第4話 生まれ変わって
前世、私は魔王だった。数千年間ずっと、魔界を眷属や配下と共に管理してきた。次の新たな魔王候補が現れるまで。
過去にも何度か、新たな魔王に相応しい実力の持ち主が魔界に現れたことがある。彼らは、現魔王である私に戦いを挑んできた。魔界は、実力によって決まる世界だ。魔王が負ければ、その座を引きずり降ろされるだけ。
私は数千年間、挑戦してくる者たちを倒してきた。魔王として君臨し続けてきた。だがそれも、いつか終わりの時がやってくる。私はいつものように挑戦者と勝負して実力で負けた。
戦いで負けた私は、敵に容赦なく殺された。身体は消し去られ、魂は開放された。魔王の座も奪われた。私の死後、魔界に新たな魔王が誕生したのだろう。
「おめでとうございます。女の子ですよ」
「ぅ、あ、ありがとうございます……。この子が私の……」
「よくやった……。頑張ってくれて、ありがとう……」
私の身体は無意識のうちに、オギャアオギャアと叫んでいた。目の前には、巨大な人間の顔があった。元気な女と、衰弱している女。その直ぐ側に、号泣している男が居る。私がこちらの世界にやって来て、初めて目にした光景だった。
私は死んだ後、なぜか人間の女性に生まれ変わっていた。魔界で生きてきた記憶や意識はそのまま、身体は赤ん坊という脆弱なものに変わっていた。生まれ変わりだ。話には聞いたことがある。だが、数千年も生き続けてきた私も初めての経験だった。
これは、どういうことだろうか。一体、誰の仕業なのか。しばらく考えてみたが、答えは出なかった。
分かることは、私が人間に生まれ変わったこと。人間の身体になり、とんでもなく弱くなったこと。元に戻ることは不可能だ、ということ。
人間として生きるなんて、初めてことだ。人間としての振る舞いなんて知らない。なので私は周りの様子を観察しながら、それを真似して乗り切った。
ちょっと失敗した時もある。
神童と呼ばれて、周囲が騒がしくなったことがあった。力の加減を間違えたみたいだ。見知らぬ人間が何人も、私の知力や計算能力を見物しに来た。テレビというものにも私の姿が映されていた。その時は、世話をしてくれている両親に従ったが、なんというか嫌な気分になった。
少し時間が経つと、周囲の騒ぎは落ち着いた。その頃に得た経験から、力は容易に披露しないほうが良いという事を学んだ。
人間の姿に生まれ変わった私は、精神的にかなり弱くなっていることも判明した。自分の精神に、気を遣う必要があるだなんて。
人間はひ弱なモノだと知っていたつもりだったが、改めて理解させられた。人間はとても弱い。
こちらの世界では、魔界というのが空想の存在になっているらしい。私も、前世の記憶にあるだけで戻ることが出来ないから、魔界の存在を証明することは出来ない。ということは、私は死ぬまで人間として生きていかないといけない、ということか。
魔物や魔獣なども存在しない、というのは知れて良かった。魔界に住んでいた頃のような脅威になる敵は身近には居ない、ということだ。
力も弱くなってしまったので、人間界を支配するのは大変そうだ。私は人間の住む世界に順応して生活を始めた。私を生んだ人間の親の言い付けはしっかりと聞いて、人間として生きる日々を過ごすことに決めた。
力がなければ生きていけなかった魔界と違って、人間の世界はある程度なら適当に生きても、死ぬことがない。
人間は弱い。剣や銃など、武器を持たないと戦えない。しかし私は、脆弱な人間の身体に生まれ変わったとはいえ、魔法の力を引き出せば戦える。武装した人間と戦うことになっても、負けることはないだろう。それに余計な敵を作らず生きていれば、面倒な戦いも起きない。
特に私の住む日本という国は、治安が良くて平和が保たれないる。生まれてから、誰かが殺し合いをしているような場面に、一度も遭遇したことがなかった。それだけ安全ということ。
赤ん坊の身体から成長して、学校に通うことになった。そこで知識を身に付けた。人間の子供たちに混じって、小学校から中学へ進学していく。今は高校生と呼ばれる身分まで上がった。
月日は過ぎて、人間として生きていくうちに生まれ変わった自分の身体にもだいぶ慣れてきた。
勉強も運動も、優秀な成績を取ることは簡単だった。色々と人間について学んだ。高めた能力を駆使して、学校では優秀な成績をおさめた。目立ちすぎないように注意しつつ、両親を喜ばせる程度の結果を叩き出した。
人間についてを学び、人間とのコミュニケーションの取り方についても把握した。両親との仲は良好に保てていたし、友人も多く出来た。人間は群れることによって、自分を守る術にするという。
だが最近は少し、退屈になってきた。人間の生き方を覚えたので、次は何をしようかな。なにか面白いことは無いだろうか。だけど、面倒事に巻き込まれるのは嫌だ。
そんな事を私が考えている時期に出会ったのが、遠藤咲季という人間だった。
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