第5話 二人の出会い

「あ、あ、あの。ま、まおさん」

「ん?」


 学校の授業が終わって放課後。教室から出て家に帰ろうとしてたところ、背後からか細い女の子の声が聞こえてきた。足を止めて振り返る。


「ちょっと、お、お時間、よろしい、ですか?」

「どうしたの?」


 私の後ろに立っていた声の主は、クラスメートの女子だった。挨拶したことがある程度の関係で、あまり会話したことのない娘だった。


 彼女の名前は確か、遠藤さんだったか。話しかけられる用件に思い当たりは無いが、どうしたのだろうか。


「じ、じつは。話したいこと、というか……。相談したいことがあって……」

「相談したいこと?」


 目を合わせようとすると、彼女は慌てて顔を伏せた。俯いたまま視線も合わせず、小さな声で答えた。顔見知りなだけで、相談を受けるような関係でもないはずだが。そんな私に、一体何を話したいというのか。


「相談って、もしかして深刻な話かな? 別の場所に移動したほうがいい?」

「あっ、えっと……。そんな、深刻な話とかではなくって、でも、えっと、話をするのに、周りに人が居ないほうが……」


 聞くと、たどたどしく答える彼女。周りには聞かれたくないということは、やはり厄介事なのかな。面倒事に巻き込まれるのは嫌だし、普通なら聞く必要も無いだろうけれど。


 私は直感で、彼女の話を聞くべきだと思った。だから首を縦に振る。


「わかった。場所を変えよう。ついてきて」

「えっ!? あ、はい」


 ということで、彼女の話を聞くために場所を移動することにした。彼女を連れて、学校を出た。そのまま歩いて、近くにある私の行きつけの喫茶店まで2人で来た。


 扉を入った店内は、いつものように閑散としていた。


 新聞を広げている老人がポツンと1人でテーブル席に座っているだけで、他に客は居ない。店内は静かである。いかつい顔をした中年男性のマスターが、カウンターの向こう側で客を待っていた。


 店に入って窓際の席に座ると、マスターに視線を向けた。すると彼は機敏な動きで私達の席へ注文を取りに来てくれた。


「私は、いつものを。遠藤さんは?」

「あ、えっと……、どうしよう……」


 テーブルの上に置いてあったメニューを開き、覗き込んで何を注文しようか迷っている彼女。何にするのか決められずに慌てている彼女をサポートする。


「コーヒーは飲める?」

「えーっと、甘いのなら飲めます」

「それなら、カフェオレとかオススメかな。それと、このケーキとか」

「じゃ、じゃあ。私はそれで、お願いします」

「……わかった。ごゆっくり」


 無口なマスターは渋く小さな声で短く答えると、注文を受け取りすぐカウンターへ戻っていった。


 あのゴツくて無口、無愛想な態度を見ていると前世で部下だった奴を思い出した。そんなマスターを気に入って、馴染みの店として通っていた。


「それで、話って何かな?」

「あ、う、えーっと」


 すぐに注文をした商品がテーブルに運ばれ、コーヒーの香りが辺りに漂ってきた。気持ちが落ち着く。ようやく話ができるだろう。


「実は、中多さんにお願いがありまして」

「お願い、って?」

「これを見てください」


 そう言って彼女がカバンの中から出してきたのは、何かのアニメのキャラクターが描かれている絵の束だった。彼女はテーブルの上に広げて、私に見せてくれた。


「これは?」

「世間ではバーチャルキャラクターと呼ばれている、3Dのアバターを使って配信をしている人たちです。それで一番有名なバーチャルキャラクターが、この娘です」

「へぇ。可愛いね」


 彼女は絵を指差して、色々と説明してくれた。その説明をじっくり聞いてみたが、よく分からなかった。


 ただキャラクターの絵は可愛いと思ったので、素直な感想で可愛いと褒めてみる。すると目の前の席に座る彼女がテーブルの上に手をついて、身を乗り出してきた。


「そうなんです!! とっても可愛いの! やっぱり、中多さんも分かるんだ!?」

「え、えぇ……」

「あ。……いえ、その」


 一瞬で態度が豹変して、目を輝かせて興奮していた。少しびっくりした私の反応を見て、すぐ弱気になってしまった遠藤。しゅんと気落ちした様子で、椅子に座り直していた。


「えーっと。それで、私にお願いって何かな?」

「あ、はい。実は私も、新しいバーチャルキャラクターを世に生み出したいんです」

「それで?」

「中多さんに色々と協力してもらいたいんです。お願いします!」

「ちょっと」


 テーブルの上に額をこすりつけるほど深く、頭を下げてお願いしてくる。そして、私が了承するまで頭を上げなという気持ちで頼み込んできた。


「どうして、私なの?」

「中多さんの声が素敵で、私の構想しているキャラクターには貴女の声が絶対に必要だと直感したからです。どうか、お願いします」


 直感、ね。その言葉を発した彼女の感性に、興味が出てきた。私の直感も、彼女の話を引き受けたほうが面白そうだ、と告げている気がする。今の退屈した生活には、ちょうど良いのかも知れない。だから私は、詳細を聞きもせずに答えた。


「わかった」

「ほ、ほ、ほ、本当、ですか?」

「えぇ。私は何をすればいいの?」

「あ、えっとですね……!」


 それから私達は長い間、色々と話をした。まずは何も知らなかった私が、これから関わることになるらしいバーチャルキャラクターという文化について、教えてもらうところから話し合いは始まったのだった。

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