【第三十四話】王位継承権
ナディアの更迭を訊いたその日、スレインの家には、スレインとエルーシャ、そしてツイナと、彼女に準じる火の精霊が集まった。精霊は実体がないので、暖炉の中に燃える火を媒体としている。
「どうする? スレイン」
「行こう。ナディアが危ない」
スレインの直感だった。彼は直感に従って行動することがあるが、それが悪いほうに出るか、いいほうに出るかはその時次第で、彼にも結果は予測不能だった。
ただスレインは動くべき時と、動かざるべき時を心得ている。
「エル、何か方法はないか? すぐにナディアのところに行く方法」
「あるにはあるけど、勧められないな。僕とスレインだけなら何とかなるけど、精霊までって言うと、今度はツイナのほうが力尽きるかも……」
「わたし達のことは心配はいりません。わたし達も火の中を移動することが出来ますから」
「そうか。エルの水の力、か?」
「ああ。僕とスレインだけなら、僕の結界領域で守ることができる。でもツイナも、ってなると、今度はツイナの残った寿命が削られる」
それはとれない方法だった。
天族は妖精に近い存在だ。実態はあるし、天華能力を持つ者には普通に見える存在だ。だからスレインはさして気にもせず、見て来たし、接してきた。だが天華能力を持たない普通の人間には見えないし、存在を知ることもできない。そんな不可思議な存在だった。
「天意であれば、ある程度は守ることができるけど……」
「エルーシャさんの存在は、水の天族の中でも強いほう。追って行けます」
「それで行こう。今は時間が惜しい」
「解った」
スレインが決めると、エルーシャに反対する理由はない。今スレインは、水の聖剣士だ。この先、得る力によって、時々姿を変える。それだけだ。スレインの人間としての本性は、変えることができない。
彼らは泉の傍に行くと、エルーシャが古代語を唱えた。これは天意を使う時に必要とする力で、水の力でスレインを守る必要があるからだ。
そうしてグラスフォードの湖の傍に出た彼らは、すぐに街に入って、ナディアの邸を訪ねた。ナディアが驚いたように駆け出てくる。
「スレイン? 故郷に帰ったのではなかったのか?」
「ああ。君が更迭されるって聞いて、急いできたんだ」
「そのこと、か。確かにそうだ。入ってくれ。ここでは話がしづらい」
ナディアの勧めに従い、彼らは中に入った。
「スレインが見つかったと、どこからか話が上がったらしい。大臣達が、君のことで内々に会議を開いて、もともと継承権第二位だった君を、傀儡の王に仕立て上げようと考えたらしい」
「傀儡、か。俺、そんなになめられてるのかな?」
「違うと思う。スレインが聖剣士かどうかは置いても、君は武断の王になれるだろう。文武に長けているし、教養もある。だからちょうどいいと思ったのだろうな」
ナディアの説明に、スレインは首を傾げた。文武に長けている、というのは過大評価だと思うが、黙って訊いていたエルーシャと、ツイナの目がスレインに向いていた。
「君は今の国王の従兄でもある。彼が禅譲をしたなら、おそらく誰も逆らうまい。わたしははとこで、それほど血も近いとは言えないからな。それに政に口を出すわたしと違い、言いなりになりそうだと思われたようだ」
「だったら相手に思い知らせるだけさ。俺は王にはならない。俺は俺の道を歩く」
「そう言う君だから、条件次第で言いなりにできると思われたんだ」
己を貫く強さを、スレインは持っていた。だが逆にそれを利用される。人間の世界は彼にとって、複雑怪奇だった。
「スレイン、わたしもこれ以上は粘れない。明日にも更迭の話は出るだろう。そうすれば、わたしは君を守れない。逃げたほうがいい」
「逃げる必要はない」
そう言ったのはエルーシャで、スレインは驚いて幼馴染を見た。初めて訊こえた人ならぬ声に、ナディアが驚く。スレインが小さく頷いた。
「ナディア、スレインを心配してくれるのはありがたいけど、人間の世界では当たり前でも、僕達天族の中では、仲間を見殺しにはしないのが当たり前なんだ。大丈夫、僕達が守る」
「あなたは……?」
「エルーシャ、そう呼んでもらっていい。僕は水の天族。水のような清澄な流れをつかさどるもの」
「大丈夫だよ、ナディア。俺にはエルがいる。頼りになる仲間が。だから、君は更迭の話なんて蹴ればいいんだ」
「だが……いや、そうだな。わたしにもエルーシャ様のお声が聞こえた。そうなんだろうな、きっと」
二人が頷きかわすと、エルーシャはナディアの手を取った。天族の天華能力を使って、腕輪を示す。
「これを持っているといい。これで君も、僕の姿がやがては見えるようになる」
「ありがとうございます、エルーシャ様。わたしも勇気を持ちます、スレインのように」
「ああ」
それでこの場は落ち着いた。かのように見えた。
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