5
国境線は明確に引かれているわけではなく、壁があるわけでもなかった。
戦いが行われているのは両国の砦の中間地点だ。
マルクの村はフォーグレンの国境付近の砦から少し離れたところにあった。
「これは酷いな」
村の近くまできて兵士及び神官の姿が見えなかったため、三人は村にはいった。
無事にその姿をとどめている家屋はなく、よくて半壊、全焼、何かに吹き飛ばされているようなものもあった。
畑も同じような状態であり、村は壊滅、人が住めるような場所ではなくなっていた。
「火と水の神石の力……なのね?」
「はい」
ハルミラに確認するように訊ねられ、リムは答える。
彼女自身、王女と同様、水の神石の力を直接見たことがない。けれども戦いに参加した神官たちの話、自身が使う火の神石のかけらの力を考えれば、この村の破壊状態が神官の力によるものだと推測できた。
「ここは砦から離れているのに……」
王女から漏らされる言葉。
リムも同じ疑問を持っていた。
村に人影はない。これだけの被害があったのだから、村人の死体が転がっているはずなのに、何一つ残っていなかった。
マルクは小走りに半壊、全壊している家屋を見回っている。
「ハルミラ様!」
ふいに殺気を感じて、リムは咄嗟に王女の名を呼びその身を庇う。
氷の矢が彼女の肩すれすれを通って地面に刺さった。
「水の神官か!マルク、何かの影に隠れてろ!」
リムは王女を庇いながら、少年に指示を出す。
(矢の方向から考えるに……)
「私にしっかり掴まっていてください」
ベンの身長はリムよりも頭ひとつ分高く、バーバラは王女よりも少し背が低い。その体をすっぽり覆うことは用意で、彼女はそんな場合ではないのだがベンの体躯に感謝した。マルクの潜んでいる場所へハルミラを抱えて走り、身を潜ませる。
「マルクとここにいてください!」
「リム?!」
「……リム?」
王女と少年の戸惑いを背後に、リムは水の神官が潜んでいると思われる場所を睨んだ。
「そこにいるのだろう?出てこい。水の神官!」
「アウグ。彼らは敵ではないよ」
落ち着いた声がして、先ほどまで放たれていた殺気が止む。
リムはそれでも警戒を緩めず、相手の出方を待った。
ゆっくりと二人の男が姿を現す。
一人は金色の髪を一つにまとめ、琥珀色の色の瞳をした美青年。もう一人は、柔らかそうな銀髪の髪をなびかせた青い瞳の美少年だった。どちらの水の神官の制服を着ており、リムは神石のかけらを握りしめた。
「セノ王子……?」
ハルミラは銀髪の青い瞳の美少年の顔を見て、思わずそう呟く。とたんにもう一人の水の神官が彼を庇うように前に立った。
殺気を再び感じて、リムも再び構える。
(セノ王子……?そういえば北の第二王子が神官になったと聞いたことがあったな。なぜ王子がこんな場所に?)
今にでも攻撃を仕掛けてきそうな金髪の青年を威嚇しつつ、彼女は考えをめぐらせていた。
そうして、なぜこの村で神官同士の戦いが起きたのか、それを完全に理解した。
「女と子連れの追っ手とは、南はそれほど人材が少ないのか」
「追っ手とはどういう意味だ?」
人材が少ないという煽るような言葉に苛立ったが、リムは怒りを抑えて訊ねる。
「アウグ。彼らは追っ手ではないよ。僕のことを知っていることに関してはちょっとわからないけど」
「セノ、殿下!」
守っているはずの王子がのこのこ彼の横から顔を出し、青年――アウグの顔が引きつる。それを少しだけ面白く思っていたが、彼女の背からハルミラも同じように顔を出して、人事ではなくなった。
「ハ、バーバラ!」
「セノ様。お初にお目にかかります。フォーグレンの王女のハルミラです」
「ハルミラ様!」
(姿を変えているのになぜわざわざ名乗るんだ。うちの王女様は!)
リムは王女の顔を引っ込ませ、二人を牽制する。
「あれ?ハルミラ王女は確か……」
セノは緊張感が無い様子で首をかしげ、先ほどまで彼を守るようにしていたアウグは諦めたのか、その隣に佇んでいるだけだ。
「もう、リム!元に戻して。隣国の王族の前なのよ。私もしっかりしなきゃ」
背中をがんがんと叩いて抗議をする王女。
なぜかリムはアウグの心境を理解した気がした。
そうして溜息をつくと、変化を解く。
「あ、ハルミラ王女だ。そうそう、ああ、こんな感じだった」
変化を遂げた王女を前にセノは深く頷いた。
「セノ様。改めてご挨拶を。フォーグレンの王女ハルミラです」
王女がそういった瞬間、大きな音がする。
それはハルミラの後方、奥からで、リムが視線を向けると少年マルクがひっくり返っていた。
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