3


 セノを招いた晩餐の時間になっても、リムはハルミラの元に戻って来なかった。

 もしかして、広間で合流するつもりかもしれないと彼女は仕度を調え、広間へ足を運ぶ。けれども、そこにリムの姿は見えなかった。

 セノの護衛神官のアウグ、使用人としてマルクすら広間の壁に控えているのに、彼女の護衛神官の姿はそこにはない。

 今すぐ、北の王子に確認したい気持ちを押し込め、ハルミラは晩餐が終わるのをじりじりと待った。


「セノ様」


 王と王妃が去り、二人の兄がそれに続き、ハルミラの番が来たのだが、彼女はセノに声をかける。

 広間にはまだ使用人、騎士が数人残っていて、聞き耳を立てられているのがわかったが、ハルミラはリムへの心配のあまり、それを無視した。


「ハルミラ王女。何かありましたか?」

 

 普段の砕けた様子ではなく、セノは北の第二王子として、彼女に答えた。

 

「……人払いをお願いできるかしら。バーバラはここに残って」


 王女の言葉に騎士や使用人は頷き、バーバラを残して部屋を出る。アウグはそれを確認して、扉の前に立った。


「セノ様。これでいいかしら」

「ありがとう。じゃあ、僕はここに座るね。聞かれたくない話みたいだし」


 微笑みと共に、セノはハルミラのすぐ隣に座る。

 銀髪のサラサラの髪に青色の瞳の美しい横顔。それがすぐ近くにあって、自然と頬が赤くなってしまったが、彼女は気持ちを切り替える。


(リムのことを確認しなきゃ)


「セノ様。リムの行方を知りませんか?離宮へ向かったはずなのですが、戻って来ないのです」



「殺すわけないじゃない。ジェシカ先輩ったら」


 ラウニは軽快な笑い声を立てた。 

 気絶したリムを拘束し、その神石のかけらを奪った上、部屋の衣装箱の中に放り込む。ラウニはその上に座り、ジェシカとシーロを見下ろしていた。


「リムは王女のお気に入りの護衛神官だもの。そう簡単に殺すわけないじゃないの」

「……ラウニ。とりあえず礼を言うわ。シーロ様。どうしましょうか」

「北の第二王子の暗殺を謀ったこと、村人を口封じのために殺したこと、これはすでに王の耳に入っている可能性が高い。そうなると、もはやこの国にはいられない。王女を使って、北の第二王子を殺害して、それを手土産に寝返ったほうが早い」

「それでは、リムを人質に王女に筆をしたためますか」

「そうだな。そうしよう」

「シーロ様。ジェシカ。私がその手紙を届けるわ。その上リムに成り代わって王女を監視する。それでいいでしょう?」


 ラウニはその赤い瞳を輝かせると、衣装箱から飛び降りた。

 



「うーん。多分、掴まったんだろうね」


 セノはハルミラから話を聞くと、あっさりとそう口にした。


「掴まったって、誰にですか?」

「静かに、ね」


 思わず大声を出した彼女に対して、セノは唇に指を当てる。繊細な彼の指が唇に当てられ、ハルミラはくらくらと眩暈を覚えてしまう。


「セノ様」

「ははは。ごめんね。落ち着いて。リムは君のお気に入りだろう。だから利用価値があると考えられる。だから命は保障される。しかも捕まえたのは、きっと火の神官だ」

「火の神官……」

 

 内部に裏切り者がいると他国の王子に指摘されたのも当然で、ハルミラは自国のことなのに恥じる。


「僕なんて、兄に殺されかけてるから。そんなに気にすることにないよ。兄弟でも殺しあうんだから、国民同士が騙しあうのは当然だよ」


 きわめて明るくそんなことを言われて、ハルミラは反応に困る。


「まあ。それはそうと。どうせ最終的な狙いは僕だ。王は知らない振りをしていたけど、向こうはすでに僕の暗殺のことばバレていることは知っているはずだ。そうなると、手っ取り早いのは僕の殺害。そして兄上から褒美をもらう。恐らくそういう筋書きになると思うよ。君は向こうの言うとおりに動いて。大丈夫。自分の身は自分で守る。アウグもいるしね。まあ、そうやって僕は今まで生きてきたからね」


 セノは微笑んでいたが、ハルミラにはその笑みがとても悲しく見えた。そうして、彼女はやっと彼の表面しか見ていなかったことに気がついた。 

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