6

 気絶したマルクをそのままにしておくわけにもいかず、リム達は村に隣接する森へ移動にした。リムが少年を背負い、セノ王子とアウグの案内で進む。

 先ほどまでの緊迫感はなくなり、ハルミラは軽い足取りで二人の後を追っていた。


「血?!」


 通り過ぎた際に血糊が着いた草木を見て、悲鳴のような声を王女が上げる。落ち着いた様子でセノが振り返った。


「君達の神官にちょっとやられちゃってね。だからすぐに動けなかったんだ」


 よく見ると彼の肩には布が巻かれていて、かすかに血ににじんでいた。

 気にしていないという軽い言い方なのだが、怪我をさせた側であるフォーグレンの王女ハルミラ、そして襲撃した神官を先輩にもつリムは何を言っていいかわらず足を止めてしまった。


「あ、ごめん。ごめん。悪気はないんだよ。彼女たちも必死だったから」


 セノは手を振って元気そうに振舞うと先をまた歩き出す。同行しているアウグは先ほどから何も言葉を発さず、まるで主にただ従う人形のようだった。


「行きましょう。ハルミラ様」


 王女の肩に触れ、リムは先を急がせる。


(調子が狂うな。この北の王子様は。アウグはただ黙っているだけだし。これなら逆に責められたらほうがやりやすいかもしれない。何を考えているのか……。というか、のこのこと王子の後を付いていく私たちも問題だが)


 なぜかハルミラは王子を信じきっているらしく、リムは警戒しつつも王女に従いセノたちの後を追うことにした。


(マルクの村が犠牲になったのは、恐らく王子がこの村に潜伏していたせいだろう。それを狙って先輩の誰かが攻撃をしかけた。……そんなこと考えたくないが、それしか考えられない。村を巻きこんでまで王子を狙うなんて)


 ハルミラ、そしてセノ達の背中を眺めながら、彼女は考えに浸る。


「さあ、ここに降ろして」


 セノの声がして、リムは考えを中断した。

 最初に目に入ったのは布地で作られた天幕だった。焚き火の痕跡があり、食事まで作っていたのか、鍋や器が置いてあった。

 

(ここで暮らしていたのか?村ではなくて?だったら、なぜ先輩は村を…。まさか……)


 いやな考えに辿り着き、リムは頭を殴られたような衝撃を受けた。


「リム?マルクをここに降ろしたら?重いでしょう?」

「そうそう。話もゆっくりしたいしね」


 ハルミラとセノに交互に言われ、我に返る。そしてマルクを指定された天幕の下に降ろした。


「さて、お茶でも飲みながら話をしようか」


 火の神官の所業、そのことを思い蒼白な顔をしている彼女にセノは微笑んだ。



「君は火の神官だったんだね」


 リムはまずは己の変化を解いた。

 セノもアウグも驚いた様子がなかった。火の神石のかけらは使わなかったが、彼女が神官であることはすでに承知していたようだった。


「お忍びでこの村にきたのは、どうしてなのかな?僕が潜んでいることを知っていたからかじゃないよね」

「当たり前です。そんなこと知りませんでした。私たちはたたこの子から話を聞いて真相を確かめたかったのです」


 セノに答えるのはハルミラだ。

 椅子代わりの岩に腰掛けるのは、王子と王女。アウグとリムは使える主の傍に立っている。

 マルクは規則的な寝息を立てて寝ていて、無理に起こすこともないだろうと話が終わるまで寝てもらうことにしていた。


「それで確かめられた?」

「はい。まさかこんなことが……」

「そうだよね。僕も驚いたよ。村に迷惑をかけないように離れたところに野宿していたのに、突然村に火の手が上がるものだから」


(やはり……)

 

 リムの予想通り、先輩は村に火をつけ王子たちをおびき寄せようとした。信じたくなかったが、セノは淡々とそう語った。


「どういう意味でしょうか?」


 王女も事実を認識しているはずなのに、信じられないらしく、聞き返す。


「君達の神官は僕を殺すために、村を襲撃したんだ。僕をおびき出すためにね」

「そんな……」

 

 王子は迷うことなく答え、ハルミラは肩を落とした。心なしか小刻みに震えているようで、リムはその背に手を添える。


「僕は、これがフォーグレンの王命じゃないことを知ってる。ひとつの村を犠牲に暗殺なんて、君たちの王らしくないからね。君たちの内部の誰かと、兄上の支援者が手を組んでいると考えているんだ。まあ、それをおびき出すためにわざわざ出向いんだけど。まさか、自国の村をひとつ犠牲にするとは予想外だった……」

 

 それまで陽気だったセノの雰囲気が一点して、険しいものに変わる。

 ハルミラもリムも彼から語られることは初めてのことばかり、しかも自国の汚点というべきもので黙って彼の話を聞くしかなかった。

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