3・高山 治
僕らは簡単に入って来ちゃったけど、よくよく見たらこの事務所、とんでもなく警備が厳重。あっちこっちにセンサーが付いてるみたいだし、監視カメラもちょっと探しただけで四台。これ、全部警備会社につながってるんだろうな。建物自体、あちこちの扉にカードキーが付いてたし。来客が来ることなんか絶対にないと思ってるのかもしれない……。
経済ヤクザの〝秘密基地〟なら、こんなもんかな。どうせオフィスはここだけじゃないだろう。それぞれの目的に応じて簡単に移動できる使い捨ての隠れ家をあっちこっちに準備していると見た。
ま、ここなら警察も簡単には入り込めないよね。
で、里崎のパソコンを開いてみた。電源を入れると……いきなり指紋認証。確かにパソコンの脇に指紋のスキャナーが置いてある。
だよね。これだけセキュリティが万全なら、起動に手を抜くはずないし……僕、物理的な指なんかないし……あっても指紋指紋が違うし……とか思いつつ、起動状態を思い描いた。
ありゃ……すんなりOKですと。
なぜ? 壊れてるの?
いや、普通に起動が進行してますが……。
あ、そうか。スキャナーってたぶん、指紋が一致したら起動できる信号を出すんだよね。僕の脳波――っていうか、〝幽霊波〟がスキャンをしないまま起動の信号を出させちゃったんだ。なんだ、セキュリティーとかパスワードとか、関係ないんじゃないか。いきなり僕、ハイパーハッカーになっちゃった!
幽霊すご! おもしろ過ぎ!
なんか、極秘っぽいフォルダがぞろぞろ出てきた。って、別に〝極秘〟ってファイル名が付いてるわけじゃないんだけど。ほら、気分、気分。
まず一つ、フォルダを開く。中にさらにフォルダが入ってた。
名前がついてる。名良橋敬子――あ、純夏さんが殺したことにされた専務だ。開いてみる。
おお……何じゃこりゃ。経歴から性癖から、交友関係から、写真入りで何十ページにもなる報告書じゃん。毎日繰り返す行動とか、通る道順だとか、行動範囲とか……いちいち読んでるのも大変だから、ずんずんページを進めてみる。詳しい詳しい、こんなに詳しい調査報告ってなんに使うのさ……って、やっと最後のページに来た。お、興信所の名前が入ってるね。あれ? 住所が東京になってる。なんでわざわざ札幌の人間を調べるのに東京の探偵使うの?
ま、いいや。他のも見てみよう。
専務の旦那、名良橋和道。経理部長だ。
またも超長文の報告書。あれ、でも書式が全然違うね。段落の割り振り方とか、見出しの書体や大きさとか。ただ、内容は似てるみたい。写真もいっぱい入ってるし――と、いきなりネズミの写真が出てきた。白いネズミ。ちょっと興味を引かれて、中を読んでみる。
経理部長って、ネズミを飼うのが趣味なんだって。ああ、なんかちょっと、普通の趣味から外れてるね。これがハムスターとかなら、女の子にもすんなり受入れてもらえるのに。でもこのオタク感、僕にはよく分かる。他人とは少しずれてる感じがたまらないんだよね。
でも大体、他人は分かってくれない。奥さんにももちろん理解されなかった。だから、別にマンション借りてネズミ飼育専用にしていたんだって。うわ、オタクもオタク、筋金入りじゃん。
ここまで来ると、僕も友達になれる自信がない。
でもこの報告書、本当に詳しい。これだけ調べるのに、いったい何ヶ月かけてるんだろうか……と思いながら、最後のページを見た。やっぱり興信所の名前が入っていた。
だけど、会社名が違う。しかも、名古屋の会社だって。夫婦を、別々の会社に調べさせている。普通なら、一緒に調査させるよね。そうしない理由って、何? 同じ人間を二社で調べるなら、セカンドオピニオンってこともあるけど……。
もしかしたら、他の人もそれぞれ別の会社で調べ上げたのか?
社長、社長夫人、常務、会長、それぞれの子供たち――そして純夏さん。鴻島一族全員の報告書が揃っていた。そして、やっぱり違う会社で調べさせていた。しかも調査会社の所在地はみんな違う。ふと思いついて、調査期間も調べてみた。全部重複していなかった。
つまりどの会社も、他の調査会社が動いていたことを知らないんだと思う。知らせないために、会社と期間を分けているんだ。
これで、目的がはっきりした。
鴻島の血縁者を詳しく調べたことを知られたくなかったんだ。たとえ誰か一人が調査されてると気づいても、一族全体が調べられたことは分からない。調査会社も、対象が個人ではなく会社だということに気づかない。目的を隠すためにすっごい手間をかけてる。トータルで約一年という時間もかけている。探偵の料金なんて知らないけど、大金をかけてることも予想がつく。
なぜそんなことをする?
調べたのは、弱みを握るため。そしてたぶん、邪魔になった時は彼らを殺すためだ。あるいは、殺し合わせる準備……?
だから、それを他人に知られないために、調査を分断した。仮に警察がそれに気づいても、このファイルを全部並べて比べなければ実態にはたどり着けない。
はっきりしたのは、里崎が四人を殺した可能性が強まったということだ。
他のファイルも見てみないと。
わ、またあれこれ数字が並んだ表計算データが出てきた。次ぎから次から……エクセルばっかじゃん。これ、よく意味が分かんない。面白くないし。
ふと気づくと、オヤジが熱心にモニターに見入っていた。
聞いてみた。
「これ、やっぱりマネロンのデータなのかな?」
「そうだと思う。だが、見慣れない名前がぞろぞろ出てきてる。たぶん中国とかの会社なんだろうな……なんとかバンクって名前も多い。海外だな。タックスヘイブン――税金逃れに使う国際銀行じゃないか?」
「なるほど……」
おばさんの反応を見た。なんか、ぼーっとしてるな。
「ねえ、これどう思う?」
おばさん、反応無し。
「ねえったら! ねえ……ねえったら。おばさん!」
うっかり口走っちゃった。
何だか最近、思ってることがすぐ口に出てくる。ちょっと前なら、相手に何言い返されるか気になって、言葉を呑み込むことばかりだったのに。でも、もういいよね、コソコソ遠慮していなくたって。どうせ死んじゃってるんだしさ。
でも、〝おばさん〟って言葉が効いたみたい。やっとこっちを向いてくれた。
なるほど、この人はこうやって使えばいいのか。
おばさんも、マネロンデータだと言ってくれた。で、聞いてきた。
「でもそれ、どうしたらいいの? データがあっても、物理的なメディアを使えない幽霊じゃ複製ができないし、持ち出せないじゃない。警察に駆け込もうにも、方法がないわよ?」
僕は笑った。
「それがあるんだな。たぶん、可能。クラウド上にある鴻島の隠し帳簿と一緒にしちゃうの。ここもネットにつながってるから、あっちに複製作るのは簡単だから。二つのデータが揃えば犯罪が証明できるって言ったよね?」
おばさん、口を半開きにして何度もうなずいた。
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