3・高山 治
僕はやっぱり偶然じゃないと思う。確信はないけれど、鴻島印刷に恨みを持つ幽霊が集まったとたんに社長が死ぬなんて、都合が良すぎるもの。これは何か、絶対裏があるぞ!
――って、不謹慎だけど、何だか面白くなってきた。僕、元々パズルとかミステリーの謎解きとか、大好きだったし。
そもそも、近頃は毎日が楽しい。生きてた時には、楽しいなんて感じた記憶があまりない……っていうより、全然なかったのに。そこから逃げ出すために、本の世界に没頭していたんだと思う。虚構の世界が僕の生きる場所だったんだ。
でも、今はワクワクしている。生きていた時より、生きている実感がある。なぜだろう?
両親からあれこれ言われなくなったからか? 行きたいところに行きたい時に行けて、誰にも怒られないから? 幽霊って、言ってみれば透明人間みたいなものだし。
……いや、違うね。たぶん、自分が役に立ってるっていう自信みたいなものが出てきたからだと思う。復讐なんていう目的は不純だけど、そのためにみんなが力を合わせる――そんなこと、今まで経験がなかったから。学校でやってた班の授業なんて結果が見えてることばかりだし、みんな成績を上げるために上っ面で〝協力〟してるだけだったし。ツイッターやラインだって建前と悪口の応酬で、本音なんか晒さなかった。仲良しグループはいっぱいあったけど、みんなハブられるが怖くて、仲間の顔色を見てピリピリしてたような気がする。
ここでは僕の意見を本気で聞いてくれるし、本気で反論もしてくれる。ババアに叱られた時は腹が立ったけど、でも、確かに言われたことは間違っていない。こんなにはっきり怒られたことは、今までなかったかも。なんだか逆に、スッキリしたような気分。
これが自分なのかな……って思えるようになった。こんな自分なら、そんなに嫌わなくてもいいのかな……。幽霊になって始めて自分が大事に思えてくるなんて、悲しくもあるけど。でも、気がつけないまま生まれ変わったら、きっともっと悲しい。
僕らはいつの間にか〝チーム〟になってきたみたい。しかも、主人公の気分まで味わえる。
ババアにしがみつかれるのは今でもキモいけど、どうせ身体はないんだから我慢できないこともない。死んだ社長や純夏さんには申し訳ないけど、今度は何が起きるのかワクワクする。
さ、次の調査に行ってみようか!
社長の家の周囲の道路は、車と野次馬でいっぱいだった。パトカーが二台と警察関連の乗用車、そして報道関係の車が大して広くない坂道にひしめいている。消火活動は終わっているらしい。消防車はもういなかった。幽霊になってから嗅覚は無くなったけど、たぶんまだあたりには火災の匂いが漂っているんだろう。
その周囲には、まだたくさんの野次馬が残っていた。ニュースを見て集まったのか、この住宅街にはふさわしくないDQNな連中も嬉々としてスマホをかざしている。金髪のおねーちゃんやヒップホップ系のおにーちゃんが制服の警官と言い合っていた。
好き勝手に写真撮るなよ! どうせ〝いいね〟を稼ぎたいだけだろう? 変なもんが写ってたら、ネットで叩かれて人生終わらせちゃうぞ! そんなことより、もっと身になることに熱中しろよ!
って、軟弱そのものだった僕が言うことじゃないけどね。
パトカーのライトで照らされた家は一見火災を起こしたようには見えなかったが、窓がきれいに吹き飛んでいた。薄暗いので分かりにくいが、窓の周囲が確かに焼けこげた感じだ。ここがニュース画面で炎を吹き出していた窓だろう。門の前で、規制線のテープがクロスしている。
お、ドラマでよく見かける〝あれ〟だし! ちょっと興奮する。
ババアが言った。
「治ちゃん、中に入るよ!」
僕はもっとこの雰囲気を楽しみたかったけど、ババアに従った。従わなければ、きっと僕の手を握って引っ張ろうとするからだ。
おえ。やっぱ、ホントに触られるのは勘弁だな……。
さすがに中は、凄惨だった。
黒こげになった室内には、警官がぎっしり。私服の刑事、制服を着た鑑識、消防署の人らしいのも混じっている。みんな、それぞれの役割を果たしていた。その間を抜けて――というより、その人たちの身体の中をすり抜けて、居間の中心へ向かう。
水浸しの床――っていうより、水たまりの中に死体があった。二つ。あっちとこっちにすごく離れて、もがき苦しんだ様子で倒れている。一体の傍らにはゴミ箱みたいな金属の筒が転がっていた。ボコボコに凹んでいる。
これが、社長夫妻なんだろう。死体も黒こげ。
うわ、ナマ死体なんて始めて。でも、真っ黒だからあまり怖くはない。血塗れとかなら、やっぱりゲロったりするのかな……。ま、幽霊だから何も食べてないし、ってことは出てくる物はないだろうけど。
死体の輪郭に沿ってまわりを白い縄で囲ってある。その横にはナンバーが振られた三角の札が立てられていて……あれ? これって、殺人現場のやり方? いや、事故でも人が死んでればこんなふうにするのかもしれないし……。
鑑識のカメラのフラッシュが光る。
と、現場を仕切っているらしい刑事が言った。
「じゃ、そこのゴルフクラブは署に持ち帰って形状を正確に測定して。害者の頭蓋骨の傷としっかり照合できるようにな」
その横で、別の鑑識がチッと舌をならした。
「そこのゴミ箱の内側も、しっかり指紋を採っておくように」
また、チッ!
分かりきったこと命令してるんじゃねえよ、偉そうに――って言いたいんだろう。この刑事、きっと仕切るのは始めてで、なんでもいから命令したいんだろうね。そういうヤツ、クラスには必ず一人はいる。始めて学級委員になった、空気読めない秀才君とか……なんて言ってる場合じゃない!
って言うことは、この人たち、殺されたんじゃないか! 殺人で決まり⁉ 火事で死んだんじゃないの⁉
ババアが言った。
「何これ……社長は殺されたってこと……?」
鑑識が床に転がっていたゴルフクラブの真ん中辺りをつまんで持ち上げる。先っぽには、げんこつほどの固まりがついている。
これで殴られたら、確かに頭蓋骨も砕けるよね……。凹んだゴミ箱は、きっと盾にして身を守ろうとしたんだ。
オヤジがうなずく。
「殺されたんだ……確かに、恨みを買っていてもおかしくはないからな……」
「あたしは社長を殺したがってるヤツなんて知らないわよ。しかも、夫婦ともなんて……。あんた、心当たりがあるの?」
「営業部の噂じゃ、ヤクザまがいの連中を使って小さな印刷屋をいくつも潰したってことだ。印刷を外注しては、なんだかんだ因縁つけて、賠償金を要求したりして……。ま、かなり昔の話だけどね」
この社長、そんな汚い真似してたのか。まあ、父さんに対する仕打ちを考えれば、別に驚きはしない。僕だって、こいつのクソ孫に殺されたようなもんなんだから。
室内の捜査に区切りがついたのか、刑事たちの数が次第に減っていった。消防の検証も終わったようで、警官とは違う制服を着た人がさっきの刑事に近づく。
「火災の検証もおおむね済みました」
「ごくろうさま。で、爆発に至った経緯は分かりましたか?」
「爆発したのは、やはりガスですね。居間の隅にアロマキャンドルの燃えかすがありました。亡くなったお二人が殺されたのなら、その後にキャンドルを点火してから、窓を閉め切ってキッチンのガスの元栓を開けたのでしょう。次第にガスが充満して、キャンドルの場所の濃度が充分になった時点で発火。爆発の破壊はキッチンの方が大規模でした。都市ガスは空気より軽いので、床に置いてあったキャンドルで発火するまでは相当時間がかかると思います。ガスの警報装置は、爆発の前に壊されていたようです」
消防署員が壁の上の方を指差す。プラスティックが溶けたような固まりが張り付いていた。
刑事がうなずく。
「あらかじめ警報機を壊せば、外に音が漏れることもないですしね。ということは、二人は爆発の大分前に殺されていた――ってこともあるわけですね?」
「家がかなり大きいですからね……私の経験では、ガス栓を開けてから爆発まで20分――といったところだと思います。正確にはもっと詳しい検証を行わないと断定できませんが」
「爆発の通報があったのが20時25分ですから……おおむね20時には殺されていたことになりますね。検死の参考にさせていただきます。ありがとうございました。また何か不明な点がありましたらありましたらご連絡します」
「では、我々はいったん署に戻って、報告書を作成します。でき次第お届けしますので」
「よろしくお願いいたします」
社長夫妻は、殺されて、焼かれた。人生の結末としては、とても惨めな分類に入るんだろう。
だが、あんたらのおかげで惨めな暮らしを強いられてきた人間が結構いるんだ。ここに集まってる僕たちもそうだ。こんなことを言っちゃかわいそうかもしれないけど、自業自得だね。
と、入れ替わりに若い刑事が報告にやってきた。
「いやあ、大分探したんですけど、ゴルフ用品って全然置いてないっすよ、この家。それに、やっぱり無理に侵入したような痕跡はありませんでした」
仕切り屋がうなずく。
「って言うことは、犯人は顔見知りで、あのクラブは犯人が持ち込んだものだってことだな。分かった。ご苦労だが、もう一度別のヤツに探してもらってくれ。この家の物じゃないってことを確実にしておきたい。明日からの聞き込みでもそこを忘れずに」
「了解っす。あ、それから、インターホンの録画用のSDカード、やっぱり消去されてました」
「マル被の仕業か……」
ババアがぼんやりと言った。
「社長……ゴルフってやらなかったもんね」
オヤジがうなずく。
「趣味は釣り。しかも、すごくマイナーな釣り方。せめてゴルフはやってもらわないとって、営業では困ってたんだけどね。付き合いゴルフは会長に任せっきりだったから」
ってことは、誰かがゴルフクラブを持って、家の中まで二人を襲いに来たってことだよね。押し入った痕跡はないらしいから。こんな豪邸なら、来客は防犯カメラで確認するだろうし、夜中にゴルフクラブ持ってくるのを見たら、相手が誰だろうと警戒するよね。
よっぽど親しい人?
と、仕切り屋の携帯が鳴った。
「おう、俺だ」
仕切り屋が握る携帯に耳を近づけてみた。相手の声がかすかだけど、はっきり聞こえた。
『大変です! 隣の家を見回りにいった高峰ですけど、こっちにも死体があります!』
「何だと⁉]
『心臓にガッツリ包丁が刺さった死体……』
え? なに、それ?
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