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「予想外のことが起きたな」


 褐色の肌に短髪の黒髪、短めの顎鬚、いかにも軍人という顔立ちの男が、主の言葉にただ頭を下げている。


「シーロ。お前の神官がうまくしとめなかったせいで、とんでもないことになってしまった」

「も、申し訳ありません」


 頭を床に擦り付けるようにしている軍人は、国境軍団長のシーロだ。


「王女はすでに真相を知っており、王に伝えた可能性もある。暫く大人しくして、その出方をみる。わかったな」

「はっつ、かしこまりました」

「去るがよい」


 男が踵を返し、シーロは立ち上がるとその背に向けて一礼した。



「マルク。まあ、そんなに緊張しないで」


 リムに突っかかっていった勢いはどうしたのかと思えるくらい、少年マルクは大人しくなっていた。アウグの背後に控えて顔色はかなり悪い。


「それとも僕たちが怖い?」

「そ、そんなことはありません」


 マルクは必死にそう答え、セノは苦笑する。


「これから君は僕たちを一緒に行動したほうが安全だ。ハルミラ王女の傍は安全だけど、君は男の子だからね。ここであれば僕とアウグが守ってあげれる」


 マルクにとって神官は村をめちゃくちゃにした憎っくき相手だった。けれども彼の養父母と友人たちを埋葬してくれたのはセノとアウグで、街でリムにも遭遇して、神官にも悪い神官と良い神官がいることを知った。

 そんな複雑な心境の上、セノは北の第二王子で、マルクはどう振舞っていいか混乱していた。

 

「アウグ。君からも何か言ってあげたら?」

「少年、セノ様は優しい方だ。安心するがいい。俺はお前のことを必ず守る。安心しろ」

 

 アウグの表情は硬いままだが、その琥珀色の瞳を真っ直ぐ向けられ、マルクは頷いた。

 


「……国防副大臣?」


 セノが滞在している離宮への向かう途中、リムは足早に歩く人物を視界に捉える。

 背が高く恰幅の良い壮年に近い男だ。刈り上げられた黒い髪に、短く切られた顎鬚。国防副大臣のガンデルで、表情は厳しい。

 反射的に彼女は物陰に隠れた。

 彼は周りを気にするような素振りを見せながら、その場から立ち去った。

 王女を警護するリムと異なり、大臣や副大臣は通常夕刻前には帰宅している。空はすっかり橙(だいだい)色に染まり、あっという間に夜がやってくるだろう。この時間まで副大臣が宮殿に留まるのは通常ではない。

 ハルミラが北の第二王子を宮殿に招いた「異常事態」を考えれば、おかしなことではないかもしれない。けれども、人の目を気にする様子がリムに違和感を訴えていた。

 追いかけてみようと物陰から足を出した瞬間、国境にいるはずの国境軍隊長のシーロが現れた。咄嗟に彼女は再び姿を隠す。

 シーロも先ほどの国防副大臣ガンデル同様に、周りの様子を窺うようにしていた。


(二人で極秘に会っていたのか?)


 出てきた場所が同じであり、その仕草も人目を憚るようで、疑わしい。

 考えているうちにシーロはガンデルとは異なる方向へ足を運ぶ。


(副大臣を今から追っても追いつけないかもしれない。それなら、国境軍隊長を追うか)


 リムはそう決めると、彼の後をそっとつけた。

 軍人である彼を追跡するにはかなりの注意力が必要で、近づきすぎても気配で気づかれるとかなりの距離を置いて後を追う。時折、セノたちのことも過ぎったが、アウグが自信たっぷりに守ると断言していたことを思い出して、尾行に集中した。

 宮殿を出るときは、またもやベンの姿を借り、どうにか門を抜ける。


(見失ったか……)


 門を出て、目を凝らしたが彼女はシーロの姿を見つけることができなかった。

 それでも諦めきれず、彼女は建物の裏に入ると屋根の上に昇る。


「……あれは?」


 シーロとよく似た背格好のものを視界に収め、動きを目で追っていると、彼はある女性と合流した。

 女性はシーロに身を預けるようにしなだれている。それから二人は仲良く宿に入っていき、リムは逢引か何かと諦め気味になり、背を向けた。

 その瞬間、神石の力を感じ、足を止める。

 

「……ジェシカ先輩……」


 微かに窓が開いていて覗いていると、露も無い格好した火の上級神官のジェシカがシーロと共にいて、リムは絶望的な気持ちになった。

 

「覗き見とは、リムもいい趣味をしてるじゃない」

「ラウ、ニ!」


 ジェシカは神官の中でも堅物として知られている。

 リム以上にだ。それが白昼に半裸に近い格好で男と一緒にいたのだ。衝撃で彼女は動揺していて気がつくのが遅れた。

 背後を取ったのはリムと同期の上級神官のラウニ。何かとリムを敵視している神官で、彼女は迷うことなく神石のかけらの力を振るった。


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