2章 シュイグレンの王子セノと神官アウグ

 ハルミラが北の第二王子を連れて戻ってきてから宮殿は大騒ぎになった。

 これが人質ではないこと、国賓としての招待であること。

 それを明記した書簡を火の神官に持たせ、出立させた。


 セノは客間に案内され、アウグが伴う。ハルミラとリムはマルクの身柄のことを考えた結果、身の安全を考えセノの傍仕えの者として同行させることにした。

 北の第二王子へ対応が決まり、その後、自室に戻ろうとしたハルミラ達は王室に呼び出された。

 王室には完全に人払いされており、王と王妃、二人の王子が重苦しい雰囲気で待っていて、ハルミラが姿を見せると一斉に口を開いた。


「ハルミラ。お前はなんてことをしでかすのだ!」

 立ち上がって唾を飛ばして叱ったのが現国王。


「宮殿から抜け出していると思えば……」

 溜息をついて首を振っているのが王太子ハッシュ、 


「金髪に銀髪に南の奴はまったくキラキラしやがって」

 セノとアウグの容姿に文句を言っているのが第二王子のハイン、


「本当にお人形のような方々ね」

 最後に乙女チックな発言はをしたのが王妃だった。


 四者四様、それぞれが違うことを口にしてまとまりがない。

 これがフォーグレンの現国王一家であり、自由気ままなハルミラを生み出した土壌でもある。

 

「王妃、ハルン。そういうことは、今は関係ないのだ。あの第二王子をどうするかということだ。話を聞けば、第一王子と王位継承で争っているそうではないか」

「父上。刺客が入り込む可能性もありますね。まあ、この宮殿に入り込むのは容易ではないと思いますが」


 王の言葉に王太子のハッシュが頷きながら話す。


(入り込むなど簡単だ。内部に裏切り者がいるのだから)


 ハッシュの少し奢った言い方にリムは反発し、口を挟みたくなる。代わりに発言したのは王女ハルミラだった。


「父上、いえ。陛下、王太子殿下。お話したいことがあります。宮殿内部に北と内通しているものがおります。その者が火の神官を使って、セノ殿下の殺害を試みたようです。そのせいで、国境近くの村が破壊され、巻き込まれた村人が殺されました。セノ殿下ではなく、我が火の神官によってです」

「なんだと!」

「ハルミラ、その情報はどこから……。セノ王子からか!」


 まさかハルミラがこの場でそのことを言及するとは予想しておらず、リムは半ば唖然とする。


(人払いをしているとは言っても、今この場で話すにはあまりにも不用意すぎる。陛下を欺くくらいの人物が糸を引いているのに。ハルミラ様!)


 王女の考えが分からず反発を覚えるが、王を始め王子たち、王妃が驚きを隠すことなく動揺しているところを見て、彼女の考えを理解する。


(ハルミラ様は、本当にこの件に陛下が関わっていないか確かめたかったのか。だからこそ、この場で話した。理解はできるけど、あまりにも幼稚だ。これではセノ王子の計画は失敗する)


 王女の考えを理解したが、やはり落胆の思いはある。


「リム。ごめんなさいね。本当は黙っているべきだったのだけど。私は父上たちがこの件を本当に知らないことをこの目で確かめたかったの」

「ハルミラ様……」

 

 振り返って謝られ、リムは落胆した自身を詰る。


「ハルミラよ。よく話してくれた。リム。私は愚かな王になりたくない。セノ王子がわざわざ王女に招待されたのは、我が国の膿を出すためだな。この宮殿にそのような者がいるなど信じたくは無いが、私はハルミラを信じておる」

「父上……」

「ハルミラ。よくやった。また宮殿を飛び出して、おかしなことと叱ってしまいそうな私を許しておくれ」

「ハッシュ兄様」

「金髪、銀髪のキラキラという言い方は悪かったな。我が国にとって感謝すべき国賓だった」

「ハルン兄様」

「志も素晴らしい達なのね」

「母上……」

 

(王妃様のはちょっと違う気がするが、まあ、セノ王子の作戦通りには事は進まなくなっただろうが、陛下たちの目を覚まさせるきっかけにはなっただろう。というか、私もだ。先輩の誰が裏切り者なのか。誰が村人を殺したのか……。絶対に突き止めてやる)


「私が動くと邪魔になりそうだ。私は知らない振りを続ける。だが、王子が暗殺されてしまっては元も子もない。王子の死を元に、再び大きな争いになることも避けたい。……そうか、それが狙いかもしれないな」

 「そういうことか」

 「どういうことなのですか?」

  王に続いて王太子ハッシュが頷くが、ハルミラは理解できないようだった。リムも同様だったが、それについては後々わかるだろうと考えることを放棄する。

 彼女が今すべきことはハルミラの傍にいながら、神殿の裏切り者について調べることだ。調べなくても向こうから姿を現す可能性もある。


「ハルミラ。お前を危険に合わせるかもしれない。だが、炙りだすにはそれしかない。私は知らない振りをつづけなければならないのだから」

「お前がセノ王子に会うときは私も同行しよう。それくらいなら大丈夫のはずだ」

「父上?ハッシュ兄上?」

「そうなると俺も参加したいな」

「私もだわ」

「それでは意味がなかろう。極力不自然に見えないようにするのが大事なのだ。王妃、ハルン。わかったな」

「ええ。お茶会だけは開かせていただけると嬉しいわ。お人形さんのようなお二人とお茶をするなんて楽しそうだもの」

「王妃」

「母上……」


 浮世離れした王妃が微笑み、彼女以外の全員が脱力してしまう。

 その妙な雰囲気を壊したのは王女で、彼女は表情を険しいものにして口を開く。


「父上。私たちはまだセノ様とアウグに礼を述べておりません。マルクの村の村人を弔ってくれたのは、彼らです。彼らは自らの命を守るために戦い、私たちの神官は民の囮にして攻撃した。その上、私たちの神官は口封じのため民を殺したようなのです。そんな彼らを弔ってくれたのがセノ様たちなのです。本来ならば私がすべきことでした。私ができたことは、祈りを捧げるだけ」


 王は娘の話を黙って聞いていたが、その拳は震えていた。怒り、悲しみ、様々な感情が見て取れた。

 リム自身も先輩の誰からがその所業に加担している事実に胸を押さえて沸いてくる感情を押し殺す。


「今すぐ、礼を言うべきであろう。だが、今は動けぬ。黒幕を暴き裁いた後に正式に私がセノ王子に礼を述べる。ハルミラ、それでよいな」

「はい」


(私は火の神官の一人として、セノ王子に詫びを入れるべきだろう。恐らく彼らは村人を守るために戦い、セノ王子はそれで傷を追ったに違いない。本来ならば彼らは我が国の民など守る必要はないのだから)


 本日はもう遅く、王室から出るとハルミラは自室に戻るように言われ、リムはそれに続く。廊下を歩いているとふいに足をとめ王女が振り返った。


「セノ様は大丈夫かしら」

「……アウグがいますから」

「そうよね」


 今夜すぐに襲ってくるとは思えなかったが、不安なのはリムも同じだ。


「後で様子を見に行きます」

「よろしく頼むわね」

「はい」


 頷き、王女を部屋に送るとバーバラに後を頼む。それから、王子一行が滞在している客間へ向った。


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