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「それじゃあ、バーバラ。お願いね!」

「か、畏まりました」


 ハルミラは目の前の自分そっくりの少女に笑いかける。

 少女――バーバラは緊張した面持ちで返事はしたが、その体は小刻みに震えていた。

 リムは鼻歌でも歌いそうなハルミラを横目に彼女の肩を抱く。


「バーバラ。できるだけ早く帰ってくる。部屋には誰も入らないように伝えているから大丈夫のはずだ」

「はい。リム様」


バーバラは恥じらう乙女とばかり頬を赤らめると頷き、それを見ていたハルミラは不服そうな顔をした。


「なにか、私が照れているようでちょっとなんだか複雑だわ」

「ハルミラ殿下……申し訳ありません」

「ごめんなさいね。謝らなくてもいいから。それくらい役得がないとだめだものね」

「ハルミラ様?」


 役得とはなんだろうとリムはバーバラから手を放して、ハルミラを振り返る。


「なんでもないわ。さあ行きましょう。私の姿も変えて頂戴」


 王女に請われ、リムは頭のリングの中央――額の火の神石のかけらに触れ、もう片方の手で彼女に触れる。すると王女の姿から侍女の姿へと一気に変化(へんげ)した。


「やっぱり侍女の服は動きやすい~~。ちょっと胸が重たいけど」

「申し訳ありません」


 思わず漏らした苦情に謝られ、ハルミラは慌てて手を振る。


「だから謝らないで。ほら、私は胸が小さいでしょ。だから……その」

「……ハルミラ様。別にそんな言い訳は必要ありませんよ。バーバラも気にしないように」


 バーバラは頷き、ハルミラはちょっと不服そうだ。

 リムも自身が女性よりも男性に見られることが多いくらい、女性的ふくらみが少ないので、この話題はそれ以上広げるつもりはなかった。なのですぐに自身の姿を兵士の一人の姿に変える。


「今日はベンなのね」

「はい。ちょうど休みらしいので少し姿を借ります。1刻だけなので街で出くわすこともないでしょう」

「それじゃあ今日は、侍女とその付き添いをする兵士の設定ね。バーバラ、後で変な噂になるようだったら私に言ってね」

「はい。畏まりました」


 王女の姿のバーバラがしっかりと頷き、二人は街に降りることにした。




 北のシュイグレンと南のフォーグレンは戦時下にある。

 けれども戦い長引き、いつ終わるともしれない。片方が大きな戦力を用いれば、もう片方はそれ同等もしくは以上の戦力で当たる。

 そうすることがお互いの国を揺るがすことがわかっているので、両国ともここ数十年は国境際で小さな小競り合いをする程度に収まっていた。おかげで、一時的な平和が訪れることになり、街は活気で満ち溢れている。

 

 リムははしゃぎ出しそうなハルミラを注意しながら、街の様子を覗う。

 人々の表情は明るい。

 国境沿いで戦いが起きているなど嘘のようだ。

 彼女の先輩の上級神官は国境の守りを任されている者が多い。対するのが水の神官ともあり、命を落とすときも少なくなかった。

 訃報を知るたびに、彼女は自身が宮殿にいる意味を考えてしまっていた。

 こうした王女の護衛は国境の戦に比べれば甘いものだった。


(いつか、私も国境で戦いたい)


 尊敬する先輩が散っていった戦場、中にはリムに悪態をついて渋々国境で行き、命を落としたものがいる。


(神石を生み出した家系だから特別扱いにされている……。だけど、それがなんだ?神石の力を発揮できるのであれば、私が行くべきじゃないのか?)


「……リ、ベン!!」


 急に切羽詰まった声で呼ばれ、リムは我に返る。

 ハルミラは彼女の反応を待たず走り出していた。


「で、バーバラ!」


 反応が遅れた自身に舌打ちして、ハルミラを追う。

 彼女は一人の少年を庇うようにしていた。そこに振り降ろされようとする木の棒。

 反射的に神石のかけらの力を使いそうになるが、彼女は腰からナイフを抜くと、投げた。

 神に仕えるのだが、その力は戦いによって大きく発揮される。戦いに備え神官は体術、剣術も同時に学ばされていた。リムは家系の力だけではなく、その身のこなしを見込まれて王女の護衛を任されており、この時もその力を発揮した。


「あ、あぶねぇ!」


 ナイフは見事に棒にささり、驚いた店主が慄く。

 その隙にリムは王女の元へたどり着いた。


「あ、あんたは何者だ!おれに何の恨みがあるんだ?」

「なんの恨みって。私の護衛対象を傷つけようとしていただろう?」

「ご、護衛対象?この娘っ子のことか?俺が用があるのは、その娘っ子じゃなくて、そこのコソ泥だ!」

「コソ泥?」

 

 リムはハルミラに庇われた少年を見た。薄汚れた6-7歳くらいの少年。その手にはリンゴが握られている。


「それは知らないけど、子どもを殴るのはよくないでしょう?」


 王女は少年を庇いながら、胸を反らして店主に返す。大きな胸がたわわに揺れて、同性のリムでも気を取られてしまう。異性の店主なら当然で、一瞬呆気にとられたようだ。


「だ、だがな。娘っ子。そいつは俺の売り物のリンゴを掠めたんだ!今日だけじゃないんだぞ。昨日も別の店で盗んでやがる」

「そ、そうなの?!」


 怒鳴り返されたが、他の店の店主たちが頷いているのを見て、ハルミラは少年に聞き返した。


「あ!待って!」


 少年は問いに答えず逃げ出してしまう。

 ハルミラはその後追っかけ、リムは仕方なく懐から金貨を取り出した。


「店主。この金貨で昨日と、今日の分を保障してくれ」

「あ?」


 店主に金貨を一枚握らせ、リムは慌てて王女を追った。

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