【第二十九話】謎と葛藤
真実を知らされたその夜、スレインはあてがわれた部屋で、一人うつむいていた。いつもならいるエルーシャの姿がないのは、ナディアが気を遣ってあと二部屋、貸してくれたからだ。宿屋ではこうはいかない。
(俺、聖剣士になる。そう決めたのに、俺の親が実は王家の出だったなんて、知らないほうがよかったかも……)
そう思いたかった。両親のことなど、スレインは考えたこともなかった。あの女性はその後、街に宿をとったらしい。スレインのことを気にしていたらしいが、ナディアが別のほうがいいだろうといったという。だから夕食の席にも現れなかった。
スレインにとっては、そのほうがよかった。聖剣を手に入れた今、あとはツイナの真名だけ。だが今はそれを告げられても、スレインにはどうすることもできない。彼は自分の生い立ちを全く知らなかったし、天族の中で暮らしてきたから、特に疑問にも思わなかった。
(そう言えばなんで、俺がこの街に居ることを知ったんだ? あの聖剣祭のごたごたなら、俺の姿が解るはずがない)
それも疑問だった。聖剣祭の時、スレインはエルーシャと神威を発動した。この時、神威の効力で、スレインの姿は消えるか、あるいは別に見えていたはずだ。天族の宿り辺たる聖剣士というのは、そう言うことだと聞いて育った。長老が嘘を吐くはずはなく、スレインとエルーシャの暮らしていた村は、聖域だったことも知っていた。
その聖域のふもとに、スレインは捨てられていた。両親は十七年たった今も現れない。だがもし暗殺ということが本当なら、彼は捨てられたのではなく、誰かが拾うことを期待したのではないか。
たまたま水の天族の長老が、乳飲み子のスレインを拾って、名を与え、役目を与えた。そうとしか考えられない。いずれは人間の中に戻るにしても、自分の考えを持たなければ、生きていく力はないと考えた。そうではなかったのか。
クレストの村に帰ろう。スレインはそう決意しかけたが、この暗黒の時代、どこに行っても安逸とは程遠い。天族だけがかかわっていない、とは言えないのだ。
「スレイン、いいかい?」
エルーシャの声が、扉越しに聞こえて、スレインは顔を上げた。扉がゆっくりと開き、エルーシャが入ってくる。
「エル……俺……」
「解らないでもないけどさ、じいじだって予想してなかったよ、多分。ただスレインだけが人間だった。僕達の村では、それが当たり前だった」
エルーシャがスレインの座るベッドに、腰を下ろして言った。確かにそうだ。
「俺、これからやって行けるのかな? 真名をツイナに預けたほうがいいのかな?」
「それはやめたほうがいい。人間が天族と誓約すると、それだけ巨大な力は得られるけど、天族に存在そのものが食われる。じいじもそう言っていたじゃないか」
「そうだけど……でもどうすれば……」
「打開策は一つ。水と火の碑力を手に入れる。それだけだと思うけど……僕にも定かじゃない。ただ聞いたことはある。世界中に天族の村はあって、そのすべてがつながってるって」
「――俺はなかったな。俺だけが人間だったから」
「うん、だから僕に明かしたんだと思う。他の天族とつながりを持とう。そうでなければ、スレインは壊れる。妖気に侵されて、さ」
その可能性は高かった。ツイナの考えが知れない以上、ほかの天族の村を訪ねて、その真意を知ることが出来れば。水の碑力はおそらく、クレストの村だから。その試練を長老なら知っている。二人は、それだけは疑わなかった。
「明日、発つよ。俺、もっと知らないと。なんで生まれたのに、殺されなきゃならなかったのか」
「そうだね」
スレインの決意は、死と同義だと思う。だがエルーシャには、それを止められなかった。せめて生き残れるように力を尽くす。親友を失いたくないから。
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