3・高山 治

 僕は、正直驚いていた。

 幽霊がこんなに面白いもんだったなんて……。

 どこにだって入っていけるし、電子機器が操作できるから現実の世界に働きかけることもできるし。ま、身体がないからできないことはいっぱいあるけど。

 でも、すごく自由だ。気持ちも考えることも、生きてた時のまんま。知恵を絞って今回みたいなスリリングな事件を解決することもできたし。連続殺人の謎が解けた瞬間の喜びは、難ゲームをクリアした時の何100倍にもなった。

 ドーパミン出っぱなし。

……てか、幽霊は脳みそだってないんだから、ドーパミンもただの〝つもり〟でしかないんだけどさ。リアルな身体を失って始めて、リアルな喜びを実感できるなんてね……。でも、この快感は本物。生きていたとき以上に、今の僕は生きている。

 しかも、純夏さんの命を救うことができたし。

 それが一番嬉しい。

 僕は、やっと誰かの役に立つことができたんだ。生きている意味を――じゃなかった、存在していることの意味をやっと実感することができた。

 死んではいるけど、存在している。

 ご褒美か……。

 僕は何が欲しいんだろうって、じっくり考えた。爺ちゃん、韓国から帰ってくるまでに考えておけって言うから。

 結論はすぐに出た。

 もう欲しいものなんかない。全部手に入れたんだ。

 不満だった父さんや母さんたちの弱さも、許すことができた。許すもなにも、二人は二人ができる中で精一杯生きていただけだ。人はみんな違う。力が劣る人間に力を出せって言っても、そりゃ無理だもの。

 だから、弱かった僕自身も許すことができた。おかげで、とても穏やかな気持ちになれた。僕は、僕でいい。周りの人の顔色を伺いながらびくびくしなくてもいいんだって、ようやく分かった。

 僕はそれを、幽霊になって実感した。

 僕に身体はない。純夏さん以外の人間とは話ができないし、ものを動かすこともできない。怒っても悲しんでも、誰にも伝わらない。感情に任せて殴り掛かったところで、拳はすり抜けてしまう。相手は、殴られたことにも気づかない。

 そりゃ、自由にどこへでも入れるさ。究極の自由って言ってもいい。でもそれは反面、究極の孤独でもあるんだ。何者にも妨げられない代わりに、何者にも気づかれない。鉄格子がない、だだっ広いだけの牢獄だ。一人でここにいたら、きっと気が狂ってしまうだろう。

 それでも、存在し続けたい。僕にできる範囲で、存在し続けるしかないんだ。不自由だけど、ほんの少しだけできることがある。それをやり続けることが、存在するってことなんだと思う。

 父さんたちも、存在し続けるためにずっともがいていたってことだ。せめて子どもの僕にはもっと自由な人生を送らせたいと願って、あれこれ命じていただけだ。自分たちの満足を得るためじゃない。自分を踏み台にして、僕を押し上げようとしていたんだ。

 それが分かって、ひどく後悔した。自分で命を絶つなんて、なんて可哀想なことをしてしまったんだろう……。

 ごめんね、父さん。

 ごめんね、母さん。

 死んでからやっとそんな簡単なことに気づいた僕を、許してください……。

 自分の望みが分かった。

 せめて幽霊でいるうちは、父さん母さんの近くにいさせてください。純夏さんや幽霊のみんなと、引き離さないでください。

 やっと見つけた〝仲間〟たちと、一緒にいさせてください。

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