【第二十八話】始まりの名
それはナディアのおかげで、彼らが遺跡を出た後だった。スレインはナディアの無茶に呆れ、ツイナとエルーシャは、なるほど血だ、と納得した。
彼ら天族は、血のつながりというものがない。彼は自然に天から命を授かって、次第に大人になっていく。そうして幼い時の名を捨て、大人として認められた時点で、最初につけられた真名を隠し、仮名で過ごす。
天族として生まれたものは、誰もがこの幼い時期を過ごすのだ。スレインとエルーシャは一つ違いの幼馴染で、また親友でもあった。だから誓約はかなり迷ったのだ、二人とも。
「実はスレインに用があって探していた。街の者が、君が遺跡に入ったところを見ていて、わたしが聞きに行くと、答えてくれたんだ。あの遺跡は一方通行になっていて、なぜか入ったら出られないからと、王族にのみ、出口が伝えられていた」
ナディアの邸で、彼らはそれを聞いた。ツイナは知っていたことだったが、スレインとエルーシャには初耳だ。
「それで俺を探してる人ってのは?」
「こっちだ。わたしの邸の客間に留めている。どうしても君に会って、謝罪したいと言っていた」
「謝罪?」
スレインが首を傾げると、エルーシャがハッとなった。そう、スレインは人間でありながら、エルーシャ達水の天族の里で暮らしていたのだ。確かに異例のことではある。
そしてそれに合わせたかのような、エルーシャの誕生。二人は仲良く育ち、スレインの天華能力が成長を始めたのは、ようやく自我を持ち始めた五歳の時である。
廊下を曲がって、彼らはその部屋に入った。
「待たせて済まない。彼がスレインだ」
「ああ……クルファ坊ちゃま」
「は?」
スレインは再び首を傾げる。エルーシャは黙って親友を見ていた。
「クルファ? 俺はスレインだけど?」
スレインがやっと言う。彼は両親を知らない。生まれながらの血筋であるのか、スレインの天華能力は、生まれつきだった。
「ああ、お許しください、坊ちゃま。わたしは罪深いことを……」
女性は聞いていなかった。ただ謝罪の言葉を繰り返すのみ。
「スレイン、この人は誰かと勘違いしてるんじゃない。君のことを言っているんだ」
「俺のこと?」
「はい。わたしは坊ちゃまの乳母でございました。坊ちゃまのお母さまが暗殺され、坊ちゃまの命まで危ぶまれたため、旦那様が近くの森にお捨てになられたのです。どうか、このばあやをお許しください」
「俺の……母さんが……暗殺……?」
それは切れ切れの、ただ発しただけの言葉。実感はなかった。
「どういうことだ? それは。スレインは誰か知っているのか?」
「クルファ坊ちゃまは、この国の第二王子でいらっしゃいます」
「待て、わたしより王位継承権が高い。どういうことだ?」
ナディアも混乱した。ナディアの父は今の幼王の叔父、すでにこの世にはいないが、だからこそナディアは王位継承権第三位なのだ。つまりは王女である。
だがここにスレインが第二王子だと認められれば、スレインの王位継承権は第二位となる。
「はい。今の幼王には弟御が二人おられたのです。正確には今の王の従兄君に当たられます。ですが先王はクルファ様を亡き者とし、幼王を王位につけられました。ですがまだ幼い王は、第一王子の子息。クルファ様がおられれば、本来ならばクルファ様が王位につかれるはずでした。ご年齢も十七歳。立派に王の務めを果たせますので」
「それで俺が暗殺?」
「最初は神官であらせられた母君、お父君は殿下を森に置き去りになさって……すぐのことでございました。わたしはお父君も逃がそうとしたのですが、時すでに遅く……」
「エル……俺……」
「大丈夫だ。君は生きている。ツイナ、これが君の言っていた、スレインの『秘密』か?」
「ええ。このような形で発覚するなど、考えてはおりませんでしたが。人間の思考は解らないものですね。すでに聖剣士として目覚められているスレインさんが、高位の王位継承権を持つのは、まずいかと……」
「しっかりしろ、スレイン。王位なんてもう関係ないだろう?」
「それは……そうだけど……じゃ、ナディアは?」
「殿下の従妹君に当たられます」
それこそスレインには衝撃だった。スレインが求め続けた家族、その一人がナディアだったのだ。
「今は政務大臣のリステンが、政務全般を取り仕切っておられます。ですが殿下が御名を明かせば、王位は殿下に……」
「いらないよ、そんなの。俺はスレイン、それでいい」
そう言ってスレインは駆け出て行った。その後を追い、エルーシャが駆け出てしまう。ツイナはしばらく、そこに立っていたが、これ以上の衝撃を与えないためにも、今はそっとしておく道を選んだ。
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