【第三十話】新たなる旅立ち

 スレインが扉を開けると、ツイナが立っていた。スレインは目をそらし、それから覚悟を決める。

「俺、クレストの村に一度、帰るよ。もう一度、天族のことを聞いてくる」

 エルーシャと話し合って、スレインはそれを決めた。何も知らなさすぎることを、彼は思い知ったのだ。

「いいえ、それは他の天族の方には、話せないことです。わたしがお話しします」

「でも俺、エルと誓約したけど、何も知らずに育ってるんだ。俺は王位継承権なんかいらない。俺はスレインだ」

 何度もそれは話し合った。エルーシャも同じだった。どうしても王位を狙うものがいる。どうしても政治を、自分達のものにしたがる者がいる。その中では、スレインはあまりにも無知だった。

 それらをどう対処するか、聖剣士とは何か。スレインは全く知らない。知らないことを、知らないということは簡単だ。だが対処法を学べば、あるいは何かできるかも知れない。そう考えたのだ。

「あなたに王位継承権は関係ありません。あなたがするべきことは、この災厄を収めることです。だからこそ、今あなたは聖剣士として目覚められた」

「俺は何も知らないんだ。天意だって使えない。俺は剣士として育った」

 村を守る剣士は、スレイン以外はいなかった。だからあるいは長老なら知っているかも知れない。そう考えたのだ。

「行かれるのでしたら、わたしも行きます。他の方には答えられないことも、わたしには答えられますから」

 エルーシャと誓約した以上、ツイナにとっては彼は聖剣士なのだ。そしてさらに成長してもらう必要があった。彼の双肩には、すべてがかかっている。この世界の行く末が。

 それを見守り、時に力になるのが、ツイナの役目でもあったが、スレインはそれを知らない。無謀ともいえる決断を下したのは、それが理由だと、ツイナは感じたのだ。

 だがスレインは首を横に振った。知らないことを、知らないまま受け止めることはできない。幼馴染の一生を決めてしまった自分には、その資格がないことを、彼はよく知っていた。知っていて誓約した。

 だからもう一度、原点に戻る必要があったのだ。クレストの村は、スレインの育った村、そしてスレインの出自を知る、唯一の人物が住む村だ。

「じいじに聞いてみる。じいじなら知ってるかも……」

 スレインはそれに賭けてみる気になっていた。それはエルーシャとの話し合いで出てきたことだ。だから一度、クレストの村に帰る必要があった。

 自分の選択を、人のせいにはできない。スレインはそれを知っていた。そして知らないまま、歩くことをスレインは嫌ったのだ。

「スレインさん、いいのですか? そこにはあなたの知りたくない真実も、隠されているかも知れないのに……?」

「そうかも知れない。でも俺は、最初は世界を見たかっただけだ。だから一度戻る。俺がもう一度歩くために」

 エルーシャと話し合って、決めたことだ。誰にも反対などさせない。その決意が、スレインを動かせていた。

「エルーシャさん、いいのですか?」

「スレインは言い出したら聞かないんだ。僕もじいじに聞きたいことがあるし、ちょうどいいさ」

「――解りました。お供します。わたしを連れて行ってください」

「それはできない。クレストの村は、水の天族の村。君の力は通じない」

 反対したのは、エルーシャだった。

 天族には四種ある。水、火、地、風。この四種だ。他に天竜という、人知を超えた力があると、エルーシャは前に聞かされていた。そのうち、火と水は相反する。だからどうしても無理があるのだ。

「わたしも行きます。確かにわたしの力は半減するでしょう。ですがわたしも、確認したいことがあるのです」

 二人が顔を見合わせる。ツイナは知っている。おそらくは神話の時代から語り継がれていた、天族の謎を。

「行こう」

 ツイナの決意を知って、スレインは決断した。エルーシャはもう、異を唱えなかった。

 夜中、三人はクレストの村に向かって、歩き出した。ナディアがそっと見守る中、誰にも言わずに。

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