徴が異なる。簡単に言うと、白魔法は“何かを
「なるほど先生! 全く意味が分かりません!!」
ティーナは手を挙げ、きっぱりとブルーノに伝えた。話の途中からティーナの頭の中ははてなマークで埋め尽くされていたようだ。ブルーノは苦笑いしつつ再び話す。
「ま、実際にやってみればわかってくると思うから大丈夫だ。それと、ここらじゃ白魔法を使える人しか生まれてこない。故にここら一帯は“ホワイトテリトリー”と呼ばれている。反対に、黒魔法を得意とする連中は“ブラックテリトリー”と呼ばれる場所に住み着いている」
ティーナの頭の中にはすでに文字の洪水ができており、ぷしゅーという蒸発音を立てパンク寸前だ。そこでブルーノはもう一度ティーナの意識を自身へ向けるよう人差し指を上に向けてみせた。
「さて、ティーナ。ここからが重要だ。覚えておくべきことは“白と黒は決して混ざらない”ということだ」
「白と黒は決して混ざらない……?」
ティーナはいまいちピンと来ていない様子だ。そこでマリーが付け加える。
「今、白陣営と黒陣営はと~っても仲が悪いのにゃあ」
「そう、昔は共存できていた時代もあったみたいだが、思想の食い違いとかから迫害が始まり対立。それ以降は対立が激しくなるばかりなんだ」
どうやら白魔法を使う者と黒魔法を使う者との間には古くからの因縁があり仲が悪いようだ。
「ま、こっちには“
ブルーノはやけにしたり顔だ。白姫様……。ニュアンス的にここら一帯を守っている女神様のような存在だろうか?
すると、この話を聞いていたであろうウィザード達もブルーノに呼応する形で大きな声で話に入ってくる。
「そうさ! 俺達には白姫様がついてるんだぁ!!」
「白陣営に幸あれー!!」
酔っぱらっているのか、やけに上機嫌な雰囲気を醸し出している。そしてブルーノはニヤリと笑い、ティーナに話す。
「ティーナもじきに会えるよ」
(白姫様か~。どんな人なんだろう? にしてもここのギルドの人達ってみんな明るくて、すごくいい雰囲気。頑張ってこっちの生活にも慣れなくちゃ!)
ティーナは両手を拳にして頑張るぞとガッツポーズをとった。それを見たブルーノはティーナにふと頭に浮かんだ疑問を質問した。
「ティーナ、ところで君は帰る場所とかあったりする?」
「あ……」
盲点だった……。ティーナはこの世界に来たのすらついさっきの出来事だ、当然帰る場所なんてどこにもない。
(やばいやばい……! ティーナ、これからは路上生活かも!? こうなったら……!)
「あーー。このまま外で生活することになれば、こんなかわいい女の子、きっと誰かに攫われてしまうだろうなー。どこかに少しでもいいから泊めてくれる心優しい人がいてくれたらなーー」
ティーナは自身もびっくりするほどの棒読み加減で発言して、ブルーノの方をチラチラ見る。どうやら帰る場所がないらしいと察したブルーノは、このままティーナを放っておくわけにもいかなかったので一時的に自身のギルドで過ごすよう提案することにした。
「分かった、一時的に俺のギルドの空いてる部屋を貸すからそこを使っていいぞ。ただし、暇なときはギルドの手伝いをしてもらうからな」
「やったー! マスター大好きー!」
嬉しさのあまりティーナはブルーノに飛びついた。流石のブルーノも少し照れている様子だった。
「じゃ、じゃあ部屋まで案内するから付いてきてくれ」
その部屋はティーナの想像していたよりも整理されている印象だった。定期的に掃除していたのか、全く使われていないわけではなさそうだ。置いてある物が少ないからそう見えてしまうのだろうか。とはいえベッドもあり、最低限生活するには困らないだろう。
ティーナは軽くシャワーを浴び、ブルーノに今日はゆっくり過ごすよう言われていたため体を休め、頭をリラックスさせることにした。ギルドでは思いのほか歓迎されているように感じたティーナは、まだ未知のことだらけで右も左も分からない状況に変わりはないのだが、それでもこの世界でやっていくことに確かな期待を抱いていた。
そしてそれとは反対に気がかりに思い続けていることもあった。それはリュウカのことだ。ティーナの頭にはリュウカとの楽しかった日々の記憶が今なお鮮明に残っている。それはリュウカも同じだろう。ティーナが死んだあの日もすぐそばにはリュウカがいた。リュウカはティーナの死を目の前で見て、心を保っていられるのだろうか。ティーナの心には不安が募っていく。
「……クッキー、今頃どうしてるんだろうな……。会いたいな……」
ティーナは誰もいない部屋で独り言をぽつりとつぶやいた。そして頭には、ある一つのこの世界での初めての目標が浮かんだ。それを忘れないようにとしっかり記憶し、今日はもう眠りにつくことにした。
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