4


 セノに言い含まれて、ハルミラは広間から自室に戻る。

 リムのことが心配で堪らなかったが、待つしかないとセノに言われたこともあり、彼女はじっと待っていた。

 そのうち就寝時間がやってきて、ハルミラはベッドに横になった。

何度が寝返りを打っていると、ふと部屋で何かが動く気配がした。


「王女様」

「リム!」


 彼女は喜んで体を起こした。

 部屋の中には明かりがないが、闇に眼が慣れたハルミラにはうっすらと目の前の人物の顔が見えた。

 ほっそりとした端正な顔、瞳は黒色で彼女に優しいまなざしを向けていた。


「……あなたは、誰?」


 姿も声も同じ。

 だけど放たれる雰囲気が全く異なり、ハルミラは体を強張らせて「リム」を睨む。


「ふふふ。バレてしまいましたか。さすが王女様。人は呼ばないでくださいね。もし呼んだら……」

「わかってるわ」


 彼女の言わんとしていることを理解して、頷く。


「物分かりがよくて助かります。これを読んでください」


 同じ顔なのに浮かべる表情は鳥肌が立つくらいに異なった。妖艶な笑みをたたえ、その者は蝋燭にいとも簡単に火を灯す。リムに化けている者が火の神官であることは確かで、ハルミラは裏切り者を叫びたく気持ちを抑え、手紙を受け取る。


「リムのことが心配であれば、おっしゃる通りに行動願います」

「……リムが生きている保証はあるの?」

「お疑いになっているのですね」

「当たり前でしょう」


 小声でありながら、怒りを露わにそう答えると、その者――ラウニが溜息をつくのがわかった。


「それでは明日、孤児院に訪問される際に会わせましょう」

「わかったわ」


 ハルミラが答えると、ラウニは蝋燭の火を吹き消す。そうして扉から堂々と出て行った。




「リムが戻ってきたようですね」

「ふーん」


 失踪したはずのリムがハルミラの部屋へ入退室する様子を見ていたアウグは、セノの部屋に報告に戻っていた。

 姿形も同じなのだが、アウグは違和感を覚えていた。


「……偽者だろうね」

「そうでしょうね。確証はありませんが」

「君自身はどう思うんだ?」

「雰囲気が異なります。あのリムがあのような甘い表情をするはずがありません」

「……ふーん」


 セノはアウグの言葉に意味ありげに微笑んだ。


「深い意味はありません。ただそう思ったままです。拳を交えればすぐにわかると思いますが」

「拳を交える……。物騒なことを言わないでよね。アウグはさあ。まあ、僕は見てないけど、状況から考えると偽者の可能性が高いよね」


 椅子に座ったセノは足を組んで、顎に手をやる。


「どんな手を打ってくるのか。まあ、どうせ僕の命を狙ってくるだろうけど。偽者のリムを使うか、王女を使うか。はたまた両方か……」

「リムの奴。王女の警護神官でありながらあっさり捕まるとは」

「まあ、まあ。アウグ。仕方ないよ。ここはあまりにも平和すぎる」

「というか、あまりにも警備が弱すぎます。これでは我が国が本気を出せば」

「アウグ。それは言わないことだよ。「僕」にはそのつもりはない。まあ、兄上は世界統一を目指しているみたいだけど」


 セノは目を細め淡々を語る。


「統一なんて必要ないのに。それぞれの国民が幸せであればいい。欲がありすぎるのも問題だね」


 マルクは隣の部屋で深い眠りについていた。広間から戻り、使用人が用意してくれた食事をアウグと共に食べた後、セノは彼に休むように伝えた。最初は緊張していたようだが、精神的疲れが堪えたのか、気が付くと眠りに落ちていた。

 セノが原因で襲われた村、実際に行動を起こしたのは火の神官たちであるが、彼は少しばかり責任を感じていた。だからこそ村人を丁重に葬ったのだ。


「国民が健やかに過ごすために、この南も少し掃除した方がいい。王の人柄はいいけど、それだけではね」


 セノの独り言をアウグは黙って聞いていた。

 そうして主の指示を待つ。


「とりあえず、ハルミラ王女の動きを見守ろうか。敵が王女にどんな指示を出すのか。多分僕への毒殺かなあ。主犯は王女、手を貸したのは「リム」かな。毒には耐性があるけど、ちょっと王女を心配させちゃうかもね。それもいい勉強になるかもしれないね。とりあえずアウグ、待つしかないよ。今夜できることはなにもないよ。寝てしまおう。じゃあ、おやすみ」


 指示という指示でもなく、セノは遠慮なしにそう言い放ち、ベッドに横になった。

 今夜王子が襲われることはない。

 それは確実なのだが、アウグは念のため、彼の傍で仮眠を取ることに決め、ベッドの傍に椅子を寄せるとそこに腰かける。

 ふと脳裏にリムの端正な顔が浮かぶ。中性的で鋭さを感じる視線。苛立たせる言動。

 先ほど遠目にみたリムは同じ顔であるが、表情が異なった。

 昼間見た挑戦的な瞳、頑固そうな唇……。

 そんな風にリムを思い出したアウグは眉をひそめ、首を振る。

 彼女の影を頭から追い出し、少しでも休もうと目を閉じた。


 

 後頭部の痛みと共にリムは目を覚ました。四方を壁に囲まれ、身動きがとれない。しかも手足を縛られていた。声を出そうにも口にまで布が巻かれていた。

 とりあえず精一杯動いていると、急に視界が開いた。

 薄暗い中、目を凝らし目の前の人物が同期のラウニであることに気が付く。彼女は唇の両端を上げ笑っていた。


「お目覚めね。遅かったわね。王女様にはお手紙を渡してきたから。会いたいって言ったから明日会えるようにしてあげたわよ」


(何を言って?)


 状況が把握できていない中、リムは彼女の言葉を理解するのに時間がかかった。

 自らが捕まった事、そしてそれをラウニが王女に伝え、明日会う事になった。そう理解し、その裏の意味も考える。


(私は人質。ハルミラ様に何かをさせようとしている。……国防副大臣とつながりがある国境軍団長。それからジェシカ先輩……。最終的にはセノ王子が狙いか!)


 己の手を汚さず、王女にセノを殺害させれば、国同士の問題になってしまうのだが、リムは王の言葉を思い出す。

 ――王子の死を元に、再び大きな争いになることも避けたい。……そうか、それが狙いかもしれないな。


(わざと大きな争いにしたい。それが目的。戦争を大きくすることに何の意味があるのか?)


 リムは北の第一王子の狙いがわかっておらず、彼らの意図が理解できなかった。けれども、己が人質になっていることは明白で、逃げ出そうと神石のかけらを探す。


「お探しものはこれよね。渡すわけないじゃないの。そこで悔しがりなさい。明日は王女に会わせてあげるから。じゃあね~」


 ラウニはリムの持っていた赤色の神石のかけらを見せびらかすと再び衣装箱の蓋を閉じた。

 再び漆黒の闇に包まれたのだが、リムは何かできないかと抵抗を続ける。 


「ああ、煩い。もう一回眠って頂戴」


 箱が開けられるが、リムの両足は縛られていて芋虫のようにしか動けない。そんな彼女を嘲笑い、ラウニは彼女の胸ぐらをつかむと、腹部を殴りつけた。

 

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