人、獣、風

赤い地を踏む青い靴。静かな静かな砂の音。大きな大きな荒い息。それらを連れて歩く。熱い風は吹いていない。かわりに冷たい月光が身を揺らす。ふと、誰かの声。


「おうい、お前さん」


足を止めてきょろり。


翠の光に射抜かれた。ぴくりと三角の耳が動く。ネコだった。一糸まとわぬネコだった。


「お前さん、どこへ行くんだね」


逡巡する。


「……ここに来るつもりは無かった」


ネコはにんまりと笑った。


「さもありなん。お前さん、あの掃き溜めに屋根を借りるつもりだったんだろう?」


「……なぜ分かる」


「そんな気がしただけさ」


ため息が出た。


「こんにゃく問答をしている暇は無いんだ。用があるなら――」


「いやなに、用という用は無いさ。無いんだが……」


翠が細く線をなし、笑みが消える。


「お前さん、だいぶ歪んでるな。」


動揺はバレなかっただろうか。ネコは再び笑った。


「歪み切ったら戻れんぜ。どうだい、宿を教えてやろうか」


冷静な風に口を開く。


「どこだ?」


「夜明けの方に行けば良い。足が棒になる頃には自己矛盾の町に着く。」


「……役たたずめ」


「おやおやそいつは見当違い。着く頃には役立つだろうさ」


「ますます役立たずだ……」


再び足を一歩前へ。砂が崩れてサラサラリ。ギシギシリ足が軋んで顔をしかめる。


「お前さん、どこへ行くんだい?」


はたと思い出して足を止める。


「水はあるか?」


「知らないね」


惚けた顔に目を細める。


「知ってるだろう」


ネコは退屈そうに欠伸をして翠を伏せた。


「ネコは救いやしないのさ」


あ、と声を出す間もなく、ネコは消えていた。ため息を吐いて赤い荒野に向き直り、青い一歩を踏み出した。

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人、獣、風 蛙鳴未明 @ttyy

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