2・大垣直恵

 あたしは別に小娘を助けたいなんて思っちゃいない。だけど、いきなり連続殺人事件の犯人にされるなんて、無茶苦茶すぎる。そもそも小娘、鴻島となんか全然関わりがないのに。関わりがあるのはあたしたちで、そのせいで巻き込んだなら放っては置けないし。

 治ちゃんが言ってたけど、大体、事件そのものが造りものっぽくて不自然。鴻島一族が順番に殺し合って、最後の犯人がまるで無関係な小娘でした――なんて、あり?

 絶対誰かが背後で何か仕組んでる。ここで小娘が出てくること自体、意味が分かんない。しかも、ガッツリ証拠が残ってるなんて……。

 と、治ちゃんが小娘に耳打ちした。

「純夏さん、黙って聞いててね。警察の人たちに変だと思われるの嫌だから。イエスなら、咳払いをしてくれればいいから」

 小娘の咳払い。

 オヤジがうなずく。

「無実は証明しないとな。何かいい考えがあるのか?」

 治ちゃんがあたしを見つめる。きゃ、凛々しい! ジャニーズ超えてんじゃん!

「鴻島の経営者がみんな死んで、誰が得するのか分かる? 誰が会社を引き継ぐことになるのかな?」

 んん……どうなるのかな……。

「一族の血を引いてるのは、会長だけになっちゃったのかな。でも難病で入院中だし、そろそろ危ないって噂だし……。家族まで広げれば、専務に婿入りした旦那かな。経理部長の名良橋和道。北興銀行との政略結婚みたいなところがあるけど、鴻島に入ってから長いし、経理の責任者だから会社の実情は一番良く分かってるね」

「俺もその意見に賛成だな。印刷業務は下火になる一方だし、ネット関係では実力が足りない。鴻島は、デザインで売っていける力もない。会社を存続させるには銀行の管理下に入る必要があるって噂が絶えなかった。少なくとも、一族経営はとっくに行き詰まっていたんだ」

「ってことは、得するのは銀行? 得する人が連続殺人を仕組んだんだと思うんだけど」

「まさか、銀行は人殺しまではしないだろう……」

 でも、新入社員の頃に聞いた噂が気にかかる。

「でもあの銀行、昔は暴力団とずぶずぶだったって言うじゃない? 地上げさせて大もうけしてたとか。ヤクザも大活躍だったんじゃない?」

「あれから何回か統合してるし、今時、表立ってそんな無茶はできんだろう」

「僕この間、みずほ銀行が反社会的勢力とどうこうしたってニュースを聞いたよ。あれって、暴力団じゃないの?」

「治ちゃん、すごい! そうなのよ、今でもヤクザと縁が切れてないっていう銀行はあるのよ。昔の悪行がバレるとヤバい、とかね」

 オヤジは不満そうだ。

「だからって、四人も殺すなんて……鴻島印刷は、そこまでするほど重要な会社か?」

 確かに、青息吐息の中小企業だものね……。

「あたし、まだ確信が持てないんだよね……そもそも、今度の事件は誰かが仕組んだものなのかな? 本当に偶然ってことは――」

 治ちゃんにきっぱり否定されちゃった。

「絶対にあり得ない。何度言ったら分かるの? 殺人のドミノ倒しなんて、確率的に言って自然に起こるはずがない。しかも、ドミノの最後は純夏さんに濡れ衣を着せている。誰かが企んだことに決まってるんだ」

 そんなに強く言わなくったってさ……。

 オヤジがつぶやく。

「警察は気づいていないのかな……」

「疑ってると思うよ。不自然すぎる事件だから。でも、証拠はすっかり揃ってる。揃いすぎてるぐらいに」

「だから、殺し合ったことは確かなんだろう?」

「そうかもしれないけど……だとしても、誰かがシナリオを書いて、殺し合わせる仕掛けを作ったんだと思う。そして、最後だけ自分で手を下して、純夏さんのせいにした。本当の犯人は、そいつ――あるいは、そいつら。でも警察にはきっちりした捜査手順があるから、一応は証拠に沿って調べていくはず。まだ事件が起きたばかりだから捜査方針も決まってないだろうけど、すぐに捜査本部ができるなら、これからいろいろ不自然な点が出てくるんじゃないかな」そして治ちゃんは小娘を見た。「純夏さん、それまで頑張ってね。僕らでも、調べるだけならできるから。何とか証拠を探してくるから」

 小娘がけほんと咳払いをする。

 大竹刑事が小娘を見る。

「どうした? 具合でも悪いか?」

 小娘がふくれる。

「悪いです。気分もすごく悪いです。わたし、何もしてないのに……」

「まあ待て。もうすぐ留置所に移すから、その前に医務室で見てもらおう」

 小娘は首をうなだれて涙をにじませた。

 だよね。拘置所なんて、あんたみたいな普通の娘には無縁だったろうからね……。

 治ちゃんがあたしに言った。

「もう一回会社に戻って、経理のことじっくり調べてくれないかな? もし銀行が絡んでるなら、なんか不自然なお金の流れとかあると思うんだ」

 意味はありそう。でも――。

「治ちゃん、何でそんなに頭が回るの? いろんなこと、よく知ってるよね」

「ミステリー小説はいっぱい読んでたから。警察ドラマとかも大好きだし」

 あ、そうなんだ。治ちゃんの趣味、ゲット!

「俺はなにをすればいい?」

「鴻島一族のことをもっと詳しく調べられない? これだけ死んだんだから、親戚とか関係者とか、いろいろ集まるでしょう? その中に、今度のことですごく得するような人とか取引先とかいるかもしれないから。それに、純夏さんが濡れ衣を着せられたのには理由があるはず。刑事も言ってたけど、きっとどこかで鴻島一族とつながってるはずなんだ。罪をなすり付けるのが誰でもいいなら、僕らが取り付いた人が選ばれる確率なんてゼロだもの。その手がかりを探ってほしい」

「だよな、分かった。で、君は?」

「僕は会社のコンピュータをくまなく調べてみる。秘密の取引とか文書とか、なんか動機になるものが見つかるかもしれないから。純夏さん、それでいいかな?」

 けほん。

 分かった。やってやろうじゃん!


    *


 で、治ちゃんと一緒に会社に行くことになった。うわ、デートみたいじゃん! っていっても、またタクシーにタダ乗りだから、あんまりワクワクもしないけど。

 治ちゃん、何か考え込んでて、話もできないし。

 ともあれ、会社に着きました。で、ここからは別行動。もちろん、会社にはまだ誰もいない。まだ明るくなったばかりだからね。でも、事件はもうみんな知ってるかも。会社が始まったら、大騒ぎになるんだろうね。

 それも面白いか。社長を殺す気まではなかったけど、もうみんな死んじゃったんだから、どうしようもないし。

 あれ? 鴻島一族、死んだんだよね。きっと、殺したヤツを恨んでるよね。じゃあ、幽霊になるの? あたしたちの近くに来るの? うわ、こっちの世界でまで顔を合わせるの嫌だな。死ぬ前みたいに、また威張り散らすんだろうな、あいつら……。

 最悪……。

 でもそれなら、何が起こったのか本当のところを聞けるか! 成り行きもあっさり分かって、小娘も助けられる。鴻島一族は死んじゃったんだから、あたしの恨みはもう晴らせてるわけだし。

 恨みが晴れれば成仏できて、また社長とサヨナラできるか。万事解決じゃん!

 あれ、でもあたし、まだ成仏してない。社長、死んだのに……なんで?

 ああ……小娘のことかな。あの娘を容疑者のままにしてたら可哀想だもんね。なんかあたしたちが厄介事に引きずり込んじゃったような気もするし、ちゃんと助かるまで見届けないと落ち着かないよね。だから、成仏できないんだと思う。

 早く社長たちが来ないかな……。

 って、ぼんやり待ってても仕方ないか。とりあえず、帳簿を確認してみよう。

 今日できることは、今日のうちに。

 まず、何を調べるかポイントを絞らなくちゃね。ま、不自然なお金の流れがあるとすれば、隠し帳簿の方だよね。帳簿はあたしが管理してたけど、浮かせてる金額は人殺しに見合うほど大金じゃないと思うな。一族のお買い物や私的な株取引とか、愛人のお小遣いとか……全部ひっくるめても、月に数百万円。それを通常の業務から吸い上げて誤摩化して来たのがあたし。

 社員の皆様には申し訳ない事をしてたと反省しています。

 でも、あれっぽっちのお金で愛人にマンションまで持たせたりをホストにどっぷり貢いだり、そこまで派手にできるのかな? 一族みんなが好き勝手やってたみたいだし。何か別の収入源を隠しているのかな……?

 とりあえず、出て行ってるお金を調べてみようか。まず取引先や一族から指示された振込先のチェックね。

 面白そうなのは、やっぱり愛人。私が知らないところで高価なブランド品とか買ってるんじゃないの? 他にもクラブやスナックのお姉ちゃんやら何やら、結構な数になるんだよね、これが。さっそく帳簿に潜ってみようっと。

 今までは言われた通りに送金するだけで、どんな相手だなんて詮索しなかったから、正直言って繫がりはよく分からない。ヘタに嗅ぎ回ったら、クビになっちゃうかもしれないしね。振込先の口座名と名前が分かったら、社長や常務の住所録や名刺と照合してみようっと。あ、でも水商売のお姉ちゃんとかなら、源氏名使ってるか。ま、最初は何人かでも分かれば良しとしましょう。正体の分からない送金先が出てきたら、その時に調査法を考えればいいし。

 どれどれ……山田佳子。個人名ね。なんか、偽名っぽいけど、ありふれた名前よね。月に5万円か……安っす。何のお金なんだろう……。養育費? たったこれだけじゃ、ろくなアパートにも住めないじゃん。確かこいつは、社長から直々に指示されたのよね。住所録に当ってみようっと……。

 っていっても、一人ずつ社長室に行ったり来たり調べるのは面倒だな。社長関連、まとめてから行こうか。えっと、つぎは佐々木妙子か……これも確か社長ね。斉藤和子……これはどうだっけ……あ、会長直々の件だ。

 あれ? 斉藤和子? どこかで聞いた名前だな……。

 斉藤って……小娘と同じ名字じゃん……。

 あ! やだ。小娘の母さんだ! だから始めて会った時から、どっかで聞いた名前だと思ってたんだ!

 あたし、ずっと小娘の母さんに送金してたんだ!

 ヤバい! 小娘、鴻島とつながっちゃったの⁉ あたしの目と鼻の先に手掛かりがあったのに、全然気づかなかったなんて……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る