【第三十六話】活路

 スレインは大臣を睨んでから、ちらっと後ろを見た。ナディアが心配そうに見ている。

「中に入れてくれませんか? 俺はあなたの誤解について、説明に来ました」

 エルーシャがハラハラする前で、スレインは言い切った。彼はツイナの真名を知ることで、すでに火の力も半分ほど、会得していた。ただそれを明かすつもりはない。父と母を暗殺した相手に、彼は同情すらしていなかった。

「スレインさん、それは……」

「俺の意志で決めたんだ。ごめん」

 ツイナの制止を振り切って、彼は大臣とにらみ合った。

 今この大臣は、幼王を傀儡にして、実権を握っているはずだ、スレインが知る限りでは。そしてその幼王も、スレインの従弟になる。ただ王位が第一位だっただけだ。彼は父親の跡を継いだに過ぎないのだから。

「俺はこの後、遺跡に行きます。あなた達は自由にすればいい。俺には関係ない。ただナディアを更迭させることは、俺の名前で許さない」

「クファル王子……?」

「俺はスレイン。スレイン・アル・シータ。それが俺が幼い時から育った名前だ。自ら権勢を捨て、俺はその名前を今、確かに実感してる。そして今、ナディアは王位第二位になった。それを認めないのなら、この国を潰す」

 それはスレインにはできることだった。幼王もナディアもできないそれを、戦の根を断つためにできること。それがスレインの本来の権限だと、彼は感じていた。そのために父は、自分を捨ててまで守ろうとしたのだと。

「御意」

 大臣は言いなりになるしかなかった。スレインを傀儡にすることは、すでにできないと知ったからだ。彼は王位につくなり、その言葉を実行するだろう。

「行こう、ナディア」

「いいのか? 君が悪者になってしまう」

「それでもこんな国がないほうがいい、という人間だっている。傀儡にならない。俺は聖剣士として生きる」

「ではその旅に、わたしを連れて行ってもらえないだろうか?」

 ナディアのその一言は、さすがにスレインも予想外だった。ナディアを無言で見つめる。その真意を問うているのだ。

「わたしはこの災厄を止めたい。そして穢れのない、真っ白な人間でいたい」

「それは無理だと思う。権勢を求めた時に、人間は穢れる。俺はこの旅で、この国を見てそれを知った。エル、ツイナ、いいかな?」

「僕は構わないよ。君には人間の友人が必要だ。まぁ、従妹というのが、君らしいけど」

「わたしも構いません。ともにまいりましょう」

 二人の賛同を得て、エルーシャが進み出る。本来なら、聖堂で行われることだ。従剣士として、ナディアを受け入れることにしたのだ。

「僕もじいじからいろいろ聞いて、これを知ったんだ。スレイン、ナディア二十剣士の名を与えて。僕が詠唱するから」

「ありがとう、エル」

 だから裏切れない。スレインは固く心に誓った。

「長きにわたる災厄なる大いなる樹に、浄化を宿す水の流れよ、今ここに新たなる聖なる剣生まれん。承諾の意あらば、汝の名をここに宿さん。憶えよ、従剣士たる汝の名を」

「カルーシャ・レフィン」

「聖剣士、従剣士の法(さだめ)、ともに進まん」

 風が巻き起こり、周囲に眩しい光がともった。徐々にその光が、ナディアの身体に注ぎ込み、やがて消えていく。ナディアは新たな名を、そっと胸に焼き付けた。

「行こう、俺達の本当の旅に」

「ああ。君がそれでいいなら、わたしに異論はない」

 大臣に背を向け、スレインとナディアは、遺跡に向かって一歩を進み始めた。

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