7

「それは名案だわ!」 


 一通り経緯を語った後、セノがある提案をハルミラたちに持ちかけた。

 大きく頷いたのは王女で、リムは眩暈を覚える。

それはアウグも同じようで、額を押さえていた。


「密かにフォーグレンに入って探ろうと思っていたけど、丁度王女様に護衛神官と出会えただろう。だからね。これはきっと水の女神の思し召しなんだ」


 セノ王子は茶目っ気たっぷりに片目をつぶる。


「ハルミラ様。これは遊びではないのですよ。敵国……失礼。シュイグレンの王子を連れて戻るということがどういうことかわかっているのですか?」

「宮殿にお客様として招待するのよ。大昔はそういうことがあったのでしょう?」


(大昔とはいつのことだ)


 両国の争うの歴史は長い。

 大臣級さえ互いの国に足を踏み入れたことがない状態が長く続いている。それが、突然第二王子を連れて戻るとどういうことになるか。


(というか同じ立場のアウグは何も言わないのか?)


 できればこの案を受け入れたくないリムは助けを求めるようにアウグに目を向ける。すると顔を背けられて、苛立ちが募っただけだった。


(ただ命令を聞く護衛なんて……。まあ、護衛だけなんだろな。私とは立場が違う)


「セノ殿下。勝手に発言することをお許しください。話を聞けばわが火の神殿にも内通者がいるようで、殿下の警備に対して自信が持てません。私自身もハルミラ様のことで手がいっぱいでして……」

「手がいっぱい?!どういう意味なの」


 王女が言葉を挟むがリムがあえて無視して言葉を続けた。


「殿下の安全を考えるとこの案には賛成しかねます」

「大丈夫だよ。僕にはアウグがいるから」

「それは存じ上げていますが……」

「ごちゃごちゃ煩いぞ。火の神官!俺が全力でセノ様を守る。お前らに守ってもらう必要はない」


(やっと話したと思えば……)


先ほど視線を無視されたことを根にもっていたリムは、アウグの言葉に完全に頭にきた。


「何が大丈夫なのでしょうか?力及ばず、王子に怪我をさせているようで、守れるとは思えません」

「それは、」


 言いすぎだと思ったが、彼女にとってはアウグは力を過信した神官にしか思えなかった。護衛対象、主を怪我させておきながらも守れると言い切れる自信はどこからきているのかと、言葉を詰まらせた金髪の神官を睨む。


「リム!」

  

 間に入ったのは王女で、立ち上がってリムの腕を掴んだ。


「……言葉が過ぎたようで、失礼しました」


 ハルミラの手前、苦々しく思いながら謝るとセノが笑い出した。


「面白いなあ。アウグを一喝するなんて本当面白い。心配しないでもいいよ。この怪我は僕が自分で負ったもので、アウグのせいじゃないんだ。彼の力を信じてあげて」

「セノ様!そんな風に説明されなくても。火の神官!確かにお前に誤解されても仕方が無い。だが、この命に誓ってセノ様を守る。お前の心配は無用だ」


(それが過信という奴なんだ!)


 そう言い返したくなったが、リムは自分の腕を抱くハルミラの嘆願にも似た視線を浴びて、言葉を飲み込んだ。


「心得ました」


 心を無にして変わりに答えると王女は嬉しそうに笑い、セノは演技としか思えない無邪気な微笑を浮かべる。アウグは眉間に皺を寄せたままで、リムは今後に不安を覚えるしかなかった。

 方針を固め、マルクを起こすと少年はまた倒れるのではないかと思うくらい驚いていた。考えたくないが口封じも考え、彼も王宮に連れ帰ることを決め、粗暴だった少年はすっかり無口の少年に成り果ている。

 村人の死体がなかったのは、セノが傷を負い静養している間にアウグが弔いを済ませたためであり、生き残ってる村人はいなかったと言われ、マルクはますます憔悴しきってしまった。

 火の神官による村の襲撃、恐らく口封じの意味を兼ねて殺された村人もいるのだろう。

 リムは先輩たちがその様な凶行に及んだことが未だに信じられない、信じたくなかった。けれどもセノやアウグが嘘をついているとは思えず、重い気持ちを抱える。

 王女ハルミラも同様の心境であったが、宮殿内部で北の王位継承に加担し、自国の村を犠牲にするような計画を立てる者がいることが許せず、怒りが沈む気持ちを上回る。また父である王がこの事実を把握していない異常事態、ハルミラは何かしなければと使命感に燃えていた。



ー1章終了ー

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