3・高山 治
僕は真っ先に社長室のパソコンの中身を調べるつもりだった。
そしたら、電源を入れる前に誰かが来て隣の個室に入っていった。いかにも管理職だぞっていう偉そうな顔をしたおっさんだ。ただ、表情からは疲れがにじんでいる。
これが噂の経理部長、か? たぶん今まで、警察でいろいろ聞かれていたんだろう。解放されて、すぐにぶっ飛んできたっていう雰囲気だ。
部屋の外を見ると、『経理部長』のプレートが貼ってあった。やっぱり専務のダンナだ。元は取引先の銀行員だったって人。今では、息子がその銀行の行員。鴻島の一族なのに、二人とも完璧なアリバイがあるのがすごく気になる。
案外こいつが黒幕じゃないのか? 行動を監視する価値はあると思う。
パソコンの電源が入る。ちょい古めのウインドウズで、OSは7だ。サポート終わってるのに、まだ使ってるのか? セキュリティ意識、低すぎ。おっさん、寒いのに何だか冷や汗でもかいているみたいにそわそわ辺りを見回している。息も荒い。
ありゃ、なんか悪いことしようとしてるの? 案外、ビンゴなのかな?
こんなとき、幽霊って便利だよね。後ろから堂々と見てたって気づかれないんだから。
でも、何の操作をしてるかは分からない。もうちょっと前に出て……おっさんの腹を突き抜けて、モニターの前に顔を出した。こんなことする時にいつも思うんだけど、この姿、横から見てたらほんとキモいよね……。おっさんの身体に自分を突っ込むなんて……。
立ち上がった画面のスクリーンショットにたまげた。
白い動物がでーんと写っている。素人っぽい写真だから、たぶん自分で撮ったんだろう。何これ?
モルモットか、ハムスターか……いや、ネズミだね。どう見ても、ただのネズミ。
なんで起動画面がネズミなのさ。おっさん、こんなのが趣味なのか? ま、どんな趣味を持ってたって迷惑じゃなければいいんだけどさ。
おっさん、起動したとたんに画面の角にあったエイリアス――あ、ウインドウズでの名称はショートカットね、それを押してソフトを呼び出した。FTPクライアントソフトだね。クラウド上のサーバに接続しようとしてる。
あ、パスワードの要求が出た。毎回入力するように設定してあるんだ。サーバの接続情報も表示されてる。それをスクリーンショットに撮った。
ん? 何でそんなことしてるの?
おっさんがパスワードを打ち込む。
『WILLARD』
ん? ウィラード? 人の名前? なんか、おっさんが選ぶとも思えないオシャレなパスワードだな……。後で意味を調べてみようっと。
サーバが開くと、おっさん、表示されたリストをじっくり見始める。独り言を漏らした。
「よし……見られなくなって会社が困るもんはないな」
ということは、この接続を消すつもりなんだ。
証拠の隠滅⁉
やっぱり今度の件に関わってるんだ!
ソフトを閉じると、おっさん、ショートカットをゴミ箱に入れた。ソフト自体も探し出して、捨てる。ポケットからUSBメモリを取り出すと、差し込んでさっき撮ったスクリーンショットを書き込む。この内容とパスワードがわかっていれば、どこのパソコンからでもサーバに接続できるからね。で、元のスクリーンショットは捨てた。最後にゴミ箱を空にすると、おっさん、やっと笑顔を漏らした。
やっぱり。こりゃ、中身を確かめないと。
おっさんが部屋を立ち去ると、僕は捨てたデータが復元できないか試し始めた。
パソコンのデータは、ゴミ箱を空にしただけで消えるわけじゃない。新しいデータが来た時に書き込める場所に変わるだけだ。本当にデータを読めなくしたいなら、その上に何度も無意味な文字列を上書きしないとね。
ということで、あっさり復元成功。
思ったようにパソコンが操れるから、幽霊になってもあまり不便は感じない。で、パスワードを入れてみた。
帳簿みたいなエクセルデータがぞろぞろ出てきた。こんなの、僕が見たって意味は分からない。ババアの専門なんだろうな……と思ってたら、後ろからババアの声がした。
「治ちゃん、ここにいたの! 大変なことが分かったの!」
ババアの大変は、どうせネズミ一匹だろう……と思って聞いてたら、本当に大変だった。
「うそ……純夏さんが、鴻島と関係があっただなんて……」
「あたしもビックリ。ただ、どんな関係かはまだ全然分からないんだけど」
どうせなら、そこまで調べろって! でも、納得できる展開だ。これで、純夏さんに濡れ衣を着せたことが偶然じゃないってことが確かになった。
「ねえ、このデータを見てくれる?」
「なになに?」
ババア、嬉しそうに身体を寄せてくる。やめろって! 僕は身をよじりながら言った。
「これって、なんのデータだか分かる?」
「あら、帳簿みたいね。お金の出入りがぎっしり……」
ババア、とたんに僕の存在を忘れて画面の数字に見入った。おや、意外にもプロの目だ。
「なんだろう……?」
「その下のファイル開けられる?」
「うん」
ババア、ファイルが開くと、またしばらく数字を読んでからつぶやいた。
「三重帳簿をつけてたのね。これ、とんでもない記録よ。鴻島の本業をはるかに超える金額がすごい勢いで動いてる……っていうか、流れ込んできてる。しかも米ドルで。一回の取引を日本円にしたら、数千万円か……それが月に何度も! 取引先は上海、大連、天津……中国本土ばっかりね。ああ、これ……一応、別会社の帳簿なのね。なに、この会社名? KPインターナショナルって……鴻島印刷の子会社、ってことかな? なのに、最終的にはほとんど利益が発生してないわね……。なんか、ヤバい操作をしてそうね。あたし知らないわよ、こんな会社のこと。経理部長が直接つけてた帳簿なら、これ、当然鴻島一族も分かってるはずよね。ひょっとして、北興銀行も。って言うか、銀行とも大きな資金の行き来が記録してあるから、知らないはずはないな。こんな大金、会社に隠して動かしてたんだ……。だからここ数年、波乱もなく会社運営できていたのね。これなら、遊ぶ金もじゃぶじゃぶ湧いてくるし。社員は身を削る思いで稼いできてるっていうのに……」
「でも、あんただって隠し帳簿をつけていたんでしょう?」
「あたしのなんか、これに比べたら子供銀行よ。金額が桁違い。ねえ、こっちのファイルも開いてみて。このページを上に送って……うわぁ、すっごいわね、これ……。この帳簿は四年前ぐらいのものみたいだから、それ以前はこんな取引なかったんでしょうけど。今じゃ、あたしの二重帳簿がこいつの隠れ蓑にされてたって感じ。この取引、きっと犯罪に絡んでるわね。正規の取引ならこんなところにデータをしまい込む必要はないし。会社の利益にすれば、社員全員左うちわで暮らせる規模だし」
「じゃあ、殺人の原因はこれ?」
「これほどの金額なら、充分に動機になるんじゃない? それこそ、銀行経由で暴力団も絡んでる可能性だってあるし」
やば。なんか、物騒なとこに踏み込んじゃったみたい……。
「純夏さん、そんな事件に巻き込まれたの……?」
「だよね。何とか助けなくちゃ。オヤジが来たら、もっと詳しいことが分かるはず。印刷関連の詳しい知識がないと、物の流れがはっきり見えないから。でも、この帳簿、ものすごい爆弾だよ」
僕は幽霊だから爆発しても構わない。でも、父さんには迷惑かけられない。純夏さんも助けたい。
幽霊だけど、なんとかしなくちゃ!
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