人、獣、風

蛙鳴未明

人、獣、風

赤い、赤い荒野を歩いている。自分以外に人はいない。ただ、己のみが、身を引きずって歩いている。熱い、熱い風。その向こうに、建物の影が浮かび上がった。汗を拭って重たい足を速める。小ぢんまりとした宿に、半ば倒れ込むように立ち入った。


「いらっしゃい!」


喧騒を貫く陽気な声。ドアを支えに身を起こすと、スーツを着たアライグマが片眉を上げた。


「お客さん、人間かい?」


空気がざわりと渦巻いた。客たちが色とりどりの視線を一斉に集中させる。


「不潔だわ!早く追い出してよ!」


キツネのお嬢が甲高く叫ぶ。そうだ、そうだと声があがった。店主は何も言わずにグラスを拭き始めた。数ニン席を立ってドスドスと詰め寄ってくる。


「待ってくれ、せめて水を――」


「うるさい黙れ!さっさと出ていけこの醜い人間め!」


と、狼の青年が勢いよく蹴りを飛ばす。間一髪で避けたところで、羊の角がぶち当たってきた。ドアに叩きつけられ、一瞬呼吸が止まった。構わず暴力が降りかかる。殴られ、蹴られ、赤い荒野に放り出されて、やっと一息ついた。


「二度と来るんじゃねえぞ!」


バムっと音を立ててドアが閉まる。ため息を吐いてよろよろと起き上がった。たぎる心を押さえつけ、繕った目でドアを見る。


「お前らも、人間だったのに、な。」


ぽつり呟いてドアに背を向ける。目前には赤い、赤い荒野。熱い、熱い風。それに足を踏み入れようとして、足が微妙に歪んでいるのに気が付いた。長く風に当たっている訳にはいかない。早く次の宿を探さねばならない。足を踏み出した。どこからか聞こえてきた遠吠えは、砂となって赤い風に溶けていった。

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