【第三十五話】大臣の思惑

 スレインは城に直接、怒鳴る形になるが、それでも向かった。スレインがつけた装飾品はない。彼は自分で選んで買ったシャツに、ズボンといういで立ちで、左腰に剣をさしてある。剣士として、彼は自分の役目を知っていた。

 ナディアが同行し、エルーシャとツイナはそれに従っていた。だがふと足を止めたスレインに、ナディアは視線を向けて止まった。

「大丈夫、大したことないよ」

「エルーシャ様、もしかして今までもあったのですか?」

「そう、あった。君を守るために、スレインが傷ついたこともあるね」

 エルーシャは正直に語った。ナディアには姿は見えないが、確かに何かあるらしい。

「スレインさん、これは地の妖魔です」

 火が強いのは水ではない。風だ。地の妖魔は、最大の弱点でもあった。

「試してみてもいいんじゃないか?」

 そう聞いたのは、やはりエルーシャで、ツイナは唇をかみしめ、スレインの手に触れた。そこに文様が描き出される。それはナディアにも見えた。聖剣士として、スレインの力は半覚醒状態にある。それに力を注ぎこんだのだ。

 右手にはめた腕輪は、エルーシャが作ったものではなく、水の長老によって、各種の天族の力を注ぎこむものだった。

「ツイナ、下がって。エル、行けるか?」

「もちろん。火は半減するだけだけど、地には強いからね」

「待ってください。ここで神威は危険です」

「何で?」

「水脈が見当たりません」

 そう言えばと、エルーシャが目を凝らす。ツイナの手に聖剣が現れた。

「我マズルニーカは、汝スレインと誓約せん。わが火は彼の者に、我が身は彼の人の力とならん。汝スレインが承諾なれば、汝の聖なる火とならん」

「我スレインは、マズルニーカを宿とし、かの力をこの手に宿さん。現れよ、聖剣ヴァスパ」

 はっきりとスレインは、誓約の言葉を発した。エルーシャならば最初から知っていた誓約だったが、ツイナはこれが初めてだ。右手に剣を、左手に槍を手にしたスレインは、二つの力を同時に操ることができる。ただしこれには制限があって、一刻しか保たない。

「行くぞ、エル、ツイナ」

「ああ」

「はい」

 左手の槍を袈裟掛けにした瞬間、右の聖剣が火を宿す。これが宿りという力だった。天意を重ね掛けすることで現れる現象だが、もともと二人の天意を自在に操ることはできない。そこでエルーシャの神器、聖槍シェアルーパと、火の聖剣が宿りになったのだ。

「ナディア、下がって」

「しかし!」

「君は見えないんだ。無謀以上の話だよ。僕とスレイン、それにツイナの力で、何とか倒すから」

「エルーシャ様、ツイナ様? あなた方がスレインの力に?」

「のんびり話してる暇がない。ツイナはナディアを守って」

「はい」

「エル、一気に行く。いつまでも長引かせられない」

「了解だ」

 二人が踏み込んだ瞬間、それは消えた。妖魔が消えることは知っていたが、気配が全くない。それどころか、現れた男性が、それを吸収したかに見えた。

「ナディア、彼は?」

 スレインが警戒を解かずに聞くと、ナディアが忌々しげにうつむいてから、顔を上げた。

「政務大臣のコロッシュムだ」

 つまりは彼がスレインを傀儡に仕立て上げようとした、張本人というわけだ。スレインは剣を収めて、神器がすうっと消えていく。これはエルーシャの天意によって、彼の手から見えない武器となるのだ。

「困りますな、スレイン殿下。そうお呼びしてよろしいですか?」

「俺は構わない。でも殿下じゃない。俺はスレイン、聖剣士スレインだ」

 初めてスレインは、聖剣士を名乗った。ナディアが眩しそうに見る、その目の前だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る