6・斉藤純夏
頭、痛い……。
わたし、思いっきり殴られたみたい。あれ、なんか、熱い……。
え? 部屋が燃えてる!
逃げなきゃ!
ああ、でも足が立たない……。
やだ、まだ里崎がいるし! こっち見てる!
「そうだ。お前はここで焼け死ぬんだ」
また殴る気なの⁉ 止めてよ⁉
そのとき、おっさんが里崎にしがみついた。幽霊だから、役に立たないのに……と思ったら、あれ? なんか、里崎の動きが変。
ああ、おっさんがめり込んでいく……里崎も動けないでいる……。
でも、部屋が燃えてるんだよ! どうにかしてよ⁉
そのとき、部屋に戻って来た坊やが言った。
「おじさん、そんなことできるんだ! そのままそいつを離さないでよ!」
おっさんが応える。
「分かってる! でも、それでどうなる⁉」
「今、考える! 純夏さん、逃げて!」
わたしだって逃げたいよ! すっごく熱いし!
「だめ……足が動かない……」
頭がくらくらするし……うわあ、なんだかすっごい臭いがする……隣の家の壁を塗り替えてた時の、ペンキの臭いみたい……。
くっさい……。う……吐きそう……。
でも熱いし……なんか、どんどん熱くなってくし……逃げなきゃ……。
おばさんの声が聞こえる。
「早く何とかしなさいよ!」
あ、爺ちゃんも来たみたい……。
「純夏! しっかりするんじゃ!」
そんなこと言うなら、助けてよ……。って、幽霊に言っても無理か……。
ここで死んだら、わたしも幽霊になっちゃうのかな……。やだな、そんなの……まだ恋だって、ちゃんとしてないのに……。
そんなのは、嫌だ!
わたしは何とか立ち上がった。部屋の外に出なくちゃ……外に出て、いい空気を吸わなくちゃ……。
里崎の横を、おっさんの身体をかすってすり抜けようとしたけど……。
「このガキが! 逃がすか!」
わたしに銃を向けたみたい。耳元で、大きな爆発音がした。
え? 拳銃で撃たれちゃったの?
何も感じなかった。ただ、目の前の風景がぐるんと回っただけ。身体が動かない。痺れてる。耳も痺れてる。
ああ……ひっくり返っちゃったんだ……。弾が当たっちゃったのかな……やっぱり、死んじゃうのかな……?
あれ? でも、熱い。足の方が燃えるように熱い。部屋の中の火がどんどん大きくなってるみたい……。熱を感じるのは生きているから?
もう、なんだか分かんないよ……。
でも、このまんまなら、火事で死んじゃうよね……。
お願い、助けて……。そう願っていたら、少し音が聞こえて来た。
里崎が叫んでる。
「クソ! 離せ! さっさと離せ! ぶっ殺すぞ!」
おっさんが応えた。
「幽霊が殺せるなら、やってみろ!」
と、おばさんの声が聞こえる。何だか、自信ありげ……お願い、助けてね……。
「分かったわ! オヤジ、身体を屈めてそいつの足だけ押さえて! 腕だけ動かせるように! そしたらこいつ、きっと電話で助けを求めるから!」
坊やが叫ぶ。
「それだ! おばさん、グッジョブ!」
なるほど、里崎自身に助けを呼ばせるのね……スマホ、持ってるもんね……でも、もう遅いかも……息苦しい……気が遠くなりそう……。
見上げてみる。
里崎の足に、おっさんがひざまずいて絡みついていた。身体が半分以上相手にめり込んでる。
グロいけど、何だかもう慣れちゃった。こうやっておっさんが身体を突っ込んでるところは、動けなくなっちゃうみたい。
なんとかっていう妖怪、いたよね。おぶさって、どんどん重くなって、人間を動けなくしちゃうやつ……あ、『子泣き爺』だ。人間の動きを止められるなんて、おっさん、妖怪並みのすごいパワーを持ってたんだね……。
あれ? でもわたし、さっきおっさんの身体に触れたよね。だから動けないの?
え⁉ わたし、味方に逃げるのを邪魔されたわけ⁉ そんなのアリ⁉
里崎の声が聞こえた。
「おわ、動いた! けど、足が……足が……逃げられないじゃないか……クソ! 焼け死にたくねえ!」
坊やが言った。
「純夏さん! 大丈夫⁉」
わたしは声を絞り出した。
「まだ生きてるみたい……」
里崎がわめく。
「叩き殺してやる!」
坊やが言った。
「あいつに言って! 消防署に電話しろって! 電話して火を消せば、足を離してやるって!」
あ、そうか。こいつ、気づいてないんだ。精一杯声を張り上げる。
「あんた、消防署呼びなさいよ! そしたら足を離すって、幽霊が言ってる!」
里崎は一瞬考えたみたいだ。
「幽霊の言いなりなんかになるか!」
思いっきり言ってやった。
「ならここで焼け死ね! 幽霊は焼かれても死なないぞ! お前が灰になるまで離さないぞ!」
里崎は考えているようだった。
通報しなければここで一緒に焼け死ぬ。通報すれば生きてはいられるが、捕まってすべてを明らかにされれば死刑は免れない。だが、警察や銀行には大金を投じて来たコネクションがある。隙をついて逃げられさえすれば、海外へ渡ってやり直しが効く――。
決断したようだ。わたしを睨みつけると、やっとスマホを取り出して電話した。
これなら、助かるかもしれない……消防署さえくれば……。
119に怒鳴る声が聞こえる。
「だから火事だ! 鴻島印刷だ! すぐ来い! ……」
ちょっと安心したら、また気が遠くなって来た……朝礼で倒れた時みたいに、血の気がすうっと引いていくのが分かった……。
でも、消防車さえくれば……火事が消えれば……。
ああ……何だか、眠いような……吐き気がするような……
間に合わなかったみたい。
ああ……気が遠くなってく……
時間の感覚もなくなってく……
ふわふわ浮かんだような意識の中で、わたしはとてつもなくでっかい爆発音を聞いた。
ああ……爆発しちゃったんだ……死んじゃうんだよね、たぶん……。熱くも痛くもないけど……ってことは……やだ、もうわたしも幽霊になっちゃったのね……
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