4・雨宮健司
触るなって……そんなに嫌わなくてもいいだろうに。
俺は無能扱いされて生きてきた。死んでまで厄介者扱いされるなんて……。それでも、俺は男だ。まだやらなければならないことがある。何とか、家族が奪われた金を取り戻してやらないと。
犯人は里崎だ。ぬけぬけと〝おいしい話〟だと言い放ちやがった。奴らと経理部長はべったりつながっている。部長が、妻に大金が渡ったことを知らせたに決まっている。
その金を全て巻き上げるために。
許せない……。無能だと蔑まれ続けた俺が、命と引き換えに妻と子に与えた金だ。俺の、唯一の誇りだ。
何としても取り返す。その方法は一つ。こいつらの犯罪行為を暴く。このコンサル会社が詐欺とマネロンの巣窟だと暴露されれば、奪われた金が返る可能性はある。そこに賭ける以外にない。
俺は言った。
「データが揃えば、警察は動くか?」
小僧がうなずく。
「たぶん。経済犯罪に強い部署が見れば、ピンと来るはず」
お局がうなずく。
「ただの経理のあたしにも分かったぐらいだもんね。でも、それをやると鴻島が潰れるかもよ? 会長は、会社は潰したくないって……」
小僧が顔を曇らせてうなずく。
「父さんも職場を失くすかもね……。あの人、他に就職先を見つけられるんだろうか……」
確かに。特に、小僧の父親は気になる。俺と同じで、営業では厄介者扱いされていた男だ。どうせ、ツブシも効かない。厄介者同士、妙な仲間意識を感じる。
できれば、辛い思いはさせたくないものだが……。
だが、俺の腹は決まった。みんなに尋ねてみた。
「君たちはこの先、鴻島をどうしたい? っていうより、これからどうしたい?」
お局が言った。
「まずは小娘の濡れ衣を晴らす。で、里崎と銀行がつるんだ犯罪を暴く。会長にはお世話になってるから、できれば鴻島印刷の社員はこのまま仕事が続けられるようにしたいけど……」
小僧がうなずく。
「賛成。それなら、僕の父さんも失業しなくてすむから」
俺もうなずいた。
「それでいいと思う。ただ、俺は里崎の企みを潰して妻たちに少しでも金を戻してやりたい……」
お局、意外と素直にうなずいた。
「あたしも、それぐらいなら協力してもいいわよ」
「僕もいいけど……でも、心配なんだ。どうやったら、純夏さんの無実が証明できるんだろう……? 里崎の罠だってことは確かだろうけど、状況証拠だけで警察を納得させられるんだろうか……」
「俺はそうは思わんが? 国際的なマネロンだとかが明らかになれば、動機ははっきりするしな」
「動機があっても、殺人の立証にはならないもの。マネロンと殺人は、一応別の事件だから。大体、一族が順に殺し合うっていう状況そのものが異常すぎる。偶然起こった異常な連鎖殺人の最後に、たまたま純夏さんに罠がかけられるなんて……そんな都合が良すぎることなんて、あり得ない。会長も言ってたけど、この殺人は全部里崎が企んだんじゃないの? 必ずなんらかのトリックを使ってる。最初に純夏さんを襲って罠の材料を揃えて、それからみんなを殺し始めた……そう考えないと、どうしても納得できないよ。警察だって同じだと思う。でも、事件の流れ全体が証明できなかったら、やっぱり最後の殺人だけ別に取り上げて純夏さんを疑い続けるしかない。全部が偶然か、全部が仕組まれたものか、どっちかじゃないと説明がつかないんだ。どうにかしてトリックを暴かないと……」
「あたしだってそう思うけど、どうしたらそんな殺し方が可能なの? 指紋とかの証拠を見たら殺し合った順番だって他に考えようがないし、不自然だっていうだけで、つじつまは合ってるよ? 会長が証言すれば、一族が憎しみ合ってたっていう動機も分かっちゃうし」
「それが困るんだ。つじつまが合ってるから、このまま捜査の方向が固められちゃう恐れが高い。純夏さんにも相続権があるってバレちゃったら……」
俺もそんな気はする。だが、気がするだけで、どうしたらいいかなんて分からない。
トリックを暴く?
俺の頭じゃ無理だ。そもそもトリックなんてあるのか? ってか、里崎はやっぱり超能力を持ってるのか?
「やっぱり、超能力か? ほら、会長は洗脳みたいなことができるって言ってたし。催眠術みたいので殺し合わせたとか……」
「僕もその可能性は残ってると思う。それぞれに相手を恐れる恐怖心を植え付けて、何かのきっかけを与えれば連鎖的な殺人は起こせそう。でも、そんなことどうやって証明すればいいのか……」
と、俺たちとは別の声がした。
「証明などできはせんよ」
俺はびっくりして振り返った。
あ、会長が立ってる。
ん? なぜここに? 重病人だったのに……。
お局が言った。
「あら、会長。なぜ……あれ? 幽霊になったんですか⁉」
小僧がうめく。
「死んじゃったの……? それじゃあ、もう警察へ証言できないの……?」
会長がうなずく。
「残念だがね。あれからしばらくして、孫が来たんじゃ。君たちと長話をしたんで疲れきってて、ナースコールも押せなくてな……。あやつめ、わしの鼻をつまんで口を塞ぎおっった」
俺は思わず叫んだ。
「殺されたんですか⁉」
「ま、そういうことじゃな。しかし、どうせあと一週間も生きられんことは分かってた。さっさと楽になれたことは幸いともいえる。幽霊はいいのう、痛みも苦しさも何も感じん。街は久々なんでここまで歩いてきたが、疲れもしないしな」
会長、あまりにもあっけらかんと言ってのけた。本心なのか、強がりなのか……。いずれにせよ、長い間病床で苦しみ抜いて出した結論だ。肉体的にも辛かっただろう。子供たちが犯罪に手を染めたことを知り、精神的にも追いつめられただろう。しかも、可愛がってきたはずの実の孫に命を奪われた――。
軽い言葉に、とんでもない重さが込められている。
俺は思わず言った。
「大変でしたね……」
「わしのことはいい。もう死んじまったのだからな。じゃが、警察に証言ができなくなった。純夏を助けることもできない」
坊やがうめく。
「だよね……せめて、ヤクザが絡んでるってことは警察に教えてほしかったんだけど……」
お局が言った。
「あ、でもさ、社長たちの幽霊がいれば誰に殺されたかはっきりするじゃない! 会長、呼んでこられないんですか? なんで幽霊になって出てこないのか、不思議なんですけど」
会長がすまなそうにつぶやく。
「欲まみれの出来損ないばかりじゃからな……地獄に堕ちたまま這い上がって来られんのじゃろう。ま、あの世のことは何も知らんから、はっきりとしたことは分からんが。ま、あいつらは当てにしないでくれ」
「そんな……」
社長、地獄に堕ちたか……。ってことは、化けて出られる俺たちはまだ幸せだってことか? ま、能力がなくて迷惑をかけたかもしれないが、人を陥れようとしたことはないからな。
俺は言った。
「なら、俺ら幽霊だけでどうにかしろってか……。調べ物には便利な身体だけど、人とコミュニケーションが取れなくてな……」
小僧は言った。
「そこは純夏さんを頼るか、パソコンを使うしかないよね……」
「でも、彼女は留置所だし、パソコンはどこにでもあるわけじゃないし……」
と、会長が言った。
「お、来たのか」
見ると、会長の肩にちょこんと三毛猫が座っていた。太ってはいるが、重くはなさそうだ。あ、幽霊だからな。軽くて当然だな。
会長、むにゃむにゃ言ってる猫に耳を傾けてから言った。
「純夏は眠ったそうだ。へこたれてはいるが、ま、芯が強い子だからしばらくは頑張れるだろう」
小僧が問う。
「その猫は、何で鴻島を恨んでるんですか?」
「ああ、工場長に殺されてな。寒い日にちょっと暖をとりに工場に入ろうとした。捕まって壁に叩き付けられて、三日後に血反吐を吐いて死んだ。雪の中で丸まって、な」
「それなら、何であなたの言うことを聞いて純夏さんを助けるの?」
「こいつが恨んでいるのは工場長だ。わしが何とかして恨みを晴らしてやると約束した。だから、君たちもよろしく頼む」
ん? 工場長の処分まで押し付けられた――ってことか?
ややこしい荷物が増えるばっかりじゃないか。
小僧が言った。
「でも、本当に一族が殺し合った可能性はないんですか?」
「確証はないがな……。あいつらが足を引っ張り合うのはいつものことだが、それでも兄弟だ。殺したりはしない。今まで諍いを抱えながらも会社を転がして来たんだからな」
「だとしたら、僕らは里崎が一人でみんなを殺したことを証明しなくちゃならないってこと?」
「そうしてほしい」
この荷物が一番でっかいな……。
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