【第三十三話】保護結界領域の内と外
スレインはその翌日から、村の大人達に話を聞くことに集中しだした。村の大人達は、短くて数十年、長ければ数百年近く生きている者もいた。
それでも大人達は、ここから出たことがなく、今までこの村を訪ねて来たものも、ほとんどいないというありさまだった。ただ大人達は、スレインに過去を知る一環として、ある書物を勧めてくれた。
それを読むこと三日、スレインは聖剣士伝承を初めて知ることが出来た。
聖剣士、それは乱世を終わらせる救世主として、天族の中で語り継がれてきたのだ。クレストの村では、これをなぞらえた祭りがいくつかあった。
毎年初夏と初秋に行われる祭りも、その一つだった。子供の頃から村で催される祭りは、スレインも収穫祭として知っていたものだった。
(こんな伝承を、今まで俺は知らなかったのか)
スレインは愕然となっていた。伝承に語られる聖剣士は、一番最近の伝承で百数十年前だった。
その時も数々の災厄が訪れ、彼ら天族は、その情報網を駆使して、各地に伝えられる伝承をつづったとされている。その時、編纂されたのがこの書物で、スレインはただ遺跡が好きだっただけだが、エルーシャは聖剣士のことを知らなかったようだった。
スレインをそのエルーシャが訪ねて来たのは、村に滞在を始めて七日ほどが経った頃だった。
「スレイン、いいかい?」
「エル? どうした? 顔色が悪いけど?」
「ああ、僕は大丈夫。ツイナが君に話があるって、表で待ってるんだけど?」
ふとスレインの手にある、『聖剣士伝承』と短くつづられたそれを、エルーシャも目を向けた。
「調べていたのか? 一人で」
「ああ。俺は何も知らなかった」
「それは僕も同じだ。じいじがああまで語ろうとしなかったのは、僕達を思ってのことだったって、初めて知った」
「だよな。――ツイナが待ってるんだっけ? すぐに行くよ」
「ああ」
同じ村で暮らしながら、スレインはほとんど伝承に触れたことがなかった。唯一の例外が、彼らが趣味にしていた遺跡探検だったのだ。
スレインは立ち上がって、玄関に向かった。
エルーシャも同じく、彼と一緒に玄関に向かう。この村では、災厄などは起きていない。これが結界領域のなせる業だと、スレインは今まで知らなかった。
そっとに出ると、陽射しが眩しかった。
「おはよう、ツイナ」
「おはようございます。いかがですか?」
「うん……俺、何も知らなかったって、再確認したよ。それで俺に話があるんだよな?」
「ええ。王都に住む精霊達から、火急の知らせが来ました」
ツイナは火の天族で、火の精霊達と独自の連絡網を持っていた。スレインはその表情から、よくない知らせだと察しをつける。
「ナディアに何かあった?」
「ナディアさんは、更迭されるそうです。辺境の街に」
ツイナの一言に、スレインははっとなった。彼女は血筋的には、スレインとは従兄弟同士。その王位継承権は、決して低くはなかった。
だが今、世界にはびこる災厄や、それに類する疫病などは、何らかの事情があるのだと、スレインは今では知っている。
「どうしてナディアが?」
「それは……わたしからは言いにくいのですが……スレインさんが見つかったことで、王位継承権を持つ争いが、王都で起こったそうです」
スレインが見つかったこと。つまり、スレインは死んだ人間だと思われていた、ということだ。それが生きていて、王位継承権を持ち、なおかつ聖剣士に選ばれたという事実が、彼を支持するものから生まれたのだ。
「俺は王位を継ぐつもりはない。ナディアが今は、一番近いはずだ」
「――わたしからは言いにくいのですが、傀儡(かいらい)政権を立てるには、都合のいい相手が、スレインさんだった、というだけです」
領域の外では、それが関係してくる。そして今の政治をつかさどるもの達にとっては、王位継承権第二位のスレインは、第一位である今の王太子に対して、不満を持つ者にとっては、非常に都合がいいのだ。
「行こう。ナディアを助けないと!」
「どうやって? じいじに頼んで送ってもらうのかい?」
血気にはやろうとするスレインは、エルーシャのその一言に、衝撃を受けた。天族を従え、災厄を収める聖剣士は、必ず剣士でなくてはならない。それに従うのが従剣士だ。
「俺は……そんなつもりじゃ……」
「じいじの力がなければ、僕達は森を踏破するのに、二日かかる。行っても遅いよ」
確かにその通りだった。スレインは歯噛みした。自分は無力だと。
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