【第三十二話】伝説
長老は二人を優しく迎えた。長老の結界の中で感じた妖気は、今はみじんも感じない。長老の家に落ち着いて、二人はツイナを紹介した。同じ天族で、火の属性である彼女は、水の属性の中では、力が半減する。それが理由で、いま彼女は、まさに消える火同然だった。
「そうか。知ってしまったか、聖剣士を」
「うん。じいじ、どういうことか解る? 俺は何も知らなかったし、天族の加護が人の街を支えてたことも、本当は知らなかった。俺にとってはみんなは家族だったから」
この水の天族の村で、スレインは成長した。長老はそれを知っていたし、早くから歴史を教え込んでいた。だからスレインは、それが当たり前だと思っていたのだ。
「スレイン、確かにわしらは、お前を家族として見てきた。エルーシャとともに幼かったお前の面倒を見たし、本来なら殺傷を避ける天族でありながら、お前に肉は必要と、最低限の狩りを行ってきた。それは解るな?」
「うん」
「だからこのことも、正直に話さねばなるまい。
聖剣士とは、人の穢れが生んだ悲しい存在、妖魔を狩り、そして安寧をもたらすもの。一言でいえば、そうなる。多くのものが聖剣士となるべくして祭壇に足を運び、今ではほとんど得られなくなった、聖なる力を手に入れたもの。
その中には確かに、天族の力もある。地水火風、そして新竜の力を手に入れ、この世に再び安寧をもたらす宿命を背負う。それが聖剣士じゃ」
「そんな……! みんなを道具扱いになんかできないよ!」
「そう。わしらはそのために、お前にこの真実を語ることが出来なんだ。お前は優しく、まっすぐじゃ。わしらはそれを知っとったし、それを変えるつもりもない。だがの、エルーシャと誓約したお前は、人知の及ばぬ力を手に入れたことになる」
「――じいじ……」
「それはこの時代、必要なのかも知れんの」
スレインは自分の手を見た。いつも欲しいものは本当には、手に入らない。幼い頃は両親を欲した。ある程度成長したら、人間の友達が欲しくなった。でもそれは手に入らないと知っていたから、諦めもついた。
「エルは……それを知っていた……?」
「いや、僕も知らなかった。初めて聞く話だよ。でもそうなのかもな。スレインを誓約して、僕自身、変わったという感覚はないから」
「エルーシャは知らんよ。そのためにわしらは、わしらだけの秘密にしてきたのじゃ。
最後の聖剣士が現れたのは、三百年ほど前かの。その時わしらに、協力を頼んできた人間がいた。その人間の子孫が、お前じゃ」
スレインは言いようのない衝撃を受けた。ありえない。自分がグラスフォード王国の王子だと知った時以上の、言い得も知れない罪悪感を感じたのだ。
「わしはその時にはもう、この村を任されとった。先代がなくなった後を継いだのじゃ。ただわしは、彼の要請には答えなかった。彼もまた、天華能力を持っとったの」
血筋。その言葉が頭をよぎった。だがそれにしても、ナディアは見えないようだった。彼ら天族の存在は、あの姫には見えず、ただ存在を知っただけだった。
「聖剣士は、世に安寧をもたらすもの。わしは先代からそう聞かされとる。だが本当かどうかは知らん。その時代以降、わしら天族は世界の端に追いやられたからの」
「事実ですわ。わたしもその伝説は知っていますが、確かにわたし達天族は、世界の隅に追いやられました。そして今も、加護の能力を持ちながら、人間を嫌い、姿を消した天族は多いのです」
「そうだったのか。じいじ、少し村にいていいかな? 俺、いろいろと知りたいんだ。だから……」
「ここはお前の故郷。いたいだけいなさい。村のものもお前なら受け入れる」
ナディアの時は、村全体がピリピリしていたのを、スレインも知っていた。
その夜、家に帰ると、スレインは家が掃除されていることに気づいた。いつ帰って来ても過ごせるように、整えられていたのだ。
おそらく逃げ帰ったなら、彼らはスレインを拒否しただろう。だがスレインは、真実を探すために帰ってきた。だから受け入れられた。そう言うことかも知れない。
エルーシャも久しぶりだといって、帰って行った。だから今は一人。ツイナは長老の家にいるのだから。
(探そう、俺だけの真実を)
そう決めて、以前の生活のままに戻って行った。
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