【第二十六話】聖剣の祭壇

 ツイナはゆっくりと、巨大な剣に近寄った。

「ここは火の祭壇と呼ばれるようになった場所です。わたしがある誓約をして、今では火の勢いも強まっていますが、以前はそれほどでもありませんでした。

 天族はどこにでもいます。かつての共存状態から、人は自分だけが国を切り盛りしていると思いがちで、そうなった原因はここにあるといっていいでしょう」

「何故だ? 僕達はずっと水の聖域で暮らしてきた。でも僕の神器はもう、スレインの手にある。君が真名を明かさないのも、それが理由か?」

「ええ。何故なら真名を明かせば、それは聖剣士の法(さだめ)を負うことになります。その重圧に何度、聖剣士が倒れたことか。わたしが以前、誓約した聖剣士も、そうして倒れました。スレインさんがその法に倒れないという保証は、どこにもありません。

 そして今、スレインさんは二つの力を手に入れようとしています。一つはエルーシャさんの水の力。これはすでに馴染んできているでしょう。ですが相反する火の力、水とは相反するその力を手に入れることで、スレインさんは多くの天族、精霊を従える聖剣士となります」

「それが聖剣士の力?」

「いいえ、まだその力は、聖剣士の法よりは遠いといえます。それでも碑力をいずれは手に入れ、さらにこの暗黒を祓う力を得れば、それは自然と天族、精霊に近くなるといっていいでしょう」

 人間であって人間ではなくなる。その碑力というものがどんなものか、スレインには解らなかった。

「剣の祭壇を見つけられたのは、ある意味では僥倖です。それ以上に、もう力を手に入れてはならない。わたしはそう言わなければならないでしょう。聖剣士は、すべての天族の希望でもあるのですから」

「俺が希望?」

「ええ。天族の存在を感じ、見ることができる。それだけでも異能なのです。天華能力は、そう言ったある種の呪いともいえると思います。それはあのグラスフォードの王女より、あなたのほうが強い。さすがは従兄弟というべきでしょうね」

「ナディアが、俺の従兄弟? 俺は捨てられてたんだけど?」

「出自の解らない不安ですか? わたし達天族は、わたし達を知覚できるものを知っています。かつては共存状態にあったのですから。

 天族を祀り、その声を聴く。これは聖職者になくてはならない能力。ですが今や天華能力を持つ血筋は限られ、最後に王族として残ったのです」

 それがスレインとナディアの、血の近さを知る導(しるべ)となったのだ。ツイナが知る天族の歴史は、エルーシャが知るそれより、過酷な道だといえる。それでも聖剣士は生まれ、やはり乱世を終わらせようとしているのだ。結果的には果たせなくとも、誰も文句を言う筋合いにはない。超常的な力は、えてして排除されるものなのだから。

「ナディアが狙われてるのは、それが理由?」

「そうです。彼女もまた、天華能力をわずかながら持っています。ですがこの地に住まう、この国の聖職者は、彼女の存在を疎んじています。そのため、彼女は王位継承権第三位という立場ながら、軽んじられる結果となっています。

 話されますか? ナディアさんに」

 言えなかった。それがナディアの立場を悪くする以上、スレインには言えない。思い遣りと優しさを教えられ、ともに力を合わせることに意味を見出す天族とは、人間は相いれないのだ、現時点では。

「スレインさん、それでも力を望みますか? 天意はそれほど軽くはありません」

「それは知ってるさ。でも俺は、エルやツイナが見える。エルは幼馴染でもある。そして親友だ。その親友の人生をかけられた以上、俺はそれを全うする」

「解りました。出口まで案内します」

 スレインのただならぬ決意を知って、ツイナは少しうれしかったが、それは表に出さない。これから彼には、数知れず試練が襲い掛かる。その純粋な思いを、どこまで貫けるかは、誰にも解らない。おそらくはツイナでさえ。


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